チャオワールド (E)
    「ガーデンは必要だった。俺は、最後の人類として人類の文化を味わいたかったんだよ。わかるか? 最後の人類なんだ。後に続く者はいない。だから俺は、後の世のことなんて考えずに、好き放題ができる」
 そのゲームもこの塔も、結構電気を食うんだ。
 他人や未来のことを気にしたら、こんなもの使えないだろうさ。
 電力は限られている。
 かつて人類が作った、自然エネルギーを利用した発電所。
 それがいくつか動いているだけだった。
 つまりキングはその電力すらも独占するつもりだったということか。
 そう聞けば、エミーの絶望も納得できるような気がした。
「でも一方で、人類をいかに滅ぼすか、という問題もあった。滅びなければ最後の人類になれないものな。そこで俺の選んだ方法が、ハートの木で作られた森林、ガーデンだ」
 人々をガーデンに追いやれば、そこで新しい子が生まれたとて、ハートの実におぼれてガーデンからは出てこない。
 天然物で効き目の強いドラッグばかり食って生きていたら、近いうちに滅びるだろうさ。
 だがここで新しい問題が生まれた。
 どういう理由でガーデンを作らせるか?
 もちろん、ハートの実が食い放題だと言えば、喜んで働くやつらもいるだろう。
 だが念のために、もう一つの動機として、未来の希望を作ってやることにしたんだ。
 それがチャオだ。
 でも落ち込む必要はない。
 自殺する必要もない。
 もしかしたら、本当にチャオは生まれるかもしれないんだからな。
 未来の可能性は、誰にだってわからないだろ。
 絶対、なんてものは存在しないだろう?
 だから安心しろよ。
 チャオはきっと生まれてくる。
 キングは美術品の中から、剣を持った。
 刃渡り一メートルほどの両刃の剣だ。
 それを片手で、ぶん、と振った。
「でもお前は、俺を殺しに来たんだよな?」
「そうです」
 スピアは両手で金棒を握る。
 キングは片手持ちのままだ。
 普段から人を殺し慣れているスピアが負ける道理はなかった。
 だが、これまでは無抵抗の人間しかいなかったという不安はある。
 人間同士の戦いがどういうものなのか、スピアは知らない。
 それはキングも同じことなのだろうが、キングは余裕のある表情をしている。
「俺はあのゲームでな、人もドラゴンも殺してきたよ。お前やエミーの殺し方もよく見てきた。だから死ぬのはスピア、お前だよ」
 だがキングは慢心で突っ込んでくるようなことはしなかった。
 その場に立ち止まって、スピアの出方をうかがっている。
 二人は五メートルも離れて対峙していた。
 まずはこの距離を詰めないとならない。
 うかつなことはできない。
 ゆっくりと半歩ずつ近付いていくべきだろうか、とスピアは読んでいる。
 しかしエミーのチャオが異論を唱えている。
 人間のものとは異なる言語で、スピアになにかを指示している。
 聞き覚えのない言語、それは言葉とすら想像つかない短い音だが、スピアはチャオがどこに導こうとしているのか理解できた。
 銃で撃ち殺せ、とチャオは言っている。
 当たるかどうかは気にする必要はない。
 初めてトリガーを引くことを不安がらなくていい。
 彼の頭を狙い、撃てばそれでいい。
 彼が一歩動き出す前にそうすれば、弾は当たる。
 そういうふうに世界は出来ているんだよ。
 チャオは足音のような言葉でスピアに指示を出していた。
「キング、最後に聞きたいことがあります」
「なんだ?」
「チャオはいないんですね?」
「そんなこと、俺にはわからないな」
 それは、いないと答えているのと同義だとスピアは思った。
 チャオはいない。
 エミーのチャオは、撃て、と未知の言語で言った。
 スピアは持っていた金棒を横に投げ捨て、ジーンズのポケットに押し込んでいた銃を引き抜いてキングを撃った。
 銃弾は一発でキングの頭部を破壊した。
 キングは倒れ、彼の剣が空しい音を立てた。
 スピアは殺した手応えを感じられなかった。
 発砲の反動はあった。
 けれどもそれがキングの頭の傷と関連しているようには思えなかった。
 人類は銃を手にした時から既に真っ当な生き物であることをやめていたのだろう。
 それから滅びるまでに、だいぶ時間がかかってしまった。
 スピアは、キングの死体を車に乗せた。
 そして車をガーデンに向かって走らせた。
 車の中は血の匂いが充満しているというのに、スピアの心は少しも高ぶらなかった。
 狩りは、肉を得るためにする。
 生きるための行いだ。
 今日、キングとエミーに訪れた死は、生物たちの命のつながりとは断絶されていた。
 それに今更ガーデンに行っても、なんの意味もない。
 ガーデンにチャオが生まれるという話は、嘘だったのだから。
 血の匂いはスピアを不快な気持ちにさせるだけだった。
 それでも本当に生まれるかもしれない、未来の可能性は誰にもわからないというのは本当なのだから、と胸中に漂う諦念を誤魔化していた。
 そうやってなにも考えずに、普段どおりの行いをすることによって、結論を先延ばしにするつもりなのだった。
 それに、チャオの世界を欲していたエミーをガーデンに埋めてやるのは、弔いとして正しいはずだ。
 そうだよな?
 エミーのチャオに問いかけると、チャオは肯定の意思を返してきた。
 だからスピアは、自分の鼻を鈍感にさせて運転し続けた。
 ガーデンの人々は、キングの死体を見て困惑した。
「これから、どうなるんだ?」
 とスピアに聞いてくる。
「わからない」
 殺しの責任を取って、キングの代わりを自分がするのか?
 そんな気力は湧いてきそうになかった。
 だけど、もしかしたら自分も含めて、これまでと同じ日々を続けるのかもしれなかった。
 キングからの指示が来なくなっただけで、それで困ることは出てくるだろうが、それでもガーデンは広げられていくような気がした。
 この生き方をやめたって、他になにをすればよいかわからない。
 だから淡々と自らを滅ぼすために、キングが仕掛けたとおりに俺たちはハートの木を育てていくのだろう。
 二人の死体を埋めた後、スピアはチャオに尋ねた。
 お前たちは本当に生まれてこないのか?
 チャオは未来にも存在しないのか?
 エミーのチャオは、なにごとかを返してきたが、その意味をスピアは理解できなかった。
 チャオはわけのわからないことを喋っている。
 スピアは聞き取ることを諦めて、車に乗った。
 車を走らせると、チャオの声は段々と遠のいた。

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