第29章:悲しみの果てでも時計は廻る
軍事コロニー・エステリアでの戦いから、1週間後。
X組の面々は、黒い服に身を包み、沈痛な面持ちでただ歩いていた。
レイラが撃たれてからのことは、カンナもクーリアもよく覚えていない。
激戦の末、何とか共和国軍を撃退したという事実を聞かされても、当事者でありながら全くと言っていいほど身に入らなかった。
ただ、今から行われるのが、彼女の葬儀であることを、受け入れるのに精一杯だった。
【第29章 悲しみの果てでも時計は廻る】
X組の、クロスバードのクルーが戦死した。
既に有名人となっていた彼女らである。その事実は、大きなニュースとなって報じられた。
この葬儀にも、軍関係者が多数参列し、メディア関係者が多数取材に訪れている。
だが、X組の面々は憔悴しきってしまっており、取材対応はミレーナ先生にほぼ任せる形になってしまっていた。
形式的な葬儀が一通り終わり、X組の面々が控室に集まる。
しかし、言葉は発せられない。全員が無言で、ただ座ったり、立ち尽くしたりしていた。
数分間の沈黙の後、ポツリとジェイクがつぶやいた。
【ジェイク】「本当に…死んじまったんだな…」
それに答えるように、カンナが力なく話す。
【カンナ】「結局…ケーキおごってあげられなかった…」
【ゲルト】「くそっ…!あの時、俺も真っ先に戻ってりゃ!」
壁を叩きながらゲルトが吐き出した。
【クーリア】「『たら』『れば』を言い出したら、キリがありませんよ…」
クーリアがそうなだめるが、その声は明らかに震えていた。
再び、しばらく沈黙が走る。
そして、振り絞るように、カンナがこう言った。
【カンナ】「…もう、止めよう、この話は…あたしらは、前を向かなきゃいけない…」
…が、それに対し、ゲルトが待ったをかけるように叫んだ。
【ゲルト】「向けるかよ!!こんな状態で!!1人、死んだんだぞ!!ずっと一緒にやってた奴が!!」
その勢いのまま、カンナに食ってかかろうとするが、
【ジャレオ】「ゲルト、止めましょう。艦長は、見てたんですよ、目の前で…!」
ジャレオがそう言いながら必死に抑えた。
そこに、自動ドアが開く音がして、入ってくる人がいた。…ミレーナ先生である。
【ミレーナ】「…そう、残念だけど、前を向いて進まなきゃいけない…それが軍に入るってことよ」
入るなり、いつもの彼女らしからぬ落ち着いた口調で諭すように皆に話した。
【ミレア】「ミレーナ、先生…」
【ミレーナ】「例えばの話、仲間が死んでなお敵が迫っている時に、悲しんで泣いていたら…自分もすぐに殺されてしまうわ」
【ゲルト】「そんな事、分かってんだよ!!だけど…だけどさぁ!!」
食い下がろうとするゲルトに、ミレーナ先生はこう続けた。
【ミレーナ】「その感情を忘れる必要はないわ。でも、必要な時はしまい込めるようにしておきなさい。でないと、繰り返してしまうわよ…」
【ゲルト】「くっ…そおおおぉぉっっっ!!!」
ゲルトは一瞬黙った後にそう絶叫し、壁を思いっきり叩くと、再び黙り込んでしまった。
【ミレーナ】「…で、本題なんだけどー…」
と、急にミレーナ先生がいつもの口調に戻り、X組の面々に話を切り出そうとする。
が、それを遮るように、1人の男性が部屋に入ってきた。
【男性】「それは、私からお話してもいいかな…?」
その男性の顔を見て、X組の全員の表情が凍り付いた。特に、カンナ。
【カンナ】「さ…参謀総長閣下…!?」
そう、エルトゥール=グラスマン元帥。同盟軍参謀総長、その人である。
【エルトゥール】「カンナ君、久しぶり。他の皆は初めましてだね。私がグラスマンだよ」
カンナ以外の面々は初対面ではあるが、勿論顔は知っている。
全員慌てて整列し、敬礼をしようとするが、
【エルトゥール】「いい、いい、そのままでいい」
そう両手で全員の動きを制し、
【エルトゥール】「まずは、この度の件について…共和国軍の攻撃を予測できなかった、参謀本部のミスが原因だ。本当に、すまなかった…!」
そう言い、頭を深く下げた。
【カンナ】「い、いえ、顔を上げて下さい!わざわざ参謀総長閣下が頭を下げる必要はありません!」
慌ててカンナが止めようとするが、それで止まる人ではない。
それを見てゲルトが、皮肉交じりにこう吐き出した。
【ゲルト】「…参謀総長閣下に謝られたら、俺達はどうしようもねぇじゃねぇかよ…!」
【ジェイク】「ゲルト!」
さすがにジェイクがゲルトを止めようとするが、
【エルトゥール】「いや、いいんだ。何を言われたって仕方がない。私はそういう立場だよ」
グラスマン参謀総長はそう言い、咎めることはしなかった。
【カンナ】「で、本題…というのは…?」
そこで、カンナが改めて尋ねる。
それに対し、グラスマン参謀総長は軽く咳払いをし、こう話した。
【エルトゥール】「今、このタイミングで訊くのは卑怯かも知れないが…敢えて訊くよ。
…改めて問おう。君たちは、なおも最前線に立ち続ける覚悟があるか?」
【カンナ】「…!!」
その問いかけに対し、X組の面々は一瞬動きが止まった。
それに対し、グラスマン参謀総長はさらに続ける。
【エルトゥール】「もちろん、もう最前線に立つ気力がない、というのであればそれを否定はしないし、決めるのは君たちだ。その場合は、それ相応のポジションを用意しよう。
…そしてそれは、最前線に立ち続ける場合も同様だ。最もその場合、また誰かを失ってしまうかも知れないし、それに関しての保証はできないけどね」
カンナはしばらく考えるが、やがて後ろを振り向き、X組のメンバーに無言で確認する。
そこに言葉は無かったが、その意図を察した他のメンバーは、同様に言葉ではなく無言の意志を示した。
そして、カンナが言葉を発する。
【カンナ】「…やります。それでも、やります。
ここで止まってしまったら、何よりレイラに…悪い気がするから…」
それを聞いたグラスマン参謀総長は、その答えを知っていたかのように、こう返した。
【エルトゥール】「分かった。それじゃあ、そのように手配しよう。
…君たちの活躍を祈ってるよ」
そしてそう言い残し、彼は部屋から去っていった。
グラスマン参謀総長がいなくなった部屋。再び、しばらく沈黙が走るが、ミレーナ先生の思わぬセリフで沈黙は破られた。
【ミレーナ】「…本題、別にあったんだけどなー…」
【カンナ】「ち、違ったんですか!?」
思わずカンナがツッコミを入れる。
【ミレーナ】「だって、それでも前に進みたいってのはー、参謀総長閣下が来る前も話してたじゃんー?」
【クーリア】「そ、そうですけど…」
【ミレーナ】「とはいえ、どちらにせよこれで話が進められるわー。レイラの葬儀が終わった直後で、ちょっと申し訳ない話題なんだけどー…」
【カンナ】「な、何でしょう?」
改まってミレーナ先生が話を始める。
【ミレーナ】「レイラがいなくなっちゃって、心理的なダメージはもちろん物凄く大きいんだけどー、現実的な問題として、戦力的なダメージも大きいんじゃないかって話なのよー。オペレーター兼ソフトウェア担当だったでしょー?クロスバードのオペレーション、どうするのって話になってねー」
【ジャレオ】「あー、確かに…ハードウェアは僕が見れますけれど、ソフトウェアの方は…」
【アネッタ】「オペレーションなら一応あたしもできるけど、自分が出撃する時もあるからなぁ…」
【ミレーナ】「で、そんな話をしてたら、オペレーターについては彼女が立候補してくれたのよー」
…と、ミレーナ先生が軽く合図をすると、1人の少女が入ってきた。…X組の面々もよく見知った顔。
【マリエッタ】「私で良ければ…お手伝いしたいのですが、如何でしょうか?」
そう、マリエッタである。
【カンナ】「え、ええっ!?」
思わずたじろぐカンナ。
【クーリア】「一応『元』とはいえ、他国の王女殿下ですよ!?そんな方がオペレーターやるって…しかもこういう表現はしたくないですけど、現に前任者は戦死しているんですよ!?流石にまずいでしょう!?」
クーリアがまくし立てて止めようとするが、ミレーナ先生がこう返した。
【ミレーナ】「あたしも似たようなこと言って何度も止めたんだけどねー。どうしてもって言って聞かないのよー…」
それを聞いたカンナは、半分諦めながら、こう疑問をぶつけた。
【カンナ】「…分かったわ。そこまで言うのなら、断る理由はないけども…彼女、いくら王族を離れたといってもグロリア王国籍だと思うんだけどその辺は大丈夫なの?ぶっちゃけ国家機密的な問題もあるわよ?」
【ミレーナ】「それがねー、さっきここに来る前に参謀総長閣下に相談したら、『まぁ彼女ならいいんじゃないか、私が何とかしよう』って…」
【カンナ】「閣下のお墨付きにされたら、もう断れないわね…それじゃ、『マリエッタ』、頼むわね」
【マリエッタ】「はい、よろしくお願いします!」
そう言い、マリエッタは深々と頭を下げた。
【ミレーナ】「…で、問題はソフトウェアの方なんだけどー、校長先生から『推薦したい人がいる』って話を受けたのよ。ただー…」
そこでミレーナ先生は口ごもる。
【オリト】「ただ?」
【ミレーナ】「あたしも保健の先生だし一応全生徒を見てるから面識があるんだけどー、ちょーっと人格的に問題のある子でねー。能力は間違いないんだけど、うまくやっていけるかどうか不安なのよねー」
そう言い、腕を組んで考え込むミレーナ先生。
…しかし、その様子を見たカンナが、突然こう言い笑い出した。
【カンナ】「いやいやいや、それはないでしょ先生!」
【フランツ】「つ、ついに艦長がおかしくなった…?」
【クーリア】「ここ数ヶ月色々ありすぎましたからね…仕方がないでしょう…」
あまりの突然さに、顔を見合わせて諦めたような会話をするフランツとクーリア。
カンナが笑い出した理由はこうだ。
【カンナ】「いやね、先生も冷静に考えてみてよ?このメンバーの前で『人格的に問題がある』って?とっくに問題のあるメンバーだらけなのに何を今更って話よ!」
【アネッタ】「艦長…全員揃ってる前でよく言えるわね…まぁ正直マトモじゃない自覚はあるけどさ…」
アネッタがやれやれ、という表情でそうつぶやく。
【ゲルト】「…ま、それでこそX組のリーダー、クロスバードの艦長ってこったな」
ゲルトもそう言い、ようやく顔を上げた。
【カンナ】「いいわ、望むところよ。こうなったらレイラの分もとことん突き進んで、やれるところまでやってやろうじゃない!」
改めてカンナがそう宣言する。ミレーナ先生はそれ聞いて安心したように、
【ミレーナ】「分かったわー。それじゃ、手配はしておくから、後日顔合わせの機会があると思うんで、よろしくねー?」
…かくして数日後。
X組の教室にマリエッタを含む全員が集合し、雑談していた。
【アネッタ】「そういえば、マリエッタ殿下はこの教室初めてでしたっけ?」
【マリエッタ】「ええ…ですが、殿下呼びと敬語はやめて下さるかしら?」
【アネッタ】「分かったけど…すぐにはやっぱり難しいと思う…」
そこに、ミレーナ先生が入ってきた。
【ミレーナ】「はーい、ちゅうもーく!今から例の新メンバーを紹介しまーす!」
教室に拍手が起こる。
【ゲルト】「いいねぇ、こういうお約束の展開、いっぺんやってみたかったんだよ!」
【フランツ】「確かに、そういえば過去に途中でX組に転籍になるケースってありましたっけ?」
【クーリア】「恐らく史上初のはずです。そもそも『欠員を補充する』という事態が過去にありませんでしたし…」
拍手と会話が静まったところで、ミレーナ先生が軽く手招きをした。
【ミレーナ】「それじゃ、いらっしゃい!」
その合図に合わせて入ってきたのは、ロングヘアーの女の子。
彼女はペコリと一礼すると、自己紹介を始めた。
【女の子】「やー、どうもどうもどうもー。この度X組に編入することになりましたクリスティーナ=フォスターと申しまする。クリスでいいですよー。以後お見知りおきを」
【カンナ】「あたしがカンナよ、よろしくね」
そう言いカンナが立ち上がり、前に出て握手をする。
【クリスティーナ】「これはこれはかのスイーツ大好きで有名なカンナ艦長でございますねー、よろしくお願いしますっと」
【カンナ】「やっぱりスイーツ大好きは付いて回るのね…」
カンナは小声でそうこぼした。
かくして、新たに2名を加えたクロスバードが、新たな任務へと向かうことになる。