後編 青くて丸い星のために!
黒いコートを着た男が地表に立った。地球とは違う星。しかし青くて丸い星だった。
「いい場所だ」
そう呟く。宇宙服は必要ない。呼吸もできる。むしろ地球の空気よりも澄んでいるように思われた。
男の前には十数の生き物がいた。二本足で立っていて、二本の腕がある。ヒトと似ているがその姿は別の生き物からの進化を思わせる。たとえばハリネズミ。たとえばライオン。知能もあるらしい。異星の兵士は銃を構え、男を狙っている。
男は顔の前で腕をクロスさせ、そのポーズのまま低い声を出した。
「変身」
男の体が形を失って肉塊となる。そしてその肉塊もどろどろの赤い液体へと変わる。液体は凝縮され体長五十センチメートルほどの小さな生物の形になった。チャオである。男は赤いダークカオスチャオに変化したのだった。
人類は侵略者となっていた。
With Me 後編 青くて丸い星のために!
人間が生活できそうな惑星が見つかったのはつい二年前のことである。人々は新しい星に移住することを望んだ。そして移住先の星に既に知能を持った生物がいることがわかり、戦争になった。数の面では人類が不利であった。惑星はカオスコントロールによるワープ移動を用いる必要があるほど遠い所にあった。そしてカオスエメラルドを用いても運ぶことのできる人数は限られた。そこで戦力として投入されたのが改造された人間であった。彼らは喜んで戦った。改造人間の大半は改造されることを望んだ者だ。それもわざわざA型改造やB型改造を選び超人性を得た者はその力を発揮したいと思うものだった。実際の戦闘の中で心が満たされるのか、改造したことを後悔するのか。それは人それぞれであったが、戦地に向かうまではやる気に溢れている彼らは戦争に向かわせることが容易であった。
改造人間の多くはB型改造人間であった。丈以外の特殊変身能力者の存在が確認されるまで、A型改造を施す人間はほとんどいなかった。B型改造の方が遥かに優れているとされていた時期に改造をされた者はほぼ全員がB型改造を受けたのである。A+という特別な存在になる可能性が判明した後A型改造を志望する者は増加したが、それでもA型改造人間の多くは研究所側が強制的に改造を受けさせた者たちであった。戦争開始時、A+と判定されていた者は丈を含めて五人であった。僅か五人しかいないA+の改造人間。彼らの戦闘能力は他の改造人間よりも秀でていた。そのためA+こそが戦争の鍵を握っているとされた。
地球では宇宙船に荷物が運ばれていた。この日の輸送は食料品とカオスドライブの補充が主だった。小さな宇宙船だ。十二畳ほどのスペースに荷物が詰め込まれる。
カオスエメラルドの力を用いたワープ移動によって荷物を運ぶ。送り先は遥か遠くにある宇宙船である。人類は新しい住処を見つけた。その星を人類の物とするために戦争をしている。そして食料品の他に二人の人間が運ばれることになっていた。男性と女性が一名ずつ。どちらも二十代前半といった外見である。目を引くのは男の整った顔立ちだ。中性的な美しさに強さを訴える鋭い線が加えられている。彼がA型改造人間の中でも特別な、A+と呼ばれる存在であることを考えるとあまりにも整い過ぎているように見える。女性の方も美しいと言える顔をしていたが、男性の顔と比べると日常的な美しさと言えた。男の顔が最も馴染む場所はおそらく戦場だ。そういう類の美しさであった。
男と女は入り口の傍に並んで座らされた。他にスペースがないのだ。荷物を入れたコンテナが何段にも重ねられ、室内を埋め尽くしている。二人の目の前にはカオスドライブの入った緑色のコンテナが積み重ねられている。その奥に食料品の入った茶色のコンテナがある。A型改造人間、川上丈。B型改造人間、岡野瑠依。二人が最後の荷物である。ドアが閉じられ、カオスコントロールの準備が始まる。
「やっぱり私一人じゃなかったんだ」と瑠依が言った。「あんた、もしかしてA+?」
「そうだよ。本当なら僕が向こうに行く予定はなかったんだけど、青木が死んだからこうなった」
青木というA+の兵士は戦争に加わることを目指す改造人間たちの間では有名だった。赤いダークカオスチャオに変身する青木は他の改造人間を凌駕する能力を持っている。そう噂されていた。そして彼の代役が瑠依の隣にいる丈であった。
「青木が死ななかったら行かなかった?」
丈は頷いた。
「元々僕を行かせないために青木を身代わりにしたようなものだったから。彼も死んでしまって、もう高度の変身能力者は僕しかいなくなってしまった。こんなことになるとわかっていたら、最初に行くことになったんだろうけど」
彼は最後に残った切り札ということである。しかも口振りからすると青木よりも大事に扱われている存在のようである。それほど貴重な存在。青木よりも有能な変身能力者。
「君はどうして今日行くことになったの?」
丈には瑠依の存在がよくわからなかった。自分より強いA+はいないはずである。自分だけで十分。だから彼女がいる意味がわからない。
「私が切り札だから。そうさっきまでは思っていた」
瑠依は自分たちを囲んでいる箱を見ていた。
「私はB+だから」
B+と呼ばれる改造人間は、戦闘用の改造を施されているB型改造人間である。B型改造人間の超人性を活かして彼らを戦力として売ろうという動きがあった。異星で戦闘しているB型改造人間の多くはこの動きのために戦闘訓練を受けていた者たちである。そしてB+への改造もこの動きの中で生まれた。B+の改造人間の特徴はブースト能力にある。手に埋め込まれた特殊受容体を用いてカオスドライブをキャプチャすることで、身体能力を一時的に大きく上昇させる。普通のキャプチャと違い時間が経つと効果は消えてしまう。このブーストという考え方は元々武器の威力を底上げするために編み出されたもので、B型戦闘員が扱う剣もカオスドライブに負荷をかけて使い捨てることで高い殺傷力を生み出していた。
「B+の私はA+にも負けないと思っていた。今でもそう思っている。だから早く戦場に行かせてほしいと志願した。でも期待されているのはあんたみたいだ」
睨むような声だった。顔はコンテナをじっと見ていても、嫉妬しているのが伝わってくる。
ドアが開いた。もう移動は終わったようだ。揺れ一つなかった。期待されているのは僕だ、と丈は思った。それをそのまま言ったら彼女は怒るだろう。しかし他にかけるべき言葉も見つからない。
「頑張ろう」と丈は言った。瑠依とは仲良くしたいと思っていた。彼女は綺麗だ、と丈は思っていたのだ。瑠依は何も返さずにスーツケースを引いて輸送機から出た。
立ち代りに人が三人入ってくる。彼らはコンテナを外に持ち出していく。戦争の拠点となっている宇宙船である。七つのカオスエメラルドを使ったカオスコントロールによって敵の星の近くまで移動した。宇宙船は現在三百個のカオスドライブによって動力を確保している。そしてそのエネルギーは敵からの攻撃から船を守るバリアを作るために使われていた。
宇宙船は円盤状のバリアシステムと、中央のドーム部分によって出来ていた。ドーム部分が戦士たちの生活するスペースである。ドームのほとんどは戦士たちが寝起きする個室である。一人一部屋与えられている。丈は自分に与えられた部屋に入った。六畳の部屋とバスルームがある。ドアの近くに連絡用のスピーカーが付けられてある。歯ブラシなどの生活に必要な物だけは揃えられていた。私物の持ち込みはスーツケース一つ分までなら許容されていたが丈は手ぶらだった。子供の頃から私物という物はなかった。ベッドに腰掛けてみる。ぎし、と鳴る。その音が面白かった。今まで住んでいた部屋では毛布を敷いて寝ていた。寝相が悪い人はベッドから落ちてしまうのではないか。丈は不思議に思った。丈自身は寝相がいいと言われていたので落ちる心配はなさそうだった。ベッドの上に寝てみる。違和感はない。眠れそうだ。しかし疲れなどもなく暇だったので丈は部屋から出ることにした。このドーム型の施設には大勢の人間が集まる部屋が一つあった。
主に食堂として使われているその部屋には十名ほどが集まっていた。まだ食事時ではない。この部屋は唯一人の集まれる場所だったため常に人がいる。
「見かけない顔だな」
談笑していたうちの一人が丈に近寄ってきた。体が大きい。身長は二メートル近くあった。鍛えられた肉体は普通の人間であれば屈強であることの証に思える。
「お前が新しいA+というわけだな」
「まあ」
「俺はここをまとめている島田だ。俺はB+だが、青木も俺に従ってくれていた。君もそうしてくれるとありがたい」
そう言って握手を求めてくる。丈は応じた。戦いにはあまり積極的ではなかったため指示をしてくれる人間がいるのはありがたかった。
「川上です。よろしく」
さらに瑠依が部屋にやってきた。島田は瑠依の方に向かう。先ほどと似たようなことを言う。青木のことは言わなかった。あれは丈がA+だったために言ったのだろう。
「君は何型なんだ?」
「B+です」
「そうか。A+にB+か。これは心強いな」
島田は丈と仲間たちの方を見て、
「二時間後には異星人との戦闘に入ろうと思っていたところだ。君たちにも参加してもらいたい。しかしその前に君たちの実力を知る必要がある」と言った。
「じゃあ俺が試してやろう」
島田の仲間の一人が立ち上がった。彼も長身の男だった。やや細身だが、引き締められた肉体であった。集団はにやにやと笑っている。
「どっちが先に来るんだ?二人同時でもいいぞ」
彼もB+なのだろう、と丈は思った。相手にしているのがA+であるとわかっていてなお好戦的でいられるには相応の実力がなければならない。
「僕が先に行く」
部屋は食事のためのスペースであるから長い机がたくさん置かれてあったが、部屋の中央には机はなかった。そこが私闘用に設けられたスペースのようだ。二人はそこに移動する。細身の男は緑色のカオスドライブを持っていた。カオスドライブの両端を挟むように持って、男はカオスドライブをキャプチャした。
「行くぞ」
男が言い終わった途端に拳が丈の腹部に当たっていた。緑色のカオスドライブの力で動きが素早くなったのである。元々ある超人性にさらにスピードが加わった攻撃をさばくことは難しい。しかし丈の体は既にゲル状になっていた。脚だけ人間の体の状態に戻し、男の頭を蹴ろうとする。男は丈から離れた。一歩歩く時間で十メートルの距離が開く。
戦うことは面倒臭い。丈は他の改造人間のように戦闘訓練ばかりの日々を送っていたわけではない。技術面では彼らに劣るだろう。それを見せてしまうことが恥ずかしいという気持ちもあったし、手加減をしようにもどういう風にすれば丁度よくなるのかわからない。相手はA+ではないから怪我をすれば治るまでに時間が掛かってしまう。変身能力のないB型改造人間の脆さを丈は意識する。A+の強さは見せなくてはならない。そうでなければ青木の穴を埋める人間という風には扱われなくなる。青木を殺した敵を倒す役目をもらえなくなる。丈は早くその強敵を倒して戦争を終わらせて地球に帰りたいと思っていた。
チャオの姿で戦うことにした。一歩前に出る。そこを狙って男は再び高速で近付き殴ってきた。液状化してそれを受ける。ダメージはない。飛び散った液体を回収しながらライトカオスチャオの姿になる。チャオの姿の方が身体能力が高くなる。ブースト能力によって強化された脚力以外は相手を圧倒している。ジャンプして相手の顔の高さまで上がり、顔面を殴ろうとする。相手は後ろに下がってそれを避ける。攻撃を受けてもダメージは軽減できる。殴られた部位を小動物の羽根に変えて散らせた。目くらましのつもりだ。何度か殴られる。丈はわざと殴らせていた。どうせダメージはないのだ。敵は飛び散る羽根に警戒する。目くらましのために羽根に変えているとわかって、敵は攻撃が当たった直後の丈を見逃すまいと集中する。
戦闘の流れは単純になっていた。丈がジャンプして顔を狙う。相手はそれを避ける。再び丈がジャンプしたところで素早く近寄って丈に攻撃する。その繰り返しである。ダメージを受けずに済んでいる丈がごり押ししようとしているように見えた。そして相手はそれを打開するためにより素早く丈を攻撃することが求められている。カオスドライブによるブーストは時間が経てば効果が切れてしまう。丈が優勢な流れだ。しかし早く終わらせるために丈はその流れを変化させた。相手が攻撃する直前に大量の羽根をばらまいた。男は驚いて攻撃に対応しようと身構えたが、的確な防御には至らなかった。丈の蹴りが顔に当たり、男の体は飛ばされた。
丈は人間の体に戻った。何度も攻撃を受けていたが怪我は全くない。
「圧倒的だな。これがA+の実力というわけだ」
島田はそう言って丈に笑い掛ける。次は瑠依の番である。丈に蹴飛ばされた男が立ち上がり、私闘用スペースに戻る。そして男は再び緑色のカオスドライブをキャプチャした。瑠依も島田から緑色のカオスドライブを受け取り、キャプチャする。男はすぐさま殴りかかった。しかし男は瑠依の遥か後方に飛ばされていた。近付いてきたところを投げ飛ばしたのだった。一瞬で勝負がついてしまった。男は何をされたかわからず受け身を取れなかった。机に背中をぶつけ、机が割れた。集団に戻ってきた瑠依が、
「私の方が早かった」と丈に囁いた。
二時間後、ミーティングが始まった。これから戦うために作戦を立て、全員に伝える。そのためのものであるが、重苦しい雰囲気はなく作戦会議といった風ではなかった。超人性に惚れこんでいる改造人間たちは一騎当千という言葉に惹かれて単独行動をしたがる。一方で死ぬことを恐れている改造人間たちは集団で行動したいと思っている。一人でも何人でも構わない自由な形でグループを作らせ、そして担当する区域を割り振る。それがミーティングで行うことだった。一騎当千を目指す者たちの不満を軽減するために改造人間の中でも実力のある者がリーダーとして振る舞い指示を出しているのである。
丈は一人で行動するつもりでいた。しかし瑠依が丈と行動することを島田に言った。新しく加わった二人が組んで、他はいつも通り。丈は嬉しかった。瑠依のことが気になっていた。一目惚れに近い。
「よろしく」
丈は笑顔で言った。瑠依は睨んでいる。接点がないよりずっといいと丈は思った。
出撃。地表への降下にはカオスコントロールが用いられる。三百個のカオスドライブが戦士たちの移動のためにエネルギーを使うのでバリアが薄くなる。しかし敵にはそれに合わせて攻撃するだけの技術がないようであった。丈たちは無事に地表に立つ。空気が地球のものとはやや違う。呼吸のし辛さはないが、違和感を拭うために異星人をキャプチャすることが推奨されていた。まず丈と瑠依は手近にいる異星人を襲ってキャプチャすることにした。
異星人の町の建物は地球の物とはやや違う形をしていた。地球のビルは直方体で正面から見ると長方形になっている物が主だが、この星では正面から見ると台形になっているビルが多かった。傾斜がある壁には梯子のような物が付いている。異星人は普通の人間より身体能力が高いらしい。彼らはこの傾斜と梯子を利用して建物の壁を足場にして移動することがあるようだ。窓も地球の物とは違い、ドアのようになっている。この建物の特徴を改造人間たちも利用することができる。瑠依は戯れに梯子に脚を掛けて建物を上り、そしてドアのような窓を破壊してビルの中に入った。丈も後に続く。
異星人は人間のように二本の足で立っていたが、猿よりも犬や猫に似ていた。そして人よりも素早い。丈がビルの中に入った時には既に瑠依は異星人を一人昏倒させていた。おそらく逃げるのが遅れたのだろう。他の異星人はほとんどが部屋の外に逃げていて、遅れている者ももう部屋からは脱出できるという状況であった。民間人なのだろうが、全員を逃がすつもりはない。一人は捕まえる。丈は変身した。熊のような体型。しかしそれが犬のように駆ける。そして部屋から逃げたばかりの異星人の腰に前脚を絡ませ押し倒す。大きいものをキャプチャすることはできない。丈は異星人の体を四つに分けてキャプチャした。他の異星人は逃がすことにした。ターゲットは青木を倒した個体。逃げる者を相手にする気はない。
キャプチャを終えた瑠依が追いつく。
「雑魚に用はない。外に出よう」
瑠依は頷いた。侵入した部屋に戻り、窓から外に出る。ビルを上って屋上に行く。そこから町の様子を眺めて敵の到着を待つ。なるべく町を破壊するなと命令されている。それは移住する際に既にある建物を利用できるかもしれないからだ。しかし血気盛んな改造人間が暴れているようで、外壁が壊されていくビルもある。二人は大人しく待っていた。瑠依の目的も強い敵であるらしかった。
「来た」
敵を見つけたのは瑠依だった。逃げていく民間人たちは走っていた。その中で大きなバイクの姿が目立っていた。自動車ほどの大きさのあるバイクだった。砲が取り付けられている。バイクはゆっくりと走り、武装した異星人たちと足並みを揃えて走っていた。彼らと対峙するために瑠依はビルから下りようとする。
「カオスドライブ、キャプチャした方がいいと思う」
そう言って丈はビルを下り始める。瑠依は言われた通りに黄色のカオスドライブをキャプチャした。そして道路の真ん中に立って敵を待ち構えた。バイクがやってくる。バイクにはタイヤがなく、浮いていた。敵を見つけた異星人はすぐさま射撃してくる。バイクの横に付けられた機関銃が二人が立っている一帯を撃った。異星人たちは素早いので、彼らの銃は機関銃や散弾銃が主であった。二人は即座にその場から離れる。丈はライトカオスチャオの姿に変わった。獣の姿になるよりもチャオの姿になる方が丈にとっては動きやすかった。二人はビルの斜面を走る。バイクは丈を狙った。そして歩兵は機関銃で瑠依を狙う。
瑠依はビルの斜面を上下左右自在に動いてみせた。紫色のカオスドライブを用いたブーストは飛行能力の獲得である。カオスドライブから取り出した推進力に変えて飛行する仕組みである。肩甲骨から生えた不可視の翼が瑠依にビルの斜面を駆け回る力を与えているのだった。
丈を狙うバイクは丈に向かって飛行し突進する。このバイクは一対一を想定した制圧兵器であった。この異星の人々は地球の人間よりも素早く力があり頑丈である。凶悪な敵を確実に捕えるための武器なのだ。機関銃は既に丈を直接狙ってはいない。丈の移動を妨げるように撃たれていた。先ほど戦ったB+の男のようにバイクに乗った敵もまた戦いを求めているのだと丈は確信した。改造人間に備わっている相手の心情を読む能力によってわかったのか、それとも銃撃によってビルが壊れることを全く考えていない風に見えたからそう思ったのか。本人にもわからなかったが、目の前にいる敵が戦い以外のことはどうでもいいと思っていることは確かだと思った。
たとえば歩兵たちを盾にしたら、それでも彼は撃ち続けるのだろうか。丈が敵を試すことを考えているうちに、空を飛んだ瑠依がバイクを蹴っていた。飛んでいたバイクが軽く揺れる。敵はこちらだというアピールだったらしい。次の瑠依の攻撃はバイクをビルにぶつけた。そしてビルにめり込んだバイクに追い打ちを仕掛け、乗っていた異星人を引っ張り出して頭を砕いた。瑠依はその後バイクに乗っていた異星人が持っていた銃を使って歩兵たちも殺した。やがて帰還の命令が下り、集合ポイントに向かい、カオスコントロールによって宇宙船へ戻された。
改造人間の死亡者は十三名。青木を殺した異星人も現れたらしかった。ライオンに姿が似ているその異星人はソニック級と名付けられていた。伝説のハリネズミ、ソニックくらい強いのではないか、と発言した者がいて、そこから発展してこのような名前になっていた。そのソニック級を倒せば帰ることができると丈は思っていた。一日でも早くソニック級と戦いたい。
自室に戻ろうとしたら瑠依が肩を掴んできた。
「私と戦え」
今度は腕を掴み、引っ張る。有無を言わさず私闘用スペースに連れていかれる。
「どうして」
「あなたがA+だから」
私闘用スペースに着いて、手を離す。瑠依は腰のカオスドライブ用のホルスターから赤色のカオスドライブを取り出した。
「人類の中で最強と噂された改造人間が殺された。そのピンチに登場する主人公。それがあんただ。私じゃなかった。だから私は主人公の座を取り戻す」
瑠依はカオスドライブをキャプチャする。続けてもう一つ。今度は黄色のカオスドライブもキャプチャした。さらにカオスドライブを消費して使う剣に緑色のカオスドライブを差し込む。刀身が赤く光る。熱を利用して切る剣だ。カオスドライブの力によって、一刀両断という言葉が相応しい切れ味を獲得する。
「私はあなたより強い」
瑠依は丈に接近する。そして顔に向かって剣を振る。勿論効かないことはわかっている。丈の顔が液体となり床に落ちる。剣から伝わった熱は床に逃がす。ライトカオスチャオに変身する。丈には戦おうというつもりがなかった。瑠依から離れる。人の形に戻る。
「君はソニック級を倒すつもりでいるんだよね」
瑠依は頷いた。腕や脚に力を込め、丈を睨んでいる。
「本当に倒してくれるなら、それでいい。君の方が強くても別にいい。僕は強くなりたいわけじゃないから」
「うるさい。戦え」
そう言って瑠依は再び切り掛かる。話を聞くつもりがないことが伝わってくる。それから嫉妬心。丈はチャオの姿になり、そして瑠依の腹部に蹴りを入れた。しかし手応えがなかった。人間にしては柔らかかったように思われた。衝撃を緩和する肉体にする。それが黄色のカオスドライブによるブーストの効果なのだろう。蹴りの反撃を受ける。変身は間に合う。赤色のカオスドライブをキャプチャしている以上、攻撃の破壊力は上がっているはずだ。防御優先である。A+の人間は防御を優先していればまず負けない。ダメージを受けないという点が圧倒的なアドバンテージになる。
「無駄だよ。諦めてくれないかな」
丈は言った。瑠依のことを好ましく思っている。彼女はB+の中でも最上位の改造人間だと丈は評価していた。同じB+の人間に容易く勝利した。彼女に勝てるB+はいないだろうと丈は思っていた。だからこそこの優秀な女性と戦って傷を付けることは避けたかった。
「嫌だ」
瑠依は攻撃の手を緩めない。勝てる可能性がないのに、可能性が僅かにあると信じて諦めないでいる。彼女に惚れていた丈は、その姿が非常に美しいものであるように感じられた。美しい愚かさだった。丈は瑠依の攻撃を受け続けた。反撃をせずに好きなだけ攻撃させた。やがて瑠依が絶叫した。
「そんな悲しそうな心で私を見るな」
心を感じ取られたらしい。攻撃をやめた瑠依は丈を睨もうとしていたが、その視線には鋭さがなかった。意地によって形だけは敵を睨むものとなっていた。
「戦え」と瑠依は言った。しかし既に瑠依の闘志は萎んでいた。瑠依は主人公ではなかった。
ソニック級と称された、ライオンに似た異星人は度々戦場に姿を見せたが、丈も瑠依もその異星人と戦うことはできないでいた。
最初の日の私闘以来、瑠依は丈に敵意を向けなくなっていた。しかし自分の望みが叶わなかったことへの消沈が彼女の心の底にずっと残っているのを共に行動していた丈も感じていた。
「もっと殺さないと駄目なのかもね」
瑠依がそう言った。担当のエリアに来た敵の兵士を全て倒し、ビルの屋上でくつろいでいた。ソニック級は現れない。
「私たち、無駄に殺すことはないから目立たないんじゃないかな」
「もっと派手に暴れればやって来る?」
「かも」
確証がないのに動く気にはなれなかった。しかし当たっているかもしれないと丈は思った。より悪質な敵を倒す。そういうつもりでソニック級は動いているのかもしれない。
一ヶ月の戦闘を経て、丈の体は再び人間の姿に戻れなくなっていた。前回より酷い。人間らしいフォルムしか再現できなかった。体のパーツは獣のもので、体中に毛が生えている。爪も鋭利だ。歯には牙がある。この姿で人前に出るわけにはいかなかったため自室にいた。
「獣っぽくて、あいつらっぽいよ」
食事を持ってきてほしいと丈から頼まれてやって来た瑠依が、丈の体を見てそう言った。あいつらとは異星人のことだ。
「僕は、人間じゃないのかもしれない」
喉も完璧には人間のものにできていないので、ゆっくり喋らなければ上手く発音できなかった。カレーを食べる。人間とは違う爪のせいでスプーンが握りにくい。両手でスプーンを挟むという不格好な形で食べていた。
「時々、そんな風に思う。人間の形を体が忘れてしまうんだ。人間をキャプチャしなきゃならない。この前は髪の毛でどうにかなったけど、きっと人間を丸ごとキャプチャして情報を手に入れないといけないんだと思う」
丈の食べ方はあまりにも不格好で鈍かった。見ていていらいらさせられるので、瑠依はスプーンを奪って丈の口に運んだ。一口カレーを飲み込み、そして再び口元に来たスプーンを咥えずに丈は、
「キャプチャするなら君が相応しい、と思った。最初に会った時」と言った。「君は強かった。心も体も。だから君に惹かれた。君が欲しいと思った。人間なら誰でもいいわけじゃない。いや、人間だからこそ、できるだけ素晴らしい人間をキャプチャしたかった。そうすれば自分も人間として生きていけるって思ったから」
丈の告白は謝罪のようだった。今からキャプチャしようという、捕食側の力強さが感じられない。醜い願望を恥じている。そのように瑠依は感じた。
「食べていいよ」と瑠依は言った。
「え?」
「ピンチに登場する主人公。それは私じゃなくてあんただ」
その日瑠依は重傷を負った。命に別状はなかったが、皮や肉がいくらか抜け落ちていた。そして丈は人間の姿を取り戻していた。以前より普通の人間らしい外見になっている。そして中性的な顔になっていた。
瑠依の肉体をキャプチャした丈はソニック級を倒すつもりでいた。自分に嫉妬していた瑠依がキャプチャさせてくれたのだ。張り切っていた。ソニック級が被害の大きい所に現れるという瑠依の推測を信じて、丈は町を破壊することにした。ライトカオスチャオや大量の小動物をキャプチャさせられたことには、丈を最強の兵士にしようとする狙いもあった。丈は変身する。モチーフはカオスだ。ライトカオスチャオを大きくするイメージで自分の体を作り上げる。そしてチャオと人の中間と言えるフォルムの姿になる。
丈は鞭のように動く腕を振るう。まるで腕はウォーターカッターであるかのように容易くビルを破壊する。三メートルほどの大きさになり、両腕を暴れさせる。吠える。ここにいる、と敵に教える。兵士たちがやって来る。バイクに乗った者が一人、そして四人の歩兵がそれに同行していた。兵士たちの機関銃が丈の体に集中する。弾丸は水滴と共に排出され、水滴は体に戻る。そして両腕と両脚で走り、五人を襲う。虫を潰すように手で思い切り叩く。そして手のひらに潰された兵士を強く握り体を折る。
五人を殺し、さらにビルを三棟壊したところでライオンのような姿をした異星人がバイクに乗って駆け付けてきた。バイクに飛び掛かる。すると異星人はバイクから飛び降りた。念のためにバイクを破壊する。その間に異星人は射撃する。勿論効かない。それがわかって異星人は持っていた銃を捨てた。異星人はビルの斜面を走る。丈の腕がそれを追いかけながらビルを壊す。異星人は剣を抜いた。それはカオスドライブの力を使う剣だ。改造人間から奪ったのだ。カオスドライブを差し込むと刃が赤く光り出した。どうやらソニック級と言われているのはこの異星人のようだ。他の異星人より速い上に丈の攻撃を上手く避けていた。
丈は体の大きさを二メートルほどに小さくした。小さい方が体を動かしやすかった。異星人に向かって走る。手と足で地面を蹴る。そして両腕で異星人を捕えるために腕を突き出し、地面を蹴った。異星人は咄嗟に身を捻りながら飛んだ。そして丈の体の上を通りながら回転する体の勢いのまま剣で背中を切った。会心の反撃。ヒーローのような華麗な攻撃であった。しかし丈の体はすぐに治る。痛みも感じた瞬間に遮断したため、一瞬の苦痛であった。そして丈は腕を伸ばして異星人が着地したところを掴んだ。異星人の体は折られた。
遺体を持って帰った。記録された映像と比較して、この異星人が青木を殺した敵であることが確認される。これで終わった、と丈は思った。こちら側が殺されることは減るだろう。丈は医務室にいる瑠依に会いに行った。体の至る所に包帯に巻かれていたが、彼女は起きていた。
「終わったの?」
「ああ。ソニック級は僕が倒した」
「そう。終わっちゃったんだ」
瑠依は涙を流した。悲しいと思っていることが改造人間の能力で伝わってくる。まるで自分の感情のように感じられるが、間違いようがない。それは瑠依の悲しみである。