昨日までのレール、今日はただのレース 1

「なあ詩音、野球……」
「嫌だ」
 松浦の誘いをはねのけて、詩音は教室から出ようとした。
 晃が来る前に帰るつもりだった。
 教室のドアはいつもより軽くて、勢いよく開く。
 目の前に晃がいた。
「おっ」
「おっ」
 お互いに一瞬固まる。
 詩音は逃げ道を検討しようとして、いやそれよりもとにかく逃げなければと思い直して、もう一つの方のドアへ走ろうとした。
 しかし晃は笑顔で、
「シオちゃん、私部活やめてきた!」
 と言って一歩走り始めたばかりの詩音を止めた。
「は?」
 教室の所々で詩音と同じ声が上がった。
「はあああ!?」
 異様に驚いたのは松浦だ。
「なんで!? 羽山晃は陸上部のホープだろ!?」
 詩音は、晃が部活をやめる理由はあれだろうとわかっていたけれども、それを知らない松浦たちにはありえない出来事に聞こえるのだろう。
「マジでやめたの」
 と詩音は聞いた。
「うん。私、これからウィズに専念する!」
 晃は喜ぶチャオのようにうなずいた。
「あ、私、チャオレース・ウィズ・ヒューマンやりまーす」
 と教室内に手を振った。
「そういうわけだからシオちゃん、私とビームのコーチをお願いね!」
「は?」
 晃の手は詩音の手首をがっちりと掴んだ。


 第二話
 昨日までのレール、今日はただのレース


 詩音は晃の家に連れて行かれた。
「まずはアレキサンドライトレースの研究をしよう」
 と晃はレースのビデオを再生する。
 去年のソニック杯の映像だ。
 晃と詩音の目は一匹のヒーローヒコウチャオに注がれている。
 そのチャオ、ディーバがこのレースを制したチャオだからだ。
 しかし開幕、ディーバは出遅れた。
 正確にはディーバが遅れたのではなかった。
 ハシリを得意とするチャオたちのスタートダッシュが秀逸だった。
 スタート直後から最高速でトップに立つのは、ハシリチャオたちに多く見られる技術、脚質だ。
 ディーバは下位スタート。
 走るスピードも他のチャオに比べて劣っているふうに見える。
 この開幕の展開でわかるとおり、ディーバは走るチャオではない。
 ディーバが真の速さを見せるのはトリックエリアに入ってからだ。
 アレキサンドライトレースはよりダイナミックなレースを演出するための作りになっている。
 それを象徴するのがトリックエリア、そしてそこに設置されたトリックリングである。
 コースの随所に輪が設置されていて、それをくぐることでポイントが溜まる。
 一定以上のポイントを稼ぐことで、ショートカットルートが解放される仕組みだ。
「そういえばこの前の年のレースはヒコウのトリックエリアが最初だったんだよな」
「うん。それでディーバが圧勝したからこの時はオヨギのトリックエリアで始まってる」
 水中にトリックリングが設置されている。
 その中には、水底やコースの脇に設置されているリングもあった。
 ショートカットをするためには多少遠回りをしなければならない仕組みだ。
 理屈の上ではショートカットを使う方がタイムは縮まる。
 しかしチャオの能力次第ではショートカットを諦めた方が速いということも往々にしてある。
 ディーバの選択は、ショートカット狙いだった。
 水中に潜ってリングをくぐっていく。
 ディーバはバタ足だけでなく、羽を動して前進していく。
 ヒコウ複合泳法。
 羽が大きく発達するヒコウチャオの泳ぎ方だ。
 二十個設置されたうち十個以上くぐればショートカットは解放される。
 余計にくぐった分はストックとなり、次のトリックエリアで使うことが可能なのだが、ディーバは十個ぴったりを狙うコース取りだ。
 リングを十個通ると、ディーバが着けたブレスレットの緑色のランプがともった。
 それを合図にディーバは一度深くまで潜る。
「来るよ」
 と晃が言った。
 ディーバはさっきよりも強く羽を動かして、加速しながら浮上する。
 そしてディーバは水中から飛び上がった。
 高度は二十センチほど。
 ディーバはそこから十メートル飛行して、オヨギエリアを突破する。
 再び走るが、スタート時とは全く異なる走り方をする。
 ヒコウ複合走行だ。
 走っているというよりもスキップしているような見た目だ。
 体を浮かすように地面を蹴り、得意のヒコウでスピードを出す。
 ディーバの強さは、開幕以外をヒコウのスキルで突破するところにあるのだ。
 ヒコウのトリックエリアに入ると、ディーバは最大の持ち味であり、天才的に優れているヒコウ能力を見せる。
 高く飛んで、ループを描くように三つリングをくぐると、羽をたたんで落下する。
 下には妥協ルートという想定で一つだけ設置されたリングがあった。
 そのリングの高度付近まで落下し、羽を広げるとはばたかずに滑空してリングをくぐる。
 そしてまた上の方へと飛んでいく。
 ディーバはこのエリアで二十個全てのリングをくぐってみせた。

このページについて
掲載日
2018年4月30日
ページ番号
4 / 5
この作品について
タイトル
WITH~チャオレース・ウィズ・ヒューマン~
作者
スマッシュ
初回掲載
2018年4月12日
最終掲載
2018年4月30日
連載期間
約19日