チャオワールド (Final)
アオコは人を殺した。
ハートの木の成長が嬉しかったのだ。
死体を一つやっただけで、一晩のうちに大きく伸びた。
本当に人間の死体は、良い栄養になったのだ。
そうとわかれば、もっともっと死体をあげたい。
ハートの木は、根も太くなり、周囲のアスファルトを剥がしてしまうパワーを見せていた。
この木に人間の命のエネルギーを注ぎ込んで、アスファルトなんて全て無くしてしまって、ガーデンを作るのだ。
一人目として、アオコを呼びに訪れた男の心臓を包丁で刺した。
男は、屋台にアオコが来ないので心配して様子を見に来たのだった。
包丁は屋台から持ってきたものだ。
どうせ自分しか使わないからと、包丁をいくつか持ち帰っていたのだ。
刺して殺すと、昨日の突然死の男とは全く違う死に方になった。
昨日死んだ男は、アオコが触れた時には既に息絶えていた。
だけど包丁で刺した男は、長く生きた。
死ぬまでの間にたくさんの血を流して、それは死への抵抗だった。
死にたくない、生きるのだという力強い鼓動が血液を押し出していた。
せっかくの栄養が流れ出てしまってもったいなかったが、手で傷口を圧迫しても血は溢れて、アオコの手を赤く染めた。
何分も経ってようやく血の流れが止まると、アオコは男から離れた。
そして死体を引きずり、ハートの木のところまで運ぶ。
そういえば死体って、そのまま埋めるより、吸収しやすいように細かくしてあげた方が良いんじゃないかな。
そうしたら、これまで以上の勢いで伸びるようになるかも。
死体を解体することを思い付いたアオコは、男を埋めないまま放置して、市場に向かった。
市場に行くと、どうしたの、と声をかけられた。
アオコが首を傾げると、全身に血がついていることを指摘された。
傷口を押さえていた手が真っ赤だった他にも、そう多い量ではなかったが全体的に返り血を浴びていた。
なんでもないよ、と答える。
そして包丁を刺す。
やはり出血が酷い。
次は共用スペースで食事をしている人の背中を刺す。
テーブルの上には殺した人の食べかけのステーキがあり、アオコはそれを真っ赤な手で掴むと口に入れた。
とても美味しい。
昨日は死体を市場から運んでとても疲れたし、今日はずっと寝ていて腹が減っている。
隣で食べていた人も襲って、食べ物を奪う。
死体もできるし、腹も満たせるし、一石二鳥だ。
アオコは、自分が今までの人生とは全く異なる仕組みで生きる存在になったことを、強く実感した。
気分を良くして、どんどん人を殺す。
だけど十人殺したところで、お腹がいっぱいになったので、それで一区切りにした。
今日はここまでにしておこう。
アオコは屋台に置いていた大型の包丁やブッチャーナイフを回収すると、今し方殺したばかりの人たちで解体の練習を始めた。
直前まで生きていた血肉は温かかった。
これまで解体してきた、死んでから時間の経っている家畜の肉とは全く違った。
力の要る作業で出てくる汗を温かい血で拭いつつ、アオコは人体の構造を確認していく。
心臓の位置、骨の位置。
あまり血が出ないように即死させるにはどうしたらいいだろうと考えを巡らす。
そして数百グラムの塊に分けた肉を市場の地面にまいておく。
ここもガーデンにしてしまおう。
ハートの木の種は、まだあるから。
スピアがアパートに帰ると、ちょうどアオコが最初に殺した男を解体している最中だった。
返り血がこびりついているアオコに、
「チャオなんて、存在しなかったんだ」
とスピアは言った。
しかしアオコは手を止めなかった。
男は小さい肉の塊に分解されていく。
きっと名前のあった男は、その体が分解されるごとに名前を失っていく。
一人の人間の名前が失われたことによって、アオコとスピアは存在感を増した。
たとえその肉を口に入れなくても二人は他者を食っていた。
「私がチャオだよ」
とアオコは言った。
「きっと、生まれ変わった私たちのことをチャオって言うんだよ」
血まみれのアオコの目が真っ直ぐとスピアを見た。
限りなくチャオに近い赤だ、とスピアは思った。
だが、ここにチャオはいなかった。