第30章:答えの無い世界、答えを求める銀河
銀河連合首都惑星・ゼルキオス。
その中心部にひと際大きく聳え立つ巨大な建物。大統領府である。
この建物の主こそが、この銀河の3大勢力の1つである銀河連合を統べる、大統領・アレクセイ=ウォルガノスクである。
【ロゼリタ】「大統領閣下、『蒼き流星』との通信、繋げます」
【アレクセイ】「うむ」
大統領秘書・ロゼリタ=アーネベルタが端末を操作すると、その端末から『蒼き流星』、つまりシャーロット=ワーグナーの姿が浮かび上がった。
【第30章 答えの無い世界、答えを求める銀河】
【シャーロット】『大統領閣下、お久しぶりです』
【アレクセイ】「久しいな。調子はどうだ?」
【シャーロット】『お蔭様でようやく元通りってところでしょうか』
【アレクセイ】「そうか。グロリアの件はすまなかったな」
【シャーロット】『いえ、大丈夫です。それよりも…本題があるのでしょう?』
【アレクセイ】「あぁ、そうだな」
大統領は少し間を置くと、軽く咳払いをして話し始めた。
【アレクセイ】「先日の共和国ハーラバード家による同盟の軍事コロニー・エステリア強襲事件は知っているな?」
【シャーロット】『ええ、概要程度なら…同盟の戦力を大きく削り、同時に心理的ダメージをも与えるという作戦でしたが、同盟軍の反撃が予想以上だったことから前者の目的は達成には遠い結果。ただ、『スイーツガール』のクルーが1名戦死するなど、後者の目的はある程度達成できた…というように伺っています』
【アレクセイ】「ああ。実際、我が連合と同盟間の戦線でも、同盟軍の動きが鈍っているとの情報が入ってきている。恐らく一時的なものだとは思うがな」
【シャーロット】『その『一時的なもの』を見逃すな…というところでしょうか?』
【アレクセイ】「話が早いじゃないか。やはり優秀な部下を持つと助かる」
【シャーロット】『冗談はよして下さい、閣下。あたしはただの人型兵器乗りですよ』
【アレクセイ】「銀河最強の、な。…とにかく、やってくれるね」
【シャーロット】『仰せのままに』
そうやり取りした後、通信が切れた。
通信が切れた後、シャーロットは大きくため息をついた。
【シャーロット】「はぁー…毎度のことながら大統領との通信はメンタル削られるわ…」
そうつぶやくが、周囲には誰もいない。
彼女は誰もが認める銀河のエース。副官の1人ぐらいはついてもおかしくはないのだが、彼女はそれを拒んでおり、1人で行動することが多い。たまに人型兵器の開発・改良のために重工業企業の技術主任であるウィレムがつくことがあるが、厳密には部下ではないし、そもそも軍人でもない。
通常の指揮系統からも外れており、任務については基本的には先ほどのように大統領から直接受けている。まさに特別な存在なのである。
【シャーロット】「…ま、過ぎてしまえば後は仕事をするだけ、と」
そう彼女は切り替えて、歩き出した。
一方、新たな2名のクルーを迎えたクロスバードは命令を受け、第4艦隊と合流するために移動していた。
【ゲルト】「はー…、やーーーーっと第4艦隊と合流できるな…本当にあの入学式の日から何ヶ月かかってんだよ…」
【フランツ】「色々ありすぎましたからね…とはいえ、今度こそ本当に連合との最前線…大丈夫なんでしょうか…?」
そんなフランツの不安を、カンナがこう皮肉を込めて否定した。
【カンナ】「とっくに大丈夫じゃないじゃない…レイラが死んじゃってるのよ…」
【フランツ】「艦長、すいません…」
謝るフランツ。
【アネッタ】「艦長もそれぐらいで…それでも、あたし達は前に進むって、決めたんでしょう?」
それに対し、オペレーター席に座っているアネッタがそう言いカンナをなだめる。
【カンナ】「そうね、あんまり引きずってたら何よりレイラに悪いよね…」
カンナもそう思い直した。
【カンナ】「…って、そういえばクーリアとマリエッタ…さんは?」
そこでカンナが疑問を呈す。本来であればオペレーター席に座っているはずのマリエッタではなく、代理としてアネッタが座っていて、ついでに副長席のクーリアも不在だった。
【フランツ】「あぁ、あの2人なら…『オリト君担当』ですよ」
フランツがそう説明する。それでカンナは「あぁ」と理解して頷くが、首を傾げる人が一人。
【クリスティーナ】「あのぉ…オリト君ってあのチャオの子ですよね…?担当というのは何をなさっておいでで…?」
【カンナ】「…行ってみる?」
クリスティーナのその疑問に対し、カンナがそう言い、行ってもいいよ、というようなジェスチャーをした。
【マリエッタ】「…では、続いて連合史について簡潔に、ですわね…
そもそも銀河連合は、人口・領有惑星数共に同盟や共和国よりも少なく、3大勢力の中では国力が劣るとされていました。実際、3大勢力が直接交戦しだした50年前から約20年間にかけては、連合は劣勢。このままでは敗れるのも時間の問題と思われていました。そこに現れたのが…」
【クリスティーナ】「どもどもー、お邪魔しまーす…っと」
クリスティーナが訪れたのは、艦内にある小さな個室。そこで、オリトとクーリア、そしてマリエッタがテーブルを囲んでいた。
【クーリア】「おや、クリスさん、どうかしましたか?」
クーリアがクリスティーナをじっと見ながら尋ねる。
【クリスティーナ】「いえ、何をやっているのかなーと…」
【クーリア】「あぁ、そういうことでしたか。…簡単に説明すると、オリト君への授業です」
【クリスティーナ】「授業…?」
正式にX組に編入されたとはいえ、そもそもオリトはまだ入学してから数ヵ月。
その上、入学直後に漂流騒ぎに巻き込まれ、今もこうして任務中。もちろんある程度特例は適用されるだろうが、卒業に必要な単位が圧倒的に足りていないのである。
漂流中もその辺りは似たような形でカバーしていたが、X組に編入する際に学校側と話し合い、これを正式な「座学の授業」として単位を認められるようにしていた。
【クリスティーナ】「そんなご事情がおありでしたかー…エリート揃いと伺っていたのですが、異色な方もいらっしゃるんですねー」
【クーリア】「彼はアレグリオのスラム出身と伺っていますが、非常に優秀です。どうしても人間優位になりがちなこの世界でチャオの身でここにいることが、何よりの証明でしょう」
【オリト】「恐縮です…」
頭を下げるオリト。
【クリスティーナ】「なるほど…」
クリスティーナが納得したところで、マリエッタが話を続ける。
【マリエッタ】「それじゃあ、話が途切れてしまいましたが…続けますわね。
約20年前、劣勢だった銀河連合に突如現れたのが…」
【オリト】「今の銀河連合大統領、アレクセイ=ウォルガノスク、ですね?」
【マリエッタ】「ご名答。元々軍人で小さな艦隊を率いていたのですが、何度も自軍の危機を救ったことから国民の人気が急上昇。政治家に転向しあっという間に大統領に当選すると、連合を立て直し劣勢だった戦況を一気に互角になるところまで回復。以降20年間、連合を牽引し続けています」
【クーリア】「以前、政治制度に最適解など存在しない…という話を少ししましたが、あれは厳密に言えば誤りです。実際のところ、最適解はあります。…オリト君、何だと思いますか?」
【オリト】「えっ…?それは普通に民主制では…?」
戸惑いながら答えるオリト。
【クーリア】「同盟の人間としては大正解…と答えたいのですが、不正解です。クリスさん、正解をどうぞ」
と、前触れもなくクリスティーナに話を振る。
【クリスティーナ】「えぇっ!?そこであたしに振りますか!?」
クリスティーナはさすがに驚き、苦笑いしながらこう答えた。
【クリスティーナ】「仕方ないですねぇ…『完璧な善者による独裁』ですよね?」
【クーリア】「正解です」
【オリト】「ど、独裁…!?」
オリトが驚いたような表情を見せるが、クーリアは表情を変えずにこう説明を続ける。
【クーリア】「結局、高度に発展した国家であらゆる物事を議論で決めてたら時間がかかりすぎて色々と手遅れになってしまうので、だったら『絶対に間違えない者』があらゆる物事をスパっと決めてしまった方が早い、という話です。…まぁ現実として、完璧な善人…チャオもですが、なんてものは生物学上存在しないはずなので、そんな体制は存在し得ず、よって大抵の国家は次善である民主制を選ぶ…と、誰もが思っていたんですが…その最適解を実現しかけているのが彼、アレクセイ=ウォルガノスクです」
【オリト】「完璧な…善人…」
厳密には彼も完璧という訳ではないが、軍人としても政治家としても清廉潔白。いわゆる適材適所に人員を配置し、何か政策を実行する際には反対派にもしっかり耳を傾け、徹底的に話し合い解決策を見つけ出す。凡そ人間として、大統領として、全く非の打ち所がない。だからこそ、連合は国力で劣りながら、同盟や共和国に対抗できる力を持つようになったのだ。
【クーリア】「最も、近年はかの蒼き流星、シャーロット=ワーグナーの登場も連合を支えていますけどね。彼女は大統領とは正反対で、良い意味で人間臭さがある。そこも人気の要因でしょう」
【クリスティーナ】「…って、今からあたしら連合と戦争しにいくのに、敵を褒めてばっかで大丈夫なんですかい?」
ここまできて、クリスティーナがふと冷静になりツッコミを入れる。
【マリエッタ】「敵を知ることは戦いの基本中の基本ですからね」
それに対し、マリエッタはこう答えてニコリと笑った。
【オリト】(人間臭さ、か…)
オリトはそう心の中でつぶやき、グロリアで実際にシャーロットに会った時のことを思い出していた、その時だった。
【アネッタ】『緊急連絡、針路上にて想定外の事象を確認、急遽超光速航行を終了します。皆さん、衝撃に備えてください。繰り返します…』
アネッタのアナウンスが艦内に響く。
【クリスティーナ】「おやおやー、緊急事態ですかー?」
【クーリア】「何があったのか分かりませんが…急いでブリッジへ戻りましょうか」
数分後、慌てた様子でオリトとクーリア、マリエッタ、そしてクリスティーナがブリッジへ駆け込んだ。
【クーリア】「どうしました!?」
【アネッタ】「第4艦隊との合流地点はもう少し先のはずなんですが…障害物反応がありました」
【クリスティーナ】「何もない宙域で障害物ですかい?」
【カンナ】「ええ、だから念のため超光速航行を解除してるんだけど…」
クロスバードは現在、星間宙域を超光速航行中である。障害物があるはずがない。厳密には全くない訳ではないが、文字通り天文学的確率である。
【アネッタ】「超光速航行、抜けます!」
その言葉と共に、少しの衝撃音と振動。そして、眼前のメインモニターに映し出されたのは、彼女たちにとって予想外の存在だった。
【ミレア】「う、嘘、ですよ、ね…?」
【ジェイク】「UDX-201/A『レグルス』…蒼き流星、シャーロット=ワーグナー…!!」