第32章:神の悪戯、悪魔の微笑、そして流星

連合の『蒼き流星』が、同盟の『スイーツガール』を同盟圏内で急襲するも失敗。逆に撃墜寸前まで追い込まれレグルスは大破、何とか逃げ帰った―――という内容のニュースがあっという間に銀河を駆け巡り、話題の中心となっていた。
『蒼き流星も堕ちたもんだな』
『所詮雑魚専だったんだよ』
『ってかスイーツガールやばくね?艦長可愛いし』
『いや俺はメガネの副長に踏まれたい』

とまぁ匿名のネットワークではこんな感じの下らない言説が飛び交っているが、それを個人端末で流し見している男がいた。共和国・Σ小隊の隊長、アンドリュー=マルティネスである。
【アンドリュー】「しっかし、どうしてこう下らないって分かってても他者の目を気にしちまうんだろうなぁ、人間ってのは…いや、チャオもか…?」


        【第32章 神の悪戯、悪魔の微笑、そして流星】


同じ頃、当のクロスバードはようやく第4艦隊と合流し、カンナは旗艦であるコルネフォロスで艦隊総司令であるヨハン=マルクブルグ元帥と面会していた。
【ヨハン】「こんにちは、レヴォルタ大尉。…ようやく会えたね」
【カンナ】「本当に、ようやくですね…」
【ヨハン】「当初の予定から5ヵ月遅れの大遅刻、といったところかな?」
【カンナ】「お恥ずかしい限りです…」
思わず縮こまるカンナ。
【ヨハン】「いやいや、これだけ胸を張るべき遅刻もそうはあるまいて。共和国圏内からの単独帰還に始まって、サグラノ家艦隊の主力壊滅、そしてついにはあの蒼き流星を戦闘不能に追い込んだときたもんだ」
【カンナ】「いえ、運が良かっただけです…どの戦局でも、何かが少しでも違えば私たちが撃沈されていました。実際、クルーを1人失っていますし…」
【ヨハン】「運の良さも、そして犠牲を背負って前に進むことも、軍人には必要なことだよ」
そう言い、ヨハン元帥はカンナをなだめた。


一方、クロスバードのブリッジでは居残り組のクルーが話をしていた。
【ゲルト】「…で、結局俺達これからどうなるんだ?第4艦隊のしがないいち戦艦として任務を全うするのか?」
【フランツ】「ゲルト、自分達の本分を思い出して下さい…まだ我々は学生ですよ、一応」
【クーリア】「とはいえ、既に当初の目的は逸脱しまくってますからね…ただの学生のはずがあろうことか銀河トップクラスのパイロットを戦闘不能に追い込んでるんですから」
【ミレア】「そういえば、その、ジェイクと、アネッタは、大丈夫?」
と、ミレアが心配する。先の戦いで身体的なダメージはなかったものの、ジェイクのアンタレスは大破するなど機体は損傷が激しく、また相手がシャーロット=ワーグナーだったことから何より精神的な消耗が激しいこともあり、2人共しばらく自室で療養しているのだ。
【ジャレオ】「2人にはマリエッタとミレーナ先生がついてるそうです。話によれば数日寝てれば大丈夫だろうと」
【クリスティーナ】「それはいいんだけどもさ、…このオリト君はここにいて平気なんですかい?」
ジェイクとアネッタが療養しているにも関わらず、同時に出撃していたオリトはこの場にいる。クリスティーナはオリトを撫でながら尋ねる。
【オリト】「あ、いや、俺は結局出撃してすぐ引き返しただけなので…お二人みたいに戦ってないですし…」
…という訳で、彼は精神的にも元気である。


一方、こちらは敗れた側のシャーロット。
とある惑星の基地にある小部屋、真っ暗な小部屋に一人座っていた。
【シャーロット】「………」
あの戦いを何度も何度も反芻する。想定できたことを、あるはずがない、と『想定外』にしてしまった。そして、その想定外に実際に遭遇した時に、驚いてしまい対応できなかった。…敗因は、明らかである。
【シャーロット】(想定通りにいく戦場なんか、ある訳ないでしょ…それじゃただの訓練じゃない)
つまるところ、突き詰めるとただの単純ミスではある。だからこそ、明確に敗北という2文字が重く彼女にのしかかる。

【シャーロット】「蒼き流星さんだったら、こういう時にはどうするんでしょうね…」
そう、小声でつぶやいた。いくら超人的といえど彼女も人の子であり、ミスもするし負ければ落ち込む。虚像としての『蒼き流星』と、現実としての『シャーロット=ワーグナー』の境界線上でアイデンティティが揺らぐ。

思考がぐるぐると頭の中を駆け巡っていた時、それを遮るように彼女の個人端末に着信があった。
【シャーロット】「…はい、シャーロットです…って、大統領閣下!?失礼しました!」
朦朧とした意識状態で応答するが、画面に表示される発信者の名前に気付き慌てて言葉と思考を整える。発信者は他でもない連合大統領、アレクセイ=ウォルガノスクだった。

【アレクセイ】『こんな状況で申し訳ないね、シャーロット君』
【シャーロット】「いえ、とんでもないです。むしろ助かりました」
【アレクセイ】『それならいいんだけどね。…さて、早速で悪いんだけど、簡単な仕事を1つ頼まれてもらいたいんだけど、いいかな?』
【シャーロット】「…それは、今のあたしでもできる仕事ですか?」
シャーロットはやや皮肉気味にそう返す。
【アレクセイ】『これを見てもらえば、請けてもらえると思うんだけどね』
それに対し、大統領はこう返した上で、軽く合図をした。

すると、シャーロットがいた小部屋が突然明るくなり、壁が動き出す。
そしてシャーロットの目の前に現れた「あるもの」を見るなり、彼女は思わず笑いだしてしまった。
【シャーロット】「はっはははは…このタイミングでそりゃないでしょう、大統領閣下!」
【アレクセイ】『いやぁ、もちろんそこまで想定していた訳じゃないけどね。結果的に最適なタイミングだったよ』

【シャーロット】(人…いや、神は残酷なもんだなぁ)
シャーロットは思わずアレクセイには聞こえないようにつぶやく。
【アレクセイ】『ん、何か言ったかな?』
【シャーロット】「いえ、単純にすごいなぁ、と」
【アレクセイ】『そうか。…で、請けてくれるかい?』
改めてアレクセイが尋ねる。
【シャーロット】「これを見せられちゃ、いいえとは言えませんよ、大統領閣下…!」
シャーロットはそう答えた。少なくともこの仕事はやるしかない、そう思った。


一方、共和国内某所。
個人端末でニュースを流し見しているΣ小隊のアンドリューのもとに、ミッチェル以下5人が集まっていた。
【パトリシア】「折角部下が集まったのに上司はニュース流し見とは…上司失格って奴じゃーないのかい?」
【ミッチェル】「評価というのは大抵仕事の結果で決まるものだろう?特に俺たち軍属はそうだ」
【エカテリーナ】「あたしは、よく分からないけど…仕事があるから、呼ばれたんじゃないの?」
【カルマン】「だろうな。ま、大丈夫だろう!なんたって『スイーツガール』のクルーを1人仕留めた功労者もいるんだからな!」
【イズミル】「よく言うぜ…お前らもその後の対連合戦線で撃墜しまくってただろう…」

そんな感じで雑談している5人に対し、アンドリューが軽く咳払いをして、黙らせた。
【アンドリュー】「…次の任務だが、アレグリオでの任務に続き、敵領への潜入任務となる」
そう言い、個人端末を操作すると、近くの壁に銀河図を投影する。
【アンドリュー】「今回の目的地は…ここだ」
【イズミル】「惑星マースゲント…?」
【カルマン】「今度は連合か!腕が鳴るな!」

惑星マースゲント。連合領だが同盟との境界線に近く、実質的に対同盟戦線の前線基地となっている。
また、ここに相対しているのが他でもない同盟第4艦隊であり、つまり現在クロスバードがいる場所にも比較的近い。これについては、彼らは知る由もなかったが。

【ミッチェル】「成程、ここの連合基地を破壊して戦力を削ればいいのか」
【アンドリュー】「そう思ってくれればいい。作戦の詳細は到着後に説明する」
【エカテリーナ】「…分かった」
5人の中でアンドリューの微妙な言い回しに気付く者は、この時点ではまだいなかった。

このページについて
掲載日
2021年8月21日
ページ番号
34 / 51
この作品について
タイトル
【Galactic Romantica】
作者
ホップスター
初回掲載
2020年12月23日
最終掲載
2021年12月23日
連載期間
約1年1日