チャオワールド (C)
死体を埋めただけで、ハートの木は一晩のうちに五十センチも伸びていた。
この調子なら、じきに実をつけるだろう。
一目でわかるほどの成長を見ればアオコも喜びそうだが、かなり疲れたのだろう、いつもよりもぐっすりと眠っていて起きる様子はなかった。
スピアは、木の傍でエミーが来るのを待った。
もしかしたら先にアオコが起きてくるかもしれないと期待を持ちながら。
だが程なくしてキングの車が来た。
乗っていたのはやはりエミーだった。
「おはようございます」
挨拶しながら車に乗り込むが、返事はなかった。
どうしたのだろうとエミーの顔を見ると、顔色が悪かった。
車も走り出さない。
「スピアさん、チャオは存在しませんでした。私は死のうと思います」
とエミーは言った。
懐から拳銃を取り出し、その銃口を自分の頭に当てた。
「え?」
「キングはチャオのことを調べていませんでした。そもそもチャオは、キングが私たちを都合良く働かせるために作った、架空の生き物だったんですよ」
チャオはいない。
ハートの実を食べて生活する生き物が誕生するであろうという予測は存在しない、ということだ。
なんでそんなことがわかったのか。
スピアはそう尋ねた。
そしてエミーに、とりあえず銃を下ろすように言った。
質問をしたのは、自殺をやめさせようという意味もあった。
エミーはそれに従った。
「キャッスルには、キングの身の回りの世話をしている者たちがいます。彼らから話を聞きました。彼らは、キングがチャオについて調べている姿を、キャッスルにこもる以前から一度として見たことがなかったそうです。そしてキングは、キャッスルでなにをしていると思いますか?」
ゲームですよ、とエミーは言った。
かつて人類に遊ばれていた、機械の遊具。
それで遊んでいるんです。
キャッスルにこもることを決めてからは、ずっとそればかりだそうです。
そんな話でなぜエミーが絶望するのか、スピアはよくわからなかった。
「ずっとって言ったって、キャッスルから出てこなくなったのは、つい数日前のことでしょう。ただの気分転換で、これからってこともあり得ます」
側近の者たちは常にキングを見ていたわけでもないだろう。
たとえば俺と二人で車内にいた時になにをしていたかなんて、彼らは知らない。
それと同じようなシーンはいくらでもあったはずだ。
スピアはそのようにエミーを説得した。
けれどもエミーは、スピアの仮説では納得しなかった。
自分の結論が絶対だと思っているのだった。
「いいですか、スピアさん。誰にも見られない時間にだけ、こっそりとチャオの研究をしているなんて、おかしいじゃないですか。キングは私たちを利用して、人類の文明を独占しようとしていたんですよ。自分以外の人間はガーデンに押しやることで、機械や電気、あらゆる遺産を自分だけのものにしようとしていたんです。そう考えた方が自然じゃないですか」
だから私は死ぬことにしたんですよ。
エミーは再び銃口を頭につけた。
「待ってくださいよ」
それが自然だとしても。
確たる証拠がないのであれば、まだ絶望しなくたっていいはずだ。
それに、ハートの実を食べて暮らす生き物が生まれるはずだという考え方は、そう間違ったものでもないだろう。
説得の言葉はまだいくらでも頭に浮かんだ。
だが、エミーはトリガーを引いていた。
発砲の大きな音が、車内に響いた。
エミーの全身が銃弾の衝撃で跳ねる。
頭からは、弾けた血肉が飛び散った。
その血はスピアの目にも入ってきて、その時にやっとスピアは目をつぶった。
取り返しのつかない瞬間は全て目撃してしまっていた。
目に入った血が、溢れる涙で流されたと思ったが、いくら目のあたりをこすっても、赤いものは付着していなかった。
それでも運転席のエミーは死んでいた。
落ちて砕かれた果実のようにエミーの頭は裂けていた。