第11章:思惑が渦巻く銀河の中へ
連合のオリオン級戦艦・バーナード。
『蒼き流星』と呼ばれるエースパイロット、シャーロット=ワーグナーが乗船している。
【将官】『ちょっと頭を冷やして来い、ってことだ』
【シャーロット】「だから、あたしは別にどんな任務でも構わないって言ってんでしょ。でもエースパイロットをこんな任務に出して、連合はそれでいいのかって聞いてるんだよ!」
【将官】『だから、お前の為にこうした方が即ち連合のためになるって訳だよ。それにこれは大統領閣下直々のお達しだ。ノーと言う訳にもいかないだろう?』
【シャーロット】「…まぁ、そこまで言うなら行ってやるよ。ただあたしの本業は人型兵器乗りだ。正直、成果を期待されると困るよ」
【将官】『分かってるさ。大統領閣下も上手く行ったら儲け物、ぐらいな考えみたいだしな』
通信を切った後、シャーロットは深い溜息をついた。
つまるところ、サグーリアで暴れすぎて、連合の大統領や軍上層部にも問題視されたのだ。何せ銀河中に名前が知れ渡っているエースパイロットである。それ相応の『振る舞い』を求められるのだ。彼女もそれはある程度承知していて実際それなりにエースパイロットを『演じて』いたが、あの時クロスバードに撤退させられたのが余程我慢ならなかった、ということである。
…かくして、彼女は表向きには「休暇」と発表され、とある場所へと任務へ向かうことになる。
【第11章 思惑が渦巻く銀河の中へ】
さて、クロスバードは共和国とグロリア王国の境界宙域を航行中。
【クーリア】「そろそろ予定の時間、ポイントですが…」
【レイラ】「前方に艦影!グロリア王国のペルセウス級3隻!」
【カンナ】「迎えが来た!」
そしてその王国の戦艦から通信が入る。
【王国兵】『こちら王国軍親衛艦隊、ミルファクである。ドゥイエット家からの要請により、貴艦を保護する用意がある。応答願いたい』
【カンナ】『同盟軍練習艦・クロスバードです。お心遣い、感謝致します』
かくして、グロリア王国に「正式に」保護されたクロスバード。
数日後、無事にグロリア王国の首都惑星・惑星グロリアに到着し、そこで同盟軍との引渡し交渉を待つことになった。
それを受けて、カンナが呼びかけてクロスバードのクルーが会議室に集められる。
【ゲルト】「しかし全員集合だなんてまた仰々しいが、どうしたんだ?」
【カンナ】「クーリア、説明お願い」
カンナの指示で、クーリアが手元の端末を見ながら説明を始めた。
【クーリア】「…正直、これに関しては私も含めて事態を軽く見すぎていた節がありますが、私達は既に「国家レベルの問題」になっています。艦長なんかは最早銀河で知らない者はいないレベルの有名人です。…行方不明の、ですが」
と、手元の端末の画面を中央の大きなスクリーンに映し出す。同盟のニュースサイトのものだ。トップ記事は、やはり自分達である。
【フランツ】「分かってはいましたが…改めて自分達が報道されるところを見るというのは…なんかこう、微妙な感覚ですね」
【クーリア】「現在のところ幸い私達の引渡し交渉は順調のようで、早ければ明日にも私達がグロリア王国にて全員無事である旨が同盟の報道機関に対し発表される見通しです」
さらにクーリアは淡々と説明を続ける。
【クーリア】「とはいえ、既に私達が「国家レベルの問題」になっている以上、帰ろうと思ってすぐに帰る、という訳にはいかなくなっています。恐らくは、あと1週間程度はグロリア王国で待機することになると思われます」
【レイラ】「やっと帰れると思ったのに、こんなところで足止めなんて…」
【ジェイク】「要は大人の事情って奴だろ?ま、もうこうなった以上生きて帰れりゃ何も言わねぇけどさぁ」
微妙な表情をするクロスバードの面々。そこで、今度はカンナが前に出て、軽く咳払い。
【カンナ】「えー、コホン」
クルーが一斉にカンナの方を向く。
【カンナ】「つまり何が言いたいかというと、交渉が終わるまでの間ぶっちゃけあたしら暇なのよね。そこで…」
【オリト】「そこで?」
【カンナ】「グロリア王国の担当官と相談した結果、交渉が終わるまでの間、自由行動ということになりました!」
【ALL】「おぉーっ!!」
歓声をあげるX組の面々。
【クーリア】「もちろん、いくつかの条件付きではありますが…惑星グロリア内で自由に遊ぶなり、観光するなりしていいそうです。最も、現実的には首都圏内が行動範囲になりそうですが」
という訳で、その条件など、詳細の説明に入る。
条件というのは、まず王国政府との連絡とクロスバードのシステム維持のため、常に最低1人は誰かが必ずクロスバードに残っていること。その他には、外出時の行動制限内容が主である。つまるところ、「悪い事をやっちゃいけないよ」というものだ。
【カンナ】「後は、いつ誰がクロスバードに残ってるか、ね…」
この問題に対しては、意外な人物が名乗りを上げた。
【ミレーナ】「基本的にはあたしが残ってようかー?折角だし羽伸ばしてきなよー」
とのミレーナ先生の答えに、少し驚くX組の面々。
【クーリア】「先生はいいんですか?」
【ミレーナ】「いやー、ほらあたし一応責任者だから、アレグリオに戻ったら始末書ってやつを書かなきゃいけなくなると思うんだよねー。もうこの際今のうちに書いちゃおうって思ってさ」
【オリト】「なるほど…」
【ミレーナ】「それに、こういう時に生徒を優先させるのが先生の役目だしねー。ま、始末書で済めばいいけど果たしてどうなるやらー…」
【ジェイク】「でもありゃカストルの故障っていう不可抗力で…」
【ミレーナ】「不可抗力でも、誰かが責任を取らなきゃいけないのが大人って奴なのよー」
特に、戦争というのはそういうものだ。仮に皆が最善の働きをしたとしても、例えば予期せぬ蒼き流星の出現で全てがぶち壊しになってしまったならば、誰かが責任を取らなければいけない。曲がりなりにも軍人である彼女は、それを理解していた。
さらに今回の場合は、ミレーナだけが成人していて、後は全員未成年である。今回の出来事に対して、責任を一身に負わなければいけない立場にあるのだ。
【オリト】「…なんか、理不尽だよな…世界って」
そう、誰に向かう訳でもなく、オリトはつぶやきながら、とある公園のベンチでくつろいでいた。
今回のミレーナ先生の件であり、自らの身を守る為に味方のはずである同盟に対して嘘をつかなければいけない件でもある。
オリトもどこかグロリアの観光に行こうかと思ったが、それよりも「ゆっくりしたい」という思いが強く、こうして公園のベンチでくつろぐことを選択したのだ。入学式の日に偶然巻き込まれてここまできたオリトにとっては、本当に久しぶりにゆっくりできる日々なのである。そういう理由もあり、特に何かなければ、引渡し交渉がまとまるまではこんな感じでのんびりしてよう、と思っていた。
すると、突如オリトは、女性から声をかけられた。
【女性】「まったく、世界って理不尽だよな…」
【オリト】「!?」
驚くオリト。彼女の方を見る。大きなサングラスをしていて、正確な顔は分からないが、どうやら年齢はクロスバードの面々より少し上、20歳ぐらいのようだ。
【女性】「ごめんごめん、あたしもちょうど似たような事思ってたってだけさ…ま、これも何かの縁だ。隣いいか?」
【オリト】「あ、はい」
そう彼女は確認を取ると、オリトの隣に座った。
【女性】「差し支えない範囲で構わないけど…何があったのか、聞いてもいい?」
その質問に対し、オリトはゆっくりと、言葉を選びながら答える。
【オリト】「うーん、何というか…まだこれから、『こういうことが起こりそう』って段階なんですけど…悪くない人が責任を取ることになりそうだったり、仲間を守るために嘘をつかなきゃいけないことになりそうだったり、っていうのかな…」
【女性】「なるほどねー…ま、あたしも似たようなものかな。あたしの場合はもう過去形だけど」
【オリト】「なるほど…失礼ですが、お名前は?」
【女性】「シャロン=イェーガー、…って言いたいところだけど、これ偽名なんだよねぇ…まぁ、『仲間を守るための嘘』って奴だ。悪いけど、本名は教えられないんだ、ごめんね」
シャロン、と名乗った女性は、そう言いあっさりとそれが偽名であることを明かし、オリトに謝った。
【オリト】「いえ、そういうことなら、仕方ないと思います…シャロンさん、でいいですか?」
オリトは本名が知りたい、と思ったが、さすがに聞けなかった。
【シャロン】「えぇ、構わないよ」
【オリト】「あ、俺はオリトって言います。本名です。よろしくお願いします」
【シャロン】「オリト君ね。よろしく。ところで…」
お互いに自己紹介をしたところで、シャロンが会話をさらに進める。
【シャロン】「オリト君って、グロリアのチャオじゃないよね?その訛りは…たぶん同盟の標準訛り?」
ズバリ、核心を突く質問。
【オリト】「わ、分かるんですか!?」
【シャロン】「まぁね。正直、この手の勉強はあんまり好きじゃないんだけど…仕事柄ってやつで、ある程度話者数が多い訛りは覚えてるんだ」
【オリト】「そうなんですか…」
同盟とグロリア王国は戦争状態ではないため、仕事や観光で訪れている同盟の人間やチャオは決して珍しくない。だからシャロンと名乗った女性も、オリトをそういうよくある存在だと勘違いしていた。
そこで、今度はオリトがこう聞き返す。
【オリト】「ところで…シャロンさんも、グロリアの人じゃないですよね?」
【シャロン】「!?」
彼女は一瞬、かなり動揺した。すぐさま自らの言葉遣い、仕草に癖がなかったか思い返す。そして思い返しながら、こう問いかける。
【シャロン】「ど、どうしてそう思ったの?さっきみたいに言葉遣い?」
【オリト】「いえ、こう、何と言うか…雰囲気です」
【シャロン】「雰囲気!?」
【オリト】「はい、雰囲気がこう…他のグロリアの人とはちょっと違う気がしたので」
【シャロン】「な、なるほどね…」
シャロンは拍子抜けすると同時に、別の恐ろしさを感じていた。このチャオは、ひょっとしたら只者じゃないのかもしれない。
…とはいえ、これ以上考えるのは無駄というものである。彼女はふと自分の持っていた紙袋からあるものを取り出した。
【シャロン】「これ、今グロリアで大人気のスイーツらしいんだけど、食べるかい?特別に1つおごってあげるよ」
そう言いながら取り出したのは、ドーナツである。
【オリト】「そこまでしてもらって、いいんですか?」
【シャロン】「そこまでって…ちょっと話してついでにドーナツおごっただけよ?…ま、そういう訳で気にするな、オリト君」
【オリト】「そ、そうですね…ありがとうございます」
オリトはドーナツを受け取り、ぱくり。
ついでにシャロンも残りのドーナツを取り出し、ぱくり。
公園のベンチでのんびりドーナツを食べる。ある意味、最高の休日かも知れない。
【男性】(ったく、何だってこんな遠い所まで…)
…グロリア王国首都の一角、とあるビルの一室。そう心の中で愚痴る男と、テーブルを挟んで1人の少女が向かい合って座っている。
少女の方はまだ10歳前後だろうか。大事そうに膝の上に人形を置きながら、テーブルの上でカードを切っている。
【少女】「…どうぞ」
【男性】「上の1枚を俺が、一番下をお前が取るんだったか?」
【少女】「はい」
少女は男の問いに対して軽くそう答える。男性は言われた通り、彼女の手に数十枚ある伏せられたカードのうち一番上を取る。それに続いて、少女も一番下のカードを取り出す。
そして2人は、それぞれ取ったカードを同時に表に出した。
【男性】「クラブのエースだ」
【少女】「スペードの8です。…キーワードは『流転』といったところでしょうか」
【男性】「なんか嫌な感じの言葉だな…止めた方がいいのか?」
【少女】「いえ、いい方向に流れるかも知れません。クリシアの神のお告げとは言いますけど、所詮は占いです。都合のいいように信じておけば、それでいいと思います」
【男性】「そういうもんか…」
【少女】「はい」
少女はそう答えつつ、カードをしまう。
数分後、同じ部屋。
先ほどの男の前に、先ほどの少女を含む5人の少年少女が並んでいる。占いをしていた少女以外は、全員10代後半から20代前半だろうか。
全員集まったのを確認して、男がこう彼らに言った。
【男性】「…分かっているな。我が共和国…いや、ハーラバード家、ひいてはお前達の命運がこの作戦には懸かっているんだぞ」
それに答えるように、5人の少年少女が次々と言葉を並べる。
【少年A】「もちろん、分かっています」
【少女B】「グロリア王国が隠し持っていると噂の、この銀河の争いを一変させるという技術…ゾクゾクするねぇ!」
【少年C】「ま、俺には細かい話は分からねぇが…やるべきことをやるだけだ」
【少女D】「それに今、ここグロリアには連合のエースもいるって…」
【少年E】「これはこれは、只事じゃ収まらない予感がしますよ…!」
【男性】(…まぁいい、もう少しの辛抱だ。この作戦…いや、『茶番』が成功すれば、全ては上手くいく)
彼は先ほどの占いの時から色々と思考を巡らせていたが、とりあえず落ち着くことにした。目の前にいる少年達は皆性格面には問題があるが、能力では非の打ちようがない。任務は、ほぼ間違いなく成功するはずである。
そして、自らを落ち着かせた後、こう命令した。
【男性】「クリシアの神の名の下に命ずる。…Σ小隊、『ルプス作戦』発動!」
その命令の後、5人は軽く敬礼すると、部屋から飛び出すように出て行った。