第17章:深淵の爪先で踊る人形達よ

銃声と轟音が時折響くビルの中で、Σ小隊の上官であるアンドリュー=マルティネスは1人考え込んでいた。
【アンドリュー】(状況はかなり良くねぇ…恐らく作戦は失敗だろう…元々リスクの方が高いような作戦だったから想定内ではあるんだが…)
そもそもグロリアは中立国であり、その王女を誘拐するというのは、冷静に考えると無謀と言うしかない作戦である。
だが成功さえすれば、この永遠に続くのではとすら感じさせる銀河の戦争を、自らの手で終わらせることも不可能ではないはずなのだ。
【アンドリュー】(だからせめて…断片的な情報だけでも…!)
そう決意するとアンドリューは歩き出した。向かうは、4階。


        【第17章 深淵の爪先で踊る人形達よ】


【カンナ】「グレイス王女殿下!大丈夫ですか!?」
カンナが叫ぶ。
【グレイス】「落ち着いてください、カンナ=レヴォルタ艦長?幸い私はこの通り、傷一つありません」
攫われた身でありながら、グレイスは至って冷静だった。それに対し、逆に混乱するのはX組の方になる。
【フランツ】「何故王女殿下が…艦長の名前を…!?」
フランツのその疑問に対し、隣にいた少年が答えた。
【少年】「俺は詳しいことは知らねぇが…お前さん達、とっくに銀河の有名人らしいぞ?」
【グレイス】「そして貴方達がここグロリアにいるという話は聞いていましたから…あとはこう、点と線を繋げれば…ね?」
そう言いグレイスはニコリと笑った。

【ゲルト】(いやいやいや、俺らが有名人なのは何となく解ってたが、どうやって点と線を繋げりゃ俺らがここに助けに来たって分かるんだよ!!)
ゲルトが心中で狼狽する。その間に、グレイスの隣にいた少年が自己紹介をした。
【少年】「…おっと、自己紹介が遅れた。俺はカルマン=マイトリンガー。共和国のハーラバード家の人間だ。思いっきり要約すると、王女様を攫った犯人ってことだな!」
【グレイス】「カルマンさん、その表現は適切ではありませんよ。1人で攫った訳ではないでしょう?攫った犯人の一味、といったところでしょうか」
【カルマン】「成程、そうだな。ではそう改めるとしようか」

…本当にこの会話が、誘拐犯とその被害者の会話なのだろうか。突入したX組の面々は唖然としていた。それに対し、グレイスは容赦なく疑問をぶつける。
【グレイス】「…どうしたのです?私を助けに来たのではなかったのですか?」
【カンナ】「いや…そうなんだけど…なんというか、そちらがそういう調子だと…ねぇ?」
さすがに回答に窮するカンナ。それに対し、ミレアが耳打ちをする。
【ミレア】(艦長…ひょっとして、グレイス王女は…彼らと…?)
ミレアは元々グレイスは彼らに協力していたのではないか、と勘繰ったのだ。それを聞いたカンナは少し考え込む。

すると、その様子を見て察したグレイスが、さらに言葉を続けた。
【グレイス】「あぁ、いえ、さすがに離宮に突入してきた時はかなり動転しましたが…つまるところ、私には自力で脱出する力はないですし、彼らも私に危害を加えるメリットはありませんから…利害の一致、というものです」

そこまでグレイスが喋ったところで、その部屋に1人の男が入ってきた。アンドリューである。
【アンドリュー】「取り込み中のところ済まない。…ちょっといいか?」
【カンナ】「!?」
カンナは咄嗟にアンドリューの方に銃口を向ける。それを見たアンドリューは、軽く両手を挙げてこう答えた。
【アンドリュー】「おおっと、悪い悪い。銀河の漂流者御一行様もいるんだったな。俺はアンドリュー=マルティネス。そいつの上官ってとこだ」
さらにアンドリューはカルマンの方に目線をやりつつ、こう続ける。
【アンドリュー】「さっきグレイス王女から聞いたと思うが…俺達も彼女に危害を加えるメリットはないんだ。この場でドンパチするのは互いに不味いとは思わねぇか?」
【フランツ】「では何故こんなリスクの高い真似を…?」
それに対して、フランツが『そもそも』の疑問を投げかける。アンドリューは少し考えて、こう返した。

【アンドリュー】「そうだなぁ…そいつぁ機密事項なんで同盟さんには答えられない…っていうのが筋なんだが、それじゃお前さん達は納得しねぇだろう」
【フランツ】「大方の予想は付きますけどね…グロリアの後継者問題を共和国に有利に働かせるために…」
フランツがそう喋るところを、アンドリューが遮る。
【アンドリュー】「それもあるが、それだけだとテストの答案としては50点だ。それだけじゃこれだけのリスクをかける理由にはならねぇ」
【ミレア】「残り…50点とは…?」
そのミレアの疑問に対して、アンドリューは少し悩みつつこう提案した。
【アンドリュー】「…そうだなぁ、教えてやってもいいが…俺たちを見逃すのが条件だ。さすがに異国で死にたくはないんでね。もちろん王女殿下はそちらに引き渡す」

アンドリューが突き付けた『条件』に、ゲルトが怒る。
【ゲルト】「こんな場で取引だと!?」
【アンドリュー】「もちろん飲む、飲まないはそちらの自由だがね。飲んでくれたら『頑張ったけど取り逃しました』ぐらいの口裏は合わせてやるよ。逆に断るんだったら、不本意だが…上手いこと王女殿下を安全な所に退避させた後で、思う存分殺し合おうじゃないか」

その話を聞いてカンナは数秒の間考え込む。…そして、結論を出した。
【カンナ】「…分かったわ。脱出後、速やかに共和国勢力圏内まで退避するのが条件よ」
【アンドリュー】「それで構わねぇ。元よりこれ以上長居するリスクはこっちとしても避けたいんでね」


【ジャレオ】「くっ…!」
一方、エカテリーナと交戦するジャレオ。彼の本業はメカニックであり、クーリアと同様、白兵戦の心得はあるが『本業』ではない。
【レイラ】「この子、強い…!」
そしてその横でオリトを守りながら、戦況を見つめるレイラ。エカテリーナの人間とは思えない速さ、そして強さに思わず言葉がこぼれる。
【レイラ】(クーリアと戦ってるパトリシアって女の子もアネッタが『尋常じゃない』って言ってた…さっきのジェイクの動きも、ジェイクがそれだけの対応をしなければならない相手ってことよね…ある程度は想定していたつもりだったけど、いくらなんでも一人一人が常軌を逸してる…!)
自分と同年代であれば、仲間内にジェイクがいるので『銀河って広いんだな』という一言で片付けることもできる。だが、今自分の眼前にいる少女、エカテリーナはどうみてもまだ10歳前後。レイラが疑問を浮かべるのも無理はなかった。

【オリト】「レイラさん…どうしたんですか?」
思案を巡らせるレイラに対して、オリトが尋ねる。
【レイラ】「今回の敵…何か、あるわ…!」

と、その時だった。
再び部屋を轟音が響き渡る。先ほど、エカテリーナが部屋に突撃した時とは違う種類の轟音。例えるなら、超音速の戦闘機がすぐ横を通過したような音。
【レイラ】「!?」
その轟音でしばらく全員が動きを止めるが、収まった頃にエカテリーナがぽつりと呟いた。
【エカテリーナ】「来たのね…」
言い終わるや否や、再びジャレオと剣を交える。一方、その言葉に連られて、レイラは思わず近くの窓から外を見た。…すると見慣れぬ人型兵器が1機、かなりのスピードで飛び去っていくのが見えた。
【レイラ】(あれは…?)


…それは、共和国・ハーラバード家所有の人型兵器、RDF7-004『カノープス』。
乗っているのは、イズミル=グヴェンソンという少年。彼もまた、Σ小隊所属である。
【イズミル】「いくつか想定外の事象はあったみたいだが…俺が全て片付けてやるさ!!」
グロリア領内で共和国の人型兵器が堂々と突撃する。当然ながられっきとした領土侵犯であるが、ちょうどグレイス王女誘拐で王国軍は混乱の最中にあり、止める者はいなかった。

やがてカノープスは、クロスバードのクルーとΣ小隊が戦っているビルの前で動きを止めた。
【イズミル】「っと、着いたな…人の気配がしねぇが…」
そう呟きながら、カノープスのビームライフルを抜き、ビルに向かって構えさせる。
そのビルの中にはクロスバードのクルーだけでなく、グレイス王女や味方であるはずのアンドリュー、ミッチェル、パトリシア、カルマンもいるのだが、彼はお構いなしだった。
【イズミル】「うまいこと敵だけ吹っ飛んでくれよ…!」
そう身勝手な願いを唱えると、ビームライフルに光が灯る。あとは発射ボタンを押すだけの、その時だった。

左方向から猛スピードで突入した別の機体が一閃し、そのビームライフルを弾き飛ばす。
【イズミル】「!?」

イズミルの目前に現れた白い機体。
カノープスのモニターには、「Unknown」の文字が示されていた。
【イズミル】「アンノウンだと…?だが、この系統は…」
未知の機体ではあるが、その形状やエンジン音などからある程度推測はできる。その結論が、これ。
【イズミル】「グロリアの新型か…!」
さすがに自分の邪魔をしてきた機体を無視する訳にはいかず、イズミルはビームセイバーを抜き、その機体と交戦する。


話をまとめた後、アンドリューは軽くため息をした後、こう語りだした。
【アンドリュー】「お前さん達がどこまで知ってるかは分からねぇが…グロリアの王族は、代々『この銀河の鍵を握る重要な秘密』を口伝しているっていう噂がある。簡単に言えば、その秘密を聞き出す為だ」
【ミレア】「秘密を…聞き出す為に…?」
【アンドリュー】「実際、ただの噂なのかも知れねぇし、あるいは本当だったとしても内容的には大したもんじゃないのかも知れねぇ。…だが、俺たち共和国と同じようにグロリアと国境を接する同盟のお前さん達から見て、おかしいとは思わねぇか?」
【ゲルト】「おかしい…?」

【アンドリュー】「例えば、国力を計る指標はいくつかあるが…まぁシンプルなところでいくと、グロリアの人口は共和国や同盟の10分の1以下だ。それなのに、共和国と同盟に挟まれた地理状況で、なぜ今の今まで中立を保ってこれた?」
【フランツ】「それは同盟と共和国の緩衝国になっているからでしょう?歴史的にも大国に挟まれた小国が緩衝国となり独立を保った事例が数多くあります」
【アンドリュー】「それもあるだろうが…それだけが理由だとはとても思えねぇ。…そうだなぁ、数ヵ月前に公表されたグロリアの人型兵器の新型、知ってるか?」
【ゲルト】「…えっと確か、GHHS-4000、ハダルだったか?」
【アンドリュー】「あくまでも噂だが…あれのスペック、我々のプロキオンや同盟のアンタレスやアルタイルに並ぶか、それ以上だって話もある。…小国だから配備数は少なくて済むかも知れねぇが、そんな高性能機を開発して大量生産するなんて芸当、グロリアの国力で本当にできるのか?」
【カンナ】「確かにあのニュースを聞いた時は少し驚いたわね。3大勢力のどっかが裏で技術供与でもしてるんじゃないかって噂もあったけど…」
【アンドリュー】「技術供与するったって、さすがに供与先に自国の戦力以上の能力を持った機体を開発させるなんて阿呆は居ねぇだろう。…他にも色々あるがつまり、何か俺たちの知らない『秘密』があるんじゃないか、ってのが、ウチの上層部のご判断ってやつだ」
【カンナ】「なるほどね…」


一方、イズミルが駆るカノープスとグロリアの新型の激突は、思わぬ方向へと進んでいた。
【イズミル】「い、いくらなんでも速過ぎる…!!」
カノープスはスピードを重視して設計・建造された、イズミル専用のカスタムモデルなのだが、そのカノープスがスピードで押されているのだ。

【イズミル】「機体性能がいいのは勿論だが…恐らくパイロットが…」
新型の攻撃を受けながら、必死に思考を巡らせるイズミル。そして必死で考えた末、99.99%有り得ないはずの、『まさか』という結論を弾き出した。
【イズミル】「この戦闘パターンは…いや、そんな馬鹿なことが…あってたまるか…!!」

彼は「そのパイロット」と直接対峙した経験はないが、映像なら何度も見ているし、その動きを再現したシミュレーターとも何度も戦っている。
信じたくはないが、口にするのも憚られるが、今自らの目の前でグロリアの新型に乗っているであろうパイロットとそのパターンが酷似しているのだ。

イズミルは決心したように、その『悪魔の名前』を口にした。
【イズミル】「シャーロット=ワーグナー…!!」
しかし、銀河中の誰もが知っている通り、シャーロット=ワーグナーは連合のエースパイロットである。それが連合から遠く離れたこのグロリアで、王国軍の新型に乗って現れることなど、99.99%有り得ない。
最も実際のところは、彼女は先日生身でパトリシアと交戦していた訳で、上官であるアンドリュー達は彼女がグロリアにいることを知っていたが、別行動だったイズミルはそれを知らなかった。それが、ある意味彼にとって悲劇だったとも言える。

とにかく、現実は、残りの0.01%であった。
【シャーロット】「いいねぇ、この新型!レスポンスと機動性が抜群ね!レグルスにも劣らない!グロリア小国と侮るなかれ、ってか?」

このページについて
掲載日
2021年5月1日
ページ番号
19 / 51
この作品について
タイトル
【Galactic Romantica】
作者
ホップスター
初回掲載
2020年12月23日
最終掲載
2021年12月23日
連載期間
約1年1日