第20章:英雄への道程は道半ばにて

惑星同盟の首都惑星・アレグリオ。
その首都の一角にある、同盟軍の士官学校。
…そのとある教室に、1人の女性教師とチャオの生徒が座っていた。


        【第20章 英雄への道程は道半ばにて】


【ミレーナ】「…はー、今日も誰も来ないわねー…」
頬杖をついてため息をつくのが、保健教師でありX組の担任でもあるミレーナ=ジョルカエフ。
【オリト】「そりゃ、皆さんメディアに引っ張りだこですからね…ほら、今も艦長が番組に出てますよ…」
と、動画が流れる個人端末を見せるのが、チャオの生徒であるオリト。


…グロリア王国で起きた、王位継承を巡り発生した(ということになっている)グレイス王女誘拐事件からおよそ1ヵ月。
あの後、無事に同盟に帰還を果たしたクロスバードは、まさに英雄のような扱いをもって迎えられた。

X組の面々は全員エリートの少年少女という特殊性もあって、連日各種メディアからの取材攻勢。
同盟軍上層部もこれを恰好の宣伝機会と捉え、基本的に出演や取材にあまり制限をかけなかったため、X組のメンバーはまさに人気俳優やタレントみたいな扱いになっていた。

…だが教師であるミレーナ先生と、実質的に部外者であり、チャオであるオリトは例外。
こうして誰もいなくなったX組の教室で、ただ無為に空き時間を過ごしていた。

【オリト】「…そういえば先生、結局報告書は書けたんですか?」
【ミレーナ】「何とかねー。結局あたしは最後の救出作戦知らないし、その辺はオリト君のおかげだよ、本当にー」
【オリト】「いえ、俺もビビってただけですし…」
そう言い苦笑いするオリト。それに対し、今度はミレーナ先生が質問を聞き返す。
【ミレーナ】「一般クラスの授業は大丈夫ー?ちゃんとついていけてるー?」
【オリト】「あ、はい、そっちも何とか…特に座学については、航海中の空き時間の特別講義が役に立ってます」
結局、オリトはアレグリオ帰還以降、一般クラスに編入する形で通常のカリキュラムをこなしている。今はいわゆる放課後の時間にあたる。
【ミレーナ】「そう、それなら良かったわー」

その時、滅多に開かれることのなくなった教室の扉が開く音がした。入ってきたのは、クーリア。
【ミレーナ】「あれ、クーリアさんー?どうしたのー?」
不思議そうな表情で尋ねるミレーナ先生。
【クーリア】「いえ、そんな不思議な表情をされても…X組の生徒がX組の教室に入ることの何がそんなに不思議なんですか…」
【ミレーナ】「その生徒が銀河中に名前が知れ渡る有名人で連日の取材攻勢のおかげでロクに登校すらしないんだから、不思議よねー?」
というミレーナの返しに、さすがのクーリアも苦笑いするしかなかった。当のクーリアも、昼間は雑誌の取材を受けて、夕方のこの時間にようやく登校してきたところである。

【オリト】「そういえば、ケガはもう大丈夫なんですか?」
【クーリア】「ええ、おかげさまで」
オリトの質問に対し、クーリアは左腕のシャツをめくる。
1ヵ月前、パトリシアとの戦いで付いた深い傷も、何事も無かったかのようにきれいになくなっていた。

【オリト】「すごいですね…これが再生治療…」
この時代は遺伝子工学を応用した再生治療が普及し、過去の時代であれば傷痕が一生残っていたような怪我もきれいに治るようになっている。
最も、心理的な理由などにより傷痕が残った方がいい、という人は少なからずおり、またそれなりに費用もかかるため、スラム育ちのオリトにとっては驚きの光景であった。
【ミレーナ】「外見は元通りだけど、内部はまだダメージが残ってるんだから、しばらくは無茶しちゃだめだよー?」
【クーリア】「分かってますよ」
ミレーナ先生の忠告に対し、クーリアは聞き飽きた、という表情を滲ませつつも、頷いた。

【オリト】「そういえば、艦長もすごいですよね、今もほら…」
オリトは話題を変え、先ほどの個人端末をクーリアに見せる。カンナが情報番組に出演しているものだ。
【カンナ】『そうですねー、私は最初に紹介された5番通りのパフェがすっごくおいしそうでした!今度休みの日に食べにいきたいです!』

カンナの予想外のセリフに微妙な沈黙が走る。まさか、おすすめスイーツの紹介コーナーだとは誰も思っていなかった。
【オリト】「これでいいんでしょうか…艦長…」
【クーリア】「ま、まぁ、本人が嫌でなければ…いいのではないでしょうか…?」

そこでクーリアが何かを思い出したように、言葉を続ける。
【クーリア】「…あ、でも確か、この番組は収録ですよ?生放送ではないはずです」
【オリト】「あ、そうなんですね。では今、艦長はどこに…?」
その時、今度はミレーナ先生があることを思い出した。
【ミレーナ】「…そういえば艦長さん、参謀総長閣下からの呼び出しがかかってたようなー?そんな話を職員室で聞いたよー?」

【クーリア】「さ、参謀総長…!?あの、エルトゥール=グラスマン元帥閣下ですか!!?」
クーリアが突然凍り付いたような表情で聞き返す。
【ミレーナ】「うん、たぶんねー。…報告書、嘘がばれちゃったかなぁ…?」
ミレーナが心配そうにつぶやく。

【オリト】「参謀総長閣下って、まさか…」
その役職、その名前は、スラム育ちのオリトも一度は聞いたことがある。
【クーリア】「ええ。細かいところを全て端折って思いっきりざっくりと説明すると、『同盟軍で一番偉い人』です」


そもそも今回のクロスバードの失踪事件について、表向きには先月のグロリア王国マリエッタ第二王女の会見により明かされた通り、「グロリア領内に飛ばされて、グロリア軍に保護された」ことになっている。
しかし、クロスバードの航行記録を辿れば、それが嘘であることは一目瞭然。当然同盟軍関係者相手には、共和国領内を経由しグロリア王国領内まで辿り着いたことについて説明しなければならない。だからといって、最終的にドゥイエット家が率いる魔女艦隊に拾われたという「真実」を明かす訳にもいかない。
そこでミレーナ先生は、「共和国領内を単独で航行し、中立国であるグロリア王国を目指した」という内容の報告書を上層部に提出したのだ。なお、道中での魔女艦隊との通信記録などは残っていたが、さすがにまずいだろうということで同盟帰還直前に全て破棄してしまっている。


…という内容を何度も頭の中で咀嚼しながら、カンナはとある高層ビルの廊下を、秘書に連れられて歩いていた。
【秘書】「こちらの部屋です。既にお待ちですので、ノックしてお入りください」
【カンナ】「ありがとうございます」
カンナは案内官に一礼すると、一度深呼吸をして、部屋のドアをノックした。
【カンナ】「失礼します。カンナ=レヴォルタ、入室します」

いかにも『偉い人の部屋』という感じの、高級そうなデスクや椅子、家具が並ぶ一室。
その部屋の奥のソファで、40歳くらいの男性が静かに寝ていた。…そう、寝ていた。

【カンナ】(!?)
これにはさすがのカンナも驚きを隠せない。
各種報道や広報媒体などで、カンナもその顔はよく知っている。寝ているのは、彼女を呼び出した張本人、エルトゥール=グラスマン参謀総長で間違いなかった。

その時、ようやくカンナに気づいたのか、参謀総長が目を覚ました。
【エルトゥール】「んー…あ、ごめんね…この部屋、空調がいい具合に効いてるから、ついね…ふぁ~…」
彼は一度大きなあくびをすると、それでスイッチを入れたかのように自らの椅子に座り、
【エルトゥール】「…それじゃ、始めよっか。といっても、ちょっとお話を聞くだけだから。そこに座って、リラックスして」
【カンナ】「あ、はい」
カンナを手前のソファに座らせる。

【エルトゥール】「まずは…随分遅くなっちゃったけど、1ヵ月もの間、お疲れ様。よく戻ってこれたね」
【カンナ】「ありがとうございます」
【エルトゥール】「今もずっと取材とか出演とかが続いてるんだって?忙しい中ごめんね、呼び出しちゃって」
【カンナ】「いえ、とんでもありません。こうして直々にお会いでき、お言葉を頂けるなんて、光栄です」

【エルトゥール】「報告書、読ませてもらったよ。共和国領内を通過したんだってね?」
【カンナ】「はい。どうやって敵地から同盟領内に帰還するかを考えた時に、中立国であるグロリア王国を通過するのが一番安全だという結論に至りました。さすがにグレイス王女誘拐事件に巻き込まれるのは想定外でしたが…」
グロリアを通過するのであれば、共和国領内を通過するしかないという訳だ。
【エルトゥール】「なるほどね。…グロリアまでは自力なんだよね?」
【カンナ】「ええ。途中ドゥイエット家の艦隊…通称『魔女艦隊』と遭遇し、これと交戦。何とか離脱しましたが、それ以降は幸いにも大きな戦闘はなく通り抜けることができました」
【エルトゥール】「ふぅん…」

そのカンナの説明を聞いた参謀総長は、ふと立ち上がり、自らのデスクに向かう。
そして個人端末を取り出し、少し操作すると、ある写真をカンナに見せた。
【カンナ】「こ、これは…!」
その瞬間、カンナの表情が固まった。

参謀総長がカンナに見せた写真とは、惑星フレミエール近海にて、魔女艦隊の旗艦・プレアデスに曳航されるクロスバードの姿。つまり、事実の写真である。
【エルトゥール】「3大勢力ってどこも、結構銀河中に諜報員…いわゆるスパイってやつだ、を配置してるんだよ。
         特に共和国とは間に中立国のグロリアを挟むだろ?…もちろん本来は敵国への出入りは厳禁なんだけど、ぶっちゃけ互いにかなり侵入し放題なんだよねぇ…」
【カンナ】「それって、つまり…」
【エルトゥール】「裏を返せば、このアレグリオにだって、連合や共和国の息のかかった連中が少なからず紛れ込んでいる。ま、それはお互い様なんだけどね」

そこまで説明すると、参謀総長はデスクに置いてあったコーヒーを飲むと、こう続けた。
【エルトゥール】「さて…もう一度聞くよ。…君たちは、本当にグロリアまで、誰の手も借りずに、自力で辿り着いたのかい?」
【カンナ】「………」
思わず黙ってしまうカンナ。数秒の沈黙の後、再び参謀総長が喋りだす。
【エルトゥール】「っと、ごめんごめん。別に脅迫するつもりはないし、どうしても真実を聞き出したいって訳でもないさ。それに、仮に利敵行為があったところで、今や同盟中で大人気のクロスバード御一行様を処罰するなんて、世論が許さないだろうからね。…どちらにせよ、話したくないのであれば、構わないさ」

【カンナ】「申し訳、ありません…」
さすがのカンナも消え入るような声でつぶやくように話す。

【エルトゥール】「…で、だ。本題はむしろこっからさ」
参謀総長はそんなカンナを気に留めず、話を続ける。
【エルトゥール】「不幸な偶然とそれに屈しない努力と、わずかな幸運が重なって、君たちは普通の士官候補生では到底成しえない名誉と名声を手に入れた訳だけど…ずばり、これから君たちはどうしたい?」
【カンナ】「どうしたい、とおっしゃいますと…?」
カンナは参謀総長の質問の意図が掴めないような表情で聞き返す。
【エルトゥール】「君たちの名誉と名声ならば、ハッキリ言って君たちの未来は選び放題だ。何者でもない普通の士官候補生に戻ってそれまでの平和な日常を繰り返すも良し、あるいは参謀本部入りして銀河に広がる戦場を左団扇に高見の見物をするも良し、いっそこのままメディアに出続けてアイドルでも芸人でもスイーツ評論家にでもなってしまう、ってのもいいかも知れないね」
【カンナ】「す、スイーツ評論家…」
カンナは苦笑いしながら参謀総長の言葉を反芻する。ちょっと心が動いてしまったのを隠しつつ。

【エルトゥール】「…あるいは、もう1つの選択肢として…再び最前線に出て、この銀河に遍く広がる敵を屠りながら血塗れの英雄への道を突き進むか…なんてね」
【カンナ】「…!」
その言葉を聞いて、カンナの表情が180度変わった。その瞬間、部屋に夕日が差し込み、カンナの顔の右半分を照らす。

【エルトゥール】「さて…、君たちは、どうしたい?」
参謀総長の2回目の質問に対し、カンナはこうハッキリと言い切った。
【カンナ】「…英雄への道を、突き進みます。それが、例え地獄への道であろうとも」
【エルトゥール】「理由は?」
【カンナ】「あたし達は、この手でこのつまらない戦争を終わらせたい、と思ったからです」
その為には、地獄への道であろうと、最前線に立ち続けることが必要なのだ。この1ヵ月で、カンナはそう確信したのだった。

【エルトゥール】「…分かったよ。我々は、それを最大限サポートするだけさ」
参謀総長はそう言い、笑いながら立ち上がる。
【エルトゥール】「今日は会えてよかったよ、カンナ=レヴォルタ君。今日は時間の都合でこれでおしまいだけど、そのうち辞令を出しておくから、待っていてくれ」
【カンナ】「ありがとうございます」
カンナはそう言い深々と礼をすると、扉を開けて、部屋から立ち去った。


…静かになった部屋で、参謀総長が1人、窓から外を見つめる。アレグリオの夕暮れは、林立するビルに光が乱反射し、お世辞にも綺麗とは言えない。
【エルトゥール】「彼女たちなら、あるいは…いや、今はそこまで考えるのはよそう…」
そうつぶやくと、カーテンを閉めた。やがて、再び眠気が襲ってきたので、彼はゆっくりとソファに横になり、すぐに意識は消えた。

このページについて
掲載日
2021年5月22日
ページ番号
22 / 51
この作品について
タイトル
【Galactic Romantica】
作者
ホップスター
初回掲載
2020年12月23日
最終掲載
2021年12月23日
連載期間
約1年1日