第6章:すれ違う光と想い、振り返った先
共和国は4大宗家がそれぞれ私設軍を所持しており、それらをまとめて便宜上「共和国軍」と称している。
4大宗家によって使用兵器や戦術等もバラバラだが、ドゥイエット家の私設軍の特徴として「戦艦を中心とした編制」が挙げられる。
【ゲルト】「普通はあれだけの規模の艦隊なら、機動性のある人型兵器をある程度用意するんだけどな。ウチだってジェイクとアネッタ、2人がいるだろ?」
【オリト】「ふむふむ」
【ゲルト】「だが魔女艦隊は宇宙開拓時代からの伝統か何か知らんが、あくまでも『戦艦』にこだわってる。人型兵器が全くない訳じゃないんだが、標準的な編制よりはかなり少ないな」
【オリト】「なるほど…」
と、ブリッジでゲルトが「臨時の授業」をしていた、その時だった。
【レイラ】「艦長、共和国戦艦より、通信が入りました!交信を求めています!」
【第6章 すれ違う光と想い、振り返った先】
その話に、ブリッジにいるメンバー全員が一瞬驚きの表情を見せる。
【フランツ】「我々と交信を求めてる…?」
【レイラ】「どういう事なんでしょう、敵艦である私たちに交信を求めるなんて…」
【カンナ】「…」
カンナは一瞬驚いた後は、無言のまましばらく考え込んでいたが、のんびり考えていられる場合でもない。
数秒の後、決断した。
【カンナ】「…分かったわ。チャンネル、合わせて!」
【レイラ】「了解!」
レイラが向こうの周波数に合わせて通信を開くと、投射モニターによってブリッジの正面に、1人の少女の姿が映し出された。
【アンヌ】『同盟のはぐれ戦艦の皆さん、初めまして。本艦隊の総指揮官であるドゥイエット家次女、アンヌ=ドゥイエットですわ』
【カンナ】「…惑星同盟軍の練習艦「クロスバード」艦長、カンナ=レヴォルタです。何か御用でしょうか」
カンナがそう返した後、しばし不自然な沈黙があった。アンヌの側が少し驚いていたのだ。
アンヌと違い、クロスバードの面々はまだ無名の存在である。よもや自分と同年代の少女が目の前に現れるとは思っていなかったのだ。
だが、そこは17歳で1艦隊を率いる人間。動じた素振りは見せずに、こう続けた。
【アンヌ】『…なぜ同盟の戦艦がこんな場所にいるのか、事情は分かりかねますが…私達は貴艦を救助する用意がありますわ』
今度はカンナ達、クロスバードの面々が驚く番である。ざわつくX組の面々。アンヌはその様子を察して、さらに続けた。
【アンヌ】『確かに私達は戦争の当事者同士。ですが、かつて人類が海で船を使っていた時代、遭難者は敵味方の隔てなく助けたと言われていますわ。もちろん見返りを求めたり、同盟に対して私達が手引きしたことを明かしたりするような下衆な真似をするつもりはございませんことよ』
【カンナ】「…」
【アンヌ】『今すぐに返答せよ、と言うつもりはありませんけども、私達もそこまで暇ではありませんわ。…1時間待ちます。返答がない場合、私達は貴艦を敵艦と認識し、攻撃いたします』
伝えるべき事柄を伝えたところで、アンヌの側は一旦通信を切ろうとしたが、その寸前でカンナがゆっくりと口を開いた。
【カンナ】「我々はあくまでも、自力での同盟帰還を目標にしています。お気遣いには感謝しますが、その申し出を受ける訳にはいきません」
かなり悩んだ末の判断だったが、つまるところ、このまま同盟へ単独で帰還できる可能性はまだ十分にある、とカンナは踏んでいたのだ。それならば、敵である共和国に救助を求めるというそれなりにリスクのある行動を取る訳にはいかない、ということだ。
その返答を聞いたアンヌは、やはり数秒の間を置いた後、こう答えた。
【アンヌ】『…そうなると私達としては、貴艦を敵艦と認識し、攻撃せざるを得ませんわね。…残念です』
そう告げると、プツリと通信が切れた。
通信が切れた後、しばしの沈黙がクロスバードのブリッジを包む。数秒して、カンナがようやく一言、つぶやいた。
【カンナ】「…みんな、ごめん」
【クーリア】「いえ、やはり敵の言葉を信用するというのは難しいですし…妥当な判断でしょう」
クーリアがすかさずなだめる。そしてカンナに代わるように、こう続けた。
【クーリア】「恐らくこのまま逃げても逃げ切るのは難しいと思われます。相手はあの魔女艦隊、リスクはかなり高いですが…もうこうなったらやるしかないでしょう。…敵艦隊に突っ込みます!」
そしてそのまま、カンナに声をかける。
【クーリア】「…大丈夫ですか?」
【カンナ】「ええ、もう大丈夫」
カンナはそう言うと艦内指示用の通信にスイッチを入れなおし、
【カンナ】「ジェイクとアネッタは出撃して!しばらくはクロスバードの近くで防御と援護を!そろそろ敵の射程圏内に入るわ!」
改めて指示を出した。
【オリト】「敵に突っ込むって、そんな…自殺行為じゃないんですか!?」
さて、オリトだけは相変わらず不安そうな表情のまま。それを聞いたクーリアがちょっとだけ説明をする。
【クーリア】「まぁ、ケースバイケースなんですけども…こういう場合、敢えて突っ込んだ方が有利な場合もあるんですよ」
【オリト】「そういうもんなんですか…」
オリトはそう言い、納得したような、納得しないような微妙な表情を見せた。
【アンヌ】「こうなった以上仕方がありませんわね…アトラス、アルキオネ、主砲用意!敵艦がこちらの射程圏内に入り次第撃ちますわよ!回避行動も怠らずに!」
一方のアンヌは、艦隊のうち2つの戦艦に対し、主砲の準備を指示。
【アンヌ】「さて、私達を前にして逃げ切れるとの自信…どれだけのものか、見せてもらいますわよ?」
【フランツ】「敵艦、砲身をこちらに向けているようです!射線、計算します!」
すると数秒後、ブリッジ中央に浮かんでいる大きな3Dマップに、赤い線が複数示される。
【カンナ】「ミレア!」
【ミレア】「了解、です。衝撃に、注意、してください」
ミレアが艦を操りクロスバードを大きく上方に向けると、その射線上から回避するようにクロスバードが動き出す。軽く衝撃が走った。そんな中、カンナは休むことなく次の指示を出す。
【カンナ】「ゲルト、こちらも主砲の用意を!目標は敵旗艦!」
【ゲルト】「悪ぃな、もうやってる!」
【カンナ】「分かってるじゃないの!」
…やがて、互いのセンサーが、互いを射程圏内に捉えたことを示した。
【カンナ】「発射準備はいい?行くわよ!」
【アンヌ】「さぁ、行きますわよ…」
【2人】「「撃ぇーっ!!」」
次の瞬間、宇宙に3本の光の線が引かれた。
最初の一撃は、互いに事前に警戒していたこともあり、回避する。
【カンナ】「フランツ、2撃目以降に注意して!ゲルト、細かい運用は任せるわ!ミレア、一気に突っ込んで!」
次々と指示を出すカンナ。
【ミレア】「了解、です。出力、上げます」
ミレアがそう答えると、クロスバードは一気に速度を上げ、魔女艦隊の中へと突撃を開始。
次の瞬間、敵の2撃目以降の射線が次々と赤い線で示される。当然向こうの狙いはクロスバード1隻なので、その赤い線のほぼ全てがクロスバードの方へと向かっている。
【オリト】「こ、こんなに…!」
【ミレア】「大丈夫、です」
ミレアはそう自信あり気に答えながらキーボードを高速で叩き、クロスバードを操作する。
やがて次々と敵のビーム砲が襲い掛かってくるが、それをほぼ全てをギリギリで避けつつ、魔女艦隊へと突き進んでいった。
【オリト】「す、すげぇ…!」
そしてそんな中で、今度はゲルトの声が飛ぶ。
【ゲルト】「出し惜しみナシだ!副砲2門、右舷ミサイル、まとめて発射!」
タイミングを見て反撃を行っていく。
【アンヌ】「こちらの攻撃を避けつつ突っ込んでくるですって!?…普通はできませんわよそんなこと…」
ここまでくると、アンヌ側も相手が只者でないことに気がつき始める。艦隊にとって一番厄介なのは懐に飛び込まれることであるが、当然相手側にも大きなリスクが伴うので、それを正面切ってやってくる戦艦はまずいないのだ。
すると次の瞬間、一瞬だけ少し周囲が明るくなったような気がした。アンヌが「まさか」と思った少し後に、報告が飛び込む。
【通信員】「メローペ、被弾!」
【アンヌ】「当ててきたですって!?」
【通信員】「損傷軽微、作戦続行に支障はないとのことです!」
とはいえ、相手の攻撃がこちらの戦艦に当たったという事実はかなり重い。それを素早く判断を下す。
【アンヌ】「メローペは下がって後方から支援砲撃を!…仕方ありませんわ、プロキオンを出しますわよ!」
プロキオンとは、ドゥイエット家が所有している人型兵器。ドゥイエット家は戦艦中心の編制をとっているため数こそ少ないものの、性能的には同盟や連合の機体と大差はない。
なお、ドゥイエット家は戦艦中心の運用ということもあり、機体の運用については同盟や連合と異なる。あくまでも「戦艦のサポート」が中心で、人型兵器が積極的に敵と交戦する、ということは少ない。
【レイラ】「敵戦艦のうち1隻、後退していきます!命中した模様!」
【カンヌ】「残りは!?」
【レイラ】「こちらで確認できた敵艦は9隻!残り8隻です!」
【カンヌ】「状況的には相変わらずきついわね…全部落とすのは無理でも、相手を動揺させるところまで持っていければ…!」
その時、普段は声がそんなに大きくないミレアが、珍しくブリッジ全体に聞こえる声を発した。
【ミレア】「しまっ…!」
つまるところ、操舵ミスである。ブリッジ中央の巨大な3Dモニターでは、1本の赤い射線がクロスバードを貫く様子が映し出される。
そして次の瞬間、敵戦艦のうち1隻から、その射線通りにビーム砲が飛んできた。ブリッジへ一直線に向かっていく。
【オリト】「うわああああっ!」
思わず身を伏せるオリト。
…だが、何も起こらない。相変わらず戦闘音がブリッジに響いている。
どういうことかとオリトが顔を上げると、ブリッジ正面のモニターにはジェイクのアンタレスの姿があった。人型兵器のシールドで防いだのだ。
【ジェイク】『ふーっ、危ない危ない!ま、近接型機体にとっちゃこの状況は暇だからいいんだけどな!』
【アネッタ】『ミレア、多少のミスはあたしらでカバーするから、落ち着いて!』
人型兵器の2人から通信が飛び込む。ミレアは恐縮そうにお礼を言った。
【ミレア】「あ、ありがとう、ございます」
【ゲルト】「礼は後だ!次が来っぞ!」
気を取り直して、ミレアは再びキーボードを叩く。
だがまだまだ気は抜けない。間髪入れずに、レイラから状況報告が飛び込む。
【レイラ】「敵戦艦から複数の人型兵器の出撃を確認!ドゥイエット家の標準機・プロキオンだと思われます!」
【ジェイク】『おっ、出番か!?』
【クーリア】「ドゥイエット家は基本的に人型兵器を支援目的でしか運用しませんから…残念ながらここでクロスバードのお守り続行です」
【ジェイク】『マジかよっ!』
残念がるジェイクをスルーしつつ、今度はアネッタに対し指示を出す。
【クーリア】「アネッタはそのまま支援砲撃を続けて!」
【アネッタ】『了解!』
そうこうしているうちに、魔女艦隊とクロスバードの距離が迫ってくる。相変わらず、魔女艦隊の猛攻を針の穴に糸を通すような舵取りでほぼ全て避けていくクロスバード。
【アンヌ】「相手の操舵手、相当やりますわね…これ以上近づかれると…!」
懐に飛び込まれると、乱戦になり同士討ちの可能性が出てきてしまうので、アンヌとしてはできればその前にクロスバードを沈黙させたかったのだが、目論見が外れた格好だ。
このままではまずい。アンヌは少し迷ったが、決断した。
【アンヌ】「仕方ありませんわね…プランSに移行しますわ!」
【副官】「了解!」
【カンナ】「…よし、ここまで距離を詰められればいけるわ!ゲルト、主砲準備!」
【ゲルト】「了解っ!」
【カンナ】「ミレア、できるかしら!?」
【ミレア】「…やります!」
カンナの確認に対し、ミレアは普段の彼女らしからぬしっかりとした声で答えた。
【カンナ】「オッケー、主砲を敵旗艦に向けて!そのまま突っ込むわよ!」
その指示で主砲が角度を変え、魔女艦隊の旗艦・プレアデスをロックし、さらにそのままプレアデスに向かって突っ込んでいく。まるで特攻であるが、魔女艦隊の他の戦艦は同士討ちを恐れ迎撃が消極的なものになり、むしろ当初よりも攻撃の質・量ともに減っていた。
【カンナ】「そのまま至近距離ですれ違うわよ!多少ならぶつかっても構わないわ!」
果たして目論見通り、他の戦艦の攻撃を最小限に抑えながら距離を詰めていき、まさにクロスバードとプレアデスがすれ違おうとした、その瞬間だった。
【フランツ】「一旦下がった敵艦、再び前進してきます!」
【カンナ】「!?」
被弾して後方に下がっていた敵艦・メローペが前進し、クロスバードの真正面に構えたのだ。しかも、主砲はクロスバードをしっかりとロックしている。被弾したとはいえメローペの損傷は軽く、戦闘続行には問題なかったのだ。
【クーリア】「やられたっ!」
このままではメローペの主砲の餌食になる。慌てて停止するクロスバード。
さらにその間に、プレアデスとメローペ以外の魔女艦隊の戦艦が一斉に動き、クロスバードをグルリと取り囲んだ。こうなると、逃げ場は完全にない。
【クーリア】「…申し訳ありません、私のミスです。被弾した敵艦が完全に下がらなかった時点で予測すべきでした…!」
【カンナ】「クーリアのせいじゃないわ。そもそも論になるけど、普通なら魔女艦隊に捕まった時点でチェックメイトよ。むしろよくやってくれたわ」
悔しそうな表情を見せるクーリアをなだめるカンナ。だがそれっきり、クロスバードのブリッジには沈黙が走る。
やがてその沈黙を破るように、プレアデスのブリッジにいるアンヌから通信が入った。
【アンヌ】『…さて、最後にもう一度だけお伺いしますわ。私達は貴艦を救助、及び保護する用意があります。これを拒絶する場合、貴艦を敵艦とみなし、攻撃いたします。…賢明な判断をお待ちしていますわ』
プツリ、と通信が切れる音が、クロスバードに空しく響いた。
しばらく経って、カンナがゆっくりと通信開始のキーを押す。ゆっくりと、悔しさを噛み殺しながら、こう答えた。
【カンナ】「こちらクロスバード艦長、カンナ=レヴォルタです。…本艦の救助及び保護を、お願いいたします」
クロスバードとプレアデスの距離は、わずか数mだった。