The Endless Winter:5
そろそろイヴの夜が近づいて来た。
ヤナギは家の中で、久方ぶりに対面した父親の顔を思い出しながら、持ち金を確認する。
そういえば、車で送って来てもらったせいで、自転車がない。
いつ取りに行こう……?
そう考えて、ヤナギは苦笑した。
あの病院に向かう口実は、もう無い。
なぜならば。
「ヤナギー!」
唯一の口実であった少女は、もう、傍にいるからだ。
エピローグ:木陰の独唱
クリスマスイブに、予定はあるか。
―特にはない。
彼女とデートするのか?
―彼女ではない。女かどうかすら怪しい。
それは一体どういう事か?
―人間だという事すら訝しい。
「へえ、命がいらないって意味ね」
「違う違う、冗談だって冗談。冗談だってば!」
巨大な雪だまを振りかぶる仁美。
マフラーを首に巻いて、分厚いコートに身を包んでいた。
クリスマスイヴ、夕方。
「街に行くんだから、もう少しまともな服にしたら?」
「これが普通なんだよ」
「まともと普通は別物でしょ」
呆れて言う仁美。その姿に、ヤナギは安堵した。
しっかりと、生きている。
記憶ではない。
生きている。
「じゃあ、行くか」
「自転車は?」
「病院だから、歩きで」
「街まで?」
「うん」
ヤナギは雪だまを投げつけられた。
オルゴールの音色が響いていた。
たぶんこれは、見る人によっては〝チャオ〟に見えるのではないだろうか。
この商店街中央通りにいる全員に聞いて回ろうと考えて、その考えをすぐに消した。
自分が見えなければそもそも意味が無い。
「何でオルゴール持ってんの? 子供じゃあるまいし」
「気分だよ。というか、これ仁美のだろ?」
「そうだけど」
オルゴールの音色が響いていた。
その音は小さくも無く、かといって大きくも無い。
これも〝聞こえる人には聞こえる〟という音色だ。
「間違ってもクリスマスツリーに願い事なんてするなよ」
「しないわよ」
「子供のころはしてた記憶があるんだけどな」
仁美は照れたように顔を真っ赤に染め上げた。
確か、新年のお祈りと勘違いしていた―……記憶の中から、ヤナギは思い浮かべる。
ぱんぱん、と手をあわせて、目を閉じる。
案外純粋だったのかもしれない。
それがどう成長したらこうなるのだろうと、望んだ記憶と変わらない少女を見つめた。
「失礼な事考えてるでしょ」
「俺が何を思おうと勝手だろ。法律で許可されてるんだから」
「侮辱罪があるんだけどなあ」
そう言いながら、ヤナギはキオクを思い浮かべていた。
アウトドア派のあいつの事だから。
今日の夜も、ここに来たかっただろうな、と。
だからこそ、ヤナギはオルゴールを持ってきたのだが。
やはり、実際〝本人〟がいないと話にならない気がする。
「すいません、道を聞いてもよろしいでしょうか」
ふと、ヤナギは振り向いた。
「なにこれ? 可愛いけど、んー、カメレオン?」
「………ちょうど俺たちもお前と目指すところが同じなんだ」
とっさに出てきた言葉は、戸惑いではない。
唯の言葉だった。
「お初にお目にかかります、〝チャオ〟の〝望まれた記憶〟です。最も……ヤナギには、この口調は似つかわしくないだろうけれど」
「え? どゆこと? 説明してよ」
「どうもこうも、こういう事としか言いようがないよ」
戸惑う仁美を横目に、現れたキオクは、
紛れも無い、キオク自身だった。
ああ、そうか。
今日は、クリスマスイブだった。
願い事が、叶うんだ。
「え? は? きおく?」
「お帰り」
ヤナギの言葉に、キオクは恥ずかしげにうつむいてから、
「ただいま……です」
「そういえば、思ったんだけど」
三人で歩きながら、迫るクリスマスツリーを見上げて、ヤナギは言った。
「作さんて、誰?」
答えを持つものは、誰一人としていなかった。