Episode 1  ある雨の日の出会い

俺は不思議な体験をした。
訳あって名前は伏せる――こんな事、周りの奴に知られたら精神異常だと思われる。
だがあれは夢なんかじゃなく、現実に起こった事だと、俺は信じる。

そして断言できる。
―――あれは悪魔の姿をした小さな天使だった、と―――


                     Episode 1
                  ある雨の日の出会い
                     "One day"


当時、俺は定職を持たず、バイトしながら生活していた。
フリーターといえば聞こえはいいが、まじめに働く気もなく、文字通りの「その日暮らし」。
なんとかしなきゃなぁ………とは思いつつ、全く行動しない駄目人間だった。

そんなある日
いつものようにバイトを終え、いつものように家賃月2万円のボロアパートに帰ってきたときだった。
今でも覚えている。その時の俺のだらしなさを嘲(あざ)笑うかのような不意の大雨。
そして、部屋にぽつんと置いてあった、身に覚えのない物体を……。

部屋の明かりを付け、その「謎の物体」を改めて眺める。
一見すれば分かることだった。……その物体は「卵」。
鶏の卵、あれと同じ形をしていたのだ。

だが、形こそ普通ながら、それ以外の部分が普通じゃなかった。
大きさは30cm位。ダチョウの卵だって15cm位だから、異常な大きさだった。
そして何よりイースターエッグのように、殻に水玉の模様が描かれていた。

「人は極度の驚きに遭遇(そうぐう)すると、かえって冷静になってしまう」と、どこかで聞いた覚えがある。
真偽の程は定かではないが、その時の俺がまさにその言葉通りだった。
おそるおそる「卵」に近づき、手に取ってみる。――思ったより、軽い。

「卵」を手にしたまま、原因を色々と考える。
誰かの悪戯(いたずら)か………否、ボロアパートとはいえ、鍵はしっかりしてるし、壊された跡もない。
それでは、空間のワームホールを通ってやってきたのか………そんなこと、現実に有る訳がない。

結局、結論は出ない。
仕方ない………俺はとりあえずその「卵」を振ってみる。

  ―――ピクッ

「卵」が、少しだけ動いた気がした。
しかし、その後しばらくしても、2度目の反応はなかった。
気のせいか………俺は「卵」を床に置いて、タンスの方に向かう。
突然の雨で、傘も無く、走って帰ってきたのだ。着替えなければ……。

タンスの中からタオルをとりだし、濡れた顔を拭きながら、ふと「卵」に目をやる。
そして次の瞬間、俺は世界がひっくり返るかと思うほどの驚きに遭遇する。

先ほどの「卵」が割れ、中から変な「生き物」が現れていた。

その「生き物」は卵の殻を頭に被り、フラフラと四つんばいで動き回っている。
『ぶつかる!』
俺はとっさに動いた。その生き物が、壁の方に向かって進んでいたからだ。

ぶつかる直前で俺は辛くもその「生き物」の救出に成功した。
そして、被っている卵の殻を取ってやる。

  ―――ぷふぁ~

苦しかったのか、その「生き物」は大きく深呼吸した。

卵の模様と同じ、水色の体。水滴のような、下膨れの顔。
背中についている、小さいピンクの羽。頭の上には、どういう原理なのか、球が浮かんでいる。

見方によっては可愛くないこともない………。
そう思いながら観察していると、その「生き物」は顔をしかめた。
俺は、何が何だか分からずに様子を見る。

  ―――ふぇぇぇ……ぐずっ……ぐずっ

何なんだ、コイツ。いきなり卵から出てきて、泣き出すなんて。
その姿はまさに赤ん坊。とりあえず、赤ん坊と同じようにあやしてみる。
実家にいた頃は、しばしば親戚の子供の相手をしていた。子供の扱いには慣れている。
…………だが、なかなか泣きやまない。

  ―――ふぇぇぇん……えぐっ………うわぁぁぁん……

そいつは遂に、床に仰向けになり、ジタバタしながら泣き出した。
泣き声はいっそうひどくなり、俺は早く泣きやませなければと焦った。
その時、ふと思いついた。―――腹が減ってるのか?

とりあえず、バイト先でもある近所のスーパーで買った牛乳を与えてみる。
しかし、飲もうとしない。卵から生まれたなら、当然か。
仕方なく、買ってきたものを順番に、そいつの口に近づける。
色々買ってきたから、どれかひとつくらいは食べてくれるだろう。

何種類かの試行の後、やっとそいつが食べたのは、レモン。
当たり前だが、酸っぱそうに顔をしかめる。しかし、唯一それだけは完食した。

  ――― ふぁぁぁ………

腹が満たされて満足したのか、そいつは大きなあくびをした。
そして、その場で床に寝そべり、静かな寝息を立て始めた。

『食ったら寝る……いい気なもんだ。』

座布団の上(これが丁度いいサイズだった)に寝かせ、毛布代わりにタオルを掛けてやる。
そいつの寝顔をを眺めながら、俺は思った。

『コイツの食べられるもの、用意しておかなきゃな。』

持ち主を捜す。何処かに捨ててくる。
普通なら思い浮かぶであろうそれらの選択肢は、不思議なことに全く無かった。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第118号
ページ番号
1 / 6
この作品について
タイトル
TINY ~devil-looking ANGEL~
作者
NORIMARO
初回掲載
週刊チャオ第118号