第7章:巡り巡る思惑と甘い夢
魔女艦隊旗艦・プレアデスの、とある一室。来客のための部屋で、シンプルながら高級感漂う。
【アンヌ】「さてと…ゆっくりお話を聞かせてもらおうかしら?」
と、アンヌが正面に座ったカンナに対して話を切り出した。
【カンナ】「…何を話せばいいのかしら?同盟軍の動き?編制?それなら申し訳ないけれど、あたしらに話せることはないわ」
カンナは半分投げ槍な様子で逆にアンヌに尋ねる。クロスバードに現在乗っているのは士官学校の学生と軍医のミレーナ先生、それにオリトだけなので、共和国軍にとって「役に立つ」情報は実際ほとんど持っていない。
【アンヌ】「そんなつまらない話は諜報部に放り投げてしまえばいいのですわ。…そうですわね、まずは好きなスイーツから伺おうかしら?」
【カンナ】「す…スイーツ?」
【アンヌ】「ええ。どんなに銀河が広くて、互いに戦争していようが、スイーツが嫌いな女子などいません!これぞ宇宙の真理ですわ!!」
【カンナ】「た、確かにスイーツは好きだけど…」
さすがのカンナも、スイーツについて力説するアンヌに呆然とした。
【第7章 巡り巡る思惑と甘い夢】
クロスバードの他のメンバーは、同じ部屋に集められていた。そこに共和国軍の男性が1人入ってくる。
【ドミトリー】「失礼します。私、ドゥイエット家艦隊の副司令官を務めております、ドミトリー=グラマチェフと申します」
【クーリア】「クロスバード副長、クーリア=アレクサンドラ=オルセンです」
この場にカンナがいないので、副長のクーリアが立ち上がり挨拶する。
【ドミトリー】「私から簡潔に状況を説明させて頂きます。現在、我が艦隊は惑星エクアルス付近を移動中です。それと…」
【クーリア】「何でしょうか?」
【ドミトリー】「答えられる範囲で構いませんので、一応ここに迷い込んだ事情だけお伺いさせて下さい。本来はアンヌ様がそちらの艦長様に伺うべき内容なのですが、アンヌ様のことですから恐らく雑談で時間を潰してしまいますので…」
【レイラ】「ざ、雑談?」
どういうことか分からない表情をするクロスバードの面々だったが、果たしてその通りになっていた。
【アンヌ】「そうそう、ケーキも外せませんわ!」
【カンナ】「ケーキいいわね!色々あるけど、やっぱり定番のショートケーキが…はっ!」
突然カンナが言葉に詰まる。
【アンヌ】「どうされましたかしら?」
【カンナ】「スイーツに…乗せられてしまった…ここ敵艦なのに…目の前に敵の司令官がいるのに…」
そんなつもりは全くなかったはずなのに、気がつけばスイーツの話で盛り上がってしまった。恥ずかしさで顔が赤くなる。
それと同時に、こうして相手を丸め込んでしまうというのも、魔女艦隊の強さの理由の1つなのだろうと感じていた。
【アンヌ】「本来ならば貴方達は捕虜として、戦争法に則った扱いを受けてもらうのでしょうけども…私達はそんな決まりきった扱いが正しいとは思ってませんわ。ルールに縛られた組織は硬直化し、却ってそれが足枷となりやがて瓦解する…それが私達、宇宙共和国が敢えて古代・中世のような『4大宗家による統治』という政治体制をとっている理由ですわ…と、これはさすがにご存知だったかしら?」
【カンナ】「ええ、基本的なことは存じています」
さすがにこの辺りの事柄は、共和国にとって敵国である同盟や連合にとっても一般常識の範疇である。魔女艦隊との交戦前にクーリアがオリトに4大宗家について教えていたが、その理由や詳細についてもクーリアが今後教える予定だった事柄だ。
【アンヌ】「『心ある者による心ある統治』、これが共和国の大原則。例え敵国の人間であろうと、心ある者に対しては友人として接したいですし、それができるのが共和国。ですから私達としては、貴方達をお客様として、いや友人としてお迎えしたいですわ。それに…」
【カンナ】「それに?」
【アンヌ】「共和国自慢のスイーツも紹介したいですわ!」
【カンナ】「そ、それは…悔しいけどちょっと食べたい…」
【ドミトリー】「皆様は士官学校の学生で、練習航海で超時空移動をしていた際にエンジンが故障した結果、同盟から遠く離れた共和国・連合の境界宙域に飛ばされた…ということでよろしいですか?」
【クーリア】「ええ、間違いありません」
【ドミトリー】「ありがとうございます」
ドミトリーに簡単な事情説明を行ったクーリア。しかし、彼女達には1つ気になることがあった。ゲルトがたまらず質問する。
【ゲルト】「あのー、1ついいか?」
【ドミトリー】「何でしょうか?」
【ゲルト】「俺達のクルー、ここにいるメンバーと艦長以外にチャオが1匹いるんだけど、どこに行った?」
…そう、オリトがこの場にいないのだ。どうやら自分達とは別室に案内されたようだ、というのは何となく把握していたが、やはり不安である。
【ドミトリー】「あぁ、チャオの彼でしたら、こちらの担当の者がついております。ご安心下さい」
オリトが案内されたのは、チャオ用の小さいサイズの部屋。スラム育ちで、士官学校入学と同時にクロスバードに迷い込んでからは人間用の部屋を借りていたオリトにとって、『チャオ用の部屋』というのは初めての経験だった。
【オリト】「すげぇ…チャオ用の部屋があるなんて…」
以前述べたように、どの勢力も軍に所属している兵士のうちおよそ9割が人間である。そのため、いずれにおいても戦艦でもチャオ用の部屋が用意されている戦艦は少なく、大半のチャオ兵はオリトのように人間用の大きな部屋を借りているのだ。そのため、「チャオ用の部屋がある戦艦」というのは本当に珍しい。
思わず部屋中を見回すオリト。そこに、1匹のチャオが入ってきた。
【チャオ】「やぁやぁやぁ、色々とごめんねー。僕はルシャール。しがない共和国兵さ」
【オリト】「ど、どうも」
【ルシャール】「敵とはいえ、お互い数少ないチャオ兵士なんだ。仲良くしていこうじゃないか。堅苦しいのはナシで、分からないことがあれば何でも聞いてくれていいよ」
【オリト】「あの…変なことかも知れないですけど、いいですか?」
オリトが恐る恐る尋ねる。
【ルシャール】「お、何だい?」
【オリト】「俺達のクロスバードって、エンジン壊れて超光速航行が飛び飛びにしかできないはずなんですけども…修理するんですか?できないとしたら、どうやって同盟の近くまでクロスバードを持ってくんですか?」
【ルシャール】「技術的な質問かよ!」
さすがにルシャールもこれは予想外で、ツッコミを入れずにはいられなかった。だが気を取り直して答える。
【ルシャール】「まぁ僕も専門じゃないから詳しくは解らないけど、やっぱり同盟軍のエンジンを修理するには共和国の技術じゃそこそこ時間がかかるらしくって、それならさっさと同盟に帰してあげたほうがいいって結論になったらしいよ」
【オリト】「なるほど…」
ちなみにこれは同盟に比べて共和国の技術が遅れている、という訳ではなく、単に技術体系の違いである。
【ルシャール】「で、どうやって運ぶかだけど、なんでもこっちの戦艦にくくりつけときゃ一緒に動いてくれるらしいぜ?ご都合主義もいいとこだよなー」
【オリト】「ご都合主義って…」
意外な答えにオリトは困惑した。実際にクロスバードは現在、魔女艦隊の大型戦艦であるアトラスに曳航されている状態である。ちなみに艦内には調査と曳航作業のため共和国軍の兵士が数人入っているが、クロスバードは旧型艦でかつ練習艦ということもあり、共和国にとっては得られる情報はほとんどなかった。
【ルシャール】「…あ、そうだそうだ。これを見せるのを忘れてた。これ、知ってるかな?」
と、何かを思い出したようにルシャールは個人端末を取り出し、軽く操作する。浮かび上がった画面は、とあるニュース記事のものだった。
【オリト】「『士官学校の練習艦、行方不明から1週間/関係者の不安募る』…って、俺達のことじゃないですか!」
【ルシャール】「そう。もう共和国でも結構話題になってるよー」
実のところ、自分たちがニュースになっている、ということは艦長のカンナ以下、クルーは知っていた。知らなかったのは、予想外の出来事の連続により事態の把握でいっぱいいっぱいだったオリトだけである。
【アンヌ】「…しかし驚きましたわ。政治家、官僚、軍司令官、科学者、大企業の経営者…皆さん、いずれ劣らぬ超エリート家の出身なのですわね」
そうアンヌが例のニュース記事を見ながらカンナに言う。
【カンナ】「なんか貴方には言われたくないわね…」
カンナが微妙な表情をしながらそう返した。共和国の4大宗家は、共和国内での扱いは一般的に言うところの王族のそれに近いのである。
【カンナ】「しかし当事者が言うのもアレだけど、よくマスコミが報じたわねこれ…正直もみ消されると思ってたわ、こっちから同盟方面に通信飛ばしても全然応答ないし」
軍の立場からすると、学生の練習艦とはいえ自軍の戦艦が行方不明になるのは言わば「不祥事」であり、隠したくなる事実である。しかも乗ってるのがほとんどエリートということになれば、ますます事を荒立てたくないものだ。
【アンヌ】「それなんですが、どうも軍内部からメディアにリークがあった、と別の記事にありましたわ。細かいことはそれこそ貴方達の方が詳しそうですが…」
その話を聞いて、カンナがアンヌにとって聞き慣れない単語を口にする。
【カンナ】「海溝派の連中かしらね…」
【アンヌ】「『かいこうは』?」
【カンナ】「…ま、同盟軍も一枚岩じゃないってことよ。共和国みたいに家ごとに結束が強い訳でもないし、連合みたいな強力なリーダーがいる訳でもないしね」
カンナはそう示唆だけし、多くは語らなかった。
【アンヌ】「なるほどねぇ…」
それに対し、アンヌもシンプルな言葉で答えた。この辺りは、互いに色々と考えが回った結果である。そしてしばらく、2人共に言葉が出ないまま、ニュース記事を読んでいた。
同盟軍内には大きく2つの派閥があり、それぞれ「山脈派」と「海溝派」と呼ばれている。現時点ではこの対立は表面化しておらず、共和国や連合には「同盟軍内で派閥争いがあるらしい」という程度の「噂」としてしか情報は流れてこないが、水面下では激しい主導権争いが繰り広げられている。
ちなみにアレグリオの士官学校は校長が山脈派のメンバーであるため、どちらかというと山脈派寄りと見なされており、それ故にカンナも海溝派のリークがあったのではと勘ぐったのだ。
数時間後、それぞれに一通り話を聞き終わったところで、カンナ達クロスバードのクルーはクロスバードに戻ることを許された。但し、もちろん「監視役」付きである。
【アンヌ】「成程、これが同盟の戦艦のブリッジですか…」
【ジェイク】「って、なんで魔女艦隊の司令官がこんな所に座ってるんだよ!」
【アンヌ】「言ったでしょう?私が直々に監視役を務めますと」
【ジェイク】「だからそれが意味分かんねぇって!」
【アンヌ】「まぁ、色々と建前は喋れますけども、スバリ本音を言いますと、『皆さんに興味が出てきた』というところかしら?」
【クーリア】「というか、艦隊への指示とかは大丈夫なんですか?」
【アンヌ】「個人端末を持ち込んでるので問題ありませんわ。それに万が一の際はドミトリーがしっかりやってくれます」
と言いながら、自らの個人端末を皆に見せる。状況分析や各艦への通信など、『司令官の仕事』をするにはこれ1つで十分だ。
ちなみに、彼女が座っているのは本来ミレーナ先生が座るはずの席である。その様子を見たミレーナ先生はというと、
【ミレーナ】「まー、元からあそこに座る意味ほとんど無かったしねー」
【オリト】「先生、いいんですかそれで…」
と、良くも悪くもいつもと変わらない。
【カンナ】「…というかそもそも、これからあたしらはどこに行くのよ?ちゃんと同盟に返してくれるんでしょうね?」
【アンヌ】「あぁ、そうでした、今後の予定についてもお伝えしなければいけなかったですわね…航宙士さん、ちょっとよろしいかしら?」
【フランツ】「えっ、あっ、はい」
いきなり話を振られて驚くフランツを横目に、アンヌはフランツの席へ向かい、航宙士専用の大きな3次元モニターに自らの個人端末を接続する。
銀河全図から徐々にズームインしていき、今現在魔女艦隊がいる惑星エクアルス付近の図を示した。
【アンヌ】「本来であればこのまま真っ直ぐ同盟方面へ向かいたいところですが…それだと少し補給が必要なので、惑星フレミエールの基地へ向かいたいと思いますわ」
と、3次元モニターにフレミエールの位置が示される。
【アンヌ】「それともう1つ。私達が突然同盟の勢力圏内に現れてもただの敵襲になってしまいますわ。そこで…」
今度はかなりズームアウトした後、座標を移して再びズームイン。同盟と共和国の境界宙域の図を示した…が、銀河の中央付近、危険地帯のすぐ外側に同盟でも共和国でもない色分けで示されたエリアがある。
【フランツ】「まさか…グロリア王国領へ?」
【アンヌ】「ええ。中立国であるグロリア王国経由であれば、互いに危害が及ぶことなく引き渡せると考えていますわ」
【クーリア】「なるほど…」
グロリア王国。全部で5つの惑星から構成される小勢力であり、名前の通りこの銀河時代においても王制を続けている。また、同盟と共和国の境界宙域にあるが、この2勢力が戦争状態に突入して以降中立を宣言し、戦争に介入していないことでも知られている。
アンヌがこれからについて軽く説明した後、今度は端末の通信機能をオンにすると、魔女艦隊の全艦艇に向けてアナウンスした。
【アンヌ】「それではこれから、私達は惑星フレミエールへと向かいます。全艦、超光速航行準備!」
【レイラ】「準備!…ってあたし達はしなくていいんだっけ」
【ジャレオ】「ですね、正直ここに座ってるのもあんまり意味ないです」
【カンナ】「ま、司令官様がいるんだから格好だけでもつけておきましょう」
【アンヌ】「皆さん、準備はよろしいですか?」
その声に対し、各艦から次々と「準備完了」との旨の通信が入る。全ての艦艇から準備OKとの連絡が入ったのを確認すると、アンヌは叫んだ。
【アンヌ】「それでは…全艦、超光速航行、開始!」
次の瞬間、あの独特の感覚がクロスバードを包んだ。