第9章:塵の中でもがくように
ヘリブニカ宙域。
共和国の首都惑星であるユグドレアとフレミエールの航路上にあるエリアである。
旧文明時代にその名の通り「惑星ヘリブニカ」が存在し、人やチャオが住んでいたが、大崩壊の際に惑星ごと崩壊してしまい(但し、大崩壊そのものと惑星ヘリブニカ崩壊の因果関係は不明である)、今はかつてヘリブニカを構成していた小惑星や岩石、それにヘリブニカにあった人工物の残骸が多数漂う危険地帯。
そのためこの艦船がこのエリアを通過する際は、超光速航行を解除して通常航行で通過するのだが、大量の残骸が宇宙海賊の格好の隠れ家となってしまい、被害に遭いやすいのだ。
【アンヌ】「…というのがこの宙域の大まかな説明ですわね」
【クーリア】(今更ですが、なぜ私達が共和国の海賊退治をする羽目に…しかもなんでこの人まで…)
【カンナ】(もうツッコミを入れる気すら失せてきたわ…)
小声で愚痴りあう艦長と副長。しかし、
【アンヌ】「そこ!聞こえてますわよ!」
アンヌが指摘する。2人は不満というより、どこか諦めた表情でアンヌのいる正面を向き直した。
【第9章 塵の中でもがくように】
やがてレイラからのアナウンスが入る。
【レイラ】「超光速航行、抜けます!」
いつもの軽い衝撃の後、大きなメインモニターの中央に大きな輝く星が現れた。惑星ヘリブニカの太陽にあたる星、つまり恒星ヘリブニカである。
そしてその恒星を大きく囲むようにして、多数の岩石や人工物の残骸がかつての惑星の軌道を示していた。
【アンヌ】「さてと…それでは手はず通りにお願いできるかしら?」
【レイラ】「了解しました。エレクトラとの接続が解除され次第、変形シークエンスへと移行します」
現在クロスバードはカストルの故障のため、超光速航行に制限がかかっている状態。そのため、魔女艦隊のうちの1隻であるエレクトラに曳航される形でヘリブニカまで移動してきた。ここまでの移動はエレクトラ側で行われているので、クロスバードのクルーはフレミエールへの曳航中と同じく座っているだけである。
…だが、それもここまで。エレクトラとの接続を解除した後は、クロスバード(と、アンヌ)だけで海賊に挑むのだ。
【ゲルト】「っていうか、ここまで来たんならエレクトラも手伝えよ…と思わないでもないが…」
【アンヌ】「手伝いたいのは山々ですが…正直、エレクトラも整備が完全に終わっていないですし、とても戦闘に参加できる状態ではありませんわ」
なお、クロスバードの作戦中、エレクトラは比較的残骸の少ない宙域にある小惑星で待機することになっている。
やがてアンヌの端末から、エレクトラからの連絡が入ったことを示す電子音が鳴る。それを確認したアンヌはクロスバードのクルーに対し、こう告げた。
【アンヌ】「それでは、手はず通りに…お願いしますわ」
【レイラ】「了解!クロスバード、変形シークエンスに入ります!」
レイラがそう言いながら仮想キーボードを叩くと、クロスバードはアレグリオでのあの校舎の形に変形した。
【カンナ】「まさかアレグリオ以外で変形するとはね…」
【フランツ】「まぁ『まさか』を言い出したらキリがないですし…」
現在クロスバードが置かれている状況のほぼ全てが、「まさか」の展開の末の結果である。
さて、なぜこんな場所で校舎の形に変形したのか。理由はシンプルである。
【アンヌ】「この形ならまさかこちらが戦艦だとは思わないでしょう?」
そう、意表を突いて相手をおびき寄せる為である。
ちなみにこの形態でも最低限の武装が搭載されており、また超光速航行などもできるようになっているが、あくまで緊急時のもので、普通の戦艦形態の時よりもパフォーマンスははるかに劣る。こういう使い方はまさに想定外である。
【クーリア】「確かにまさか戦艦だとは思わないでしょうが、まさか輸送船だとも思わないのでは…」
【アンヌ】「ま、その辺は相手次第ですわね…」
結局のところ、相手が食いついてくるかどうかはアンヌにも分からない。そして、現状では他にできることもあまりない。
…ということで。
【アンヌ】「さぁ、いきますわよ!」
【ゲルト】「んなっ…、やりやがったな!」
【カンナ】「意外とやるわね…本当に初心者なの?」
暇つぶしに、ということで個人用の端末を使って対戦ゲームをやり出した。ゲーム自体は同盟のものだが、ルールはシンプルなので共和国の人間であるアンヌもすぐに参加できる。
【レイラ】「…あたしも参加したーいー!」
が、レイラは索敵のため不参加である。かなり不満げなレイラ。
【アネッタ】「あたしと交代でやろうか?」
【レイラ】「あ、いいの?」
【アネッタ】「構わないわよー、3戦ごとに交代でいい?」
【レイラ】「おっけー!」
と、レイラと話しているうちに、1戦目が終了。勝者は…
【アンヌ】「アネッタさん、レイラさんと話しながらなのに強いですわね…」
【カンナ】「伊達にアルタイルのパイロットやってないってことね」
もちろん対戦ゲームと人型兵器の操縦は訳が違うが、この手のものが全般的に得意なのがアネッタである。
ちなみにクロスバードにもう1人いる人型兵器乗り、ジェイクはどちらかというと力押しで攻めるタイプなので、ゲームも同じように…という風にはいかない。
そしておよそ15分後。
【アネッタ】「レイラ、チェンジー」
3戦終了し、約束の交代時間である。
【レイラ】「あ、はーい」
【クーリア】「しっかり3戦全勝して代わるとか強すぎでしょう…」
クーリアが愚痴る横を通り過ぎるアネッタ。レイラもオペレーターの席から立ち上がり、アネッタと交代のタッチをしようとした、まさにその瞬間。
ズドン、という衝撃がクロスバードを襲った。
【カンナ】「な、何!?」
【レイラ】「損害を与えるほど大きなものは近くになかったはず!」
【クーリア】「まさか、例の海賊!?」
【ゲルト】「それにしたって敵艦を捉えてるはずだろう!」
【カンナ】「とにかく状況の把握を!」
そこで格納庫にいたジャレオから通信が入る。
【ジャレオ】『恐らく戦艦の副砲クラスのビーム兵器がかすったんじゃないかと!今のところかすり傷なので問題ありません!』
【アンヌ】「見えない敵…海賊らしいゲリラ戦法という訳ですね…総員、戦闘配備ですわ!」
つい数分前まで遊んでいたクロスバードのクルーが、一気に戦闘モードへと突入した。
【レイラ】(うう…よりによってあたしと代わろうって時にー!)
結局遊べなかったレイラ。心の中では泣きそうだが、だからといって仕事をしない訳にはいかない。
【レイラ】「ジャレオ君の情報をもとに、敵ビームの射線計算出ました!方角は…X-6-14です!」
すぐに敵が撃ってきた方向を推測する。
【カンナ】「残骸や岩石だらけね…ゲルト、とりあえず一発…」
と、カンナが牽制も兼ねてゲルトに撃たせようとするが、
【アンヌ】「だめですわ!」
すぐにアンヌの制止が入った。
【アンヌ】「冷静に考えて下さい…相手は海賊。狙いは何だと思いますの?」
【ゲルト】「そりゃあ、ひとつなぎの秘宝を求めてだな!」
【クーリア】「そういうのはいいですから…しかし、秘宝というのは大袈裟ですが、海賊ですからやはりこちらの積荷や財産を…あっ!」
クーリアがようやく気がついた。
【アンヌ】「ええ。積荷や財産もなく、おまけに武装してる戦艦の前にわざわざ出てくる海賊なんて漫画の中にしかいませんわ」
ここでクロスバードが撃ってしまえば、相手が自分達の前に出てくるはずがないのだ。現時点でクロスバードはまだ「校舎の姿」という端から見ればシュールな姿なので、こちらから撃ちさえしなければ戦艦とは認識されないはずである。
【ゲルト】「なんか引っ掛かる言い方だが、確かにそうだな…」
【アンヌ】「恐らく相手はその辺りを見極めるために撃ってきたはずですわ。では、相手を民間船だと思わせておびき出すためには…分かりますわね?」
【ミレア】「海賊、なんか、警戒してません、という感じで、堂々、と…」
ミレアが艦を操りつつ残骸が漂う中を進む。
しかし戦艦の操舵というのは「如何に相手に見つからないか」、「如何に相手を避けるか」というのが基本である。これは言わば真逆の考え方であり、ミレアも珍しく動きがぎこちない。
そして数分後。クロスバードが比較的大きな岩石の横を通過した、その時だった。
【レイラ】「!?」
【クーリア】「こ、これが…」
【カンナ】「海賊船…!」
まさにその岩石の影から、クロスバードと同じぐらいのサイズの宇宙船が急に現れたのだ。
同盟・共和国・連合、どの戦艦とも違う意匠で、一言で言えば『派手』。まさに海賊船である。
【アンヌ】「来ましたわね!手はず通りに!」
【ゲルト】「あいよ!ミサイルランチャー発射!」
アンヌの指示で、ゲルトがミサイルランチャーを放つ。但し、それは海賊船に向かってまっすぐとは向かわない。その軌道は海賊船を囲むように動く。
【レイラ】「変形シークエンス、起動!」
海賊船の動きを封じ、その間にクロスバードは元の戦艦形態へと変形。
【ジャレオ】『ジェイク機及びアネッタ機、発進させました!』
さらに人型兵器を発進させ、クロスバードと併せて集中攻撃で一気に海賊船を叩く…と、ここまではアンヌの作戦通りだった。
が、この見通しは予想外の形で失敗する。
【レイラ】「質量反応なし…こ、これは…デコイ、おとりです!!」
【アンヌ】「何ですって!?」
【カンナ】「じゃあ、本物は…」
その瞬間、クロスバードが先ほどよりも大きな衝撃で揺れた。
【クーリア】「直撃!?」
【レイラ】「これは…逆方向からの砲撃!S-7ブロックに被弾!」
【アンヌ】「やってくれますわね…!」
軽く歯軋りしたアンヌを横目に、カンナが細かく指示を出す。
【カンナ】「ジャレオ、被弾ブロックの状況確認と対処をお願い!ジェイクとアネッタは砲撃があった方向へ向かって!但し深追いしすぎないように!」
【ジャレオ】『今向かってます!』
【ジェイク】『ジャレオと同じく!』
【カンナ】「ミレア、こっちも転回を!」
【ミレア】「了解、しました」
ミレアがキーボードを操作し、クロスバードがぐるりと方向転換する。
そのタイミングで、船内で雑事をしていたミレーナ先生とオリトがブリッジに入ってきた。
【ミレーナ】「なーんか揺れたけど、大丈夫かしらー?」
【クーリア】「先生、それにオリト君も…正直、相手を掴みきれてません。ちょっとまずいですね…」
状況を聞いてきたミレーナ先生に対し、クーリアが微妙そうな表情をして答える。
【オリト】「まさか俺達、同盟から遠く離れた共和国の片隅で…」
それを聞いたオリトが不安そうに言うが、それをアンヌが遮った。
【アンヌ】「させませんわ!…この私がこの艦に乗っている以上、こんなところで落とさせる訳にはいきませんわよ!」
海賊に出し抜かれる格好になり、プライドが傷ついたのだろうか。声にいつも以上に力がこもっていた。
【海賊A】「キャプテン!相手の損傷は軽微、ターンしてこっちに向かってきますぜ!」
【海賊B】「解析、出ました!…道理で見慣れねぇ訳だ、微妙に改修されてるっぽいがこりゃ同盟の旧型だ!」
【キャプテン】「同盟の旧型ぁ!?…なんでまたそんなもんがヘリブニカに…」
海賊船内。キャプテンと呼ばれるのが、この宇宙海賊のリーダー、リカルド=グローマンである。
彼らは自分達のことを「グローマンファミリー」と呼び、このヘリブニカ宙域を拠点にして海賊行為を働いている。
【リカルド】「…まぁいいさ。例えどんな奴でも、こうなった以上はやるしかねぇ!俺達グローマンファミリーが叩き潰す!」