第14章:迷路の果てに掴む未来で、瞳は灯る
グレイス王女が何者かに連れ去られた、の一報に凍り付くクロスバードの会議室。最初に口を開いたのは、オリトだった。
【オリト】「…でも、ちょっと待って下さい?仮にも一国の王女様、しかも病弱な方なんですよね?…そんな簡単に誘拐できるものなんですか?」
【マリエッタ】「ええ、普段は厳重な警備のもと、郊外の離宮にて静養なされています。アイラも少し不思議がっているようでした…」
【カンナ】「ひょっとすると…」
カンナはそこまで来て、「その可能性」を口にするのを少し憚った。が、あっさり当事者がそれを認める。
【マリエッタ】「恐らくは…内に手引きした者がいるのでしょう…王室を管理する王室庁にも、姉様よりも私が王になるべきと考える者がいると聞いていましたから…」
【第14章 迷路の果てに掴む未来で、瞳は灯る】
【ゲルト】「しかしこうなっちまった以上さっさとグレイス殿下を助けねぇと、これ長引けば長引くほどまずい状況になるんじゃねぇのか?」
【フランツ】「それが簡単に出来る程相手も間抜けではないでしょう…そもそも一体どこに連れ去ったのか分かる訳がないですし…」
しかし、クーリアが少し考えながら、こう話し出した。
【クーリア】「…グロリア国民の間では、ジェームズ4世陛下がもう長くないということはまだ知られていないが、ジェームズ4世陛下の後継者問題自体は度々ニュースになっており、ほとんどの国民が知っている…マリエッタ殿下、この前提に間違いはありませんね?」
【マリエッタ】「ええ、そのはずです。私が我が国民について何を知っているのかと言われると、正直そこまでの自信はありませんが…」
さらにクーリアはゆっくり考えつつ、話を続ける。
【クーリア】「…ここからは全て仮定の話になるのですが…仮にグレイス殿下の王位継承に反対する一派の犯行だとして、それなら離宮に侵入できた時点で殺してしまえば終わる話ですよね?」
【カンナ】「そりゃ、殺してしまったらどっちにしろ長子がマリエッタ殿下になるんだから、賛成派も反対派も何もなくなっちゃう…それどころか、野党勢力は怪しまれて終わりよね」
【クーリア】「…そう、解せないのはそこなんですよ。グレイス殿下が『何者かにどうにかされた』時点で、この状況下では間違いなく反対派が真っ先に怪しまれるんです。実際私達もそう考えていますし」
【ゲルト】「おい、それじゃむしろ、犯人はまさか…」
思わず叫びそうになるゲルトを右手で制止して、クーリアが続ける。
【クーリア】「ええ、恐らくは…ですが、その中でもより過激な、『自分たちが主導権を握れればむしろ王位継承はどうでもいい』という一派の犯行ではないでしょうか」
【フランツ】「確かに、単純にグレイス殿下を女王にするという考え方では、病弱なグレイス殿下を誘拐、なんて真似はできないでしょうね」
【アネッタ】「何がどうなっても、反対派のせいにすれば全てが上手くいくって訳ね…」
【カンナ】「…マリエッタ王女殿下、失礼を承知で伺います。…思い当たる節は、ありますか?」
その問いかけに、マリエッタがゆっくり口を開く。
【マリエッタ】「どこの国、どの勢力にも、過激な考えをする者は一定数いる…それはグロリアでも例外ではありません。ただ…いくら私を王位につけようとする者が今の政府に批判的といっても、この小さな国でそのような過激な考えを持つ集団がこのような事を起こすほどの力があるとも思えません」
…そこで、意外な人物が言葉を挟んだ。シャロン…もとい、シャーロットである。
【シャーロット】「あのー、ちょっといい?」
【カンナ】「シャロンさん、何でしょう?」
【シャーロット】「もしも、もしもの話。その『過激な考えを持つ集団』に…何か、後ろ盾のようなものが、できたとしたら…こんな馬鹿げた真似も、できるんようになるんじゃないの?」
【レイラ】「つまり…裏があると?」
【シャーロット】「ただでさえ同盟と共和国に挟まれて不安定な上に後継者問題で揺れてる。オマケに野党勢力は共和国寄り。となれば、同盟側がこんな事仕掛けてきても…不思議じゃないよねぇ?」
さすがにそこまで話したところで、たまらずジェイクが大声をあげた。
【ジェイク】「おい、ちょっと待てよ!俺たちを疑おうってのか!?」
一瞬静まり返るミーティングルーム。だが、あっさりシャーロットが謝る。
【シャーロット】「…悪かった、そんなつもりで言ったんじゃないんだけどね。同盟のチャオに助けられといて同盟を疑うなんてあたしもどうかしてるねこりゃ…」
シャーロットとオリトは、クロスバードに入る際に「一般市民であるシャロンが素性不明の男に襲われていたところをオリトが機転を利かせて助けた」という筋書きを合わせてある。
【カンナ】「…正直同盟も一枚岩じゃない以上、その可能性は否定できないけれど…少なくともあたしらは何も知らないわ。それより…」
カンナは中途半端なところで上手く話を切りつつ、シャロン…もといシャーロットに迫る。
【カンナ】「オリト君の恩人みたいだから特別にここまで通してるけど…どうもただのグロリア一般市民には見えないのよねぇ…ひょっとして、ひょっとするのかしら?」
本来、クロスバードがグロリアにいる、というのはこの時点ではトップシークレットである。グロリアにいるのではないか、という噂は流れているが、それはまだ単なる噂に過ぎない。
最も、結果的にその最重要機密をこの銀河で一番知られてはいけない人間、シャーロットに知られている訳なのだから、最重要機密とは一体何なのかという話になってしまうのだが。
【シャーロット】「参ったなぁ、そうきたか…といっても、こっちもいくら振っても何も出てこないわよ?」
さらにシャーロットは続ける。
【シャーロット】「こういう性格だからそうは見えないかも知れないけど、ただでさえ噂になってた『消えた同盟戦艦』にいるってだけで正直結構ビビってるんだからね?」
シャーロットがそこまで言うと、さすがのカンナも引き下がった。
【カンナ】「…まぁ、こんな状況でこんな押し問答は無意味ね…」
結局推理をしても犯人が分かる訳ではなく手詰まりになってしまい、その場を沈黙が支配する。だが数秒した後、電子音が鳴り響いた。先ほどと同じ音、マリエッタの個人端末である。
チェックしようとマリエッタが端末を見た瞬間、思わず声をあげた。
【マリエッタ】「これは…父上!?」
【全員】「!?」
その場にいた全員が驚き振り返る。病気療養中の、ジェームズ4世国王その人からの着信である。
マリエッタは、軽く深呼吸をすると、ゆっくりと通信開始のスクリーンをタップした。
…通常、この時代の通信というのは、立体映像と音声によるリアルタイム会話が通常である。
だが、マリエッタがタップした瞬間、映し出された映像はこの時代ほとんど見られない『SOUND ONLY』の文字。そして、音声が流れる。
【ジェームズ】『…大体の話は聞いている。マリエッタ、お前にこれを託す。“銀河の意思”たる『これ』をどう使うかは、お前次第だ…!』
時間にして、わずか30秒足らず。ジェームズ4世国王はそれだけ言い残して、プツリと通信が切れた。呆気に取られる一同。
だが次の瞬間、マリエッタの端末から先ほどとは違う着信音が鳴る。マリエッタがチェックすると、とあるアプリケーションがダウンロードされてきた。
【マリエッタ】「アプリ…?」
それが一体何なのか、マリエッタも知らない。ただモニターには、『The WILL of Galaxy』、つまり“銀河の意思”というアプリ名が表示されていた。
マリエッタは恐る恐る、そのアプリをタップする。数秒の待機画面の後、文字入力を促すテキストボックスが2つ現れた。
【マリエッタ】(これは…ファーストネームとファミリーネーム、つまり人名を入力するのでしょうか…?)
マリエッタが試しに自分の名前を入力して、エンターキーをタップする。すると、ある画面が表示された。
【マリエッタ】「こ、これは…!!」
【レイラ】「どうしたの…?」
【マリエッタ】「申し訳ありません、これはちょっとお見せできません…!」
かなり慌てた様子でそう言い残し、マリエッタはクロスバードのブリーフィングルームを出て行った。
【クーリア】「一体、どういうアプリだったのでしょう…?」
【カンナ】「王女殿下のあの様子を見ると、恐らく国家機密に関わるようなアプリだったんでしょうけど…」
微妙な沈黙に包まれるブリーフィングルーム。しかし、『彼女』だけは頭をフル回転させていた。
【シャーロット】(ここで『銀河の意思』!?いやいやいや落ち着け、王女殿下なんだから何もおかしくはないでしょ、…でもこの状況であのワードがアプリ名ってどういう…っ、この状況ではさすがに動けない…!)
そうこうしているうちに、マリエッタが戻ってきた。先ほどの慌てた様子とは180度異なる、落ち着き払った、まさに『王女』のような足取りで。
【マリエッタ】「…申し訳ありません、取り乱してしまいました。…改めて、皆様にお願いがあります」
そして、そのしっかりとした口ぶりに、改めてクロスバードの面々、そしてシャーロットは姿勢を正す。
【マリエッタ】「姉様の居場所が判明しました。場所は…ここです」
そう説明しながら地図アプリを開いてブリーフィングルームの大きなモニターに投影させる。地図が指示したのは、グロリア首都郊外にある5階建ての小さなビルだった。
【フランツ】「いきなりグレイス王女殿下の居場所が判明とは話の展開が早いですね…先ほどのアプリと何か関連が?」
フランツがさすがに違和感を覚えて疑問を挟む。
【マリエッタ】「関連があることは否定しません。詳細についてはお話しできませんが…」
言葉を濁すマリエッタ。さすがにカンナがフォローする。
【カンナ】「正直とっても気になるけど…一国の王女が他所の国の軍人の卵相手には話せない内容、なんていくらでもあるでしょうし、今重要なのはそこじゃないわ。続けて?」
【マリエッタ】「ありがとうございます。このビルに入っている企業は、共和国のハーラバード家と資本的に繋がりがある、と言われています」
【シャーロット】「ハーラバード家…!」
シャーロットが思わず声をあげる。
【クーリア】「シャロンさん、何か思い当たる節が?」
【シャーロット】「…いや、今日ここに来る途中、偶然クリシアクロスを身に着けてる女を見たのよ。他にも最近ハーラバード家がグロリアの取り込みを狙ってるって噂はよく聞くけど…さすがにそれぐらいは王女殿下も聞いたことあるでしょう?」
【マリエッタ】「ええ、そうですね…ハーラバード家が信仰しているクリシア教の象徴たるクリシアクロス…最近では、ここグロリアでも身に着けている者を見る機会が増えていると聞いています」
【レイラ】「ハーラバード家以外にも最近は広がりだしてる、って聞いたことはありますね…っと、話題が逸れちゃいましたね、続けましょう」
【ゲルト】「でも何で共和国のハーラバードがグレイス王女殿下を?今までの推理と正反対じゃねぇか」
そうゲルトが疑問を呈すが、
【ジャレオ】「確かに謎ではありますが…現実としてハーラバード家の息のかかった場所に王女殿下がいる可能性が高い、という事実がある以上、動くしかないでしょう」
そうジャレオが諭した。
【マリエッタ】「向こうにとっても、恐らく姉様は大事な交渉材料…そんざいな扱いはしていないはずです。クロスバードの皆さんには…姉様を、救い出していただきたいのです。無茶なお願いであることは承知の上ですが…」
【カンナ】「………」
カンナは即答せずに、少し冷静になって考えた。そもそも、いくら自国である同盟にも影響を与える可能性があるとはいえ、ただの士官候補生が他所の国で起こっている争いに首を突っ込む道理はない。
何より、連合と共和国の境界宙域に弾き飛ばされてからおよそ1ヵ月、あと一歩で帰れるというところまで来ているのだ。普通ならば、さっさと帰るのが筋である。
…だがカンナは、いや、クロスバードのクルーは、だからといって、困っている人間を前にして首を横に振れなかった。
【カンナ】「…できる限りのことはやりましょう」
【マリエッタ】「ありがとうございます。極秘裏に話を進めていますし、私は他にやらなければいけないことがあるので、できることは限られますが…最大限の支援をいたします」
【クーリア】「了解しました。後ほど詳細を詰めましょう」
さて、これで話はまとまった…と思いきや、マリエッタは今度はシャーロットの方を向き、こうお願いをした。
【マリエッタ】「それと…シャロンさん、貴方には特別なお願いがあります。別室に来ていただけますか?」
【シャーロット】「え、えぇ、構わないけど…」
シャーロットが彼女の意図も分からずに頷くと、マリエッタはシャーロットを連れてクロスバードから降り、グロリア軍の基地へと戻っていった。
およそ15分後。グロリア軍の基地の一室に対し、マリエッタは厳重に鍵をかけるよう命じ、その中に入っていった。
外側で、警備を命じられた兵士2人がぼやく。
【兵士A】「ったく、あの姫様は何がしたいんだ…さっきはクロスバードから俺たちを追い払っといて、今度は一般市民を連れ込んで厳重に鍵をかけろ?」
【兵士B】「そういえば、例のはぐれ戦艦の艦長も女の子だったよな…?まさか、姫様にそういう趣味が…!?」
【兵士A】「そんなバカみてぇな話、漫画の中だけにしてくれよ、頼むから…」
…もちろん、当の本人は全くそんな気はない。シャーロットを前にして、マリエッタが話を切り出す。
【マリエッタ】「さてと…シャロンさん…いえ、『連合の蒼き流星』、シャーロット=ワーグナーさん…貴方に特別なお願いがあります」
【シャーロット】「バレバレかい!…こりゃもうちょっと変装の練習しといた方が良かったかなぁー…」
ハーラバード家の少女の襲撃に続き、またもあっさり自分の正体を見破られたことに、さすがに苦笑いするしかないシャーロット。
【マリエッタ】「貴方がどんな理由でこのグロリアにいるのかは知りませんが…折角銀河のエースが目の前にいるのです。姉様救出のために、そしてグロリア王国のために、少しだけ骨を折っていただきます。もちろん、それなりの報酬はお付けいたしますわ」
【シャーロット】「…比喩表現ってのは分かってるけど、骨を折るとは物騒ね。…仮に、NOと言ったら?」
【マリエッタ】「その気になれば私たちは、貴方を拘束して、同盟か共和国のいずれかに身柄を引き渡すことも可能であることをお忘れなきよう…と、言っておきましょうかしら?」
【シャーロット】(地味にエグいこと言うねこのお姫様…まぁこの状況だししゃーない、か…)
マリエッタがさらりと脅しをかけるように話を進める。これにはさすがのシャーロットも、首を縦に振らざるをえなかった。
【シャーロット】「…分かった。で、あたしは何をすればいい?」
すると、マリエッタは自らの端末を少し操作して、シャーロットに見せる。
【シャーロット】「こいつは…なるほどね…!」
その画面を見たシャーロットは、ニヤリと笑った。