第10章:閃光の果ての咆哮は聞こえるか

クロスバードがヘリブニカで海賊相手に戦っていたその頃、惑星サグーリア。
ここは元々連合の勢力圏内だったが共和国の勢力圏内に近いため、戦争開始時から連合と共和国の間で激しい戦いが繰り広げられていた。
共和国でサグーリア戦線の指揮を執っているのが、4大宗家のうちの1つ、ルスティア家の当主の長男であるアーノルド=ルスティアであった…が。
【アーノルド】「状況はどうだ?」
【共和国兵】「残念ながら…我が軍は総崩れであります。優勢だった北方大陸でも『蒼き流星』の出現により戦線が後退…このままではここも危ういかと…」
【アーノルド】「そうか…」

その報告を聞き、アーノルドはしばらく考える。およそ10秒の沈黙の後、ゆっくり口を開いた。
【アーノルド】「残念だが…現時刻を以って、我が軍は惑星サグーリアから一時撤退する。総員、撤退準備に入れ」
【共和国兵】「はっ…!」


        【第10章 閃光の果ての咆哮は聞こえるか】


一方、そのルスティア家を撤退に追い込んだ張本人は、北方大陸で絶叫していた。
【シャーロット】「あああああっ!!!どいつもこいつも!!物足りないっ!!」
そう叫びながら、撤退していく共和国軍の人型兵器を次々と落としていく。
つまるところ、彼女は飢えていたのだ。辺境で出会った同盟のはぐれ戦艦のような強敵に。
…とはいえ、彼女は獣ではない。本当ならすぐにでもサグーリアを飛び出して同盟のはぐれ戦艦を探したいところだが、叫んでストレスを発散し、ひたすら敵を攻撃し続けた。


さて、ヘリブニカ。
クロスバードのもとに、アネッタから通信が入った。
【アネッタ】『敵艦いたわ!座標送ります!』
【カンナ】「了解!バレてない?」
【アネッタ】『相手に変わった動きはないし、大丈夫だと思うけど…』
【カンナ】「そのままバレないように追いかけて!」
【アネッタ】『ええ!』

アネッタとの通信を切ると、カンナはジェイクとミレア、そしてレイラに指示を出す。
【カンナ】「ジェイク、アネッタの逆側から回りこんで!」
【ジェイク】『おうよ!』
【カンナ】「ミレア、そのままゆっくり近づいて!」
【ミレア】「了解、しました」
【カンナ】「レイラ、座標付近で怪しい動きがあったらすぐに知らせて!」
【レイラ】「ええ!…とはいえ、電波障害がかなりきついのでいけるかどうか…」
【アンヌ】「恐らく海賊の電波妨害ですわね…これは光学頼みになりそうですわ」

アネッタのアルタイルは岩石の裏に隠れて、海賊船を追いかける。海賊船はゆっくりと動いているが、こちらに気付いている様子はない。
【アネッタ】「しばらくは我慢ね…」
ところが、そうつぶやいた瞬間、ある異変に気がついた。
【アネッタ】「…ん?」
妙に近づいてくる1つの岩が。周囲の岩に比べて、少し動き方が違う。
この時点で確証はなかったが、彼女は直感で「まずい」と判断する。しかし、わずかに遅かった。

岩はカモフラージュで、その裏から人型兵器が突如現れ、アルタイルに襲い掛かる。海賊所有の人型兵器で、プロキオンを海賊が独自に鹵獲して改造したものだ。
【アネッタ】「!?」
アネッタの判断が素早かったおかげで難を逃れるが、それとほぼ同時に海賊船からミサイルが次々と向かってきた。ハメられたのだ。
【アネッタ】「これはまずいっ…!」

【海賊A】「敵機、かかりましたぜ!」
【リカルド】「へっ、バレてねぇと思ったのが運の尽きよ!」
アネッタは気付かれていないと思っていたが、アルタイルの動きは海賊側からは完全に見えていたのだ。
【海賊B】「さすがに一撃でとはいかなかったが…まぁ時間の問題だな」
【リカルド】「確実に落とすぞ!ミサイル撃ちこめぇっ!」
次々とアルタイルに向かってミサイルを撃ち込む海賊船。今のところ致命傷は避けているようだが、完全に動きを封じられたアルタイルがやられるのは、もう時間の問題だった。

一方、クロスバード側も『異変』に気がついた。
【クーリア】「うん、ちょっと待って下さい?我々は電波妨害食らってるんですよね?むしろ何故先ほどはアネッタと通信できたんですか…?」
【カンナ】「そりゃ、妨害ったって威力が足りないとか…いや、まさか!」
ここで彼女達も、アネッタがハメられた可能性に気がつく。
【ゲルト】「でも俺達同盟だぞ!何で共和国の海賊が同盟の暗号解析できてるんだよ!!」
当然のことながら、通信は暗号化されて送受信される。暗号化の技術は3大勢力ごとに異なるため、普通は解析できないはずなのだ。通信が筒抜けとなれば、なぜ相手がクロスバードの通信を解析してるのかという問題が出てくる。
しかし、その理由はレイラが気がついた。
【レイラ】「いや…この艦ソフトウェアも旧型だから、暗号化方式も古いのよ…そしてこの古いタイプの方式は、3年前に共和国によって解析されている…!」
となれば、共和国を根城にしている海賊が知っていても何ら不思議ではない。

さて、そこまで話が進んだところで、ある「可能性」に思い至ったクーリアが、アンヌの方を向いてつぶやいた。
【クーリア】「まさか…こんなまどろっこしい手は使いませんよね?」
【アンヌ】「私自身がここにいるということが、その最たる証拠ですわ」
クーリアは「アンヌが怪しいのではないか」と思ったのだ。しかしクロスバードにアンヌ自身が乗ってる上に、そもそもこんな手を使わなくてもクロスバードを沈める、あるいはクルーを殺すチャンスは今までにいくらでもあった訳で、わざわざ海賊を使うなんて面倒な方法を取るはずがなかった。

そんな様子を見ていたミレーヌ先生が、たまらず声をかける。
【ミレーヌ】「はいはい、それよりアネッタを助けるのが先でしょー?」
【クーリア】「…そうですね、失礼しました」
とはいえ、状況はよくない。クロスバードが直接突っ込むには距離がありすぎて時間がない。ジェイクのアンタレスは海賊船のさらに向こう側なので恐らく通信は届かないし、仮に届いても内容は相手に筒抜けである。

【ゲルト】「もう主砲ぶっ放すしかねぇだろこれ!」
たまらずゲルトが叫ぶ。
【クーリア】「そうですね…少々強引ですが、それしかないかと」
それに対し、ゲルトとは正反対の性格に近いクーリアが同調した。ブリッジが一気に主砲発射已む無し、という雰囲気になる。

【アンヌ】「でもそれだとアネッタさんが巻き添えになりますわよ!?」
だがそれにアンヌが異を唱えた。アネッタにも通信が飛ばせない以上、そうなってしまうリスクは消せない。

しかし、カンナはあっさりと断言した。
【カンナ】「…いや、アネッタなら避けてくれるはず!ゲルト、主砲準備お願い!」
【ゲルト】「了解!」
【アンヌ】「アネッタさんが避けてくれるっていう根拠はどこにあるんですの!?」
さすがに慌てるアンヌ。だがクロスバードの面々は、味方を巻き込む可能性がある作戦にも関わらず、いたって落ち着いていた。
アンヌの疑問に対しては、クーリアがあっさりとした表情でこう返す。
【クーリア】「私達は2年ちょっと一緒にやってるんです。分かるんですよ、アネッタならちゃんと避けてくれるって」

それを聞いて、アンヌは数秒の沈黙の後、悟ったようにこうつぶやいた。
【アンヌ】「…まったく、貴方達は常識外れですわね…常識外れで、最高に素晴らしいクルーですわ!」
そしてアンヌがそうつぶやく横で、カンナが叫ぶ。
【カンナ】「主砲、撃ぇーっ!」
その叫びと同時に、赤い一筋の光が岩石と闇の世界を一直線に切り裂いた。

【アネッタ】「くっ…さすがにそろそろ限界かも…!」
並外れた反応と操縦技術で、プロキオンの攻撃と海賊船からのミサイルを全て叩き落としてきたが、いくら彼女でも限界はあるし、集中力も落ちればミスもする。
やがてプロキオンの攻撃をかわし切れずに、アルタイルの左腕が吹っ飛ぶ。
【アネッタ】「ぐっ!!」
衝撃でコクピットが揺れ、歯を食いしばるアネッタ。その瞬間、彼女をふと不思議な感覚が襲った。
【アネッタ】「これは…?」
その直後は不思議がったアネッタだったが、すぐに直感した。『来る』。
【アネッタ】「それならっ!」
なおも続く海賊船からのミサイルをビームキャノンで迎撃すると、一気に加速。次の瞬間、さっきまでアネッタがいた辺りを赤い一筋の光が突き抜けた。その光をアネッタはよく知っている。紛れも無く、自分の艦の主砲である。
そしてその赤い光は、海賊所属のプロキオンを跡形もなく吹き飛ばした後、海賊船のすぐ横を掠めて、暗闇の向こうへと消えて行った。

【海賊A】「…ぷ、プロキオン、反応消失…!」
【海賊B】「あの状況で主砲を撃ってきやがるとは、なんて艦だよ…!」
呆然とする海賊船。たまらずリカルドが檄を飛ばす。
【リカルド】「お前ら落ち着け!まだ戦闘は終わっちゃいねぇ!立て直すんだ!」

しかし、一瞬気持ちが途切れたその瞬間を、彼は見逃さなかった。
【ジェイク】「いいや、てめぇ等はここで…終わりだあぁぁっ!!」
逆側から詰めていたジェイクのアンタレス。海賊船も先程までは当然警戒していたが、クロスバードの主砲により警戒が途切れた間に一気に距離を詰め、ビームソードで一閃。海賊船はブリッジから真っ二つに切り裂かれ、大きな閃光と爆音を上げながら宇宙の塵と消えた。


【カンナ】「お帰り、アネッタ」
戻ってきたアネッタをクロスバードのクルーが出迎える。
【アネッタ】「いやー、さすがに今回は死ぬかと思ったわよ…ありがとね、みんな」
【アンヌ】「1つ…聞いてもよろしいですか?」
【アネッタ】「?」
【アンヌ】「あの時…クロスバードは主砲を撃ってくるって、分かったんですか?」
するとアネッタは少し考え込む。そして、こう答えた。
【アネッタ】「うーん…なんとなく、ね。ただの勘だけどさ」
【アンヌ】「なるほど…」
アンヌは心底からは納得できなかったが、とりあえずこの場は身を引いた。そういうものなんだろう、と半ば無理矢理納得させた。

【ジェイク】「っていうか、海賊船落としたの俺なんですけど!?何なんだよこの蚊帳の外感!俺が反対側に回り込んでた間に何があった訳!?」
【ジェレオ】「まぁ、色々あったんですよ…」
一番の手柄のはずなのにオチ要員のような扱いのジェイクが不満そうに色々と喋るが、その横でなだめるのはジャレオしかいなかった。


その後、クロスバードは再びエレクトラに曳航されてフレミエールに戻り、数日後、魔女艦隊と共にフレミエールを出発。グロリア王国へと向かっていた。
【クーリア】「そういえば…私達のこと、グロリア王国とは話はついてるんですか?」
【アンヌ】「ええ、外交筋を通じて話はつけてあります。皆さんは超光速航行の事故でグロリア王国の勢力圏に飛ばされてしばらく漂流した後、王国軍の艦隊に救助された、という筋書きになりますわ」
【オリト】「確かに共和国の魔女艦隊に助けられた、なんて言えないのは分かりますけど、こうも堂々と嘘をつけって言われるのはなぁ…」
と、微妙な表情をするオリト。
【カンナ】「まぁ、仕方がないわ。そのうち真実を語れる時が来ることを願いましょう」
【アンヌ】「できれば、その時までお互いに生きている事を願いますわ」

やがて、共和国とグロリア王国との境界域に近づく。カンナは本来の居場所であるプレアデスのブリッジへ戻り、クロスバードと通信で会話する。
【アンヌ】『そろそろお別れですわね…』
【カンナ】「私達はあくまでも敵同士…だけど、再び会えることを願ってます。できれば、戦場以外で」
【アンヌ】『そうですわね。その時は、一緒にスイーツを食べにいきましょう!』
【カンナ】「あーっ!共和国のスイーツ食べに行くの忘れてた!」
カンナが思わず大声をあげる。
【クーリア】「今更スイーツのために戻りませんからね!?」
というクーリアのツッコミに対し、カンナは「分かってるわよ」っとちょっと不満げにこぼす。
そして、少し魔女艦隊の方を名残惜しそうに見た後に前を向き直し、指示した。
【カンナ】「クロスバード、全速前進!」

アンヌはその様子をプレアデスのブリッジから見守っていた。クロスバードの姿が小さくなっていき、やがて目視では確認できなくなる。
彼女はそれを見届けると、一言寂しそうにつぶやく。
【アンヌ】「本当に、味方として出会いたかったですわ…」
その後彼女はそれを振り払うように軽く首を振ると、魔女艦隊に指示を出した。
【アンヌ】「全艦、転回!一旦フレミエールへ帰還した後、対連合戦線へ復帰しますわ!」
それは、彼女にとって『日常』に戻った瞬間であった。

このページについて
掲載日
2021年3月13日
ページ番号
12 / 51
この作品について
タイトル
【Galactic Romantica】
作者
ホップスター
初回掲載
2020年12月23日
最終掲載
2021年12月23日
連載期間
約1年1日