第22章:8つの灯と、11の魂
アレグリオの首都の某所にある、真っ暗な小さな会議室。
その一番奥の席に、小さな明かりが灯る。
その光によって姿を現したのは、惑星同盟軍参謀総長、エルトゥール=グラスマン元帥。
やがて、他の席にもぽつぽつと小さな明かりが灯り、合計8つの光が会議室に灯った。
そして、8つの光が灯ったのを確認したエルトゥールが、口を開いた。
【エルトゥール】「…さて、始めようか。『元帥会議』を」
【第22章 8つの灯と、11の魂】
軍隊における最上位の階級である元帥。但し、その扱いは時代や国家によって様々である。
この惑星同盟軍においては、合計7個ある艦隊の各総司令と、アレグリオの参謀総長の合計8人にのみ与えられる、実質的には名誉階級のようなものである。
そして、その各艦隊の総司令と、参謀総長の計8名が一同に会するのが、惑星同盟軍の最高意思決定機関である、この『元帥会議』である。
…といっても、実際には広い銀河で忙しく戦っている各艦隊の総指令ともなると出席できないことが多く、平均の出席率は半分ほど。不在の場合は、アレグリオに常駐している艦隊所属の将官が代理出席することになっている。
が、今回は違っていた。8人全員が偶然にもアレグリオ近海に集まっており、一部メンバーは映像による参加ながら、久しぶりに8人全員がリアルタイムで元帥会議に参加していた。
第1艦隊総司令、アルフォンゾ=スライウス元帥。
【アルフォンゾ】「…しかし珍しいな、全員参加とは」
第2艦隊総司令、シュンリー=グェン元帥。
【シュンリー】「一体これはどういう風の吹き回しだろうねぇ…?」
第3艦隊総司令、イレーヌ=ローズミット元帥。
【イレーヌ】「ま、あたしはちゃんと会議になって話が進めば、誰が出ようがいいと思うんだけどねぇ」
第4艦隊総司令、ヨハン=マルクブルグ元帥。
【ヨハン】「たまには本当の『元帥会議』と洒落込むのもよかろう」
第5艦隊総司令、イブラヒム=アルジャイール元帥。
【イブラヒム】「最後に元帥が8人集まったのは確か17年前じゃったかのぅ、あの時は確か…」
第6艦隊総司令、アルベルト=グラッドソン元帥。
【アルベルト】「爺さん、御託はいいから始めるぞ。すまんがあまり時間がないんだ」
第7艦隊総司令、ルートヴィヒ=フォン=ザンクハウゼン元帥。
【ルートヴィヒ】「私は多少長引いても構いませんけどね。…とはいえ無駄話は好きじゃない。参謀総長さん、議題をどうぞ」
そして、参謀総長、エルトゥール=グラスマン元帥。
【エルトゥール】「あぁ。…まずは大まかに現在の戦況から確認しようか」
…さて、そんな会議とは無縁…という訳ではないが、少し離れた場所にいる、士官学校のX組。
珍しく、教室にX組のメンバーがほぼ全員集まっていた。いないのは、ゲルトのみ。
【カンナ】「さてと…ゲルトは今日も忙しいんだっけ?」
【ジェイク】「なんでも『秘密兵器』を運び込むんだとさ。詳しくは聞いてないけどな」
それを聞くと、カンナは軽く咳払いをした後、改めて喋りだした。
【カンナ】「さてと…今日は大事なお知らせがあります。
まず1つ!オリト君、入ってきて!」
そう言いカンナが手招きをすると、オリトが教室に入ってきた。
【オリト】「ど、どうも…」
軽く頭を下げるオリト。
【カンナ】「えーと、学校の偉い人とかけあって、やーっと許可が下りました!
…オリト君が、正式にX組のメンバーとして編入することが決まりました!!」
【ALL】「おぉーっ!!」
一同、拍手。
【ミレーナ】「いやー、校長室で渋る校長相手に大立ち回りをやったカンナさん、凄かったわよー」
ミレーナ先生も拍手しながら思い出すように語る。
【ミレア】「まさか、校長先生、相手に、直談判を…?」
【ミレーナ】「『認められないのであれば、あたしはX組を降ります』とまで言ってたわねー」
【クーリア】「そ、そこまで…もし本当に認められなかったらどうするつもりだったんですか…」
【カンナ】「まぁ、その時はその時かなって…」
クーリアの指摘に苦笑いするカンナ。
【オリト】「すいません、自分なんかのために…」
恐縮するオリトだったが、カンナが否定する。
【カンナ】「いいえ、そうじゃないわ。オリト君にはあたしがそこまでする価値があると思った、っていう、それだけの話よ」
【オリト】「ありがとうございます」
【カンナ】「とにかく、これからもよろしくね!」
【オリト】「はい、頑張りますので、よろしくお願いします!」
そう言い、再びオリトは頭を下げた。再び拍手。
【カンナ】「それじゃ、間に合わせで悪いけど…一般クラスの教室からチャオ用の机と椅子を持ってきてもらったから、ここにお願いできるかしら?」
【オリト】「はい!」
X組にチャオが入るのは史上初のことである。そもそも、X組にチャオが入ることをあまり想定していなかったので、机などは一般クラスから急遽借りたものだ。
こうしてX組は新たにオリトを迎え、来るべき「再出発」に向けて準備を進めていた。
一方、元帥会議は後半に差し掛かっていた。参謀総長が、次の議題として、この話題を持ち込んだ。
【エルトゥール】「さてと、次だけど…例の『帰還者たち』…つまり、クロスバードとそのクルーの処遇について」
【ルートヴィヒ】「あの士官学校の子供たちが、どうしたのかい?」
【エルトゥール】「計らずして彼女たちは国民的英雄となった。…これを利用しない手はないと、思わないかい?」
参謀総長は7人の艦隊総司令相手に、そう諮った。
【イブラヒム】「利用とな…!まだ17か18の子供じゃぞ!?」
イブラヒムが拒否反応を示すが、参謀総長がすぐに反論する。
【エルトゥール】「だが彼女たちは士官学校の生徒だ。どのみちいずれ戦場に出ることになる。それが早いか遅いかだけの話さ。
…何より、彼女たち自身が、それを望んでいる。『例えそれが地獄への道であろうと、血塗れの英雄への道を突き進む』…そう明言したよ、彼女は」
参謀総長を通じて伝えられたカンナのそのセリフに、さすがの元帥たちも一瞬黙った。
【シュンリー】「『血塗れの英雄』、か…18でそんなセリフが口から出るとは、いやはや末恐ろしいお嬢ちゃんだね」
【エルトゥール】「という訳で、彼女たちをどこかの艦隊でしばらく面倒を見て欲しいんだけど…どこがいいだろうね?」
その問いかけに、第4艦隊のヨハンが立候補する。元はといえば、クロスバードはヨハン率いる第4艦隊の演習に参加しようとして銀河の反対側に飛ばされたのだ。
【ヨハン】「…となると、我らの所に収まるのが自然だろう」
だがそれに、アルベルトが反論する。そこから、激しい応酬が始まった。
【アルベルト】「ちょっと待ってもらいたい。あの時の第4艦隊は主力が後方に回ってたからよかったが、今は連合と最前線でやり合ってるではないか。例の『蒼き流星』の出現報告も聞いているぞ。いきなりそんな所に放り込む訳にはいかんだろう」
【ルートヴィヒ】「グラッドソン元帥閣下はさっきの参謀本部長の話を聞いてなかったのかい?」
【アルベルト】「何だと!?」
【ルートヴィヒ】「彼女たちは英雄になりたいんだろう?だったらむしろその状況はうってつけじゃないか。…それとも、英雄の卵を山脈派に取られるのがそんなに嫌かい?」
【アルベルト】「貴様っ…!最前線を知らんからそういう事が言えるのだっ!」
第6艦隊のアルベルト=グラッドソン総司令は同盟軍の2大派閥のうちの海溝派で知られている。一方、第4艦隊のヨハン=マルクブルグ総司令はもう1つの2大派閥である山脈派。ちなみに、アレグリオの士官学校はどちらかというと山脈派寄りであることが知られていて、アルベルトが不快感を示しているのはこういった理由もある。
一方、ルートヴィヒ=フォン=ザンクハウゼン総司令率いる第7艦隊は、同盟領内の治安維持を主な任務としており、直接最前線に出ることはあまりない。また、ルートヴィヒ自身も山脈派であることから、アルベルトが噛みついたのだ。
しかしルートヴィヒは意に介せずこう言い返す。
【ルートヴィヒ】「へぇ、ではグラッドソン元帥閣下は最前線をよくご存知と?前線はほとんど部下に任せきりで自らはアレグリオや出身地域で資金集めのパーティー三昧なのに?…古代中世ではないのですよ、公人の行動履歴は全てデジタルの記録に残されているんですよ?」
【アルベルト】「ぐっ…それこそ必要なことなのだよ、艦隊が最前線で戦うためにな!」
【アルフォンゾ】「…やめんか、ご両人」
激しく睨み合う2人に対し、第1艦隊の総司令であるアルフォンゾが一喝。さすがに2人とも大人しくなった。
そこで、唯一の女性元帥であるイレーヌが立候補した。
【イレーヌ】「…それなら、アタシが預かろうか?例の艦長は女の子なんだろう?それにちょうどウチは今サグラノ家とやりあってるけど、こっち優勢で動いてる。初陣にはちょうどいいんじゃないか?」
…何より、イレーヌ本人は敢えて口に出さなかったが、彼女は海溝派でもある。そうなると、アルベルトが反対する理由はないし、ルートヴィヒも引き下がらざるを得なかった。
【アルベルト】「…まぁそれなら良かろう」
【ルートヴィヒ】「ベストではないかも知れないが、ベターではあるね。否定はしない」
【エルトゥール】「それじゃ、決まりということで…今回の会議はここでお開きかな。ご苦労さん」
その参謀総長の一言で、その場に出席していた者は立ち上がり、また映像で参加していた者は映像が途切れた。
かくして数日後、X組に正式な命令が下った。
練習艦『クロスバード』はアレグリオを出発し、惑星ケレイオス近海で第3艦隊と合流し、そのまま対峙する対サグラノ家戦線に参加せよ―――
【ジャレオ】「しかし第4艦隊ではなく第3艦隊ですか…」
【ゲルト】「今第4艦隊は連合の主力とバリバリやりあってるからな。さすがにそこに放り込むのはまずいって上が判断したんだろう」
【ジェイク】「あっちにゃ『蒼き流星』が出てるって話だろ?むしろ俺らが行かなくてどうすんだよって気もするが…」
【ゲルト】「さぁて、その辺は大人の事情ってやつが絡みまくってんじゃねぇの。ケレイオスでのサグラノ戦線は割と優勢らしいしな」
【ジャレオ】「個人的には第3艦隊が海溝派寄りというのも気になりますね…我々が山脈派寄りというのを分かった上での判断なんでしょうか」
と、廊下を歩きながら雑談する男子陣。やがて、クロスバードのブリッジへと入る。
【カンナ】「…遅いわよ、男子!」
ブリッジに入った男子陣に、カンナが一喝。それに対し、ゲルトがこう返す。
【ゲルト】「べったべたなセリフ頂きました!」
【クーリア】「そういうのいいですから、早く持ち場について下さい」
【ゲルト】「はいはい、っと…」
クーリアがそれに対し冷静に話を止めて、持ち場につくよう促した。
【カンナ】「ジャレオ、エンジンは大丈夫?」
【ジャレオ】「ええ、問題ありません。逆に恐いぐらいです」
漂流劇の直接の原因となったエンジンについては、軍上層部の肝入りで最新型のエンジンに換装。練習艦とは思えないスペックの代物である。
但し、2基のエンジンの名前だけはジャレオのたっての希望で、「カストル」と「ポルックス」のままとなった。2代目、という訳だ。
【レイラ】「その他のシステム、全て問題ありません。いつでもいけます!」
【カンナ】「それじゃ…クロスバード、浮上シークエンス、開始!」
【ジェイク】「カストル、及びポルックス起動っ!」
クロスバードの浮上時は人型兵器乗りであるジェイクやアネッタもオペレートの手伝いをしている。
X組全員が集合し手際よくこなしていく様を、ミレーナ先生とオリトが艦長席の横の特別席で見ていた。
【オリト】「す、凄い…」
【ミレーナ】「ま、そのうち見慣れるだろうし、見慣れないとだめよー?」
【オリト】「はい…!」
【ジェイク】「カストル及びポルックス、出力80%まで上昇っ!ってか今までの半分も経ってねぇぞ!すげぇな最新型!」
【ゲルト】「むしろ今までがポンコツすぎたってだけの話じゃねぇのか…?」
【カンナ】「おしゃべりは後で!…それじゃ、クロスバード、浮上!」
カンナのその号令と共に、クロスバードはゆっくりと士官学校から浮上する。
入学式の時のように新入生が揃って見ている訳ではなかったが、一般生徒や話を聞きつけた一部メディアが周囲から見ていた。浮上した瞬間、一斉に歓声が上がる。
やがて、入学式の時と同じようにクロスバードは校舎から戦艦に変形し、アレグリオの空へと消えていった。