第27章:運命が巡る時、翼は広がる
リベルクエタの戦いからおよそ2週間後。
クロスバードとそのクルーは、首都惑星・アレグリオを周回している軍用宇宙コロニー、「エステリア」にいた。
【カンナ】「はぁ…やーっと一通りの報告が終わったわ…ついでにたっぷり怒鳴られた…」
【クーリア】「お疲れ様です、艦長。お茶を入れておきました」
【カンナ】「助かるわー」
そう言い、軽くお茶を飲む。
【クーリア】「ケレイオスもリベルクエタも、一筋縄ではいきませんでしたからね…」
【カンナ】「いや、ぶっちゃけそこは戦闘だからどうとでも言い訳がつくわ。問題はマリエッタ王女殿下…今は『元』王女なのかしら?よ」
【クーリア】「あぁ、確かに…どうやって説明したんですか?」
【カンナ】「とりあえず王女殿下が旅行中のところを偶然出会って拾いましたー、みたいな話にはしたけど…ぜーったい上層部に怪しまれてる気がする…」
【クーリア】「冷静に考えたら突っ込まれますよね…」
カンナは苦笑いしながら、お茶が入ったカップを机の上に戻した。
【第27章 運命が巡る時、翼は広がる】
【カンナ】「で、そのマリエッタ殿下は?」
【クーリア】「ミレーナ先生と地上に降りて、アレグリオを見て回ってるそうです。他のクルーは全員こちらに残ってます」
【カンナ】「オリト君も?」
【クーリア】「オリト君は逆にエステリア見学みたいな感じになっていますね…まぁ、彼にとってはここを見て回るのも勉強のうちでしょう」
【カンナ】「それもそうね。学生身分じゃそうそう入れないしね、ここ…」
軍用コロニーということもあり、エステリアは例え士官学校の学生といえどそうそう入れるものではない。カリキュラムとして卒業までに一度は見学することになっているが、現役の軍人ですら「学生時代に一度見学に行ったきり」という者も少なくなく、エリート学生である当のカンナやクーリアもこれまで数回しか訪れたことはない。
そういう事情を鑑みると、入学してまだ数か月のチャオであるオリトがエステリアにいるというのは、相当特別なことなのだ。
【オリト】「すごい、人型兵器がこんなに…!」
【ゲルト】「やっぱ男ならここだろ!ここに来て滾らねぇとか男じゃねぇ!」
【アネッタ】「イマドキそういうセリフは各方面からバッシング食らうわよ…」
そんな会話をしながら、人型兵器が多数並ぶ工廠を歩くクロスバードの面々。ここに来たメンバーの中で、唯一の女性であるアネッタがぼやく。
【ジェイク】「なぁゲルト、あそこに見たことないタイプがあるんだが、あれ何だか分かるか?」
【ゲルト】「うーん…俺も見覚えねぇな。鹵獲した機体でも無さそうだし…開発中の新型じゃね?」
【オリト】「って、それって機密じゃないんですか!?」
【ゲルト】「いや、このコロニー自体が普通は入れねぇからな?」
一般には公表されていないどころか、ゲルトですら知らない新型の人型兵器が当然のように並んでいるのが、ここが特異な場所であることを示していた。
【オリト】「あれ、あの機体、他よりかなり小さくないですか?」
そう言い、奥の方に見える機体を指してオリトが尋ねる。通常、人型兵器は3大国家いずれも全高15m前後であるが、その機体はその3分の1、およそ5m程度に見える。
【ゲルト】「あー、ありゃチャオ用だな。軍属、しかも人型兵器乗りのチャオなんてほとんどいないから、あれも相当レアだぞ?」
【オリト】「あれがチャオ用…」
【アネッタ】「つまりオリト君も将来あれに乗る可能性があるってことね。よく見ておくといいわ」
オリトはクロスバード内にてシミュレーターで人型兵器のトレーニングはしていたが、実物を見るのは初めてである。遠巻きながら、興味津々にその機体を見ていた。
一方、カンナとクーリアが話している部屋では、レイラが入室してきた。
【レイラ】「艦長、お疲れ様です」
【カンナ】「レイラ、そっちはどう?」
【レイラ】「あたしの担当はほぼ終わり。後はジャレオにお願いすることになりそう」
【クーリア】「話には聞いていましたが…この短期間で可能なんですか?」
【レイラ】「というよりも、『この期間で出来る範囲のことをやろう』って感じ。元々のシステムが数十年前のオンボロだから、ちょっと更新するだけでも効果あるのよ」
【カンナ】「なるほどね…」
【レイラ】「そういえば、これからどうするのかってのはまだ聞いてないの?」
【カンナ】「さて…まーたお偉いさんの都合に振り回されてとんでもない所に飛ばされるんじゃないのかしら?」
レイラの疑問に、カンナが諦めたような口調で答える。それに対しレイラは、こんな話題を持ち出した。
【レイラ】「だよねー…結局ケーキおごってもらうっていう約束、なんだかんだで果たしてもらってないし、このままだといつになるやら…」
【カンナ】「あー…そういえばすっかり忘れてたわ…一番最初にトラブった時に何かそんなこと言った気がする…」
一番最初、つまり入学式の日にアレグリオを出発してトラブルで銀河の反対側に飛ばされた時の会話である。
【クーリア】「…え、あの話、まだ生きてたんですか?てっきり一度アレグリオに戻った時にとっくにおごったのかと…」
【レイラ】「あたしもそのつもりだったんだけど、ほら、艦長スイーツ評論でマスコミに引っ張りだこだったじゃない?それでタイミングを失っちゃって、今に至るって訳よ」
【クーリア】「な、なるほど…」
クーリアが苦笑いしながらレイラの話を聞く。
【カンナ】「スイーツ評論とは失礼ね!ちゃんと真面目な取材もあったのに!」
カンナがそう反論するが、レイラは平然とこう返した。
【レイラ】「もう手遅れよカンナ、あなたのことは既に『スイーツ大好き少女艦長』として同盟中、いや銀河中に知れ渡ってるわ…この間ネットのニュースで流れてきたんだけど、クロスバードが連合や共和国でどう呼ばれてるか知ってる?」
【カンナ】「えっと…何かしら…?」
カンナが恐る恐る尋ねる。
【レイラ】「『スイーツガール』らしいわよ。艦長にはピッタリかもしれないけど、特に男子陣にはいい迷惑かもね」
【カンナ】「す、スイーツガール…どうしてこうなったのかしら…」
カンナがそううなだれた、その瞬間だった。
ズドン、という大きくて鈍い音と共に、地面が揺れた。
【レイラ】「地震…?」
【クーリア】「いえ、ここは宇宙コロニーですよ…?」
当然、宇宙コロニーで地震など有り得ない。音と揺れが収まった頃に、今度は警報音がけたたましく鳴り響いた。
『敵襲!敵襲!コロニー内に共和国軍と思われる侵入者あり!これは訓練ではない!繰り返す!敵襲!敵襲!コロニー内に…』
警報音に続いて流れたこのアナウンスで、場の空気が一気に張り詰めた。
【カンナ】「とりあえず、ブリッジに向かうわ!」
【クーリア】「了解」
【レイラ】「ええ!」
一方、こちらも敵襲を受けて動揺する。
【ジェイク】「んなっ…!エステリアに敵襲だと…っ!?」
そもそもここは、首都惑星アレグリオを周回している軍事コロニー。本来は容易に敵襲を受けるような場所ではないのだ。
【ゲルト】「とりあえず、お前ら2人は最短距離でクロスバードに戻って出撃しろ!俺はオリトを連れて安全な場所に一旦避難する!」
ゲルトはそうジェイクとアネッタに命じた。ゲルトの方が立場が上という訳ではないが、2人共にその行動方針に異存は無く、そのまま「了解!」と言い残し、走ってクロスバードが停泊している宇宙港へと向かっていった。
ちょうどその時、カンナからの通信が飛び込む。
【カンナ】『ゲルト、そっちは無事かしら!?』
【ゲルト】「問題ねぇ!ジェイクとアネッタがそっちに向かってる!俺はオリトを連れて一旦避難するから安心しろ!」
【カンナ】『分かった、オリト君を頼むわね!』
カンナはゲルト達の無事と動向を確認すると、慌ただしく通信を切った。
【レイラ】「とりあえず全員無事みたいね」
【カンナ】「そうね。もうすぐジェイクとアネッタが出撃しに戻ってくるから、ジャレオ、その辺り任せられるかしら?」
クロスバードの格納庫で、アンタレスとアルタイルの整備をしていたジャレオに対し確認する。
【ジャレオ】『ええ、問題ありません。艦長たちはどうするのですか?』
【カンナ】「ここに居ても役に立たないし、白兵戦に向かうわ。留守番頼むわよ」
敵は既にエステリア内に侵入しており、戦艦であるクロスバードを動かしても邪魔になるだけである。それよりは、白兵戦の戦力になった方がマシ、ということだ。
【ジャレオ】『了解しました。気を付けてください!』
【カンナ】「お互いにね。…それじゃ、いくわよ!」
カンナはジャレオとの通信も切ると、クーリア・レイラと3人がほぼ同時に立ち上がり、クロスバードの外へと駆け出していった。
一方、カンナには安全な場所に避難すると伝えていたゲルトとオリト。…だが、ゲルトはその場に留まったままだった。
【オリト】「あのー…避難、しないんですか?」
【ゲルト】「…なぁ、オリト。…お前、あれに乗ってみたくはないか?」
ゲルトはそう言い、先ほど見ていた、チャオ用の人型兵器を指差した。先程まで人型兵器を整備していた人は既に避難しており、この場にはオリトとゲルト以外、誰もいない。
オリトは戸惑った様子で、こう答える。
【オリト】「え?いや、あれに勝手に乗ったらダメなんじゃ…」
そんなオリトに対し、ゲルトはそんなことは知ったことか、という表情でこう返した。
【ゲルト】「んなこと知るかよ。今は非常時だ。最悪責任は俺と艦長が取る!
…どうだ、乗ってみてぇか否か、どっちだ?」
【オリト】「いや、でも…」
なおも困惑した表情のオリト。その時、上空で何やら音が聞こえたので、ふと上を見上げた。
オリトが見上げたコロニー上空では、侵入してきた共和国軍の人型兵器が、守ろうとする同盟の人型兵器に対し襲い掛かっていた。
機体性能に大差はないが、パイロットの練度に違いがあったのだろう。徐々に共和国の人型兵器に同盟の人型兵器が押されていき、最後にはビームセイバーで一突き。同盟の人型兵器は、爆音と共に塵と化した。
【オリト】「味方が…!」
【ゲルト】「お前がいたら助かってたかも知れない命だ。隅っこで援護射撃してるだけでも大分違うからな。
…今まで、何の為にシミュレーターをやってきたんだ?こういう時に、誰かを守る為じゃねぇのか?」
【オリト】「でも、あの成績もまだまだで…」
【ゲルト】「あれぐらいのスコアが出てりゃ、とりあえず迷惑にはならねぇ程度にはなれる。俺が保証するよ」
(…ま、オリトの現状だと『それ以上』を十分期待できるんだけどな)
実は、オリトがやっていたチャオ用の人型兵器シミュレーターは、オリトには告げずに敢えて難易度を非常に高めに調整してあった。
クロスバードは既に銀河中に名前が知れ渡っている艦であり、今後も敵の主力やエースと激突する可能性が非常に高い。オリトが今後もX組の一員としてクロスバードに同行することを考えると、ただ出撃できるレベルではなく、少なくとも敵エース級、それこそ蒼き流星やΣ小隊の攻撃から生き残れるぐらいの操縦技術が必要になる。
そういう発想のもと、敵エース級を想定した難易度調整にしてあるのだが、猛練習の成果かオリトに才能があったのか、最近はある程度のスコアを出せるようになっていたのだ。
【ゲルト】「…もう一度言うぞ、大事なのはお前がどうしたいかだ。別に嫌なら後方支援でもしてりゃいい。それも重要な任務だし、その選択を否定するつもりは無ぇ。
だが、そうじゃねぇなら…誰が何と言おうと、お前のやるべきことは、1つだ」
ゲルトはさらにオリト迫るように言った。そこまで言われて、オリトはようやく考え込む。
そして、少し経って、結論を出した。
【オリト】「…乗り、ます!」
それを聞いたゲルトは、笑いながらこう言った。
【ゲルト】「よく言った!…ま、あれがちゃんと動くって保証も無いがな!」
【オリト】「これだけ焚きつけておいて動かなかったらそれこそ責任取ってもらいますよ!」
【ゲルト】「ははっ、言うようになったな!」
かくして、オリトはチャオ用の人型兵器に乗り込んだ。
【ゲルト】『どうだ、いけるか?』
シミュレーターで覚えた通りに、各種スイッチをONにしていく。近くのゲルトから通信が入ると、オリトはこう返した。
【オリト】「今のところ問題ないです、動きます!」
【ゲルト】『よし、行って来い!何かあったら連絡寄越せば対応すっからな!』
その合図で、メインエンジンを点火。
【オリト】「AATC-0X12『リゲル』、オリト、出ます!」
そう叫び、レバーとアクセルを思いっきり踏み込んだ。
次の瞬間、リゲルは背中のバーニアを噴かせ、上空へと飛び立っていった。
飛び去るリゲルを見ながら、ゲルトはこうつぶやいた。
【ゲルト】「さぁて、もう運命の歯車は回りだして止まらねぇぞ…この果てに何があるのか、見てみようじゃないか」