第4章:はじまりと、その終わり
この時代の戦いは、戦艦と人型兵器による戦いが主流である。
戦艦にはない機動力を補完する兵器として人型兵器が存在するが、なぜわざわざ操縦が複雑な人型にする理由があったのか。
戦闘以外での用途や操縦感覚の分かりやすさなど、様々な理由が後から付けられたが、つまるところ「それが人類の夢だから」ということに尽きる。
【第4章 はじまりと、その終わり】
話は、クロスバードと連合の戦艦が互いを発見する少し前まで遡る。
その連合のオリオン級戦艦、バーナードの艦内で、シャーロットは少し不満そうにつぶやいていた。
【シャーロット】「別にわざわざこんな場所で新型のテストなんかしなくたって、それこそサグーリア辺りで共和国相手にどかーんとやっちゃえばいいのに…」
そう愚痴をこぼす相手は、その新型の開発を担当した、連合の重工業企業の技術主任であるウィレム=ヘリクソン。
【ウィレム】「それじゃあもうテストじゃなくて実戦じゃないですか…そういう決まりなんですから勘弁して下さいよ」
【シャーロット】「分かってるわよ、あたしもそんな子供じゃないってば。やる事はきっちりやるから安心してちょうだい」
そんなやり取りを交わしながら廊下を歩いていると、こんな会話をしているバーナードのクルー2人とすれ違った。
「一体どういう事なんだよ?」
「こっちが聞きたいよ!なんでこんな場所に同盟の戦艦が…」
その2人は会話に夢中だったが、シャーロットに気付くと、慌てて敬礼をする。
彼ら2人とシャーロットの階級は変わらないが、彼女は同盟や共和国にも名前が知れ渡っている程の有名人で英雄である。そんな人間とすれ違ったら思わず敬礼してしまうのが人間というものだ。
シャーロットはシャーロットで、彼ら2人の会話が耳に入っていた。最初は何となく聞き流していたが、「同盟」という言葉に内心驚き、足を止めた。
既に繰り返している通り、ここは連合と共和国の境界地域である。同盟という言葉が登場して、疑問に思わない者はいない。そして、シャーロットは彼らにこう尋ねた。
【シャーロット】「さっきの話、どういうこと?よければ教えてもらえるかしら?」
【クルーA】「な、何でもレーダーになぜか同盟の戦艦の反応があったらしくて…」
シャーロットはそれを聞いた直後は「へぇ」という感じの反応だったが、数秒考えた後、いいアイデアを思いついたように再びそのクルーに話しかけた。
【シャーロット】「ちょっとブリッジまで…いいかしら?」
【クルーB】「は、はい!」
【ウィレム】「ま、まさか…」
ウィレムも何かを察したらしく、心配そうにシャーロットに話しかけるが、彼女はあっさりとそれを認めて一蹴した。
【シャーロット】「そのまさか、よ」
元々バーナードはこのエリアの哨戒任務にあたっていて、シャーロット達が新型のテストとして乗り込んでいるのはその「ついで」である。
【艦長】「しかし、こんな所に同盟の戦艦、しかも旧型艦の反応となると、誤検知の可能性が…」
【シャーロット】「だから、それを確かめに行ってあげるって言ってるんでしょう?こっちとしても新型のテストになるし、損になることはないと思うけど?」
【艦長】「とはいえ、連合のエースパイロットにそんな役回りは…」
【シャーロット】「あーもう、そういうのやめてってば!それに心配しなくても即撃破なんてことはしないわよ、ちゃんと確認するっての」
結局、彼女は周囲の反対を押し切る形でカタパルトに向かい、例の新型に乗り込んだ。
各種チェックを済ませ、起動する。そこにウィレムが確認の通信を入れる。
【ウィレム】『大丈夫ですか?』
【シャーロット】「問題なし。いつでも行けるわ!」
やがてシグナルが青に変わり、カタパルトが開いた。
【シャーロット】「シャーロット=ワーグナー、UDX-201/A『レグルス』、行きます!」
さて、話はクロスバードへと戻る。
【オリト】「そんな、連合のエースだなんて、ど、どうするんですか!?」
ようやく事態を飲み込んで慌て出すオリトだったが、他のクルーはアンラッキーと言っていた割には落ち着いている。
【カンナ】「説明したでしょ、あたしはともかくとして、ここのメンバーはみんな優秀だって。…シャーロットには及ばないかも知れないけれど、こっちには2人いるのよ、人型兵器乗りが」
【レイラ】「まぁ、謙遜してる当のカンナが一番優秀なんですけどねー…っと、準備はいい?」
レイラがオリトとカンナの会話に口を挟みつつ、その「2人」に向かって個人端末で呼びかける。
「もちろんだっ!」「同じく!」
【レイラ】「それじゃ、カタパルト開けるわ!」
男女それぞれの声をレイラが確認すると、コンソールを操作し、人型兵器が待機しているカタパルトが開く。それに合わせて、2機が発進した。
「ジェイク=カデンツァ、AATE-010C『アンタレス』、行くぜ!」
「アネッタ=クレスフェルト、AATE-008E『アルタイル』、行きます!」
【オリト】「というか、逃げないんですか!?超光速航行ができない訳じゃないって言ってましたよね!?」
オリトは相変わらずの調子である。それが普通の反応ではあるのだが、クロスバードの面々の中では明らかに浮いていた。
【ジャレオ】『いえ、先ほどのカストル暴走の影響がまだ…こっちが終わり次第向かいますけど、もう少しかかりそうです』
と、オリトの疑問にジャレオが通信で答える。彼は人型兵器の整備も担当しているので、今はカタパルト近くにいるのだ。
【カンナ】「そんなに心配しなくても、何とかなるわよ。それとも、あたしらが信じられないのかしら?」
【オリト】「あ、いえ、そんなことは…」
【クーリア】「幸い、相手は戦艦1隻、人型兵器1機です。いくら敵がエースといえど、2対1なら…勝つまではいかなくとも、最悪の状況は避けられるはずです」
ここまでみんなの話を聞いて、ようやくオリトも落ち着いてきた。
一方、シャーロット側もクロスバードの様子を捕捉していた。
【シャーロット】「敵戦艦から人型兵器2機の発進を確認…アンタレスとアルタイル!完っ全っにビンゴじゃないの!」
【艦長】『では…』
【シャーロット】「言われなくても何とかするわ。なんでこんな場所に同盟がいるのかは知らないけど…いくわよ!」
そう叫んで一気に加速し、2機のもとへと飛び込んだ。
さて、2人の機体を簡単に説明しておくと、ジェイクのアンタレスが近距離での格闘戦、アネッタのアルタイルが遠距離での射撃戦に秀でた機体である。
本来はどちらも白い量産機であるが、ジェイク機は赤、アネッタ機は水色のカラーリングが施されており、また多少のカスタムがなされている。但し逆に言うと、そのカスタムとカラーリングの変更以外は、ほとんど量産機と変わらない。
シャーロットのレグルスが2機のもとに飛び込んでくると、まずアルタイルが距離を取り、逆にアンタレスが受けて立つかのようにビームソードを抜いて構えた。
【アネッタ】「相手は新型よ!何を出してくるのか分からないんだから気をつけて!」
【ジェイク】「その前にぶった斬る!相手がエースだろうと新型だろうと関係ねぇ!」
アネッタの言葉もスルーして、逆に一気にレグルスに向かい突っ込むジェイク。
【ジェイク】「うおおおおっ!!」
【シャーロット】「あたしに突っ込んでくるとはいい度胸じゃないの!」
しかし、あっさりかわされる。だがそこに、アルタイルからビームランチャー。直前に気がつき、間一髪かわすシャーロット。
【アネッタ】「ったく、フォローするこっちの身にもなってみなさいよ、っと…」
【シャーロット】「アルタイルもいたわねそういえば…やってくれるじゃないの!」
それならば、とシャーロットはアルタイルの方へ向かう。
アネッタは応戦しようとするが、レグルスが速かった。一気に距離を詰められると、次の瞬間にはアルタイルの右脚が吹っ飛んでいた。
【アネッタ】「っ…!?」
しかしそれでもシャーロットは軽く舌打ちする。これで仕留めるつもりだったのだ。
【シャーロット】「ちっ…さすがに慣れないなぁ…」
そこに置き去りにされたジェイクのアンタレスが追いつく。
【ジェイク】「うおおおっ!!」
シャーロットのレグルスと再びぶつかり、何度か斬り合う。一方アネッタにはクロスバードからの通信が飛び込んでくる。
【レイラ】『アネッタ、大丈夫!?』
【アネッタ】「…問題ないわ!」
アネッタは意外と落ち着いていた。宇宙空間において人型兵器の脚部は「飾り」でしかない、ということもあったし、「相手がエースで新型ならこれぐらいやってくるはず」という見通しもあった。
そして再び彼女はビームランチャーを構え、ジェイクのアンタレスの援護に回る。そのまましばらく、ジェイク機とシャーロット機が直接戦い、それをアネッタが援護するという図式が続いた。
ところがクロスバードはといえば、レグルスの射程外からその様子を睨んで止まっているだけ。
【ゲルト】「こりゃ動くに動けねぇなぁ…」
【オリト】「どうしてですか?」
【ゲルト】「人型兵器にとっちゃ、戦艦はデカい的みたいなもんだからなぁ…特に相手はエース様ときた。あとは…分かるな?」
それを聞いてオリトも何となく察する。
【カンナ】「確かに現状では動けないけど…ゲルト、ミレア、いつでも動ける準備はしておいてね」
カンナが確認として声をかける。ミレアというのは、クロスバードの操舵手、ミレア=マードナーのこと。
なお、クロスバードを始めこの時代の宇宙戦艦に舵はなく、キーボードを使って戦艦を操作するのだが、旧時代の名残で艦を操る者のことを操舵手と呼んでいる。
【ゲルト】「分かってるって」
【ミレア】「了解、です」
【シャーロット】「っ、こっちが新型で慣れてないとはいえ、なかなかやるじゃないの…」
戦闘開始から数分経過。さすがにシャーロットもイラついてきた。相手が並のパイロットであれば、2機が相手でもそう時間をかけずに蹴散らすことができる。
そのイラつき、焦り、そして新型故の慣れなさが致命的な操作ミスを生んでしまった。
【シャーロット】「しまっ…!」
操作ミスから、レグルスの動きが完全に止まる。
慌ててフォローしようとするも、余計に焦ってしまい、上手くいかない。いくらエースといえど、彼女もまた人間である。この心理状況では、普段出来るはずのことも出来なくなってしまう。
なんとか立て直すものの、結局1秒前後の『空白』が生じてしまった。
…そして、1秒あれば、ジェイクとアネッタには十分であった。
【アネッタ】「動きが止まった!?」
【ジェイク】「何があったか知らねぇが!」
アネッタがすかさずビームランチャーを構え、数発撃ち込んでレグルスの動きを牽制すると、真っ直ぐにジェイクが飛び込む。
【ジェイク】「おりゃああああっ!!」
ビームソードを抜いて一閃。少なくともジェイクには、手応えのある一撃だった。
…が、すんでのところでシャーロットが立て直し、致命傷は逃れていた。
【アネッタ】「あれを避けるなんてっ…」
とはいえ、致命傷は逃れたものの、レグルスの右腕が吹き飛んでいる。
さらにその衝撃でシャーロットは流血。左手で額を押さえるが、赤い滴が流れ出す。
シャーロットはそんな状況でも、自身でも不思議に思う程に冷静だった。
【シャーロット】「稼動自体に異常なし、まだライフルが残ってる、と…」
どう考えてもこちらが不利、そもそも新型のテストであり無理はしてはいけない、という状況から、「これ以上の戦闘続行は不可能」と判断し、残ったレグルスの左腕でビームライフルを数発撃って2機を牽制しつつ後退を開始。
それでもアンタレスとアルタイルが追撃してくるとまずい状況だったが、幸いにも追撃はなく、彼女はそのままバーナードに帰還していった。
【レイラ】「凄い…『蒼き流星』を落とすまではいかなかったけど、撤退させた…!」
【カンナ】「感心するのは後よ!ジャレオ、いけるかしら!?」
【ジャレオ】『はい、何とか終わりました!』
【カンナ】「オッケー、それじゃあ2機を回収次第、超光速航行の準備に入るわ!」
ジェイク達が戦闘している間に、ジャレオがポルックスを調整して何とか超光速航行が可能なところまで持ってきたのである。
【レイラ】「ハッチ、開けます!」
すかさず戻ってきた2機が飛び込み、ハッチが閉まるのを確認すると、
【カンナ】「超光速航行、スタート!!」
すかさずカンナが叫ぶ。それと同時に、クロスバードは宙域から姿を消した。
一方、バーナード艦内。
応急処置をしてもらい、頭に包帯を巻いたシャーロットが廊下を歩いていた。
【シャーロット】「2機はあの状況で追撃してこなかった、敵艦は2機を回収後すぐに超光速航行に入った…」
うつむいて、何やらぶつぶつと先ほどの状況をつぶやきながら。端から見たらまるで不審人物である。
冷静に考えれば、予想外の事態に慌てていたのは間違いなく向こう側であり、こちらがもっと落ち着いて対処すればこんなことにはならなかったのではないか。
などと考えながら、自分の行動、艦の行動に落ち度がなかっかじっくりと考える。
最も、バーナードの行動は彼女の責任の範囲外ではあるのだが。
やがて何かを吹っ切ったように、壁をドンと軽く叩くと、前を向いた。
【シャーロット】「いつかまた会ったら…連中は必ず落とす!!」
そう叫ぶ瞳は、火が灯っているように見えた。