第5章:血の意味、魔女の目覚め
【ジャレオ】「…超光速航行から抜けます!」
その合図で、クロスバードが通常空間に姿を現す。
【アネッタ】「周囲に人工物の反応、ありません」
【フランツ】「現在位置、共和国領である惑星エクアルスから約4光年です」
【カンナ】「さすがにここまで来れば連合のエース様は追ってこれないでしょうけど…」
【アネッタ】「今度は共和国軍を警戒しなきゃいけないわね…」
【第5章 血の意味、魔女の目覚め】
連合との交戦から数日。
クロスバードは連合からの追撃を避けるため、敢えて共和国の勢力圏内へと飛び込んだ。
古いエンジンであるポルックス1基だけで移動しているため、およそ6~8時間ごとに超光速航行と通常航行(あるいは待機)を繰り返しつつ現在位置まで来ている。
【カンナ】「…ところで、例の応答はまだかしら?」
そこで、カンナがレイラに訊いた。
【レイラ】「ありませんね…」
【カンナ】「色々理由は考えられそうだけど…どの道自力で戻るしかなさそうだし、あまり期待はしないでおきましょう」
【フランツ】「そうですね…」
何の話題かというと、端的に言えば同盟本国への連絡のことである。エンジントラブルで銀河辺境に飛ばされた時点で、同盟の首都惑星であるアレグリオ、及び合流予定である第4艦隊にその旨の通信を飛ばしているのだ。しかし、返答は現時点でまだない。
理由はいくつか考えられる。まず考えられるのが、クロスバードがいるのは敵地ド真ん中であり、そこに通信を飛ばそうとすれば当然敵に傍受される危険性があるというものだ。もちろん暗号化技術はあるが、100%解読されないという保証はない。
他にも単純に対応に困り返答ができないままでいるという説や、陰謀論めいた説まで飛び出しているが、とにもかくにも返答がない現在の状況ではどれも推測の域を出ないし、そもそも敵地ド真ん中にいる以上どんな返答が来ようと、いやそもそも返答が来ようと来なかろうと、結局は自力で戻るしかないのだ。
さて、話はブリッジに戻る。
この時代、艦船はかなりの部分で自動化が進み、少人数でも運用できるようになっている。クロスバードのクルーがミレーナ先生を含めてもわずか10人(現在はそれに加えてオリトがいる状態)というのがその証だ。
とはいえ、最後は人の手による指揮・操縦・管理が必要。艦船が稼働している限りは24時間、誰かが必ず起きていてブリッジに座っている必要がある。クロスバードは敵の勢力圏の真っ只中にあり、先日のように交戦する可能性もある。現在はクルーが交替制で代わる代わるブリッジに入っているため、全員が揃うということはない。
なお、このような戦艦の運用の都合上、戦艦運用に関わる兵士は誰でも全ての分野に対し最低限の知識・技術が必要となる。スペシャリスト揃いのクロスバードクルーでも同様で、例えば現在はアネッタがレイラの代わりにオペレーター役をこなしている。
【カンナ】「とりあえず…再び超光速航行できるようになるまで、ここで待機ね」
【ジャレオ】「了解しました。それじゃ、交代ですね」
【カンナ】「ジェイクとゲルトが起きてきたらで構わないわ、そんなに疲れてないし」
そんな話をブリッジでしていたところ、ミレーナ先生が久しぶりにブリッジに現れた。
【ミレーナ】「みんな元気でやってるかしら?」
【アネッタ】「あ、先生」
【カンナ】「今のところ問題ありません」
【ミレーナ】「ならオッケー。ところで、オリト君知らない?手伝いを頼みたいんだけど」
【アネッタ】「あぁ、オリト君なら今…」
そのオリトは、とある部屋にいた。…そこにはもう1人、副長のクーリアの姿が。
【クーリア】「…このように、共和国は大統領を始め各主要ポストをサグラノ、ハーラバード、ルスティア、ドゥイエットの4つの血族、いわゆる『4大宗家』が占めており、敢えて古代・中世のような『4大宗家による統治』という非常に独特の統治方式を取っています。当然私ら同盟や連合はそれを『自由・平等の原則に反する』などと批判していますが、そもそも政治制度ってのは最適解なんて都合のいいものは存在しない訳で、だからこそ3大勢力もそれぞれ政治体制が異なり、数万年という人類とチャオの歴史があっても未だにこうして戦争している訳ですよ」
オリトは時折メモを取りながら黙って話を聞いている。そこに、ブリッジで話を聞いたミレーナ先生が入ってきた。
【ミレーナ】「最近オリト君見ないと思ったら…」
【クーリア】「あ、ミレーナ先生」
【オリト】「な、なんかすいません…」
【クーリア】「…まぁ要するに、士官学校での授業を私らでオリト君にやっちゃおうって話です。実技方面はさすがにチャオの感覚が分からないので如何ともし難いですが…」
【ミレーナ】「なるほど…」
いつアレグリオに戻れるか分からない状況、帰った時にオリト君がどういう処遇になるかも不透明な状況である。ならばもう、やれることはやれるうちにやっちゃおう、という話である。X組のメンバーはスペシャリスト揃いなので、全員でやれば士官学校のカリキュラムをほぼ全てカバーできてしまうのだ。
【クーリア】「今のところすごく勉強熱心でよくやってますし、この調子でいけばアレグリオに戻っても優秀な成績を収められると思いますよ」
【ミレーナ】「なるほどねぇ…」
ミレーナは少し考えた後、こう続けた。
【ミレーナ】「保健の先生にどれだけの発言力があるかどうか…微妙なところだけど、もしアレグリオに戻った際は私も口添えしてあげましょうか?」
【クーリア】「そうですね、お願いします」
【ミレーナ】「あと…私の手伝いをする時間は確保してね?」
【クーリア】「それは…むしろ余り働かせすぎないようにして下さいよ…」
【ミレーナ】「分かってるわよー…」
ミレーナはなんだか不満そうな言葉を残して部屋から出て行った。
【クーリア】「とりあえず、キリがいいですし私の授業はこの辺りにしておきましょう。10分程休憩して…次は…」
と、手元の端末でスケジュールを確認してあることに気がつく。
【クーリア】「戦艦の構造についてのミレアの授業…って、大丈夫なんでしょうか…」
【オリト】「大丈夫って、何がですか?」
【クーリア】「あの子、知識も技術も間違いなく凄いんですけども、ちょっとコミュニケーションが苦手で…私らでも最近になってやっと普通に意思疎通できるようになったぐらいなんですよ」
【オリト】「そうなんですか…」
【クーリア】「だから授業のスケジュール組む時もミレアは外そうって考えてたんですけど、本人がやるって言って聞かなくて…」
…そこに、当のミレアが入ってきた。
【ミレア】「あ、あの、失礼、します。…ちょっと、早かった、ですか?」
【クーリア】「いえ、ちょうど私の授業が終わって休憩中ですよ」
【ミレア】「そう、ですか、よかった」
そう言いつつ、部屋の奥に置いてある端末に自分の個人端末を接続し、授業の準備を始める。
少し心配そうに見ていたクーリアが、思わず話しかける。
【クーリア】「…ミレア、本当に大丈夫?私が補助しましょうか?」
【ミレア】「いえ、大丈夫、です。…1人で、やります」
【クーリア】「そこまで言うなら…何かあったら連絡して下さいよ?」
クーリアはそう言い残し、相変わらず心配そうな表情をしながら部屋を出て行った。
その後しばらく、沈黙が続く。少し気まずい雰囲気が続く中、しばらく経ってようやくミレアが口を開いた。
【ミレア】「で、では、そろそろ、始めましょう、か」
【オリト】「あ、はい」
オリトもつられて似たような喋り方になってしまう。
【ミレア】「え、えっと、戦艦の、構造ですけど、基本的には、3大勢力ともに、似たような、構造を、しています。これは、恐らく、旧文明時代の、影響だと、思われますが、詳しいことは、分かっていません」
とりあえず、ちょっと喋るペースは遅いものの、何とか普通に授業が展開されていく。
ところでその隣の部屋には、さっき授業を終えたばかりのクーリアがいた。何をしているのかというと…
【クーリア】「とりあえず何とか普通に授業やってるみたいですけど…」
ミレアを心配しすぎる故に、先ほどの授業の際に部屋にこっそりカメラを仕込んで、様子をチェックしているのだ。もちろん、何かあったらすぐに助ける腹積もりである。
そこにもう1人、ゲルトが入ってきた。
【ゲルト】「副長さん、こんなトコで何やってんだ?」
そう言いながら入ってきたが、クーリアはすかさず指を唇にやり「しーっ!」のジェスチャー。ゲルトはちょっと驚いたが、クーリアがチェックしているモニターを見て、状況を察した。
【ミレア】「これは、戦艦以外にも、言えること、ですけど、つまり、私たちでも、連合や、共和国の、戦艦を、すぐに、動かせる、ということです。少なくとも、旧文明崩壊後に、数百年単位で、各惑星の、交流が、断絶していたことを、考えると、不思議といって、いいぐらいだと、思います」
話を聞きながら電子端末にメモを取るオリト。が、ふと手が滑り、端末を床に落としてしまった。
【オリト】「あ、すいません」
【ミレア】「いえ、お構い、なく」
喋るのを止め、オリトが端末を拾うのを待つ。
そこでふと、ミレアが視線を横に向けると、見覚えのある小さなかばんが置いてあるのを見つけた。クーリアのものだ。
【ミレア】「あれ、忘れ物、かな?」
と、そのかばんに手を伸ばす。
【クーリア】「あっ、しまっ…!」
【ゲルト】「おい、バレるぞ!」
…そう、そのかばんには、クーリアがカメラを仕込んであるのだ。
そしてミレアがクーリアのかばんに手をかけた瞬間、クロスバード艦内に警報音が鳴り響いた。
【ミレア】「!?」
ミレアは一瞬、自分がかばんに手を触れたから何らかのトラップが発動したのか、などとありえない考えを巡らせていたのに対し、逆にオリトは冷静だった。
【オリト】「敵襲!?」
すると、艦内にアネッタのアナウンスが響いた。
【アネッタ】『周辺宙域に共和国の戦艦を確認!クロスバード総員、戦闘配備!』
数分後、ブリッジにオリトも含めて、全員が集合した。
【カンナ】「全員集まったわね。状況説明お願い!」
【アネッタ】「はい。先ほど本艦の前方に、突如共和国の戦艦と見られる反応が複数出現しました。恐らく超光速航行から抜け出してきたものと思われます」
【フランツ】「…どこかの惑星の近くという訳ではないこの宙域で、この距離での鉢合わせ…正直、偶然とは思えません」
【クーリア】「まさか、共和国もクロスバードを認識している…?」
既に連合とは一度戦闘しており、自分達の存在は恐らく認識されているだろう。だが、まだ共和国とは接触していない。だからこそ共和国の勢力圏内を移動していたのだが、仮に共和国もクロスバードを認識しているとすると、その前提、ひいてはクロスバードの存亡自体もかなり危うくなってくる。
【カンナ】「となるとやはり…少なくとも逃げ切らないとマズいわね…ジャレオ、超光速航行は…さっき抜けたばっかりだったか…」
【ジャレオ】「ええ、正直に言って…無理です」
ジャレオから厳しい答えが返ってくる。カンナは状況確認のため、今度はアネッタからオペレーターを交代したレイラに問いかける。
【カンナ】「レイラ、敵艦の数は分かるかしら?」
【レイラ】「ふあぁ…まだ距離があるので、正確な数は…恐らく10前後だと思われます」
レイラは警報が鳴るまで仮眠していたので、まだ眠気が抜けきっていない。ただ、そんな状況でもやるべき事はやらなければならないし、何よりやってくれるメンバーが揃っているのがクロスバードである。
【カンナ】「中規模の艦隊1つ分、といったところかしら…」
そこで、ゲルトがあることを思い出した。
【ゲルト】「待てよ?…共和国のこの規模の艦隊で、今連合との戦いに出てるって言えば…ドゥイエットのとこじゃねぇのか?」
その言葉に、オリト以外の全員が何かを理解したような表情を見せた。オリトはたまらずクーリアに聞く。
【オリト】「ドゥイエットって、さっき習った『共和国の4大宗家』の1つですよね?」
【クーリア】「ええ、これは後々教える予定だったんですが…共和国軍の編制も同盟や連合とは大きく異なっており、基本的に4大宗家がそれぞれ『私設軍』を所持していて、それをまとめて『共和国軍』と称しています。一応担当宙域などが被らないように最低限の調整はしているようですが、使用戦艦や指揮系統、戦術に至るまで4つの宗家でバラバラです」
【オリト】「で、今俺達の目の前にいるのが、そのうちドゥイエット家所属の艦隊、ってことですか?」
【クーリア】「ええ。しかも恐らく、バリバリの主力。通称、『魔女艦隊』です」
【ゲルト】「ったく、蒼き流星の次は魔女艦隊かよ!もうツイてんのかツイてねぇのか分かんねぇなコレ!」
【カンナ】「どっちにしろやるしかないわ!ジェイク、アネッタはアンタレス、アルタイルに乗って待機してて!いつでも戦闘開始できるように!」
その合図で、それぞれが持ち場に移動。戦闘準備を開始した。
…共和国軍・ドゥイエット家私設軍主力艦隊、通称『魔女艦隊』。
その艦隊が『魔女』の二つ名を冠するのには理由がある。
当然、その強さが魔法のようだと敵から恐れられているというのが最大の理由だが、もう1つ。
艦隊の旗艦・プレアデスのブリッジの中央に座っているのが、クロスバードのクルーと年齢が変わらない、17歳の少女だからである。
【少女】「同盟の戦艦の情報、ビンゴでしたわね…さぁて、迷子の子猫ちゃんはどうするのかしら?」
彼女こそ、ドゥイエット艦隊の総指揮官にしてドゥイエット家当主の次女、アンヌ=ドゥイエットである。