(2)

 少しの間、ジッとこちらを見つめていたその生き物は、やがてまた
川の方に視線を戻し、またパシャパシャと遊び始めた。
 しばらくの間、その生き物の様子を眺めている(ながめている)うちに、
僕はそいつのことに興味がわいてきた。
そして僕は、ゆっくり、ゆっくりと川の中にいるそいつに近づいて
いった。

――ザバッ

ちょうど僕の足が水の中に入ったその音で、そいつはまた遊ぶのをやめて
僕の方を見上げた。

――どうしよう。

サラサラと川の流れる音とセミの鳴き声につつまれた中で僕達は
見詰め合ったままになってしまった。
 僕は気まずさでいっぱいになり、目をそらした。
そしてザブザブと水を掻き分け、そいつの横を通り過ぎ川の奥で
ひとまず泳ぐことにした。

 しばらく首を45°かしげて、僕の泳ぎを見ていたそいつは、やがて
何を思ったのか僕の真似をして泳ぎ始めたのだ。
僕がクロールをするとそいつもクロール。
背泳ぎをすると、そいつも背泳ぎ。
 面白くなった僕は、試しに溺れた(おぼれた)ふりをしてみた。
するとそいつも同じように手足をバタつかせて溺れたふりをし始めた。

「あははははは!!」

あまりのおかしさに僕は声を上げて笑った。
するとそいつは、僕の笑い声にビックリしたのかジタバタをやめこっちを見た。
そして、そいつも僕の真似をして同じように笑い出した。

 それから僕達は遊んだ。
と言っても僕がやることをそいつがただ真似してやるだけだったが、
それでも、それがとても楽しかった。

 しばらくして、僕達は遊び疲れ、川原に腰を下ろし、2人でじっと川原を見つめた。
それは不思議な時間だった。いつのまにかあたりから聞こえたセミの声はやみ、
川の流れる音だけが僕達の周囲を支配していた。
 と、突然、その子が立ち上がり川原を上流に向かってスタスタと歩き出した。
その子はしばらく歩いていくと、立ち止まりこちらを振り返り、僕の方に手招きした。

――ついて来いってことなのかな?

僕は立ち上がり、その子のそばに駆け寄った。
僕がその子の近くに来るとまたその子は川の上流へと川辺を歩いていく。

そんな状況が何度も続き、そのうち僕は今まできたこともないくらい山奥へと
やってきてしまった。川の周囲を囲む木々によって、あたりは昼間なのに薄暗かった。

やがて薄暗い川沿いの林の向こうに明るい光が見えた。
すると、その子はにっこり笑ってその光の方を指差し、飛び跳ねた。
そして僕のシャツを2、3回クィックィッとひっぱり、その光に向かって走りだした。

「ちょっとまって…」

僕もその子の後を追った。
そして薄暗い林から、その子が入っていた光差すその場所へと一歩足を踏み入れた。――――


――気付いた時、僕はいつもの”あの場所”の川原で横になっていた。
すでに日は傾き、あれほどうるさかったセミの声もまばらになり、
ヒグラシも鳴き始めていた。
 僕はゆっくりと起き上がり周囲を眺めた。辺りには僕がこの川原へ来た時と同じように
誰もいなかった。もちろんあの青い生物もそこにはいなかった…。





 私はその日の不思議な体験を家族に話したが、みんな、夢でもみたんじゃないのか
と言うばかりだった。
 また、友達と一緒に、あの光差す場所を探しに川の奥へと探検に行ったが、
どこまでいっても木々が生い茂り、とうとう
あの子が案内してくれた光差す場所を見つけることはできなかった。
 

 その後も私は夏が来るたびに何度もあの子と出会った”あの場所”に足を運んだ。
小学校を卒業し中学生、高校生、大学生、そして社会に出て働くようになっても訪れたが
あの夏の、あの日以降、あの子が現れることは一度も無かった。

 あの出来事はなんだったんだろう。小学生の当時は頑なに(かたくなに)
現実にあったことだと思っていた私だが、
今思えばみんなが言うように、
あれは、子供時代特有の豊かな発想が作り出した夢だったのかもしれない。

今年ももうすぐ夏がやってくる。
この夏もまた、私は”あの場所”へと行く。
もう一度あの子に会うために。
あの光差す場所にあったものを確かめるために。
そしてあの夏の夢のつづきを見るために…。

-Fin-

このページについて
掲載号
週刊チャオ第119号
ページ番号
2 / 2
この作品について
タイトル
夢のつづきを…-The mirage of summer-
作者
夕霧
初回掲載
週刊チャオ第119号