第18章:その寓話のあっけない終焉
アンドリューの話を黙って聞いていたカルマンがこう切り出した。
【カルマン】「…で、王女様、実際のところは…どうなんだ?何か知ってるのか?」
そうグレイスに向かって問いかける。それに対し、グレイス王女はこう首を振った。
【グレイス】「残念ながら、私は何も…」
【アンドリュー】「…ま、こういう訳でその目論見は外れた訳だがな」
【第18章 その寓話のあっけない終焉】
…ところが、そこでグレイス王女が何かを思いついたように語りだした。
【グレイス】「あぁ、そういえば…1年ほど前でしたか、用事があって車椅子で父の部屋に入った際に、父が何やら1人で呟いてたことがあります。その時は『何を言っているのだろう』と思ったのですが、今から思えば…」
【カルマン】「何を言ったのか覚えてるのか?」
【グレイス】「小声だったので全て聞き取れた訳ではないのですが…『銀河の意思』というフレーズだけはハッキリと耳に残っています」
【カンナ】「銀河の意思…!?」
銀河の意思。そのフレーズに、カンナが思わず反応した。
先日、マリエッタ王女が個人端末にその名を冠したアプリをダウンロードして、急にグレイス王女の居場所が分かったのを彼女は目にしている。
(最も、カンナが確認できたのはアプリ名までであり、何をしているのかまでは分からなかったのだが)
【アンドリュー】「ほう、『銀河の意思』ねぇ…それはまたご大層なフレーズだな」
【カンナ】「そういえば、マリエッタ王女殿下の個人端末にも…」
【グレイス】「マリエッタに…?」
グレイスが思わず反応する。
【カンナ】「ええ、本人も驚いていたようだけど…」
カンナがその時の状況を説明する。
【グレイス】「なるほど…父上が何か知っている可能性が高いですね…」
そう言いグレイスが自らの個人端末を取り出すも、何も表示させないまま少し考え込む。
ところがその時、突然グレイス王女の個人端末が起動し、ある動画の再生が始まった。
【グレイス】「!?」
動画に映し出されたのは、グロリアの女性ニュースキャスター。
【キャスター】『臨時ニュースをお知らせいたします。
間もなく、マリエッタ第二王女殿下より、王位継承について重大なお知らせがあると王室より発表されました。
なお、本ニュースはグロリア全国民にいち早く伝えたいとのマリエッタ王女殿下たっての要望により、現在グロリア国内に存在する個人端末全てに生中継にて配信し、自動で再生させていただきます。繰り返します…』
【グレイス】「マリエッタ!?」
そのニュースに、その場にいた全員が驚いた。
間もなくして、カンナやゲルトなどクロスバードの他メンバー、そしてカルマンやアンドリューの個人端末も同様の動画の再生が始まった。
【アンドリュー】「現在グロリアに存在する個人端末全てにニュースを強制再生、か…地味にエグいなこの国は…」
その後、2回ほどキャスターが同様のお知らせを繰り返した後、カメラが切り替えられ、王室内の一室と思われる場所でマイクを向けられて座っているマリエッタ王女が映し出された。
【マリエッタ】『グロリア国民の皆様、このような形で突然皆様の端末をお借りすることになり、大変申し訳ございません。
ですが、現在グロリアで起きていること、そしてこれから起きようとしていることについて、国民の皆様に正しくお知らせする義務があると思い、このような形を取らせて頂きました』
【マリエッタ】『まず、現在病気療養中である父…ジェームズ4世国王陛下について、私よりお知らせさせていただきます。
医師団は最善を尽くしていますが…正直、あまりよくない状況であり、近いうちに万が一のことも覚悟しなければならない、と伺っております。
父や周囲の平穏を保つため、これまで報道機関にはなるべく取材を控えるように通達させて頂いていましたが、結果的に国民の皆様に真実を隠す結果となってしまい、大変申し訳なく思っております。
なお、病状の詳細につきましては、後ほど王室庁より公式に発表させていただきます。今しばらく、お待ちいただきますようお願いいたします』
【マリエッタ】『続いて、一部で報じられている、姉…グレイス第一王女殿下についても、大事なお知らせとお願いがあります。
結論から申し上げますと、姉が何者かに誘拐された、という報道そのものは事実であります。
こちらにつきましても、国民の皆様の混乱を招くこと、及びその影響により姉の身に危害が及ぶことを危惧し、報道機関への通達をこれまで控えていました。重ねてお詫び申し上げます』
そこまで話して、マリエッタ王女は一度、深く頭を下げた。
カンナやグレイス達はもちろん、ジェイクとミッチェル、クーリアやアネッタとパトリシア、オリト達とエカテリーナ、そしてシャーロットとイズミル。その場で交戦していた全員が手を止め、放送に見入っている。
それは、グロリア国民ほぼ全員が、同じ状況であった。
【マリエッタ】『ですが、こちらにつきましては、外部からの協力者の尽力もあり、現在、救出作戦が進行中です。
危害が及ぶ可能性を考慮し、救出作戦の詳細については現時点ではお話できませんが、『外部からの協力者』についてこの場で説明させていただきます』
【ゲルト】「救出作戦の外部からの協力者って…」
【カンナ】「あたしら以外に誰が…っていうか、ここで明かすの王女殿下!?」
このタイミングで自分たちの存在を公表することについて、さすがのカンナも動揺を隠せない。
これはマリエッタ王女の独断なのか、それとも同盟軍の担当者との交渉の末なのか―――『当事者』である自分たちが不在の中でこの判断が行われたことについて、必死に考えを巡らせるが、そうこうしているうちにマリエッタのスピーチは続く。
【マリエッタ】『1ヵ月ほど前より行方不明となっております、惑星同盟軍の士官候補生が搭乗していた練習艦『クロスバード』…皆様も各種報道などで一度は聞いたことがあるかと思います。
彼女たちは超光速航行時のトラブルにより、予期せずグロリア領内の宙域を漂流していたところをグロリア軍艦が極秘裏に保護しておりました。
同盟軍側との身柄引き渡し交渉がようやく終わり、近日中に公表させていただく予定だったのですが、姉の誘拐事件の発生に伴い、彼女たちが公表されていない自分たちの立場でできることはないか、と協力の申し出があり、共同で救出作戦にあたっているところです』
【マリエッタ】『なお、救出作戦につきましては、姉の救出が確認され次第、速やかに国民の皆様にお知らせいたします。
父の回復と共に、姉の無事を、国民の皆様と共に祈りたいと思います』
【マリエッタ】『さて、この度の一連の出来事につきまして…元々は、私と姉による王位継承問題が原因であることは否定できません。
この事実に対し、家族一同、非常に責任を痛感すると共に、心を痛めております。
これに際し、父は病床の身ではありますが、ある決断をするに至りました。…以下、私が代読させていただきます』
…そこで、マリエッタは一呼吸置いて、以下の一文を読み上げた。
『私の次の王位について、三女であるソフィアを推薦する』
その一言で、グロリアの全国民がどよめいた、といっても過言ではなかっただろう。
それは当然、特にこの一室で大きかった。
【アンドリュー】「…そうきやがったか…!!」
アンドリューは『やられた』という表情でその言葉を口に出す。
…だが、逆にクロスバード側の面々はいまいち状況を飲み込めていなかった
【フランツ】「次の王位にアンヌ様でもマリエッタ様でもなく…三女のソフィア様を推薦…!」
【ミレア】「…でも、グロリアは、選挙王制、だから、国王が、推薦、しようが、関係、ないんじゃ…?」
そのミレアの疑問に、アンドリューが答える。
【アンドリュー】「ああ、本来なら『関係ない』かも知れねぇ…
だが、いくら立憲君主制だからといって、自分の家の跡継ぎに関する国王の意向を国家が無視する訳にはいかねぇ!そこを敢えて突いたんだよ、あの姫様は…」
【ゲルト】「でもそれこそ国民の意思を無視してるんじゃねぇのか!?」
【アンドリュー】「王様1人の意思を汲めねぇんじゃ、何の為の立憲君主制だよ!」
そのアンドリューの言葉に、さすがのゲルトも黙ってしまった。
【アンドリュー】「…悪いな、言葉がきつくなっちまった。でも、こういうのは、同盟の連中には分からねぇかも知れねぇな…」
共和国はその名とは裏腹に、敢えて『4大宗家による支配』を認めている。そういう意味では、規模や内容こそ違えど、グロリアと近いものがある。逆に言えば、だからこそアンドリューはこの発言の重大さを理解できたのであるし、君主のいない民主制である同盟出身のゲルトには分からなかったのだ。
アンドリューは改めて、今度はカルマンの方に向かいこう命令する。
【アンドリュー】「…とにかく、こうなっちまった以上、俺たちがここにいる大義名分がなくなっちまった…
って訳で、カルマン、撤収だ!全員に伝えろ!」
【カルマン】「了解!」
かくしてカルマンから、ミッチェル、パトリシア、エカテリーナ、そしてイズミルに対し撤収命令が下った。
続いてアンドリューはこの場の後始末を始める。まずはグレイス王女の解放である。
【アンドリュー】「悪かったな、グレイス王女殿下。こんなことに巻き込んじまって」
【グレイス】「いえ、こちらこそ、そちらが望むような情報を持っておらず、申し訳ありませんでした」
と、自らを攫った相手に対して謝るグレイス王女。
アンドリューはばつが悪そうにしながらも、今度はカンナの方を向いて話を続ける。
【アンドリュー】「…クロスバードのカンナといったか。グレイス王女殿下を頼めるか?」
【カンナ】「元よりそのつもりよ。さすがにこんな展開は想定外だけどね」
【アンドリュー】「それじゃあまぁ…戦場以外の場所で、また会えることを祈るぜ」
そう言い残すと、カルマンと共に部屋を出ていった。
『敵』のいなくなった一室で、カンナは改めてグレイス王女に対して頭を下げる。
【カンナ】「それでは、グレイス王女殿下…参りましょうか」
【グレイス】「…ええ、そうですね」
そう頷いたグレイス王女は、どこか寂しげだった。
ひょっとしたら、王室の人間、しかも病弱なグレイス王女にとっては、拉致という形とはいえ、見知らぬ人と見知らぬ場所で話すのは、とても新鮮だったのかも知れない。
あるいは、先ほどのマリエッタ王女の演説により、彼女自身が女王になるという可能性がほぼ完全に閉ざされたことに、一抹の悲しさを覚えたのかも知れない。
…カンナはそんな可能性を少し考えたが、かといって、これ以上グレイス王女をこのままにする訳にもいかなかった。
その頃、エカテリーナが襲撃した、X組が拠点としていたビル。
エカテリーナも撤収命令を受け、剣を収める。
【エカテリーナ】「…撤収ですか。この状況では仕方ありませんね…」
そうつぶやくと、彼女は特に未練もない様子で、すぐに部屋から姿を消した。
エカテリーナの猛攻を必死で受け止めていたジャレオは、まさに「命拾いした」という表情。それは、その場に居合わせたレイラとオリトも同じだった。
【レイラ】(た、助かった…)
しかし、『これで終わり』ではない。レイラはすぐに気持ちを切り替え、手持ちの個人端末で他のX組メンバーと接触を試みる。
【レイラ】「みんな、大丈夫!?」
【カンナ】『ええ、グレイス王女殿下も無事よ!』
【クーリア】『こちらは何とか生きてます…さすがに死ぬかと思いましたよ』
【ジェイク】『しっかしあんだけ強ぇ奴は初めてだ…銀河ってのは広いもんだなぁ』
とりあえず、全員無事のようである。レイラはひとまず安堵した。
レイラがメンバーと連絡を取る一方、ジャレオも剣を収めて1つ深いため息をすると、すぐにエカテリーナの襲撃で壊れた通信端末のチェックを始めている。
…そこで手持ち無沙汰になったオリトだけが、マリエッタ王女の『放送の続き』を聞いていた。
この場のジャレオとレイラ以外のX組のメンバーも、連絡や撤収のためそれどころではなかった。
【マリエッタ】『また、この度の一連の騒動の責任を取り…
私、マリエッタ=ネーブルは、王位継承権の放棄、及び王家からの離脱を宣言いたします。
これからは、一グロリア国民として、この国の未来に貢献していきたいと思います』
という内容を、X組のメンバーで唯一、オリトだけが聞いていた。