適当な構想で小説を書いてみた。

……ザザ……ザ……

ザザザ……ザザ…………

 そこは 海に囲まれた世界だった

 波の音と風の音だけが飄々と見下ろす空に響く
 平坦な砂浜のポートレートはその度に形を変えて
 二度と同じ景色になることはない

「…………?」

 砂浜の隅にぽつねんと置いてあった
壊れかけた木製の茶色いボート
その中でうずくまっていた少年はゆっくりと目を開けていく

「    っ!」

 刹那 太陽色をしたカクテル光線が彼の顔を貫き
 ボートの影から顔を上げた少年は思わず目をつむる
 長い間眠っていた彼にとって 
それは久しぶりの明るい世界

 彼は 暫く影がかかったボートの隅に ぼんやりと座り込んでいたが
 だんだんと明るい世界に慣れてくると
もう一度 ゆっくりと目を開けた

 起き上った体に向かって 
海を走りぬけてきた悪戯な風たちが突っ込んでくる
ふわり と彼の黒髪は浮かんで 青と白の世界を散歩した
ふわり と彼の来ていた衣装は風の通るがままに膨らまされ しぼまされた

心地の良い皮膚感覚に
彼の顔から 微かな笑みが零れる
 
「      」

 少年は座礁していたボートを降りて 
だだっ広い砂浜を ただただ 歩き続けることにした

ザッザッ という音
平坦だった砂浜に 新たな紋様が付け足されていく 音
二つ分の小さな足跡 少年を追っているかのように 伸びていく

少年には自分の今いる場所がどこなのか 分からなかった
彼の掬いだせるあらゆる記憶の中に
このような景色は 存在していなかったのだ

 左手には景色いっぱいに広がる蒼い海 碧い空 白い砂浜
 そして 右手にはどんな巨人も塞いでしまうかのような巨大な岩壁

 どれもこれも 少年の目には新鮮な物ばかりで
 どれもこれも 古臭った記憶の深淵にあるようなものは無かった

 少年は頭の日記を開く
 この見たこともない美しい場所を文字にして刷り込ませるため
 少年は目のカメラを360°回し 興味深そうに首を傾ける
 この見たこともない美しい場所を写真にして刷り込ませるため

 足の裏が歩くたびに ストン ストン と砂浜に埋まる
 少年はこんな柔らかい場所を歩くのは初めてだった
 いつも感じていた あのコツコツとした堅い感覚 ここには ない

 何もかも解放された気分だった

 もう何も失う必要が無くなった気分だった

 少年にとって それは何よりも心地良くて
 この場所は そんな彼の気持ちを満たしてくれそうで——

「     !」

 けれども 少し楽しくなってきた少年の足がそこで ピタッと止まる

 単調な色彩で彩られた絵の中に
 一際異彩を放つような小さいハイライトが砂浜の上に塗りたくられている
 彼は少し怖れを抱いた目で その対象をまじまじと見つめる
 その光は 少しずつ 少しずつ 彼の方に向かって歩いてきた

 でも それは彼が思っていた光ではなかった

「      」

 汚れ一つついていない真白なワンピース
 それに包まれた 線の薄い 細い綺麗な身体
 太陽の色そのままの 金色の澄んだ長髪が肩に傾れ落ちている
 顔は無表情のままで 光に照らされた白く透明な肌が覗いている

 それは 少年より少し背の高い 綺麗な少女だった

 彼がこの世界に来て初めてであった 同じ人間

彼女はワンピース以外何も身につけていない
ただ 無表情なままで首をかしげ 彼の顔をまじまじと見つめている

 彼女と少年が同じだったことは その瞳の色が黒色だったこと

 その澄んだ瞳に 少年は思わず吸い寄せられそうになってしまう
けれども 彼は恥ずかしそうに顔を背けると
そっぽを向いて彼女の間を通り過ぎようとした
どうしてだか 話しかけない方が良い という考えが彼の脳裏に過ぎっていたからだ

……ザザ……ザ……

ザザザ……ザザ…………

 再び 少年は波の音が聞こえる世界を歩き始めた

 ザッザッと 足音を立てながらどんどん砂浜を進んでいく

 でも 幾分か歩いたところで 周りを見渡しても 相変わらず景色は変わらない
 ただ だだっ広い砂浜と
ただ だだっ広い海 空 岩壁 だけ
 生き物も一匹として見当たらない
 もちろん 新たに誰かがいると言うことも 無い

……ザザ……ザ……

ザザザ……ザザ…………

 だんだんとさっきまで心地良かったその環境に 少年は怖くなってきた

 もうこれ以上進んでも何もないのではないか
 もうこれ以上進んでも誰もいないのではないか
 もうこれ以上進んでも生きているものなど いないのではないか
 嫌な妄想が頭の中を駆け巡る
 
 少年は思わず身震いをして
 頭の中に 先ほど目の中に飛び込んできた光の映像がフラッシュバックしてくる
 あの時は ただ絵の中の調和を乱すだけの存在と思っていた彼女
 でも 良く考えれば 
今後 彼女以外の人間に会うことは無いんじゃないのか

 彼は少女の姿が恋しくなり 元来た道を引き返そうと
後ろを振り向いた

「  !」
「…………」

 けれども いるはずのないと思っていた姿は すぐそこにあった
 少女は少年の驚いた顔に 別段何も反応せず
相変わらずの無表情で彼の顔を見つめている
 そのさらに後ろの方を見ると 
砂浜につけられた足の模様は4つに増えていた

「     ?」
「……」

 彼女は何も答えず 
一人太陽に浴びせられながら砂の世界の上に立っている
寂しいのだろうか
ただ自分の存在が面白いのだろうか
彼女の顔からは何も読みとれない

「      」

 でも 少年は少女が付いてきてくれたことに安堵をおぼえていた
 彼は 彼女の方からぶら下がった 白い肌に包まれた手を見る
 何も掴む気力が無いように 
真っ直ぐに地面に向けられた5本の指
 寂しそうに 何かを求めているような気がした

「…………」

 もちろん そんなことはウソに違いない
 ただ少年自身が寂しいから 
そういう妄想をしているだけなのだろう

白いワンピースを海風に揺らしたまま 少女は少年を見つめ続ける
何にも抗わず 
何も求めず 
風が吹くままに流されていきそうな身体

それは 綺麗だと 少年は思った

 そして 守らなくてはいけない と 少年は思った

 ——触れてみたい と 少年は思った

 少年はスッと自分の左手を彼女の右手に差し伸べると
 その手を離さないようにギュッと握る

「    」

 彼は何も言わない少女の顔を見ないようにした
 適当なことを言って その白い手を引っ張る
 気恥ずかしい気持ちと 彼女が嫌な顔をしていないかが怖くて

「……」

 だから 彼は手だけは離さないようにして
彼女の顔を見ないよう 自分が先頭となって 
無言なまま さっさと先を歩こうとする

 けれども 暫くして つないでいた手が引っ張られる感覚がした

 次に 急に重さが彼の片手にのしかかってくる感触
 
 アッ——

少年が気付いた時にはもう遅かった

 彼があわてて手を離すと 
彼女はまるで空中を浮いているかのように静止して
次の瞬間 ボフン と砂に顔から突っ込んでしまった
自己防衛も何もせず 
少女は 為されるがままに転んでしまう

彼はいつの間にか早足になっていて 
歩行幅の小さい彼女が付いて来れなかったのだ

「   !    ?」
「……」

 彼女は暫く砂に顔を埋めていたが やがて 緩慢な動作で起き上がった
 砂を払うこともないまま スッと立ち上がると
 クルクルと何かを探すように首を回す 
そして少年の顔を見つめると 
飽きもせずにそれを再びじっと見つめる

 その瞳に 怒りの色も呆れた色も 見られない
 少年がしでかしたことに 対して怒りなど感じていない という顔だった

 でも 少年はそんな彼女に もう一度手を差し出すことはできず
彼女を背にして歩きだした
 また 同じような失敗をして転ばせてしまったら面目が立たない
 そう思ったのだ

 少年は少女への失態を何度も思い出しては後悔して
ガックリを肩を落としながら 一人で歩き続ける
 ちょくちょく振り向くと
 やっぱり 彼女も同じようにして彼の歩く方向に付いてくる
 申し訳ないことをしてしまった 
と少年は何度も心の中で手を合わせた

「   !」

 そうして 何度か彼女の様子を後ろ目で確認しつつ進んでいると
 やがて 今までとは違う光景が目に飛び込んできた

 それは岩壁を削られてできた細い階段だった
 いつの間には右手に見えてきた岩壁はすぐ近くの所まで出っ張ってきていて
 正面にも出てきている
 ここで 長い長い砂浜の道のりも終わりを告げる 
……ということなのだろうか

「    」
「……」

 少年は少女に確認をとってみるが
 まるでそんな違う光景が現れたことに興味など持たぬように
彼の方を見続けている
彼女もまた この世界にとってはストレンジャーなのかもしれない

少年はいまいち彼女の気持ちを掴み兼ねた
けれど 結局 ただついてくると言うことは 
彼女の行動は 少年の行動次第なのだと気付いて 
思い切って 階段に近づいた

 階段は砂浜から始まり 岩壁に沿って上の方まで続いている
 もしかすると この階段で岩壁の頂上へと行けるのかもしれない
 この島は岩壁で分断されている可能性もあるのだ と

「    」

 彼は自分自身を励ますように小さくつぶやくと
 ごつごつとした岩壁の階段を一歩 踏み出した
 階段の幅は思った以上に狭く
 少しでも足を踏み外せば 砂浜へと真っ逆さまである

「    ?」

 何段か上がって 後ろを振り向くと
 俯き加減で 少女もまた同じように階段を上ってきていた
 少女と入っても 背の高さは少年に比べて随分と高い
 風にあおられて落ちてしまったりはしないだろうか
 少年の目に 嫌な光景が思い浮かぶ

「    ?」
「……」

 どうせ意味はないだろうと思いながら確認をとるが
 やはり というか 少女は何も答えず黙って少年の後をついてきた
 少年は意思疎通することをあきらめ 目線を前に向ける

岩壁の階段はまだまだ先に続いている
人の事より まずは自分の事を考えないと乗り切れそうにない高さだった

「    」

 息を切らせながら 岩の階段を昇っていく
 平地である砂浜のように ただ無意識のまま歩き続けられるものではない

 段々と足は震えてきて 身体から汗が噴き出してくる
 白い砂に照り返されていた 強い熱は岩に溶け込んでゆき
 足の裏を 焼くような熱さが襲う
 だからとって座り込むことも出来ず
 今できることは 頂上にたどり着いて 身体を休められる場所を見つけるだけだった

 波の音が段々と遠くなってくる
 砂の一粒一粒もなくなり ただ白いだけの世界に変わっていく
 先ほどまで あそこにいたことが嘘のようだった

 前に見える階段からは 微かに陽炎が零れ出し
 碧い空を切り裂くような
白い細長い いくつもの雲に近づいている気分になる

 二つの足音だけが聞こえるだけになったところで
 その足音のうち一つがピタリ と止まった

「    !」

 いつの間にか存在を忘れていた 
白い肌をした 白のワンピースを着た少女が 
ぐったりとして岩壁に寄り添っている
その顔に見える無表情は 砂浜にいたときと違うそれだった

「    ?」

 少年はほっておくわけにもいかず
 彼女に小さく了解を求めると
 自分よりも大きいその身体をグッと背中に抱え込む
 以外にも その身体は軽く あまり負担にはならない

「  、   」

 グゥっと足を踏み出して 歩みを止めないように 気を引き締める
 少しでもフラッとした時
 少年と少女はまとめて砂浜へと落ちてしまうだろう
 横を見ると もう 地上からはかなりの所まで昇ってきていた

 後少し 後少し……

 そう念じるようして 単調な作業を繰り返していく
 後ろに抱いている人から薫ってくる 心地の良い髪の匂い
 首に巻きついてくる 柔らかい彼女の腕
 それだけを原動力にして 少年は全身全霊の力を振り絞る

「    !」

 そうして 何時間歩いただろう

 一段昇って 次にまた一段上がろうとした時 
足は空を切って 同じ高さの地面を踏みしめていた

 ——昇り切った

 彼は彼女を背中におぶったまま 安心して座れる場所まで歩くと 
そこに彼女を横たえる
 少年は一人 今まで歩いてきた所を振り返るように 岩壁の淵の所まで近づいた

 頂上からは ただただ海が広がる世界だけが広がっている
 蒼い 蒼い 蒼い 水の塊
 その先に 何があるのかは見えない
 ともすれば 何も無いような気がしたし 
ともすれば 何かあるような気もした

この作品について
タイトル
適当な構想で小説を書いてみた。
作者
それがし(某,緑茶オ,りょーちゃ)
初回掲載
2010年2月20日