~最終回~ ページ5
「…ミズ?」
水月は生まれたばかりのチャオに、そう呼びかけた。
「チャオ!」
呼ばれたチャオは大きく返事をして、水月の元へ走っていった。
体は一回り小さくなった気がするけれど、
「ふふっ。いつものミズだ」
それ以外、何も変わっていないようだ。
…
「瀬野君、見て!」
転生の瞬間を目の当たりにし、感動していた俺を現実に引き戻したのは、その一言だった。
水月が、生まれたばかりのミズをずい、と見せ付けてくる。いったい何が…。
「…透けてる?」
よく見るとチャオの体がうっすら――本当にうっすらと――透けていた。あの時と、同じだ。
「コドモに戻ったから…かな?あの時瀬野君、こう言ったんだよ」
思い出した。
「『わたあめみたいでおいしそう』って」
そのあと、彼女はこう言ったんだ。
「『食べちゃダメだよ』って」
「…」
「…」
その後、しばらく二人で笑っていた。胸のつかえが取れたような、さっぱりした気持ちで。
…
「じゃあ。私帰るね」
「うん。また学校で」
家路に着く水月の後ろを、白い――白半透明のミズがとことこついていくのを見送った後、
「さて俺も帰るかな」
帰ろうとしたところで、ミズ――ウチのミズが、服の裾をぎゅうぎゅう引っ張る。
「なんだよ、さっきから」
ミズは、なにやらジェスチャーを始めた。
顔の前で円を作り、せっせと口を動かす……。
……あぁ。
「木の実買ってないや」
…
…
――二日後、月曜日。
教室で、いつものように嘉川とくだらない話をしていると、上から『おはよう』と声が振ってきた。
声の主は俺の隣に座る水月栞にほかならず、俺もおはようと返す。
またくだらない話に戻ろうとしたとき。
「瀬野君、あのね。この前ウチの子と瀬野君のミズくん、一緒に遊んでたでしょ。それでね、すっごく楽しそうだったから、よかったらまた一緒に遊んであげてくれないかな?」
ココで俺が首を横に振る理由など、地球の内核まで穴を掘ったって出てきやしないだろう。
「うん、いいよ」
「ありがとう」
微笑みを残し、水月は前を向いた。
俺も前を向くと、湖山のにやりとした微笑と、嘉川の裏切り者を蔑む視線が向けられていた。
「あらなに、お二人さん。仲がよろしいことで、おっほっほ」
口元に手を当てて、漫画に出てくるお嬢様っぽく笑う小山。
なんと答えたらいいものかと迷っていると。
「き、貴様はっ。どこまで友情を踏みにじれば気がすむんだっ!」
嘉川の雄叫びが轟いた。
「何でお前ら急に、そんな仲よさげになってるんだ。まさか連休中に、大人の階段を上るようなコトを」
「するわけないだろう阿呆が。ただちょっと一昨日…」
などと、小さい声で中途半端に呟いたのがまずかった。
「一昨日!一昨日の夜に何をしたんだ!」
夜なんて言ってねぇ。一昨日の夜はメシ食って風呂入って寝てたさ。
一昨日水月に偶然会って、ちょっと話をしただけだと説明してみたが、嘉川は掴み掛からんばかりの勢いで、実際に胸倉をつかんで、更なる詳細を要求してきた。
誰かなんとかしてくれと、右隣を見ると。
水月が、別世界の出来事を見るように、くすくす笑っていた。