―第一章"三つ巴の意志"その10―
澄が三つの影が見えなくなるのを確認すると同時に、階段を上ってくる慌しい足音が聴こえてきた。
両親が今のガラスが割れる音を聴きつけて、何事かと急いで上がってきたのだ。
両親に何と説明しようか、と悩みながらあることを思い出した。
ポケットに手を突っ込むと、あるものが出てきた。
一枚の紙切れ――四宮に渡されたものだ。
紙は半分に折りたたんであり、拡げてみると・・・書いてあるのはどこかの住所だった。
とりあえず、親にあったことを素直に話してそれから行くことにした。
早く行って、答えを彼に伝えなければならなかった。
四宮は警察が来る前に裏口から引き上げて、難を逃れていた。
家・・・つまり探偵事務所に戻る途中、アルフは一度も四宮の顔を見ようとしなかった。
とある交差点に差し掛かり、信号待ちしているととうつむいたままのアルフが何かを指差し小さく言った。
「・・・澄君だ」
四宮はすぐにその方向を見ると、確かに反対で信号待ちをしている澄がいた。
ニュートラルノーマルのチャオ・・・クルトらしきチャオと一緒にいた。
「澄君!」
行き交う車の群れの騒音の中、その声を何とか聴きつけた澄は手を振った。
クルトは遅れて気付き、慌てて力一杯手を振った。
四宮も手を振り返したが、アルフは下を向いたままだった。
澄達は、紙に書かれた住所に向かっている途中だった。
二組は合流すると、四宮がタクシーを借りて事務所に向かうことにした。
澄は悪いですよ、と断ったが四宮は誘ったのはこっちだから、と半ば無理矢理タクシーに澄を乗せた。
タクシーで事務所へ向かう路程、アルフは相変わらず足元を見つめて黙り込んでいたが、
信号でタクシーが止まった時、突然四宮に問いかけた。
「陽介、貴方は本当に元"World"なんですか?」
その質問に澄とクルトはギョっとなったが、四宮は落ち着いた風貌で答えた。
「・・・ああ、そうだ。少し前まであの組織にいたことがある」
「では何故私にすら黙っていたのですか?返答次第では・・・私は貴方の元を離れます」
タクシーの中に冷たい、ピンと張り詰めた空気が流れる。
運転手はその空気になんとか耐え、ある一言を放った。
「あの・・・着きましたが、お客さん」
一行はその空気ごとタクシーから降りた。
外に出た澄は目の前にあるビルの二階の窓に書いてある文字を読み取った。
「"四宮探偵事務所"・・・ここですか」
四宮は頷き、先に外にある階段から上っていった。
澄達はその後に続いて行った。
事務所の中は思ったよりも清潔で、よくある探偵事務所といった感じだ。
「そこのソファに掛けるといい」
四宮が言うままに、澄とクルトはソファに座った。
アルフは黙したまま反対側のソファに掛けた。
『やれやれ』といった様子で四宮もアルフと同じソファに座ると、例のことを話し始めた。
「まず・・・さっきのアルフの質問だが、確かに"私"はWorldにいたことがある。
つい一ヶ月前までか・・・あることが理由で決別し、組織を抜けた」
あること、というのは気になるが澄は、話さないのならあえて聞かないでおこうと考えた。
だが、その澄の考えに相反するようにアルフが四宮に問いかけた。
「そのある疑問、とは何ですか」
無機質な声のアルフの問いに、四宮は面倒臭そうに頭を掻きながら答えた。
「先月の"リニアモーターカー横転事故"を知っているか?」
"リニアモーターカー横転事故"は今座っている面々は皆知っている事件だった。
新聞でも大々的に取り上げられ、何日かは各社の一面トップだったし、テレビでは特集も何度か組まれていた。
先月、遂に実用化されて東京~大阪・東京~青森を試運転する予定だったリニアモーターカー
「双雲5号・6号」の一つ、双雲5号が横転したという惨事だ。
原因は線路に設置された、リニアモーターカーの推進力を生む磁石の磁力が機械の誤作動によって不安定だったこと、と公表されている。
次世代電車の試運転でミスを犯したことと、犠牲者が出てしまったことで電車会社の面目は丸潰れとなった。
だが、事件の真実は別にあったのだ。
「あの事故は会社のシステムの誤作動などではない。Worldの起こした、"人為的な事故"だ」