第19章:意思はまだ、彼方にありて動かず
アンドリューの撤退命令で一番安堵したのは、グレイス王女やカンナ達でも、オリトやジャレオ、レイラでも、そしてクーリアやアネッタでもなく、他でもないこの人だった。
【イズミル】「撤退命令…!これで助かる…っ!!」
イズミルは撤退命令を受けて、真っ先に逃げるように撤収。いくらなんでも相手が悪すぎた。
【第19章 意思はまだ、彼方にありて動かず】
シャーロットはイズミルを無理に追うことはしなかった。グロリアという異国の地で、借り物の機体である以上、余計なことはすべきではなかった。
【シャーロット】「ちっ、久しぶりに骨のある奴だったんだけど…まぁしゃーないか。
こんだけ新型の戦闘データ取れれば向こうさんも満足してくれるでしょ、そろそろ返しにいくか…
しっかし、これ表にバレたら確実にグロリアがひっくり返るのに、よくやるわねぇ」
マリエッタ王女はあの時、シャーロットに対しグロリアの新型人型兵器の戦闘テストを頼んだのだ。
その見返りは、「シャーロットが乗るグロリアの新型人型兵器の機体データ」。
グロリア側としても新型の貴重な実戦データを手に入れた上に、グレイス王女の救出の力になってくれるのだから、悪い話ではなかったという訳だ。
(最もこれには、グロリアが同盟と共和国に挟まれた位置にあり、シャーロットが所属する連合とは国境を接していないという地理的理由もあるのだが)
【シャーロット】「ま、あとはあのはぐれ同盟戦艦の皆さんが何とかしてくれるでしょ。
…こっちも大義名分失くしちゃったし、さっさと連合に帰るとしますかね。…あー、大統領の渋い顔が目に浮かぶっと」
シャーロットはそんな感じの独り言を喋りながら、自らもこの場から撤収した。
【マリエッタ】「お姉様!!」
【グレイス】「マリエッタ!よくやりましたね…!」
再会した姉妹が抱き合う。それは、銀河中どこにでもいる、ごく普通の姉妹の姿だった。
【グレイス】「そういえば、ソフィアは?」
【マリエッタ】「政府の方と一連の事件への対応にあたっています。少し休んでこちらに来るように勧めたのですが、『私は後でいいから』といって聞きませんでした」
【グレイス】「ソフィアらしいわね。後で彼女もねぎらってあげないと…っ!」
そこで、グレイス王女が少しふらついた。元々病弱の身であり、アンドリューはかなり丁重に扱ったとはいえ、やはり一連の事件による心身の負担は相当なものである。
【マリエッタ】「お姉様!?もういいですから、ゆっくりしてください!そちらにベッドを用意してますので!」
【グレイス】「悪いわね。さすがにちょっと…眠く…」
【マリエッタ】「って、ちょっと、お姉様!?」
なんとマリエッタに抱きつくような状態で、そのまま目を閉じてしまった。
【マリエッタ】「仕方ありませんわね…よいしょっと」
マリエッタが何とかベッドまで運び、グレイス王女を楽な姿勢で寝かせる。その瞬間、とてつもない寂しさがこみ上げてきた。王家から離れるということは、つまりグレイス王女とも離れるということなのだ。
それが、自らに課した決断であり、今回の事件の責任である。改めて、それを痛感していた。
一方、撤収したハーラバード家のΣ小隊も、グロリア王国の宇宙港付近で再会した。
【アンドリュー】「…よし、全員揃ったな」
【ミッチェル】「ああ、問題ない」
【カルマン】「…しっかし、見事に失敗したなぁ、任務!まさか姫様が土壇場であの決断をするとは!」
【パトリシア】「声が大きいぞカルマン!」
笑いながら話すカルマンに対し、パトリシアが小声で諫める。
【カルマン】「おっと、すまんすまん」
それを受けるように、アンドリューが話を続ける。
【アンドリュー】「ま、全員無事なんだ。どうにでもなるさ。差し当たっては俺が上の連中に怒鳴られるだろうが、それだけで済むんだからな。それに、意外と収穫も少なくなかったしな」
【イズミル】「…俺だけやられ損じゃねぇかよ…あの悪魔めが…!」
それに対し、イズミルが舌打ちをしながらシャーロットに対して悪態をつく。彼からしたらたまったものではない。グロリアから遠く離れているはずの連合のエースが突然目の前に現れて危うく殺されかけたのだ。
【パトリシア】「何言ってんだよ、蒼き流星と実際に交戦経験を積めた上になんだかんだで無傷で生きて戻ってきてんだぞ?最高にラッキーじゃねぇかよ」
そうパトリシアが言い返すが、それにイズミルは激怒した。
【イズミル】「冗談言ってんじゃねぇよ!こっちは死にかけてんだぞ糞眼鏡ぇ!!」
そう叫び、パトリシアの胸倉を掴むが、パトリシアは表情一つ変えずに言い返す。
【パトリシア】「こっちだって身体張ってんだよ!!あたしもミッチェルもエカテリーナも結局例の艦のクルーと殺り合っときながら誰一人仕留められてねぇんだぞ!あいつら人畜無害な顔しながらこっちと平然と渡り合ってんだぞ!!」
パトリシアがそこまで叫んだところでアンドリューが仲裁に入り、2人を離した。
【アンドリュー】「まぁまぁ、2人共落ち着け。さすがにあれは想定外過ぎたが…イズミル、よく戻ってきてくれた。カノープスもなんだかんだでほぼ無傷だったしな。イズミルには後で別任務を与えてやるから、共和国に戻るまで我慢だ」
【イズミル】「分かったよ、ったく…」
一応は納得して引き下がったものの、なおも不満そうな表情を浮かべるイズミル。
【アンドリュー】「…さて、共和国に戻るぞ。残念ながらまだまだ戦争は終わりそうにねぇからな」
アンドリューはそう号令をかけると、全員がゆっくりと歩きだした。
【エカテリーナ】(あのチャオの子…またどこかで、会いそうな気がする…)
エカテリーナは歩きながらふとそんな予感がしたが、こっそりと胸の内にしまっておいた。
【ミレーナ】「よーし、全員無事だねー…って、クーリアさん!?」
こちらもX組のメンバーと再会したミレーナ先生だったが、クーリアの姿を見て驚いた。全身に血しぶきを浴びていて、その身には無数の切り傷。特に左腕にはかなり深い傷が入っている。
【クーリア】「グレイス王女殿下は無傷で救出成功、X組メンバーも全員無事…何か、問題でも?」
だが、クーリアはそんな状況でも、表情1つ変えずにこう平然と答えた。
【ミレーナ】「いやいやいや、あなたが無事じゃないでしょー!?」
ミレーナ先生は慌ててクーリアのところに駆け寄り、傷の状況を見つつ応急手当を始める。ミレーナ先生は医師免許を持つ保健教師であり、さすがに手際がいい。
【オリト】「な、何があったんですか…?」
恐る恐るオリトが尋ねる。答えたのは、クーリアを隣のビルから援護していたアネッタ。
【アネッタ】「あたしの銃で援護してこれよ。本当に、これでもクーリアが生きてるのが不思議なぐらいだわ…!」
つまるところ、パトリシアに圧倒された結果なのだ。彼女、ひいては「彼ら」の規格外さを生々しく示した結果に、改めてオリトは戦慄した。
【ミレーナ】「左腕…傷が骨の近くまで入ってる…応急処置はするけど、同盟に戻って再生治療するまで、左手は使わないでよー?」
【クーリア】「右利きなので、問題ありません」
【ミレーナ】「そういう話じゃなくってですねー…」
【カンナ】「ジェイクは大丈夫かしら?」
カンナはジェイクの方に振り向いた。こちらもミッチェルと1対1で戦った、ということもあり、少し気になったのだ。
【ジェイク】「あぁ大丈夫、俺はこの通り無傷だ。とはいえあんなバケモン、もうしばらくやりたくねぇけどな…」
それを聞いてカンナは安心した。最も、その『バケモン』相手に無傷で戦い通したジェイクもジェイクであるが。
【レイラ】「しっかし、ジェイクにここまで言わせるなんて、あいつらどんだけ規格外なのよ…
あたしらんとこに来た女の子もあんな小っこくて可愛かったのにジャレオが押されてたし」
【クーリア】「恐らく、これは推測ですが…」
レイラの疑問にクーリアが答えようとするが、
【ミレーナ】「クーリアさんちょっと黙ってて!」
手当てをしているミレーナ先生の珍しい一喝に、クーリアもさすがに黙ってしまう。
【ジェイク】「クーリアの代わりに俺が答える。あの人間離れした強さ、恐らく普通の人間じゃねぇぞ…
確か突入前にオリトが潜入した時に、奴ら『試験管生まれ』って言ってたよな?ということは、遺伝子改造じゃねぇか?」
【カンナ】「なるほどね、辻褄は合うわ…」
当然、遺伝子改造は倫理的に問題があるため3大国家共に禁止しているが、その3大国家が戦争中のご時世である。表に見えてこない裏でいくらやっていても、おかしくはない。
そこに、マリエッタが入ってくる。
【マリエッタ】「皆さん、この度は、本当に…ありがとうございました」
そして、深々と頭を下げた。
【カンナ】「とんでもないわ。最終的には、王女殿下の勇気と決断が状況を変えたのよ」
【マリエッタ】「その背中を押して下さったのは、他でもない皆さんです」
そこで、フランツが質問をする。
【フランツ】「それで、王女殿下…これからどうなされるおつもりで?」
その質問に対しマリエッタは、少し考えながら答えを紡ぎだす。
【マリエッタ】「そうですね…一グロリア国民として、まずは国内を…状況が許せば、この銀河中を巡ってみたいと思います。
さすがに戦争中なので、すぐには難しいと思いますが…この銀河で、どんな人が、どんなチャオが生きているのか、この目で直接見てみたいです」
【カンナ】「面白い考えね。もし同盟領内にいらっしゃることがあったら、ぜひ連絡をいただければ、案内しますよ」
このやり取りを聞いて、オリトは微妙に話が噛み合っていないな、と感じた。それもそのはず、マリエッタの会見の終盤、王家からの離脱のくだりについては、クロスバードのクルーの中ではオリトしか聞いていないのである。
しかし、「オリトしか知らない」という事それ自体についても、オリトは気が付いておらず、違和感を指摘するような余裕も、まだオリトにはなかった。
さて、そんなX組の面々がいる部屋の隅っこで、腕組みをしながら立って考え事をしていたのが、シャロンに変装したシャーロット。彼女に対し、オリトが話しかける。
【オリト】「そういえば、シャーロ…シャロンさんは、救出作戦の時何をしてたんですか?」
【シャーロット】「えーっと…まぁ、ちょーっと裏方でマリエッタ姫の手伝い。おかげで色々と面白いものも見れた」
【オリト】「そうなんですね。あの、色々と、ありがとうございました」
そう言い、オリトが頭を下げる。
【シャーロット】「こちらこそ、この場にあたしがいるのはオリト君のおかげだ。感謝するよ。
…とはいえ互いの立場上、次に会う時は殺し合う時かも知れないけどね…」
と、特に後半部分は他のメンバーに聞こえないように、小声でつぶやく。その後、軽く手招きするようなジェスチャーをし、部屋の外へと向かった。
廊下で話の続きをするオリトとシャーロット。
【オリト】「っと、すいません。でも僕たちまだ士官候補生ですし、特に僕はまだ入学したばかりですし、そもそもこの広い銀河で戦場で会うなんて…」
そこまで話したオリトを、シャーロットが制止する。
【シャーロット】「…いい?もうクロスバードの名前は銀河中に知れ渡ってる。あたしと同じでね。あたしは同盟の上層部がどういう連中かまでは知らないけど、そんな細かい御託は抜きにして連合のエースにぶつけようって考えてもおかしくない。…顔見知りを殺すのは、苦しいわよ?」
【オリト】「…殺すって、そんな…」
少したじろぐオリト。そこで、シャーロットが話題を変えた。
【シャーロット】「…そういえば、オリト君はどうして士官候補生になったの?」
【オリト】「そうですね…」
オリトは少し考えた後、こう答えた。
【オリト】「僕はスラム出身で、両親の顔を知りません。周囲もみんな、そんな感じです。でも、僕は運良く勉強ができて、士官候補生になれて、X組の皆さんのような方と知り合うことができた。…スラムのみんなの希望に、なりたいんです」
【シャーロット】「なるほどねぇ…いい心がけじゃない。あたしとは大違い」
【オリト】「大違いって…シャーロットさんはどうして軍に入ったんですか?」
オリトが思わず聞き返す。シャーロットはまさか聞き返されるとは思っておらず、一瞬しどろもどろになる。
【シャーロット】「えっ、あ…あたし?」
だが彼女も少し考えた後、こう答えた。
【シャーロット】「…そうね、最初はただの憧れ。人型兵器に乗って敵をどーん!ってやっつける、かっこいい!って。インタビューとかだと連合のために云々って言ってるけど、そんなのはただの後付け。…まぁ、その結果がこの有様なんだけどね」
【オリト】「有様って…」
【シャーロット】「だってあたし22だよ?普通は友達と遊んだり、たまにおいしいもの食べたり、ひょっとしたら恋愛なんかしてみたり…なんて歳だよ?あたしの顔と性格で恋愛できるかどうかは別としてさ。…それが気が付いたらなんかめちゃくちゃ才能があって、蒼き流星だの銀河のエースだの異名をつけられて軍隊で人を殺しまくってる訳でさ…なんてことも、たまには考えちゃうのよね」
そう言いながら、ふと天井を見上げたりした。
オリトはそれを黙って聞いていた。当たり前ではあるが、彼女もまた、1人の人間なんだ、と思った。
【シャーロット】「…っと、そろそろ戻っとき。怪しまれちゃいけないしね」
シャーロットは今度はオリトにジェスチャーで指示をする。
【オリト】「あ、はい。…ありがとうございました」
オリトは深々と礼をして、部屋に戻っていった。
【シャーロット】「ふぅ…しばらくは対共和国戦線に回してもらいたいが…あの大統領に要望通るかねぇ…?それにしても、結局『銀河の意思』って何だったのさ…」
そうぶつぶつとつぶやきながら、ゆっくりと廊下を歩く。知り合いと殺し合うのが苦しいのは、銀河に名だたるエースたる彼女とて同じである。
そこに、前から人が歩いてくるのが見えた。カンナである。変装がバレないように、シャーロットは静かに歩く。
しかし、彼女はすれ違いざまに、こう耳元でシャーロットに囁いた。
【カンナ】(…感謝するわ、蒼き流星さん。でも、次に会うのは戦場かしら?)
…シャーロットは少し驚いたが、さすがに3度目ともなると、自らの変装が周囲にバレているのも慣れてきてしまう。あるいは、カンナ本人が気が付いたのではなく、オリトからの報告があったのかも知れないが、今の彼女にそれを知る術はないし、もうこの際どちらでも良かった。
そして、シャーロットも囁くようにこう返す。
【シャーロット】(どちらにしろ、いずれ会うでしょ…ま、一時とはいえ運命を共にした者同士、それまでお互いに幸運を祈るってことで)
そのまま、互いに振り返ることはなく、そのまま逆の方向へ歩いていった。
翌日、グロリア王国と惑星同盟軍の連名でクロスバードの無事が正式に発表され、1ヵ月に渡るクロスバードの漂流劇は終わりを告げた。
そのニュース番組を、部屋にあるモニターで見ながら、コーヒーを飲む男性がいた。
【???】「さぁて…彼女たちは『銀河の意思』に、どこまで近づけるんだろうねぇ…?」