第21章:煌めきは決して届かぬ御伽噺

カンナが参謀総長に呼び出された日から、およそ2週間後。
ようやくX組の面々のメディア出演も減ってきて、X組の教室に顔を出すことも多くなってきた。
…だが、今度は皆、何やら別の用事で忙しそうにしている。


        【第21章 煌めきは決して届かぬ御伽噺】


X組の教室には、オリトとカンナだけ。今日はミレーナ先生も職員会議で不在だ。
【オリト】「皆さん、最近何をしてるんですか?」
【カンナ】「あー、ちょっとね。なんだかんだでみんなずっと学校を空けてたから、その間のあれこれで忙しいのよ」
【オリト】「そうなんですね…でも、艦長はいいんですか?」
【カンナ】「あたしは今週、敢えて何も予定を入れてないのよ。さすがに気を張りっぱなしだったし、しばらくリフレッシュするわ」
【オリト】「でも、昨日はいませんでしたよね…?」
そこに、段ボール箱を持ったレイラが教室に入ってきて、こう口を挟んだ。
【レイラ】「艦長なら昨日は街でスイーツ巡りしてたわよー、途中顔バレして大変だったみたい」
【カンナ】「ちょっと、その話はもういいでしょ!」
カンナが慌てて遮るが、時すでに遅し。

【オリト】「そうだったんですね…」
【レイラ】「もうみんな話題にしてるわよ、スイーツ大好き少女艦長ってね」
【カンナ】「うう…うれしくない…」
帰還直後は艦長という立場もあり、真面目な番組や雑誌等への出演が非常に多かった彼女だが、気が付けば出番はスイーツコーナーばかりである。
このままでは、本当にスイーツ評論家になりかねない状況。何が情けないかと言えば、スイーツ評論家としてやっていけそうと思ってしまうカンナ自身が一番情けない。

カンナはそんな誘惑に耐えつつ、何とか話題を変える。
【カンナ】「そういえばオリト君、いくら放課後とはいえ毎日毎日こっち来てていいの?そりゃ、あたしらは拒む理由はないけどさ」
そう言い、オリトに話題を振る。なんだかんだで放課後は毎日のようにX組の教室に来ているが、本来はたまたまクロスバードの遭難に巻き込まれたただの一般生徒である。エリート揃いのX組のメンバーとは訳が違うのだ。
【オリト】「なんかもう…慣れですね…それに、座学で分からないところとかは皆さん教えてくれますし」
と、オリトは苦笑いしながら答えた。

【オリト】「それに、明日は休みなので、学校に外出許可をもらって、久しぶりに家に戻ろうと思うんです。あんまりいい所じゃないですけど、色々ありましたし、やっぱり家族には報告しないといけないので」
【レイラ】「へぇ、ご実家に!いいじゃない!」
【オリト】「皆さんと違って、実家って呼べるほどのものじゃないですけどね…スラムですから、そもそも他の家との境界自体があいまいですし」

何となくオリトの話を聞いていたカンナだったが、その瞬間、あることを閃いた。
【カンナ】「ねぇ、オリト君…」
【オリト】「何でしょう?」
【カンナ】「明日、ついて行ってもいいかしら?」
【オリト】「えぇっ!?」
突然の申し出に、驚くオリト。慌てて否定する。
【オリト】「だ、駄目ですよ!皆さんのようなエリートが行く場所じゃないです!そもそも危ないですし!」
【カンナ】「…この間まで銀河の反対側まで飛ばされた挙句、蒼き流星や魔女艦隊や遺伝子改造を受けた連中と戦ってきたあたしらに、『危ないから』って理由が通じると本気で思ってるのかしら…?」
…それを思えば、少なくとも今のカンナにとって、スラムなど何てことはなかった。
【オリト】「うっ…」
さすがにオリトも言葉に詰まる。自分も当事者だから否定できない。そしてカンナは、こう続けた。
【カンナ】「確かにあたしらは、生きることそれ自体には不自由がなく育ったエリートかも知れない。でも、だからこそ、オリト君が育ったような場所を、見なければいけない、知らなければいけない。…違うかしら?」

そこまで言われると、オリトは言い返せない。
【オリト】「…分かりました。話は通しておきます。但し、身バレだけはやめてくださいよ!本当に収拾つかなくなりますから…!」


翌日。
アレグリオの首都郊外、大きな川の近くの低地帯。オリトが育った、スラム地区の入り口に、オリトとカンナが立っていた。無論、カンナは変装している。グロリアで出会った蒼き流星によく似ていた誰かさんみたいにバレバレではないはず、と信じていたが、なにぶん初めてなので実際のところどうなのかは正直あまり自信がなかった。
【カンナ】「ここが…ニュース映像では見たことがあるけど…」
【オリト】「…はい。最も、こうやって『故郷』があって『実家』がある分だけ、僕らはまだマシな方だと思いますよ。それすら知らない人やチャオも、まだまだこの星にはたくさんいますから。もちろんアレグリオだけじゃなくて、同盟、そしてこの銀河全体を考えたら…」
【カンナ】「そうね…あたしらは、まだこの銀河のことを何も知らない…」

そんな壮大な話をしていると、年老いた男性の人間が1人、彼らの前に現れた。
【男性】「…オリト君、久しぶりだね」
【オリト】「あ、長老!お久しぶりです!」
彼を見たオリトは、慌てて深く礼をする。
【長老】「ほっほっほ、立派になったのぉ。
     …そちらのお嬢さんが、噂の艦長さんかね」
と、長老はカンナの方を向く。
【カンナ】「あ、はい、カンナ=レヴォルタです。こんな姿で申し訳ありません」
それを受けて、カンナは慌てて一礼。
【長老】「いやいや、構わんよ。むしろそうでないと、大変なことになりそうじゃからのぉ…さ、ついてまいるがいい」
【カンナ】「あ、はい」
長老とオリトに促されて、カンナはスラムへの足を踏み入れた。


スラムは、旧時代と変わらぬバラック建ての小屋が延々と建ち並ぶ。銀河を三分した宇宙戦争をやっている一勢力の首都惑星とは、とても思えない光景が続く。
その中を長老とオリトが先に歩き、カンナが少し後ろからついていく。そんな中、カンナがオリトに小声で話しかけた。
【カンナ】(ねぇ、オリト君…)
【オリト】(何でしょう?)
【カンナ】(長老さんって、どういう方なのかしら?)
【オリト】(実は、よく分からないんです。誰も名前を知らないので、皆『長老』って呼んでるぐらいですし)
【カンナ】(そ、そうなのね…)
だが、このスラムの指導者的立場にいるのは確かであり、行政側との交渉にもよく参加すること、そもそもスラムにいる人間やチャオはあまり長生きできないため、名前はもちろん、長老が何故長老なのか知っている者はほとんどいないこと。
そんな話題をオリトは小声でカンナに説明しながら歩いていく。

その時、突然路端にいた男がカンナの右肩を掴んだ。
【男】「姉ちゃん、いい服着てんじゃねぇか」
【カンナ】「…!」
驚いたカンナの動きが止まる。明らかに酒に酔っている様子だ。

しかし次の瞬間、長老が男に対し、キッ、と軽く睨みつけると、
【男】「チッ、長老か…!」
男は舌打ちすると、バラックの合間の小道へと消えた。

【長老】「すまんのぉ」
長老はカンナに謝る。
【カンナ】「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
自らも頭を下げるカンナ。
【オリト】「…正直、あぁいう輩は少なからずいますから…僕は慣れてますけど、さすがに僕だけでは艦長まで守り切れないので」
と、オリトが長老を呼んだ理由も含めて説明をした。
【カンナ】「いざそういう場面に出くわすと、何もできないものね…」
それに対して、カンナは苦笑いしながらこう返す。
仮にも士官候補生であり、生身での戦闘術もそれなりに優秀なカンナであるが、そんな彼女でも突然の出来事に何もできなかった。ちょっとした悔しさが襲うと共に、戦場とは別の危うさが潜む場所だということを実感した。

…そして、さらに歩くこと、数分。
【オリト】「…着きました」
オリトと長老が、足を止めた。バラック建てが並ぶスラムに於いて、数少ないコンクリート建ての建物が現れた。
【カンナ】「ここは…?」
【長老】「ある時は集会場、ある時は学校、ある時はこうして客人をもてなす場、そしてある時はお祭り会場。…ま、つまり、何かある時はここを使うんじゃ」

すると、その建物から、数匹の子供チャオが飛び出してきた。
【チャオ】「オリト兄ちゃん!!」
【オリト】「アーダルト!スウェナ、ユダルク、フラージェまで!!みんな元気だったか!?」
驚き、すぐに喜びの表情に変わるオリト。

【カンナ】「この子たちが…」
【長老】「彼の家族じゃよ。…血は繋がってないかも知れないがの」

【オリト】「アーダルト、ちゃんと勉強してるか?スウェナは部屋散らかしてない?」
弟たち、妹たちと久しぶりの再会に、思わず言葉が止まらないオリト。
【スウェナ】「もう、オリト兄ちゃんってば、こんな時まで小言ばっかり!」

【長老】「…さてと、感動の再会の邪魔をしちゃいかん、ちょいとこちらへ…よいか?」
【カンナ】「あ、はい」
と、そんなオリト達を横目に、長老はカンナに対して手招きをし、建物の中へと向かった。


長老とカンナが向かったのは、建物の最上階である4階。
といっても、バラック建てのスラムの住居はほとんど平屋であり、高くても2階建て。このスラムの中ではここが最も「高い場所」である。
その窓からは、アレグリオ首都の超高層ビルを背景に、平屋建てのスラムが広がっていた。
【カンナ】「正直…あたしは『あちら側』の人間です。まさか、こちら側に立つ日が来るとは、思っていませんでした」
そう、遥か遠くに霞む超高層ビルを指してつぶやく。
【長老】「彼…オリトも、士官学校に合格するまでは、全く逆の立場から、似たようなことを考えとったじゃろう」
【カンナ】「そうかも知れませんね…」

そしてそのまま、カンナと長老の会話が続いた。
【カンナ】「なんというか…ちょっと前まで、銀河を漂流していたのが、遠い遠い昔の、遠い遠い世界の話みたいに思えてきます」
【長老】「実際、わしらにとってはおとぎ話みたいなもんじゃからの…今この星が、夜空に浮かぶ他の星々との間で本当に戦争をしておるのか…
     最近はスラムでも安価な個人端末が普及しとるから、情報だけはいくらでも入ってくるが…かえってますます『おとぎ話』にしか聞こえなくなっておるよ」
【カンナ】「そう考えると、士官学校に合格したと思ったら突然『おとぎ話の世界』に放り込まれたオリト君は…なんというか、凄いんですね」
【長老】「でなければ、士官学校に合格などせんじゃろうて」
【カンナ】「そうですね…」

しばらく、青空に沈黙が走る。やがて長老が、ゆっくりと話し出した。
【長老】「…これから、お嬢さん達はどうするんじゃ?」
【カンナ】「近いうちに…『おとぎ話の戦争』に戻ることになっています」
【長老】「そうか…」

【長老】「お嬢さん達はわしらとは生まれも育ちも違う…お嬢さん達はきっとこれから『おとぎ話の戦争』で活躍し、やがて本当のおとぎ話に残るような英雄になるんじゃろう。
     その間も、わしらのような場所に生まれた者は、地を這い、今日と明日を死に物狂いで生き残る。…わしらには、それしかない」
【カンナ】「………」
長老の言葉に返す言葉がなく、黙ってしまうカンナ。長老は構わず、淡々と言葉を続ける。
【長老】「わしらとて馬鹿ではない。この状況が一日や二日で良くなることはないというのは解っておるし、万が一そんな事が起こる時はこの星が終わる時じゃろう」

【長老】「じゃから、せめて覚えていてくれ。お嬢さん達が戦っておるその遥か後ろでは、わしらのような名も無き者達が、今日を必死で生きておるってことを」
【カンナ】「…誓います。その言葉、そして今日見た『こちら側』からの景色。一生、忘れません」
カンナは右手を自らの胸に当て、そう力強く言った。


オリトと再合流し、スラムを抜け、士官学校へと戻る帰り道。既に日は暮れ、薄暗い。
そんな中、カンナがオリトに話しかけた。
【カンナ】「ねぇ、オリト君…」
【オリト】「艦長、どうしました?」
【カンナ】「…オリト君さえ、良ければだけど…正式に、X組に入らないかしら?」
【オリト】「え、えぇっ!?僕がですか!?」
予想外の言葉に驚くオリト。

【オリト】「でも、X組って確かエリートしかなれないんでしたよね!?しかも、チャオがX組になったことも前例がないって…」
そう、本来X組の存在とはかけ離れているのがオリト…の、はずである。
【カンナ】「…だからこそ、X組に入って欲しいのよ。オリト君みたいな存在こそがX組に必要だと思うし、何より…あたしらは、大人のつまらない常識を覆すために在りたい、と思ってるから」
【オリト】「そんな、言葉で言うのは簡単ですけど…それこそ学校や軍の上層部が納得してくれますか?」
【カンナ】「そこはまぁ、あたしが掛け合うわ。なんか気が付いたら今や銀河の有名人なんだもの、大抵のお願いは通さざるを得ないでしょう?」
そう言い、ニヤリと笑った。
その表情を見て、オリトも理解した。彼女は自らの立場を賭けてでも、通したいものがある。それが自分に関わることだといううことが、少し嬉しかった。

そして、オリトはこう返した。
【オリト】「…分かりました。スイーツ大好きで銀河中に知られた有名人のお願いとあっては、僕も断る訳にはいかないですからね!」
【カンナ】「ありがとう…って、なんか上手く返された気がする!っていうかスイーツ大好きは余計じゃないかしら!?」
カンナは苦笑いしながら軽く怒るが、既に察したオリトは逃げるようにして先を急いだ。

このページについて
掲載日
2021年5月29日
ページ番号
23 / 51
この作品について
タイトル
【Galactic Romantica】
作者
ホップスター
初回掲載
2020年12月23日
最終掲載
2021年12月23日
連載期間
約1年1日