前編 変身が未来を切り開く

 地球の環境は少しずつ変わっていく。何万年先の未来では人類が生活できる場所があるとは限らない。
 そこでチャオのキャプチャ能力が注目された。自身の体を変化させる能力。そのチャオの能力を手に入れれば、どんな環境でも生きることのできる人類に変わることができるかもしれない。
 科学の力でもって人類を進化させてみせる。そう考えた科学者たちによって進められた人類改造プロジェクト。順調に進み、ついに人間にチャオの能力を付与されたのだった。

 With Me 前編 変身が未来を切り開く

 十名に改造は施された。キャプチャを行うにはまず変身する必要がある。チャオの姿へ変身し、その状態でキャプチャ能力を使用する。キャプチャを行うことで体に変化が現れる。小動物をキャプチャすることによって暑さや寒さへの耐性が強くなることが確認された。そしてそれ以上にはっきりと変化したのは身体能力であった。チャオの体である時の身体能力は大幅に上昇し、人間の体の状態でもはっきりと差が出ている。
 一定の成果が見られた。より環境への適応がスムーズに行われるように改良していけば実用化できる。そう思われたが、重大な欠陥が発見された。キャプチャを行うと繁殖能力を失う可能性があることが発見された。
 さらにもう一つ予想されていない変化が起きていた。十名のうちの一人、川上丈はチャオ以外の生物に変身することが可能となっていた。彼はキャプチャした小動物の姿に変わった。十名の中にはキャプチャした小動物の特徴をチャオの体に宿す者もいた。それは普通のチャオが小動物をキャプチャした際に見せる変化と似ている。チャオの姿を全く残さない変身を見せるのは彼のみであった。川上丈はまだ八歳だった。幼かったためにそのような能力を得たのか、それとも彼自身の素質によるものであったのか、判断はつかなかった。

 青いジャージを着た若い女性が少年に銃を向けている。彼女のジャージ姿を見るのは初めてで、少年はじっと彼女を見つめていた。部屋は子供の個室にしては広く、学校の教室くらいのスペースであった。ドアが非常に大きい部屋だ。物はあまり置かれていない。テレビや映像ディスクの再生機がある。遊具のボールや知恵の輪と通信教育のテキストが箱に一まとめに詰め込まれている。それらが部屋の端の一角に集められてあった。そして二人はその部屋の中央に立っていた。川上丈は研究対象としてこの部屋で暮らしていた。そして銃を向けている女性、末森苗は彼の世話をしながら彼の観察をしていた。丈はまだ十歳で小さい。彼女のジャージ姿、特に胸の辺りを見ていた。これまで意識したことはあまりなかったが、大きいことがわかって目を奪われていた。そして彼女は銃を握っている。
「手、震えてるよね」
 丈が指摘すると苗は苦笑した。自覚していたようだ。それもそうか、と丈は思った。緊張していることがはっきりと伝わってくる。改造された人間はチャオの能力を入手したためか、僅かではあるが、他人の感情が自分のもののように伝わってくるのだった。
「一度撃ってみたくて志願したけれど、いざ撃つとなると緊張しちゃって」
「やめとけば?」
「それはそれでなんか勿体ないかなって。丈君は別の人がいいの?」
「いや、誰でも変わらないし」
 苗は手の震えを止めて、丈の胴体を狙う。しかし緊張したままのようで、腕や脚が鉄パイプのように真っ直ぐ伸ばされている。この調子でちゃんと実験はできるのだろうか、と丈は心配になった。
「これってどこを狙えばいいの?」
「どこでも。でも脳とか心臓はやばいかもって聞いたよ。特に脳。普段は脚撃たれることが多いかな」
「脚ね」
 苗は銃を丈の膝の辺りに向ける。
「深呼吸したら?」
 言われた通りに深呼吸をする。二回、三回。
「大丈夫。僕は死なないから」
 十歳の子供に慰められている。苗は自分が情けなくなった。いつまでも撃てないと言ってはいられないと思った。
「行くよ」
 即座に引き金を引いた。弾は腰に当たった。血が飛び散る。その直後から体は修復されていく。傷口から溢れ出す血がゼリーのようになって傷を塞いだ。応急処置が終わると肉や皮が作られ体を治す。丈は飛び散った物を指ですくい、傷口に当てる。すると血が体に帰っていく。五分も経つ頃にはどこが撃たれたのかよく観察してもわからないほどに修復されている。
「痛くなかった?」と苗は聞いた。
「最初の数秒痛かった。もう少し早く痛みをカットできそうなんだけど」
「数秒だけ?後は全然ない?」
「うん」
 最初は手の甲に剃刀で傷を作り、それを修復する訓練だった。体を自在に変化させる能力を利用して傷を治す。この技術を思い付いたのは丈自身だった。はさみを用いて工作している時に怪我をしてしまい、研究員が手当てをしようとした時に「新しい指に変えればいい」と言って手当てを拒み、実際に新しい指を作って傷を消してみせたのである。
 もし誰もが彼のような能力を手にすることができれば多くの命が救われる。既に変身能力を排することで繁殖を可能なまま保つ方向に技術は改良されていくことに決まっていたが、彼の能力が非常に価値の高いものであると判明したため変身する仕様の改造においても引き続き研究が進められることになった。しかし二年経っても丈のように優れた変身能力を持つ改造人間は誕生しなかった。人柱になる人間を確保できなかったのだ。丈と同じ年齢の子供にも改造を施すことはできた。しかし丈のようにはならず、素質に左右されるらしいことがわかった。二年間で新たにわかったことはそのくらいである。徐々に自分の能力の扱いが上手くなっていく丈が研究員にパフォーマンスを見せて彼らを驚かす日々が過ぎていった。

 改造を志願した者たちのほぼ全てが新たに開発された改造を希望した。B型改造と呼ばれている新しい改造ではチャオへの変身能力が除かれている。人間の姿のままキャプチャを行い、表面的な体の変化がない仕様であった。一方A型改造という名前が与えられた従来の改造は、B型改造が行われるようになってから人が寄り付かなくなっていた。彼らの理想とする超人はチャオの姿ではなく人の姿をしたものだったのである。
 今は人よりも優れた能力を欲する者が志願して改造を施されているが、やがては多くの人々に施される改造である。B型改造をさらに改良し、超人性を持たないように身体能力の増加を抑える形にしていくことが検討されていた。結果A型改造は時代遅れのものとされ、A型改造を施されたA型改造人間たちもまた被験者としての価値を落としていた。
 丈もまた軽視されるようになってきていた。いつになっても彼と同等の能力を有する者が現れない。丈の近くにいる研究者たちは丈のことを調べたがったが、研究から遠い者たちはC型改造の方が優先されるべきだとして、そちらに人材を集中させたいと思っていたのだ。
 苗が丈の部屋に入ると、ハンバーグの匂いがした。午後三時になっていたが、昼食の匂いがまだ残っていた。
「C型改造はどうなっているの?」
 丈は十四歳になっていた。苗が教えたために自分が施されたA型改造がもはや興味を失われつつあることも知っていた。
「まだ全然って感じみたい」
「C型が出来ちゃったとうとうお役御免なのかな」
「そうはさせない」
 苗が強く言った。苗の好意が伝わってくる。どういう愛情なのか、具体的なニュアンスは掴めないが、自分のことを気にしていることは理解していた。
「それにあなたは特別だから、A型の改造人間が不要になってもまだあなたの研究は続くと思う」
「僕のこの能力は人の役に立つのかな」
 自分以外に体を変化させる能力を持つ者はいない。自分に関する研究は人のための研究ではなく不思議な生き物を知るための研究となるのではないか。丈は心配していた。人として見られたい。それも人類の可能性を切り開く者として見てもらいたいと思っているのだった。

 丈のような変身能力を持ったA型改造人間が二人生まれた。丈以外の例が見つかったために、特殊な変身能力を持ったA型改造人間はA+と呼ばれるようになった。A型改造を受けた者のおよそ百人に一人という確率でA+は生まれてくることがわかった。A+を二人生み出すために多くの人間がA型改造を受けた。苗の仕業だ。聞かされなくても丈はわかった。
「これでA型改造は見直されるはず」
 苗はそう言った。その通りになった。ここ数年ほとんどキャプチャすることのなかった小動物を急にキャプチャするように言われるようになった。日によって内容は違ったが、一日に三十匹ほどキャプチャさせられることとなった。さらにカオスドライブも与えられた。
 一週間が経ち、いつものように小動物が入ってくるはずの昼食後の時間に、苗が部屋に入ってきた。苗はチャオを抱えていた。ライトカオスチャオだ。おや、と丈は首を傾げた。
「今日キャプチャするのはこの子だから」
 そう言って苗は丈の前にライトカオスチャオを置いた。
「どうしてチャオをキャプチャしなきゃいけないの?」
「カオスチャオは死なないと言われているから、カオスチャオをキャプチャすることによって不死の力を得ることができるんじゃないかってことになって、それで手配されたの」
「僕を不死身にしたいわけ?」
 丈は不満そうに言った。彼の望みはあくまで彼の傷を治す能力を多くの人々に広めることだ。小動物やチャオをキャプチャさせられることはその望みとは離れているようにしか見えない。丈の不満がわかって、苗は悲しそうな顔をした。
「もし不死身になれるとわかれば多くの人が喜ぶ。死なないなら、A型改造の欠点である繁殖力の喪失も大きな欠点ではなくなる。そう思わない?」
 そのように言われると強く否定できない。丈は渋々ライトカオスチャオをキャプチャした。
「で、どうやって不死身になったか調べるの?」
「大丈夫。何もしなくて」
 悲しい顔のまま苗は優しい声で言った。彼女の言った通り、丈は何もしなくてよかった。カオスチャオをキャプチャしても不死身になれないということは、他のカオスチャオをキャプチャしたA+が死亡したことで明らかになった。
 丈は繁殖できない。思春期になって自分にその能力がないことを自覚するようになった。そしてその体にまた異変が起きていた。人間の体になることが難しくなっていた。スイッチを切り替えるように人間の姿とチャオの姿を変えているわけではない。その都度人の姿チャオの姿を作っているのである。しかし丈は人間の姿を作ることが難しくなっていた。体毛が人間の物ではなく獣の物になっていた。黒い毛であるが毛の質が全く違うため近くで見ると違和感がある。どうしたの、と苗が聞く。戻らない、と丈は答えた。キャプチャした小動物の形を再現することはできるのだが、どうすれば人間の姿になれるのかわからない。そう訴えた。それを聞いた苗は部屋から出て、人間の髪の毛を持ってきた。彼女の髪は切られていなかった。
「これをキャプチャしなさい」
 そう言って髪の束を渡す。丈は言われた通りにした。すると人間の形がわかった。丈は体毛の人間の物にした。自分の髪の毛を手で撫でてみる。獣の毛ではない。しかし前よりも髪の毛はさらりとした手触りになっているような気がした。

このページについて
掲載日
2014年1月1日
ページ番号
1 / 2
この作品について
タイトル
With Me
作者
スマッシュ
初回掲載
2014年1月1日