昨日までのレール、今日はただのレース 2
「やっぱりヒコウチャオは強いよ」
と晃は言った。
「ヒコウ複合で走ることはできても、ハシリ複合で飛ぶことはできないもん」
もっともらしい意見だ。
「でもビームはハシリチャオだ。ハシリで勝負するべきだよ」
と詩音は言った。
複合は得意の能力をいかせる分スピードを出せるが、スタミナを消耗する。
しかしビームはヒコウがそんなに得意ではないのだから、別のスタミナの使い方をした方がいい。
「そうだね。ないものねだりをしても意味ないか」
「チャオチャオ」
と晃の腕の中でビームはうなずいた。
「ビームもそうだと言っている」
「わかってんのかな、この子」
「餅は餅屋。チャオレースはチャオなんだろ」
「チャオレース屋じゃなくて? ってかこの子って、今どのくらいのランクなの?」
「ペリドットが8。それ以外は6だ」
ランクは1から9までの九段階あり、コースごとにランク付けされる。
ランクレースという大会で優勝することでランクは上がった。
最高の9になると、ランクレースで優勝した場合賞金が手に入る。
いわばランク9はプロである。
「アレキサンドライトも?」
「6だ」
普通のチャオにしては高いが、賞レースに参加することを目指すにしては低すぎる。
「特訓が必要ですよ」
晃はにやつきながら重々しく言った。
「実はうちの高校の外周は、ランニングコースとして運動部によく使われています」
詩音とビームは晃に連れられて、高校の校門前に立っていた。
「そうなのか」
「チャオ~」
知りませんでした、というふうにビーム。
「一周すると大体、えっと、どんくらいだっけ。とにかく丁度いい感じの距離になるのです」
「その丁度いい感じがわからないと駄目なんじゃないのか」
「いいの。部活だといつも十周するんだけど、今日はビームの速さが知りたいから、一周を全力で走ってみて」
「全力だってよ。全力」
「チャオ!」
チャオが人間の言葉を理解できるのかどうかはわからないが、少なくともビームは全力という言葉を理解している。
チャオレースをするチャオたちは飼い主の指示を聞きながら走るので、その指示で使われる言葉は教え込まれているのだ。
そしてビームも詩音からそれらの言葉を教わっている。
「よーいどんで走るからね~」
ビームはクラウチングスタートの構えを取る。
晃は片手で耳を塞ぎ、もう片手を銃の形にする。
「よーいどんばん」
空砲の音まで真似た。
ビームが走り出す。
同じスピードで晃と詩音が後ろを走る。
「チャオにしては速いね。速いんだよね?」
と晃が詩音に聞いた。
「ペリドットランク8だからな。速い方だ」
「ふうん」
しかし後ろで走っていて、その実感はない。
人間がチャオを追っているのだから無理もないことだ。
ただ晃はチャオのペースに合わせるのが、速くも退屈に思えてきたようだ。
「もういい。私マジで走るから」
「はっ?」
晃はするっと加速してビームの横に並んだ。
「私、本気で走るからビームも本気でついてきて」
と晃はビームに言った。
言い終わると同時に晃の脚の動きに稲妻が走った、ように詩音には見えた。
地面を弾くようにして高く蹴り上げた靴の裏が見える。
速いランナーの脚の動きはダイナミックだ。
それでありながら恐ろしい速度で回転し続け、強く地面を蹴ってゆく。
「おいアキラ」
お前がそんな速く走って、どうするんだよ。
そう声をかけようとした詩音が息を呑んだ。
ビームが加速した。
全力で走っているはずの晃に食らいついている。
「嘘だろ」
と目を剥く。
確かめるためには詩音も全力で走ってみるしかない。
力を振り絞る。
しかし晃にもビームにも離されてしまう。
ということは間違いない。
晃は全力で走っている。
そしてビームは晃と同じくらいのスピードで走っていた。
だが詩音が全速力で追い始めてから数秒でビームは失速した。
普段の速さも出ず、詩音に追いつかれると息を切らして歩くようになった。
「お前、いつの間にあんなことができるようになったんだよ」
と詩音は聞いた。
ビームに答えられるはずはない。
しばらくすると晃が一周してきて、
「ふう、やはり私は速かった」
と満足げに言った。
「お前それどころじゃないぞ」
「え? どしたの」
詩音とビームは歩くことすらやめていて、なにか異変があったというのは明らかだった。
それに気付いて、
「怪我?」
と聞いた。
「違う。速いお前が速くなかった瞬間があったんだ」
「は? なにそれ」
「ビームのスタミナが戻ったら見せてやる」
そしてたっぷりと休憩した後で、詩音はビームに晃と併走させ、さっきと同じ走りを晃に見せた。
「うちのビームは天才であったのか!」
と晃は驚愕した。
「ただお前と同じスピードで走るのはかなりの無茶らしくて、スタミナがすぐ切れる。怪我とかのリスクもあるから、させない方がいいとは思う」
でも晃と同じ速度で走れるということは、チャオレース界で最速に躍り出たのと同義だ。
人間のスピードで走る必要はない。
他のあらゆるチャオよりも速ければいいのだ。
それなら怪我のリスクを抑えられる。
ビームはディーバと戦えると詩音は確信した。
晃は既にディーバに勝ったつもりになった。
「やったよビーム、ビームが一番速い!」
と晃ははしゃいでいた。