第九話 ひゃくごじゅういち
僕たちが転送されたのは、公園のような空間だった。
公園内には小動物が並び、樹木のように見える物から伸びたケーブルに接続されている。
上を見ると青空だが、それは天井に投じられた映像だった。
丁度公園の銅像が立つような台座に、僕たちのアーティカは降り立っていた。
技術者たちだろうか、人々がアーティカに集まる。
姫様、という声がする。
ミツルが先にフォーレンテスターのコクピットハッチを開くと、その声はさらに大きくなった。
「みなさん、ご心配をおかけしました。ミツル・カミワラただいま帰還いたしました」
「姫様、よくぞご無事で!」
ひげをめちゃくちゃ伸ばした爺さんが叫んでいる。
「私は今回の降下で、カオスエメラルドを一つ入手することに成功しました」
おおっ、と声が上がる。
「さらに一人、新たなるジーンを連れてくることができました」
「おおおおっ!」
カオスエメラルドよりも大きな反応を人々は見せる。
「それがこのアーティカのパイロット、タスクです。さらに彼のパートナーで、チャオのマキナ」
紹介されて僕たちは人々に姿を見せる。
マキナは歓迎ムードを感じ取って、英雄気分で手を振っている。
ジーン。
遺伝子という意味だ。
彼女たちはカオスエメラルドだけでなく、その星の技術や人材も集めていて、それらの総称がジーンなのであった。
「そしてもう一つの朗報です。彼らの協力のおかげで、私はカオスソーサラーとなることができました」
ミツルは証拠を見せるように、カオスコントロールをしてみせる。
遅くなった時間の中を彼女は動き回る。
さながら瞬間移動。
そしてミツルがフォーレンテスターのコクピットに戻ると、拍手が巻き起こった。
さらに万歳まで。
「祭りじゃああああ! 今夜は祭りじゃああああ!!」
ひげ爺さんが叫ぶ。
呼応して男衆が叫ぶ。
そしてホラ貝の、ぶおお、という音が放送で響き渡った。
祭の準備は瞬く間に進められた。
そしてこの宇宙船の船長の演説で幕が開く。
「城宝(ジョウホウ)のみなさん、ご機嫌よう。船長のソウカツ・カミワラだ。この度は我が娘、ミツルが無事に帰還した。さらに一つのカオスエメラルドと、新たなジーンも連れ帰ってきた。このことを祝し、本日から二日間、急ながら祭りを執り行うこととなった。我々城宝の新たなる羽ばたきを存分に祝い楽しんでほしい」
さっきからミツルは姫様って呼ばれていたけれど、つまり彼女はこの宇宙船で一番偉い人の娘ってことらしい。
「みんなあ~、のってるか~い!? 早速私、ミツルが歌わせていただきます! 聞いてください、蝋人形の館」
フォーレンテスターに乗ったミツルが歌う。
僕とマキナもホワイトナイトに乗せられていた。
祭りの始めだけでいいからと、乗せられたのだ。
アーティカと小動物の格納庫が祭りのメインステージになっていた。
そしてミツルや僕たちは祭りの主役というわけである。
ミツルが歌い終わると、
「ジーン様も歌ってー」
という声が人混みの中から聞こえてきた。
「ど、どうしよう」
「俺が歌ってやろうか」
「あはは。まだここの文化に慣れてないってことで、勘弁してもらおう」
ミツルの救いの手によって、大恥をかくことは免れた。
その後も一時間くらい城宝の人々の注目に晒された。
設営されたお立ち台ではひげ爺さんが、めでたいのう、と大声で歌いながらずっと腰とひげを振っていた。
アーティカから降り、一段落する。
「どう? 賑やかでしょ」
ミツルの頬が興奮で赤くなっていた。
僕はうなずく。
「それにしてもこの船の名前、城に宝っていうんだな。つまりここが君たちの城であり、宝そのものであるってことか」
「いや、関係ないよ。あんまり」
「あれ? そうなの?」
「私たち、正確にはこの宇宙船を作った人たちが暮らしていた、惑星マドカマユカ。そこで有名だった神話の登場人物が由来。城宝は人間なんだけど、翼を生やして世界を飛び、両腕を武器を変えて戦う神の使いなんだよ」
「人間じゃないだろ翼生やしたら」
「細かいツッコミはなし。神話なんてそんなもんでしょ。タスクの星はそうじゃないの?」
「いや、まあ、似たようなもんかな。たぶん」
「とにかく行こう、お祭り。色んなお店があって楽しいよ」
ミツルに連れられて、出店を回る。
イベント会場の多い祭りだった。
僕たちの星のアーティカという機械がどのようなものなのか科学者が説明しているブースがあったり、十年前にジーンとして船の一員になってからアイドル的な地位を獲得していたらしいレイが握手会を開いていたり、ダンスバトルやラップバトルをしていたり、様々だった。
珍しい店では、客にコスプレ衣装を見繕ってその場で着替えさせるというものがあった。
僕はなぜか城宝で人気のアニメのヒロイン、冬きゅんなるキャラのコスプレをさせられ、衣装を買わされた。
ここのお金は一文も持ち合わせていないので、ミツルが払ってくれたのだけど。
ヒロインのコスプレだから、女装をする羽目になったのだ。
群青色の長い髪の毛のかつらをツインテールにして、金色のカラーコンタクトをし、軍服風の衣装を着せられた。
なぜか、似合うとか可愛いとか言われまくった。
この宇宙船、馬鹿ばっかりだった。
祭りが終わって一月が経つと、地球へ襲撃をしかける話が持ち上がった。
残りのカオスエメラルドと、アーティカのデータを回収するための作戦だ。
「あの星の技術はチャオの生命を軽視している面があり、倫理的な問題が目立つものの、戦闘力については長けています」
作戦前、ブリーフィングルームで研究者がそのように説明する。
チャオの改造。
カオスチャオを素材として作られる人工カオス。
それらによって得られる兵器、アーティカ。
これまでの小動物との戦闘を考えれば、彼らが興味を持つのも当然だ。
話を聞いているのはアーティカのパイロットである僕とマキナと、ミツルとレイ。
そして小動物指揮班と呼ばれている、小動物を宇宙船から遠隔操作している人たちだ。
「それにカオスコントロールの技術では彼らの方が先を行っている部分があります。たとえばこの度我々に加わったチャオ、マキナ君」
俺だ、とマキナは立ち上がった。
その行動に話をしていた研究者が苦笑いする。
「うん、マキナ君にはカオスコントロール発生装置とでも言うべき機能が入っていて、それを利用することでカオスソーサラーでなくともカオスコントロールを起こすことが可能なのです」
カオスソーサラー。
それは城宝の研究者の中で存在が示唆されていた、特殊能力者のことだ。
その名前のとおり、カオスコントロールを自在に使うことのできる人間のことで、ミツルによってその存在が証明された。
「当作戦は、カオスエメラルド及び各種の技術を開発した軍事組織GUNの拠点を襲撃し、これらを奪うことが目的です。一機でも多くのアーティカの回収をすることで目的は達成されます。作戦の要は、カオスエメラルドを搭載した二機のアーティカです」
そして話は各々への具体的な指示へと移る。
「タスク君、マキナ君。君たちの要望どおりホワイトナイトには、我々の有人小動物の装備を転用しただけではありますが、近接戦闘用の装備をさせてあります。戦闘力に劣る小動物たちを守るために、大暴れしてください」
「任せとけ」
マキナが自分の胸を叩いた。
「ミツル様、そしてレイ君。あなた方のアーティカには、持ち帰っていただいたデータを基に最終調整を行いました。これによりあなた方のアーティカには、小動物のパーツを装備するキャプチャーシステムが実装されました」
「これでビーストマスターが完成ということですね」
「はい。今回は全ての種類の小動物を投下しますので、役立ててください」
「わかりました。ご厚意に感謝します」
「そして小動物指揮班。今回投下する小動物は百五十一機。目的は先ほども伝えたように、アーティカの回収、そして姫様のビーストマスターの支援です。今回から、無人機に仕様変更したライオンタイプが投下されます。無人機、量産機である以上、これまでとは違い、数ある小動物の一機に過ぎない性能にパワーダウンされているので、気を取られないよう注意してください」
降下。
「懐かしの地球だな」
マキナは言った。
「そんな感じは全然しないけど」
と僕は答える。
降りたのは、聞いたこともない国だった。
そこにGUNはアーティカ用の拠点を移し、小動物を誘っていた。
だけどその中にアーティカが混ざっているなんて、それも二機もだなんて、想像していなかっただろう。
ホワイトナイトの装備は、元々ライオンが使っていた剣だった。
大剣と、片手剣。
「ナイフはないみたいだ」
「いいじゃないか。英雄には剣が似合う」
「裏切り者だろ、僕たちは」
「地球にとっては、だろ。城宝にとっての英雄になるのさ、俺たちは」
マキナはこの状況に抵抗はないみたいだ。
城宝の人たちは僕たちに温かく接してくれて、だから僕も彼らのためにがんばろうという気分ではあった。
だけどカオスエメラルドを全て奪ってしまったら、この星の人たちチャオたち、それ以外の生き物も全て滅んでしまうことを思うと気が重い。
悩みそうになるけれど、そんなこと考えていても仕方がない。
僕はいつもどおり駆けた。
無鉄砲に突撃して、剣を振るう。
それが僕たちにできることだ。
ホワイトナイトの前に、剣と盾を装備した機体が立ちはだかる。
ブルースカイ。
スケヤ君だ。
「勝負だ、タスク」
スケヤ君は剣を構える。
「ずっと前から俺とお前はライバルだった。お前は何度か俺の先を行ったが、だが最初に上だったのは俺。最後に上なのも俺だ!」
僕はもうスケヤ君への興味を失っていた。
それよりもシドヤのダンシングビーストを見つけないと。
あれの相手は、ミツルだけだと難しい。
そんなことを僕は考えていた。
「行くぞ、俺の、カオスコントロール!!」
スケヤ君のカオスコントロールに合わせて僕もカオスコントロールを行い、時間の流れを遅くする。
スケヤ君は突進してきていた。
そして剣を振る。
剣にもカオスエメラルドの力が宿っているのを感じた。
僕はそれを避ける。
するとスケヤ君の動きが止まる。
カオスコントロールで時間の制御も剣のパワーアップもしようとするからだ。
僕は大剣でブルースカイを切断する。
時間の流れが元に戻ると、ブルースカイの上半身が慣性で前に飛んでいった。
小動物指揮班に、カオスエメラルドの回収を頼む。
すると連絡相手から、
「姫様が苦戦しているようです。大丈夫だと思いますが、加勢をお願いします」
と言われる。
きっとシドヤだ。
それなら大丈夫ではない。
「行きます」
と答える。
ミツルが戦っていたのは、ダンシングビーストではなかった。
見たことのないアーティカ。
しかし剣や銃を持たずに拳と足で戦うスタイルは、シドヤのものだ。
真っ向勝負で勝てる相手ではない。
横やりで勝つ。
「カオスコントロール!」
相手の攻撃が届かない、遠くから槍の攻撃をしかけようとした。
だがカオスエメラルドから力を引き出せない。
「どうしたマキナ!?」
「わかんねえ!」
戸惑っている僅かな時間で、僕たちはシドヤの機体に殴り飛ばされていた。
こちらに近寄る動作すら見えなかったが、僕たちがいた場所にシドヤの機体は立っていた。
「カオスコントロールか!?」
「いや、違う。そんな反応はなかった」
じゃあカオスコントロールなしで一瞬で接近したというのか。
あのアーティカは一体なんなんだ。
それになんでカオスコントロールが使えないのか。
「カオスコントロールが使えなければ、お前たちは小動物と大して変わらない。残念だったな」
シドヤが僕たちに言った。
「これはカオスエメラルドを鎮圧する、マスターコントロールだ」
機体紹介コーナー!!
今回紹介する機体は、ブルースカイ。
タスクの幼なじみ、スケヤの乗るエースアーティカだ。
本来ブルースカイは安定性を重視したバランス型の機体だったけれど、
タスクとの勝負を想定して攻撃に重きを向いた調整が施されているよ。
まず装甲を全体的に薄くし、機動性をアップ。
さらに武装の一つであったアサルトライフル銃を捨てたよ。
その代わりに、盾で隠れている左腕には銃が仕込まれているんだよ。
隠した銃で不意打ちを狙うことも視野に入れていたんだね。