第23章:天秤にかけるは、ただ星一つ

惑星ケレイオス。
元々共和国のサグラノ家の勢力範囲内の惑星であったが、同盟軍の第3艦隊が侵攻。
現段階で、ケレイオスそれ自体はまだサグラノ家が統治しているものの、周囲のガス惑星などを第3艦隊が次々と陥落させており、ケレイオス陥落も時間の問題とみられていた。

【イレーヌ】「あれがケレイオスだよ、『レヴォルタ大尉』」
【カンナ】「…あ、はい!」
第3艦隊旗艦・ベラトリクスのブリッジ。
総司令・イレーヌ=ローズミット元帥に声をかけられ、返事をするカンナ。
その返事が少し遅かったが、その原因は「呼び方」にあった。


        【第23章 天秤にかけるは、ただ星一つ】


あの漂流劇により有名人となったX組。これから本当の任務に向かう…ということもあり、いくら学生といえどさすがに階級なしではまずい、という話が軍内部で起こった。
海溝派を中心に慎重論も根強かったが激しい議論の末、結局艦長であるカンナには大尉、副長のクーリアは中尉、他のメンバーも立場に合わせた階級が与えられることになったのだ。
当然、18歳で大尉となるのは同盟軍では異例中の異例であり、こう決まるまでにも紆余曲折あったのだが、とにかくカンナは『レヴォルタ大尉』となった。

【イレーヌ】「どうした、レヴォルタ大尉。…それとも、『お嬢ちゃん』とでも呼んだ方がいいかい?」
【カンナ】「い、いえ、申し訳ありません!」
【イレーヌ】「…ま、階級なんてそれでしか物事を計れない阿呆な連中への餌でしかないよ。あたしも気が付いたら元帥になってるけど、中身はただのおばさんだからねぇ」
謝るカンナに対して、イレーヌ元帥はそう自虐的に笑ってみせた。

【カンナ】「そ、そんなことありません!同盟軍で元帥閣下の活躍を知らない者はいないんですよ!?」
カンナが慌てて反論する。そもそも、人並みであれば惑星同盟にたった8人しかいない元帥になどなれるはずがないのだ。小型駆逐艦の艦長時代に1隻で敵の大艦隊を翻弄したことで名を知られるようになり、元帥になってからも繊細かつ大胆な指揮で艦隊を引っ張る。『女傑』の二つ名を持ち、同盟軍の全女性士官が憧れる存在といっていい。そして、それはカンナも例外ではなかった。
【イレーヌ】「それを言うなら、レヴォルタ大尉だって奇跡のヒロインじゃないか。…っと、本題に入るよ」
イレーヌはそう言い話題を切り、一歩前に進んだ。

【イレーヌ】「さて…ケレイオス攻略は順調に進んでいるけど、敵さんだって馬鹿じゃあない。意地もあるだろうさ。あれを見てごらん」
イレーヌが指した方向にあるモニターには、ケレイオス近海を撮影した映像が映し出された。
【カンナ】「これは…」
そこには、共和国・サグラノ家の戦艦がズラリと並ぶ。さすがのカンナも、驚いて声が出ない。
【イレーヌ】「サグラノ家艦隊の旗艦・カグラヅキを筆頭に、大型のハナミヅキ級だけでも約20隻…中型や小型まで含めるとざっと150隻といったところか。惑星1つの攻防に注ぎ込むレベルの数じゃあないね」
【カンナ】「というか、サグラノ家艦隊の大半がいるじゃないですか…!」

少したじろぐカンナに対し、イレーヌはこう言い切った。
【イレーヌ】「…だが逆に言えばチャンスだ。あれを突破すれば惑星1つ落とせる上に、向こうとしては戦力的にはもちろん、心理的にもダメージは計り知れないだろうさ」
何より、共和国の4大宗家の一角・サグラノ家の主戦力がこれだけ集まった末に敗れたとなれば、当然銀河全体の戦争の行方も大きく変わってくる。

そこで、イレーヌは元帥にのみ与えられる元帥杖を床に突いてクルリとカンナの方を向き、こう命令した。
【イレーヌ】「そこで、お嬢ちゃん…レヴォルタ大尉に命令だ。なに、難しいことは言わないさ。たった11文字。
       …『1隻で何とかしてみせろ』…以上だ」


【ゲルト】「いやいやいやいやいや、めちゃくちゃ難しいこと言ってんじゃねーか!!!」
…その命令を伝え聞いたゲルトが思いっきり絶叫した。無理もない。相手は大艦隊である。

【クーリア】「…しかし解せませんね。サグラノ家も必死ですが、こちらもケレイオス攻略に第3艦隊の主力を注ぎ込んでいます。イレーヌ元帥閣下が直々に指揮を執っているのが何よりの証拠。…なのにその最重要局面を、ひよっこ練習艦1隻に任せる…?」
一方、クーリアは首を傾げた。いくらクロスバードが有名だったとしても、こんなマネをするのは筋が通らない。
だがその疑問に対しては、カンナが答えた。
【カンナ】「恐らく…イレーヌ元帥閣下は、あたしらを試してるんだと思う。それにあの方は海溝派だし、最悪山脈派寄りのあたしらならやられても問題ないんじゃないかって…」
【ジェイク】「結局派閥争いかよ…」
それを聞いたジェイクがそう吐き捨てたが、こうなってしまった以上はどうにもならない。

【オリト】「あの…大丈夫なんですか?」
オリトが恐る恐る尋ねる。
【カンナ】「正直簡単じゃないけど…大丈夫にするしかないわ。…クーリア、作戦立案頼めるかしら?」
【クーリア】「それが私の仕事ですので。…1日だけ、時間をください」
そうクーリアが言うと、1人ブリッジから退出した。

【カンナ】「…それじゃあ、とりあえず今日は解散。みんな、準備はしっかりね」
クーリアのいなくなったブリッジで、カンナはそう命じる。当番制でブリッジに残ることになっているレイラ以外は席を立ち、それぞれの部屋へと消えた。


その頃、ベラトリクスのブリッジでは、1人になったイレーヌがブリッジから見える星空を眺めていた。
【イレーヌ】「『血塗れの英雄への道を突き進む』か…それなら、まずあたしを超えてみせるがいいさ」
そうつぶやきながら、カンナのまっすぐな瞳を思い出す。…それは、かつての自分のようであった。


さて、かくしてクーリアは作戦立案のために1人で部屋に籠った。
相談のため、たまにフランツとゲルト、カンナが彼女の部屋に出入りするが、他のメンバーは基本的に最低限の艦機能維持の他は空き時間となる。
【ミレーナ】「よーし、それじゃあ次はキッチンの掃除。今のうちにやっとかないとねー」
【オリト】「はい!」
…が、オリトは相変わらず雑用だった。
X組の正式メンバーとなったオリトではあったが、基本的にはミレーナ先生のもとでの雑用であり、その役割は変わらない。…というより、それ以外に出来ることがない以上、こうするしかないのだが。

ところが、そんなオリトに声をかける人がいた。…ジェイクである。
【ジェイク】「オリト、ちょっといいか?先生、借りるぞー」
【ミレーナ】「オリト君に用なんて、どうしたのー?」
ミレーナが不思議そうな顔をしてジェイクに聞く。
【ジェイク】「ゲルトから『秘密兵器』について頼まれててな」
【ミレーナ】「そういえば出発前に何か運び込んでたみたいだけどー…それとオリト君に何の関係がー?」
【ジェイク】「その『秘密兵器』が、オリト絡みなんだよ」
そう言い、ジェイクはニヤリと笑った。


オリトがジェイクに連れてこられたのは、アンタレスとアルタイルが格納されている人型兵器の格納庫。
【ジェイク】「おーい、連れてきたぞー」
【ジャレオ】「お、来ましたね」
【アネッタ】「それじゃ早速、ジャレオ、例のあれをよろしく!」
【ジャレオ】「了解!」
そこにはジャレオとアネッタが。そしてアネッタの合図で、ジャレオが隅に置いてある人間サイズの機械を操作する。

【オリト】「あの、一体どういう…?」
訳が分からない状態のオリト。だがお構いなしで、ジャレオが話を進める。
【ジャレオ】「…よし、準備できました。オリト君、こちらへ」
そう言い、手招きをする。よく見ると、ジャレオが操作していた人間サイズの機械は、中にチャオが1匹だけ入れるような構造になっていた。
ジャレオに案内されるがまま、その中に入り、座る。目の前には真っ暗なモニター、その手前にはレバーや多数のスイッチが並んでいる。
【ジャレオ】「それじゃ、まず右側のスイッチを回してONにしてください」
オリトが言われるままにスイッチを回すと、軽くモーターの駆動音がした後、オリトの眼前の真っ暗なモニターに星空が広がった。
【オリト】「…!」
そして息つく暇もなく、モニターの星空をバックに、文章が浮かび上がる。
【オリト】「シミュレーター…?じゃあ、これって…まさか…!」
その『まさか』に対し、ジェイクが正解を告げた。
【ジェイク】「あぁ。同盟軍本部の倉庫に転がってるのを偶然ゲルトが見つけたらしい。ちょいと旧式だが、チャオ専用の人型兵器シミュレーターだ…!」


翌日。クロスバード・ブリーフィングルーム。オリトを含め全員が集まった。
【カンナ】「…それでは、今回の作戦を説明します。クーリア、お願い」
そのカンナの一言で、クーリアが立ち上がり、前面の大型モニターのスイッチを入れて、ゆっくりと喋りだした。

【クーリア】「正直私も最初は、いくら何でもクロスバード1隻でサグラノ家の主力相手に立ち回るのは難しいだろうと思っていました。
       …ですが、向こうの陣形、条件、こちらの戦力、様々な情報を総合すると…この戦い、勝てます」
クーリアは、いきなりそう断言した。さすがにX組の面々もざわつく。

【カンナ】「クーリアにしては珍しく大きく出たわね。とんでもない作戦でも思いついたのかしら?」
【クーリア】「具体的な作戦は後ほどお話しするとして…まずは、望遠鏡で撮影したサグラノ家主力艦隊の陣形をご覧ください」
そう言い、クーリアは大型モニターに接続した端末を操作する。モニターには、サグラノ家艦隊の写真とそれを3D図面に起こしたもの、2つの画面が表示された。

【レイラ】「これは…!」
【ゲルト】「副長さん、こっからは俺が解説していいか?」
そこで、ゲルトが挙手をする。作戦立案時に陣形を分析したのがゲルトなのだ。クーリアは「どうぞ」と声をかけ、ゲルトに譲った。

サグラノ家艦隊の艦船は、球の表面を半分だけ形作ったかのような陣形を敷いていた。
【ゲルト】「みんなも授業で聞いたかも知れねぇが…普通は陣形に「厚み」を持たせるんだ。先鋒、主力、後詰め、って感じでな。
      ところがコイツらは全て、『たった1隻』でこの陣形を構成してる。前にも後ろにも艦が居ねぇ。半球状の陣形だが、その半球がペラッペラの紙1枚で出来てるようなもんだ。…こんなの、ハッキリ言って実戦でやる陣形じゃねぇ」

…では、なぜこんな『ありえない』陣形なのか。ゲルトが話を続ける。
【ゲルト】「正直、俺もなんでこんな陣形になってんのか不思議でしょうがなかったが…艦長が1つ情報を持ってきてくれて謎が解けた」
そこで、ゲルトはカンナにバトンタッチ。今度はカンナが立ち上がる。
【カンナ】「これはイレーヌ元帥閣下とその側近や艦隊幹部など、一部にしか伝わっていない情報なんだけど…元帥閣下がこっそり教えてくれたわ。
      ケレイオスに潜入している諜報員からの情報によると…彼ら、完全に油断しているわ」

【オリト】「油断…?」
【カンナ】「どうやら、あたしら…同盟の第3艦隊がケレイオス本星を攻めてくるとはまだ思ってないらしいのよ。しばらくはこの状態で様子見だろう、って決めつけてる」
【ジャレオ】「だから実戦を考慮していない陣形なんですね…」
【ゲルト】「そういうことだ。…つまり、これは大チャンスって訳でもある」

そもそもサグラノ家側も、主力艦隊をケレイオスに集結させているのだ。それが同盟の第3艦隊と正面からぶつかるとなると、どういう結果になるにせよどちらの勢力にも大きな損害が及ぶことは間違いない。自分たちがケレイオス近海に大艦隊を置いている限り、そう易々とは攻めてこないだろうと踏んでいるのだ。
だからこそクーリアは、その裏をかけるのであれば、この戦いは勝てると断言したのだ。

そして、この妙な陣形には、もう1つ意図があった。ゲルトが解説を続ける。
【ゲルト】「もう1つ。この不思議な陣形の理由なんだが…この離れた場所に1隻、戦艦があるだろ?」
と、モニターのある部分を拡大してみせる。サグラノ家艦隊が半球状の陣形を取るその反対側、そのまま球状に陣形をとればちょうど反対側に位置する場所に、1隻だけ戦艦がいるのが映し出されていた。
【アネッタ】「これって…!」
【ゲルト】「…間違いない。サグラノ家艦隊旗艦、カグラヅキだ」

【オリト】「でも、なぜ旗艦だけがこんなところに?」
オリトが再び首を傾げる。それに対し、カンナが答えた。
【カンナ】「この陣形と諜報員からの情報を総合した結果…恐らくだけど、サグラノ家艦隊は、観艦式をやろうとしているわ」
【ジェイク】「敵を目前にして式典とはいい度胸じゃねぇかよ…!」

しばらくして、X組の面々が静まり返ったところで、クーリアが端末を操作してモニターを切り替える。自然と全員の視線がモニターに向く。
【クーリア】「それでは、以上の状況を踏まえて、今回の作戦を説明します。…決行は、1週間後です」
そう言い、作戦について説明を始めた。

このページについて
掲載日
2021年6月19日
ページ番号
25 / 51
この作品について
タイトル
【Galactic Romantica】
作者
ホップスター
初回掲載
2020年12月23日
最終掲載
2021年12月23日
連載期間
約1年1日