第13章:その最中で何を思わざるか

グロリア王国はその名の通り王制で、現在はネーブル家の者が代々王位を継承しており、歴史学的に言うならば「ネーブル朝グロリア王国」とでも言うべき国家である。
但しあくまでも王は象徴的存在であり、実際の政治は選挙で選ばれた議会が行っている、いわゆる立憲王制である…が、グロリア王国が普通の君主制国家と決定的に違うことが1つだけある。
【ミレーナ】「確かグロリアは『選挙王制』だったんだっけ?」
【マリエッタ】「はい。王である者が崩御した際には、王族の者が候補者となり代議員、つまりグロリアの国会議員による投票で王位継承者を決定する…ということになっています」
…とはいえ、過去の王位継承選挙はそのほとんどが長男・長女やすぐ下の兄弟姉妹、つまり普通の王制であれば王太子になるべき者が圧倒的な得票率で当選しており、ほぼ儀礼行事化していた…はずだった。


        【第13章 その最中で何を思わざるか】


現在のグロリア王であり、マリエッタの父にあたるジェームズ4世は病に倒れ、治療中の身である。公務は主にマリエッタと、妹であるソフィアが代行して行っている状況。
【マリエッタ】「徹底した報道規制が敷かれているので、「病気療養中」としか公にはされていませんが…正直に言います。父は、もう長くありません。もって数か月、とのことです」
【レイラ】「そんな…!」
そこで事情を知る一部の王室関係者や政府・議会関係者は極秘のうちに王位継承選挙の準備を始めているのだが、今回はすんなりと決まらない事情があった。
本来「次の王」となるはずであるジェームズ4世の長女・グレイスは生まれつき非常に体が弱く、22歳である現在もほぼ車椅子か寝たきりの生活を送っており、以前から「彼女は王位継承選挙の候補者から外すべき」という意見が少なからずあったのだが、それがここにきて対立の種となっているのだ。
【マリエッタ】「姉様は体は弱いのですが、小さい頃からベッドの上で本や電子端末をよく読んでらして、非常に聡明なのです。私などはとても及びません。しかしそのために、『多少無理をしてでも姉様に王位を継がせるべき』という者と、『姉様に王位は継がせるべきではない』という者の対立が内部で激しくなりつつあるのです」
そして、「グレイスに王位を継がせるべきではない」という者が推す「次の王」が、他でもない次女のマリエッタなのだ。
【マリエッタ】「私自身は、それが代議員、ひいては国民の意思であるならば、王の座を継ぐこと自体に抵抗はありません。その覚悟もあるつもりです。ただ…」
そこでマリエッタは口ごもってしまった。少しの間だけ沈黙が走るが、ミレーナ先生が自分の端末を少し操作して、ニュース記事を探し出した。
【ミレーナ】「…えっと、これかしらー?」
端末をマリエッタに見せると、彼女は軽く頷いた。
【マリエッタ】「…ええ、それです」
【レイラ】「え、何ですか…?」

ミレーナが探し出したのは、グロリアの野党幹部が『国王は国家行事への参加も多く、健康でなければ難しいのではないか』という旨の発言をした、というニュースである。
つまりグレイスを王位継承から外すべき、という意見であり、それ自体は特段珍しいものではないのだが、
【ミレーナ】「つまり、王位継承問題が政争の種になっちゃってるんだねー。しかもこの野党、いわば『親共和国派』で、ハーラバード家と繋がりがあるって噂もあるねー」
【レイラ】「それじゃ、もしマリエッタ様が女王になったら…」
【ミレーナ】「その影響が世論にも広がって次の国政選挙で野党が勝利、グロリアが共和国に組み込まれてあたしらに宣戦布告。…ってのが最悪のシナリオかなー?」
当然、これは同盟の人間であるクロスバードのクルーにとってはなんとしても防がなければいけない事態である。

【ミレーナ】「…でもグロリアは立憲王制。王族には何もできないし、いたたまれなくなって逃げ出した、ってところかしらー?」
【マリエッタ】「ただ嫌になって逃げ出した、というだけのつもりではないのですが…そうなのかも知れません」
ミレーナの鋭い指摘に対し、マリエッタは伏し目がちにそう答えた。同盟の練習艦であるクロスバードが現在グロリア王国内にいるということは、現時点ではグロリア軍及び政府の上層部など、ごく一部にしか知られていない。だが、普段見ないはずの戦艦がグロリアの首都惑星に停泊している…ということで、偶然目撃した一般人もごく少数ながら存在した。ネットワーク上などでは小さいながらも話題になっており、同盟で行方不明になっているクロスバードではないか、という『正解』だけでなく、王国の新型戦艦説、共和国の輸送艦説など様々な憶測が飛び交っていた。マリエッタも王族という身分ではあるがそんな噂は耳に入っており、興味本位で調べるうちにクロスバードに突き当たった、という訳である。

【レイラ】「でも、この状況をいきなりどうにかしろって言われても…」
【マリエッタ】「ええ、無茶をお願いするつもりはありません。こうして話を聞いてもらっているだけでもありがたいです」
そもそもついさっき、政府関係者と思われる数人の男性を振り切ってクロスバードに飛び込んだのである。彼らはこの場は一旦引いたが、このままで済むはずがないのだ。


【シャーロット】「しかしハーラバードの連中が一枚噛んでるとなると、これは面倒なことになるわねぇ」
【オリト】「でも、ハーラバード家…共和国の4大宗家のうち1つが、何でグロリアに?」
【シャーロット】「そりゃちょっと考えれば分かるでしょ。ここは同盟と共和国の間にあるんだよ?それより連合でエースやってるあたしがここにいる方が100倍おかしいじゃんって話よ」
と、シャーロットは自嘲気味に話した後、情勢と自身がここにいる理由を軽く説明する。
【シャーロット】「グロリア王室の動きが最近慌ただしいらしくて、国王は表向きには病気療養中って話だけど実はヤバいんじゃないかってのが専らの噂…そんな状況だから、グロリアを共和国に引き込むべくハーラバードが色々手を回してるんじゃないかって。それでその辺の調査に行って来い、って訳でわざわざ連合からはるばるグロリアまでやってきたって訳ね」
【オリト】「なるほど…」
【シャーロット】(…っていうのは一応表向きなんだけど…ま、変装して極秘裏に調査してる時点で表も裏も何もないわよねぇ)
そのタイミングで、オリトの個人端末が鳴り響く。発信元は、ミレーナ先生。

【オリト】「はい、オリトです」
【ミレーナ】『あ、オリト君?ちょーっと緊急事態なんで、戻ってもらえるかしらー?どれぐらいで戻れるー?』
【オリト】「そうですね…今はF-82地区なので、ここからなら1時間ぐらいあれば」
【ミレーナ】『了解ー、待ってるわよー』

ミレーナ先生との軽い会話が終わり、通信が切れる。それに対し、すかさずシャーロットが首を突っ込んだ。
【シャーロット】「お仲間さんかしら?」
【オリト】「ええ、いえ、まぁ…」
それに対し、オリトは歯切れの悪い返事を返す。当然のことながら、クロスバードのことを喋る訳にはいかない。しかも今目の前にいるのは、そのクロスバード相手に実際に戦った人間である。
その結果がこの歯切れの悪い返事だったが、その不自然さをシャーロットは感じ取って、付け入った。
【シャーロット】「ねぇ…ちょっと、同行させてもらってもいいかしら?もちろん、悪いようにはしないからさ」
【オリト】「え、でも…」
【シャーロット】「大丈夫、ちゃんと変装してシャロン=イェーガーで通すから。さすがにさっきの連中みたいに見破られたらどうしようもないけど、まぁ何とかなるでしょ」
【オリト】「いえ、あの…」
オリトは何とか断ろうとするが、上手い理由が思いつかない。ハッキリ言ってしまえば、シャーロットはこの銀河中で最もクロスバードに連れてきてはいけない人間だといっても過言ではないし、そのことはオリトも理解している。だが、当然それを本人の前で喋ることもできず、しどろもどろしてしまう。
一方何も知らないシャーロットはそれを不審に思い、さらにオリトに迫る。そして最終的には、
【シャーロット】「…あんまりこういう手は使いたくないんだけど…分かるわよね?」
先ほど襲撃してきたパトリシアという少女に対して使ったスタンガンをオリトに向けて、半ば脅迫するような形で、オリトに連れていってもらうことにした。


ところでその頃、リーダーたるカンナは何をしていたかというと、
【カンナ】「はいぃ!?緊急事態だから戻ってこい!?ちょっと待ってよ、こっちはようやくグロリア人気No.1スイーツを買えるってとこなのに!!」
【ミレーナ】『どう考えても軍人の言うセリフじゃないわよねー、それ…』
…別の意味でそれどころではなかった。


かくしておよそ1時間後。
共和国基地内のクロスバードに、クルー全員、及びマリエッタ王女、そしてシャロン=イェーガーを名乗る変装したシャーロットが集まった。
【シャーロット】(ちょっと待ってちょっと待って!!確かにオリト君なんかちょっと怪しいとは思ってたけど、まさかよりにもよってこの艦のクルーかよ!!しかもマリエッタ王女殿下までいるし、一体何がどうなってこうなってるのよこの戦艦は!?)
この状況に一番焦っているのは、当然彼女である。
シャーロットにしてみれば、いくら多少怪しいと思ったとはいえまさかオリトを脅迫してまで付いてきた先が自分が直接戦った敵の戦艦だとは思ってもみなかったし、そこにグロリアのマリエッタ王女までいるということで、全くもって状況が掴めなくなっていた。
だが、彼女はすぐに切り替え、こう自らに言い聞かせる。
【シャーロット】(落ち着いて…落ち着くのよ…この銀河のエースパイロット、シャーロット=ワーグナーがこれぐらいで慌てちゃいけない…そうよ、敵の戦艦に乗り込めた上にマリエッタ王女殿下までいるんだから、これはチャンスだと思わないと…)
技術面はもちろんだが、こういう精神的な強さが、彼女を銀河のトップエースたらしめているのかもしれない。

【カンナ】「さてと…全員集まったわね。それじゃレイラ、一体何がどうしてこうなったのか、説明をお願い…もぐもぐ」
カンナがレイラに説明を促す。右手には、先ほど並んで手に入れたグロリアで人気のケーキ。
【ゲルト】「こんな状況でケーキ食べながら指示かよ…さすがウチの艦長」
【カンナ】「なんだっけ、ほら、糖分は脳にいいのよ!」
【クーリア】「この状況でそのセリフ、どう解釈しても言い訳にしか聞こえませんが」
【レイラ】「ま、まぁ、説明を始めましょう」
と、レイラがこの状況についての説明を一通り行う。

【カンナ】「もぐもぐ…グロリア王国内が何だか慌ただしいとは耳に入ってたけど、そういう状況になってたとはね…」
【ジェイク】「しっかし、コレ大丈夫なのかよ?下手すりゃ俺たち王女誘拐犯になっちまうぞ?」
と、ジェイクが心配を口にする。マリエッタ王女がクロスバードに転がり込んでからおよそ2時間、ここまで何もないのがむしろ不気味なぐらいなのだ。
【フランツ】「さすがにようやく同盟に帰れる寸前、ってところで王国軍と一戦交えるのは勘弁願いたいですね」
【クーリア】「そもそもここでグロリアを敵に回すのは同盟全体を考えても非常にまずいですし…」

話がそんな流れになったところで、マリエッタが小さく言葉を絞りだす。
【マリエッタ】「も、申し訳ありません…やはり、戻った方がよろしいのでしょうか…?」
だが、クーリアはそれをキッパリ否定した。
【クーリア】「『普通』であれば、それを薦めます。最終的に、それがお互いの為になる可能性も高いです。…けど、それでも、私たちは…クロスバードは、そんな人間味のない、つまらない結末を選びたくはありません。…そうでしょう、艦長?」
【カンナ】「そうね…」
カンナはそう軽く頷いた後、ケーキの最後の一かけらを口の中に放り込んで、こう言い切った。
【カンナ】「こうなった以上、グロリアをこの戦争に巻き込まずに王女殿下を助けて、ついでにあたしらも無事に帰る…不可能かも知れないけど、それでも、出来る限りやろうじゃない、みんな!」

カンナのその言葉に一瞬全員がおおっ、となった。が、すぐにゲルトがツッコミを入れる。
【ゲルト】「…でもよ、結局何をどうすりゃいいんだよ、この状況で?」
【カンナ】「そ、それは…」

カンナが言葉に詰まった、その時だった。
ミーティングルームの隅っこで1人端末をいじっていたシャロン…変装したシャーロットが、こうつぶやいた。
【シャーロット】「ちょっと待って…これ、まずいんじゃない?」
【レイラ】「どうしました?えっと…確か、シャロンさん、でしたっけ?」
【シャーロット】「シャロンでいいよ。今、グロリアのネットワーク上で、こんな噂が流れてるらしいんだけど…」
そう言って、端末の画面を皆に見せる。その画面は、グロリアのニュースサイト、それもどちらかといえばゴシップ的な記事が中心のサイトの記事だった。

『【緊急速報】グレイス第一王女、何者かに誘拐される!?複数の目撃情報あり』

【クーリア】「確かに本当なら相当まずい事態ですが…そもそもこのニュースサイト、信用していいものでしょうか?」
訝しむクーリア。ところがその時、他でもないマリエッタの個人端末が鳴り響く。
【マリエッタ】「これは…侍女のアイラさん?ちょっと失礼いたします」
マリエッタがそのまま部屋を抜け、通話を始める。沈黙が走るミーティングルーム。

およそ1分ぐらい経っただろうか。マリエッタの通話が終わったようで、ミーティングルームに戻ってきた。
【マリエッタ】「今、侍女から連絡がありました。先ほどのニュースサイトの記事…どうやら、ほぼ事実のようです」
その一言で、部屋が凍り付いた。

このページについて
掲載日
2021年4月3日
ページ番号
15 / 51
この作品について
タイトル
【Galactic Romantica】
作者
ホップスター
初回掲載
2020年12月23日
最終掲載
2021年12月23日
連載期間
約1年1日