一人

最初から想定しておくべきだったのだろうが、面食らった。
どうもここには人間は存在しないらしい。
この森は結構高所にあるようで、森から出てすぐに丘から辺りを見渡すことができた。
辺り一面に人がいると思われるような物は見られなかった。
この頃になって、そもそも人と接触したところで言葉が通じる保証も無いことに気付き、もしかしたら“デノカシクファウロッセ”という言葉も魔法が元々存在していた世界の言葉なのではないかという発想が出てきた。
ともかく人がいないのであれば、チャオと一緒にいよう。
そう思って僕は森へ戻った。

チャオが集まっている場所で僕は生活することになった。
湖とでも呼ぶべきであろう大きな水溜りがある場所であり、チャオが水と共に生きる生物であることを感じさせられた一方で自分の水分の心配をする必要がないことに安心しもした。
食べ物は木の実だけだ。
これだけで人間が生きていけるかどうかは謎だが他に食べ物らしいものは無いのだ。
小動物を生で食うわけにもいかない。
火を使えるようになればいける気もするので、そのうちその技術を習得しよう。
チャオとの生活。
それもゲームではない。
結構楽しい生活である。
しかし、人がいないことが少し寂しいとも思う。
人といることで嫌になることもあるが、誰かを好いたり嫌ったりするくらいに人間は人を求めているものなのだろう。
ぼうっとしているとよく仲が良かった人の顔が浮かんでくる。
姉さんや利奈。
そして別にそこまで仲が良いわけでない知り合いの顔も浮かぶ。
考え事をすれば、考えるのは他人のことばかりだ。
夢ではもう会えない人々がせわしなく動き回る。

「んー?」
記憶の中に見覚えのない人間がいた。
黒い長髪。
黒い服。
会った記憶はない。
この世界に人はいないし、前いた世界でもこんな人と会った記憶はない。
「妄想?」
人を求めるあまりに架空の人物を思い描いたのだろうか。
気になる。
でも心当たりがないので思い出せない。
存在感のある人間のように思う。
前の世界であればきっとスペシャルなカリスマ魔法使いに違いない。
しかしどうしてそんな人のことを思い出せないのか不思議だ。
まあ、気にしないでおこう。

もう人に会えないこと。
それは残念だ。
後悔もしている。
しかし、同時に失った代わりに得たものがチャオでよかったとも思った。
このチャオの世界でなら希望を持って生きられる。
そう僕は思った。

このページについて
掲載日
2010年7月16日
ページ番号
16 / 16
この作品について
タイトル
絶望
作者
スマッシュ
初回掲載
2010年7月16日