第16章:嘲笑い、交差して、そして瞬く
グロリア王国首都郊外の小さなビルに、爆発音が響く。
既に周囲は王国軍の協力を得て封鎖しており、邪魔者はいない。
【ゲルト】「っしゃ!突破成功っ!」
ゲルトの仕掛けた爆薬が、ビルの正面ゲートを見事に吹き飛ばす。
【カンナ】「アネッタは隣のビル、ジャレオとレイラ、オリト君は後方待機よろしく!それじゃ…突っ込むわよ!!」
その掛け声と共に、残りのクロスバードクルーが一斉にビルの中へと駆け込んだ。
【第16章 嘲笑い、交差して、そして瞬く】
【ミッチェル】「敵…!」
【アンドリュー】「んなっ…このタイミングでだと…!」
ビル内の一室にいたアンドリューとミッチェルもさすがに驚きを隠せない。
だが、アンドリューは驚きつつも、別の考えを巡らせていた。先ほどミッチェルとエカテリーナに別のビルへの移動を命じたばかりだが、2人ともまだ移動前である。もし移動後の襲撃であれば、さすがにパトリシアとカルマンだけでは防ぎきれなかったかも知れない。
【アンドリュー】(だが、今は『4人』いる…ラッキーだと思え!)
そう必死に言い聞かせ、個人端末の通信スイッチを入れ、こう叫んだ。
【アンドリュー】『落ち着いて対処しろ!向こうも派手なことはできないはずだ!!』
【パトリシア】「ったく、生体スキャンは仕事してんのかよ!」
廊下でパトリシアも舌打ちをしながら叫ぶ。
生体スキャンシステムは人間に対してはかなり有効であるが、小柄なチャオに対してはまだまだ精度が上がらず、小動物などと間違えてしまう問題が度々発生している。それを逆手に取って、チャオだけの特殊部隊を編成しているという噂がある国や勢力もあるぐらいである。
つまるところ、パトリシアはそれを疑った訳だが、実際にはレイラがハッキングしている。それに気付いた人間は、こちらにはいなかった。
【エカテリーナ】「ごめんなさい、私の不注意のせいで…」
エカテリーナが俯きながら、小声で謝る。
【パトリシア】「後悔は後でたっぷり聞いてやる!連中を迎え撃つのが先だ!」
パトリシアはそれを遮るように軽く怒鳴った後、敵を迎え撃つために廊下を走り出した。
だがエカテリーナは、それを追わなかった。立ち止まったまま、少し考え込む。
【エカテリーナ】(このわずかな時間で襲撃されるっていうことは、敵もそんなに遠くには拠点を置いていないはず…この近くで王国政府系、もしくは王国軍系の建物は…)
と考えていくと、とある小さなビルの存在に思い至った。
【カンナ】「まずはとにかく4階ね…」
慎重に進む一行。迎え撃ってきた敵を確実に光線銃で仕留めながら、とりあえずビルの奥にある階段へと駆け込み、2階へと駆け上がる。
【クーリア】「敵のフィールドですから、十分注意してください…オリト君の証言が確かなら、少なくとも3~4人は『要注意人物』がいるはずです…」
そうクーリアが話しながら、2階へと駆け上がった瞬間だった。
【パトリシア】「誰が『要注意人物』だって…?」
パトリシアが、光線銃を2丁両手に構えながら歩いてきた。
【カンナ】「来た…っ!」
【クーリア】「特徴的なアンダーリムの眼鏡とミドルヘアー…映像資料と一致、間違いありません!パトリシア=ファン=フロージア!」
【パトリシア】「色々話を聞きたいところだけど…生憎そんな余裕はこっちもないんでね…最初から全力でいかせてもらうよ!!」
そう叫ぶと、パトリシアは全く躊躇せずに、クロスバードのクルーが固まっているところに一気に突っ込もうとする。
…だが次の瞬間、パトリシアはドン、と床を強く踏み、動きを止めた。
その時、彼女の目前を一筋の光の束が斜めに走る。
【カンナ】「アネッタ!」
隣のビルのアネッタからの援護射撃である。すぐに彼女は姿を隠したので、パトリシア側からはもう捉えられない。
【パトリシア】「ちっ…思ったより用意周到だねぇ…」
パトリシアは唸りつつ、隣のビルから狙われない死角へと移動する。
だが逆にカンナは、パトリシアが引き下がる一瞬を見逃さなかった。
【カンナ】「そこっ!」
光線銃を一発。だが惜しくも外れ、パトリシアの顔のすぐ左を掠める。とはいえ、彼女を一瞬怯ませるには十分だった。
その一瞬の間にクロスバードのクルーは全員で一気に走り、パトリシアを出し抜く形で奥の廊下へと消えた。
【パトリシア】「ちぃっ、また不覚を…取るかよ!!」
だがパトリシアはすぐに駆け出し、クロスバードのクルーを追い始める。この建物の構造も、そして敵の目的も分かっている以上、どちらへ向かえばいいかは明白なのだ。
廊下の角を曲がれば、そこが3階へと向かう階段。一気に角を曲がろうとしたその時、本能的に危険を察知し、再び足を止めた。
次の瞬間、白兵戦用の小型ビームセイバーがパトリシアの目前を一閃する。持ち主は、この人。
【クーリア】「さすがに勘がいいですね…」
そのクーリアに向けて、遠くから叫び声がした。
【ゲルト】「クーリア、足止めを買って出た以上は死亡フラグ発動だけはするなよ!!」
それに対し、クーリアもこう叫び返した。
【クーリア】「ご冗談を!そんなお涙頂戴な展開は漫画の中だけだって証明してあげますよ!」
【パトリシア】「はははっ、それじゃあその漫画みたいな展開になってもらいましょうか!!」
それを聞いたパトリシアは、笑いながら2丁の光線銃を乱射してクーリアに襲い掛かる。
【クーリア】(とはいえ、実力では正直到底及びそうにありませんけどね…私の首が吹っ飛ぶ前に皆さんに何とかしてもらうしかないですね)
クーリアはそれを躱したり受けたりしつつ、こう考えながら策を巡らせていた。彼女も一応士官候補生なので多少の白兵戦の心得はあるものの、基本的に頭脳労働担当であり、パトリシアのような『規格外』とマトモにやりあってもまず勝てない。だとすれば、頭を使うしかないのだ。
さて、残りのクルーは一気に3階へと駆け上がろうとする…が、踊り場でカンナがストップをかけた。
【カンナ】(ちょっと待って!…これは、“まずい”わ…)
先ほどのパトリシアよりもさらに強い、かなり危ない気配のようなものを感じ取り、全員を止める。
その次の瞬間、最後尾にいたジェイクが咄嗟に小型ビームセイバーを抜いた。ガキン、と鋭い音。
それに気が付いて他のクルーが振り向いた時には、ジェイクと1人の少年が剣を交えていた。
【フランツ】「いつの間に…!」
【少年】「やはりこれで仕留められるほど甘くはないか…」
【ジェイク】「はっ、随分と舐められたもんだなぁ!」
そしてそのまま、少年とジェイクの斬り合いへと突入した。猛スピードで2本のビームセイバーが舞う。
【カンナ】(気配は前方からだったはずなのに…!)
【ゲルト】(ちょっとこれは手が出せねぇぞ…)
それを呆然と見つめる他のクロスバードクルー。それだけ、この2人が凄すぎたのだ。
そしてそれと同時に、彼女たちは慄いていた。クロスバードのクルーの中で最も白兵戦が得意なジェイクと涼しい顔で互角に渡り合っている少年がいる。
銀河は広い。どこかにそんな人間はいるだろうとは全員薄々感じていたが、実際に相対してみると、呆然とするしかなかった。
そこでジェイクが思わず叫んだ。
【ジェイク】「何ボサっとしてるんだよ!!やること分かってんだろ!!」
【カンナ】「…!」
ハッとするカンナ。…だが、それは「敵」も分かりきっていることである。少年が咄嗟にジェイクから離れ、先頭のカンナに襲い掛かった。
カンナもすぐにビームセイバーを抜いて応戦するが、
【カンナ】(速いっ…!)
さすがに相手が悪すぎる、と思った瞬間、ジェイクが少年に追いつき、再びジェイクと少年の1対1になる。
カンナと他のクルーはそのスキに距離を取り、階段を駆け上がった。
【ジェイク】「さぁてと…まだ名前を聞いてなかったな…」
2人しかいなくなった踊り場で、ジェイクは静かに喋る。
【少年】「わざわざ戦場で殺す相手の名前を聞く必要性があるのか?」
少年はそう返し、軽く首を傾げる。
【ジェイク】「必要性が無くとも聞きたくなるのが人間ってもんなんだよ、分かんねぇかなぁ?」
ジェイクがそう答える間にも、少年が斬りかかり、ジェイクが応戦する。以下は、斬り合いながらの会話である。
【少年】「申し訳ないが、そういう機敏はあまり分からなくてな…そもそも、機密事項に関わる可能性だってあるだろう?」
【ジェイク】「あー、そういう手合いか…なら、まぁ、無理にとは…言わねぇっ!」
するとジェイクは一気に距離を詰めた。手を伸ばせば触れるほどの近さ。少年も当然対応するが、そこがジェイクの狙いだった。
わずかに少年の剣が右に流れた瞬間を狙い、
【ジェイク】「てえぇいっ!」
一撃。虚を突かれた少年は対応が遅れ、右肩に軽く切り傷ができた。
【少年】「…!!」
すぐに立て直すが、さすがに驚いた顔をする少年。しばらくして、ゆっくりと喋りだした。
【少年】「…前言撤回だ。興味が湧いた。名前を聞こう…」
その問いかけに対し、ジェイクが堂々と答える。
【ジェイク】「惑星同盟、アレグリオ士官学校所属士官候補生、ジェイク=カデンツァ!」
そしてそれに返事をするように、少年も自らの名を名乗った。
【少年】「宇宙共和国ハーラバード家所属第21特務小隊、通称『シグマ小隊』隊長…ミッチェル=グレンフォード。少尉だ」
一方、後方支援組。
【ジャレオ】「皆さんの動きはどうですか?」
【レイラ】「ジェイクの動きが止まりました。恐らくクーリアに続いて交戦に入ったと思われます」
そこにクーリアを支援しているアネッタからの通信が飛び込む。
【アネッタ】『あのパトリシアって敵の女の子…ハッキリ言って尋常じゃないわ。クーリアがまずいかも知れない…!』
【ジャレオ】「艦長、皆さん、急いでください…!」
【オリト】「…大丈夫、なんですよね…?」
オリトが心配そうに話しかけた、その時だった。
建物のドアの方から轟音がしてドアが崩れ落ちる。
驚いて2人と1匹が振り向くと、そこには―――
【少女】「やはり、ここでしたか…」
まだ10歳ぐらいの幼さの残る少女が、左手で人形を抱えたまま立っていた。
【レイラ】「お、女の子…?」
【ジャレオ】「迷子…ですか?」
状況が飲み込めない2人だが、『1匹』はこの状況を把握していた。
【オリト】「気を付けてください!!…あの子、『敵』です!!」
…そう、そこにいる少女は、他でもない、先ほど共和国のビルで出会った少女、エカテリーナ=キースリングその子である。
オリトが叫んだ次の瞬間、エカテリーナは右手で素早く光線銃を抜き、一発撃ち込む。
レイラとジャレオはオリトの叫びに素早く反応したため回避したが、その光線は通信機器を撃ち抜いた。
【レイラ】「こんな子が…?嘘でしょう…!?」
【オリト】「間違いないです。あのビルで見かけました!」
オリトがそう断言する。ついでに言うと、オリトが潜入時に撮影した映像にもしっかりと彼女の姿が映っており、それはレイラもジャレオも確認している。それでも、俄かには信じ難い。
【ジャレオ】「多少、いえかなり躊躇しますが…これも戦争ということですか…!」
ジャレオは少し逡巡しつつも、小型ビームセイバーを抜いた。
さて、カンナを始めとする残りのメンバー4人(カンナ、ゲルト、フランツ、ミレア)は、ついに4階の、厳重に鍵がかかった一室に辿り着いた。
息を押し殺しながら、会話する。
【カンナ】(鍵はかかっているけど…恐らく当初は『そういうこと』を想定していない部屋のようね。ゲルト、いけるかしら?)
【ゲルト】(これぐらいなら手持ちで恐らくいけるだろう。2分だけ時間をくれ)
【カンナ】(オッケー、頼むわよ)
するとゲルトは、慣れた手つきで音を立てないように扉の周囲に小型の爆薬を複数セットする。
【ゲルト】(この辺りなら爆風をあまり受けずに、爆破直後に突入が可能だ。艦長、ここで待機してくれ。あとは…頼んだ)
【カンナ】(ええ。みんなもすぐについて来れるようにしてね)
やがてカンナをはじめ、全員が所定の位置につく。それを確認したゲルトが、左手で合図をし、右手でスイッチを押した。
鼓膜に発破音が響いた次の瞬間、カンナは耳栓を手早く抜きつつ、ドアを蹴破ってその部屋に突入した。
【カンナ】「グレイス女王殿下!!」
…その部屋には、ベッドの上で座っているグレイスと、その横に1人の少年がいた。
【少年】「やれやれ、来ちまったか…」
少年は半ば諦めたような表情でカンナを見る。そして、ベッドのグレイスがこう続けた。
【グレイス】「ようこそいらっしゃいました。お噂はかねがね聞いていますよ、銀河の漂流者である同盟の士官候補生さん?」