第一章"三つ巴の意志"・その9

澄は家の前にいた。

よかった、何も起きてない。

それが澄の、家を見た最初の感想だった。
ドアが吹っ飛んでいることも無いし、チャオが殴りこんだ形跡も無い。
安心して澄は家のドアを開けた。
今日は親が家にいる。昨日のことで心配になったので、早めに帰るようにしたらしい。
居間にいる母と父は事件のことを詳しく聞くこともなく、ただ「おかえり」と言ってくれた。
疲れを配慮してだろうか。澄はそれだけでも幸せだった。五体満足で、友達がいて、おかえりと言って親がいるだけで。
澄を帰宅を察知して、二階からクルトが全速力で駆け下りてきた。
クルトはおかえりを言うや否や、そのまま澄の足に抱きついて離れなくなった。
澄は少し困ったが、まぁ良しとして二階の自分の部屋へと向かった。
部屋につき、ようやくクルトが離れてくれた。
何となくカレンダーを見てみると今日は7月20日。明日からは夏休みだ。
昨日今日と色々あって疲れていたので、すっかり忘れていた。

・・・四宮さんは大丈夫だろうか。

そんなことが脳裏を過ぎった。が、すぐに大丈夫と確信した。
理由は分からないが、何となく、四宮なら大丈夫だと思ったからだ。
澄はイスに腰を掛けると腕を思いっきり伸ばし、窓の方を見た。
夏らしくカラッとした良い天気で、まるで日差しが地面に突き刺さる様だ。
窓の外には住宅街らしく、家が延々と続く。庭は狭いので、窓から離れたイスからは庭は見えない角度にある。

・・・こんな平凡な風景ではなく、もっと現実離れした風景を、澄は欲していたのかもしれない。
朝起きるといつもと変わらぬ天井、いつもと変わらぬ――たまにヨーグルトも出る――朝食、いつもと変わらぬ学校、
いつもと変わらぬ友達、いつもと変わらぬ授業・・・――いつもと変わらぬ自分。
そんな"いつも"から抜け出したかったのだろう。
だけど一歩でも"いつも"から踏み出してみると、危険で怖くて、映画のようなハードボイルドな世界とは全く違ったものが広がっていた。
――"いつも"というものは退屈だが、幸せに変わりはないのだ。
しかし、澄は既に"いつも"とは違うものにかかわってしまった。触れてしまった。
もはや、その"いつもじゃない存在"に終焉が来るまで、"いつも"は戻ってこないと考えて良い。

何故なら今まさに――窓の外に"いつもじゃない存在"がやって来ているからだ。


その"いつもじゃない存在"は、空を飛んできたのかよじ登ってきたかは知らないが、窓を強引にぶち破って入ってきた。
今回の"いつもじゃない存在"はチャオの形をしていた・・・クフルと全く同じ姿だ。
ニュートラルノーマル。だが体色は・・・黒と言うか・・・――"闇色"だ。
そんな言葉がぴったり合う色だ。深くて、暗くて、沈みそうな・・・そんな色だ。
目は淀んでいて、光を放つことなくこちらを見据えている。
ちらっと、クルトの方を見てみると、異様な怯え方をしている。体の震えが目で見て分かる程に・・・尋常ではない。
澄は、クルトを守らねば、と無理に強気な態度で相手のチャオに問いかけた。

「お前は誰だ!"World"か、"殲滅部隊"か?どっちだ!」

相手のチャオは、顔色一つ変えることなく返事をした。

「World?殲滅部隊・・・?何だそれは。私は"ジフォーニス"・・・貴様はクルトだな?」

ジフォーニスと名乗るチャオは視線をクルトに移した。クルトは震えながら頷いた。
どうやらジフォーニスはクルトの事を知っているようだ。もしかすると、"あの研究所のこと"も知っているのかも知れない。
ジフォーニスは眉も動かさずに話を続けた。

「そうか・・・なら――」

瞬きをする間も無く、ジフォーニスが刹那の速さでクルトに迫ってきた。
ジフォーニスはクルトの頭を掴むと、ジフォーニスの体は一瞬淡く光った。
するとジフォーニスは手を離し、再び窓の方へと歩いていった。
澄はハッとし、慌ててジフォーニスを引き止めた。

「一体・・・何を!?」

ジフォーニスは振り返り、先ほどよりも鋭い、そしてあまりに冷たい眼で澄を睨み付けた。


「貴様には関係の無いことだ」


ジフォーニスが窓枠に足を掛けると、空から迫る何かが見えてきた。
最初は鳥かと思ったが、大きすぎるし・・・第一翼以外の形が変だ。
迫るにつれ、段々と輪郭や姿形がはっきりとしてきた。・・・影は二つだ。
あれは・・・チャオだ。大きな翼を持ったチャオと、ニュートラルのヒコウチャオだが黒い羽を持ったチャオが、こちらに迫ってきているではないか。
二匹のチャオは窓の前まで来るとその場で静止し、ジフォーニスが大きい翼のチャオに掴まると、大きい翼のチャオは再び羽ばたきを始めた。

「行け・・・グランシィ、ナブラ。」

大きい翼のチャオは、その翼で強い風を起こしながら、空の彼方へ飛び去っていった。
澄とクルトは、その様をただただ傍観するしか無かった。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第125号
ページ番号
11 / 23
この作品について
タイトル
禍の仔
作者
ドロッパ(丸銀)
初回掲載
週刊チャオ第122号
最終掲載
週刊チャオ第151号
連載期間
約7ヵ月6日