第七話 BOY MEETS GIRL

 メッキィ、ビルティ、ナンティ。
 三人は僕のことが本当に好きだったのだろうか。
 自己犠牲をして相手を守れば愛なのか?
 僕と共に逃げることを選ぶことは、愛ではない?
 好きではなかったからこそ、離れる道を選べたのではないか。
 しかし彼女たちは僕を守るために死んだ。

 そもそも僕は彼女たちのことが好きだったのだろうか?
 僕は彼女たちの死を特別悲しむような気持ちにはならなかった。
 僕たちを逃がすために死んでいった人たち。
 その代表として彼女たち三人と、パパパパーン司令の顔が浮かんでくるだけで、僕は彼女たちのことを愛していたわけではない気がする。

 そんなことを考えているような暇が、今はあった。
 カオスポイントに逃げ込むと、そこには元の町が残っていなかった。
 元の町よりも圧倒的に広大な、異世界と呼びたくなるような空間になっていた。
 全く知らない町がいくつかあり、それらを包み込むように砂漠があり、町々の中心には泉があった。
 空はずっと曇っている。
 GUNの追手はおらず、小動物も降ってこない。
 薄暗い世界は平和な世界だった。
 アーティカに乗る僕は、小動物に対する武力として一応は歓迎されている様子だった。
 そしてここには僕と同じように、逃げてきた人がたくさんいた。
 なんらかの罪を犯した者が特に多い。
 だから僕はこの世界が好きにはなれなかった。
 悪人を救ってどうする、と思った。
 マキナが以前言った、英雄という言葉を思い出す。
 あの時、敵を打ち倒したのに悪者にされたことを皮肉ってそう言っていたのだが、今度は悪人を救う英雄になってしまいそうだ。
 逃げてきた人の中には、どうしようもなく非力な被害者もいた。
 そういう人たちだけ守る手段があればいいのに、と僕は思った。
 以前よりましになったのだろうが、それでも弱者のままだったからだ。

 僕とマキナはアーティカに乗って砂漠をうろつくのを日課にしていた。
 カオスポイントがどうして状態なのか調査するためだ。
 しかし一体なにをどう調べればいいのか不明だった。
 不明なくせに、なにか手がかりを見つけてやる気で僕はいた。
 すると僕たちは、見知らぬアーティカを発見した。
 まさかGUNの新型だろうか。
 警戒するが、しかしパイロットらしき少女はアーティカから出て、シャベルで砂を掘っていた。
 僕たちがアーティカで近づくと、彼女は手を止めて警戒したようにホワイトナイトを見る。
「なにをしているんです?」
 少女は少し間を置いてから、
「小動物のパーツを探してるの」
 と答えた。
「小動物? どうしてまた」
「調べたいことがあるの。そっちはアーティカに乗って、なにしてんの」
「僕も、まあ、調べものかな。どうしてここがこんなことになったのか、知りたくて」
「なあ今思ったんだけどよ、それ、シューティングスターじゃねえか?」
 マキナが少女のアーティカを指して言った。
 少女は首を傾げる。
「シューティングスター?」
 僕は彼女の機体をよく見た。
 すると確かに、シューティングスターの顔と胴体だった。
 飛行用に付けられていた巨大な強化パーツが外されており、代わりに小動物みたいな翼と脚が付けられているせいで印象がだいぶ変わっていたが、素体はシューティングスターだった。
 シューティングスターは、ライオンに破壊され、敵に回収された機体。
「お前、一体何者だ」
 マキナがホワイトナイトを操作し、銃を少女に向ける。
 少女は両手を挙げて苦笑いする。
 そして自分のアーティカの方を見て、
「ねえ、助けてくれたって、よくない?」
 と呼びかけた。
 きっと中にチャオがいるのだろう。
 しかしアーティカは動かない。
 少女は諦めた。
「私は、宇宙から来ました。あなたたちの言う、小動物をこの地球に降らせている人間です。と言っても私が降らせているわけじゃなくて、私はその宇宙船に住む一人って言うか、そんな感じです」
「宇宙人?」
 ですかね、と少女はうなずいた。
 だけど宇宙人にしては、人間と全く同じ容姿だ。
 マキナは僕に、なにかあったら撃てと命令して、アーティカから降りる。
 そして少女から武器を取り上げた。
 マキナがボディチェックをしたが、腰につけていた銃以外に武器はなにも持っていなかった。
 銃とシャベルをマキナは遠くに放り捨てる。
 僕もアーティカから降り、銃を取ってから少女に近寄る。
「まるで人間みたいだ」
「ね。私も驚きました。この星の人たち、私たちとそっくりって」
「奇跡だなあ」
 僕がそうしみじみと言うと、少女は強く二度うなずいた。
「ですよね。たぶんカオスエメラルドには、私たちみたいな生物が生まれるように生命を誘導する力があるんでしょうね」
「え? なんでカオスエメラルド?」
「はい?」
 少女はきょとんとした。
「いや、今の話とカオスエメラルド、全然関係ないじゃん」
「なに言ってるんですか? 生命とカオスエメラルドは切っても切れない関係ですよ」
 僕もマキナも彼女の言っていることの意味がわからなかった。
 それで彼女も、自分たちとこの星との知識の差を理解したようだった。
「カオスエメラルドは命の源なんです。カオスエメラルドを失った星からは、全ての生命が消えてしまいます」
 反対にカオスエメラルドの数を増やせば、それだけ繁栄が約束される。
 カオスエメラルドの量と生命の量は比例するのだと、少女は言った。
「私たちは一度滅亡しかけました。それで今は宇宙を旅してカオスエメラルドを集めているんです。この先なにが起きたとしても、滅亡を回避するために、できるだけたくさん」
「だからってカオスエメラルドを奪って僕たちを滅ぼすのか?」
「そういう倫理的な問題は確かにあるんですけど。それでも私たちにはもっとたくさんのカオスエメラルドが必要なんです」
 僕は彼女や、彼女の宇宙船が抱えている深刻さをいまいち理解できなかった。
 彼女の話からすると、もう滅亡は免れているみたいだ。
 それならカオスエメラルドを奪って悪人のようなことをせず、誰も傷付けないで大人しく暮らしていればいい。
「マキナ?」
 チャオの声が緊張した空気を壊した。
 少女のアーティカからチャオが出てきて、マキナに近寄ってきたのだった。
 マキナはそのチャオをじっくりと見る。
「もしかして、レイじゃないか?」
「そう、そう。マキナ、お久しぶり」
「レイか、久しぶりだなあ!」
「なんなの、知り合い?」
「ほら、ルウのチャオだよ。転生してたんだなあ。十年前とそっくりだ」
「この子、あの機体を回収した時、乗ってたんだよね」
 少女はレイを抱き寄せて、撫でた。
 レイは頭上の球体をハートに変えて喜ぶ。
「パイロットは? パイロットはいなかった?」
「いなかった。脱出ポッドで逃げたっぽくて、コクピットがなかった」
 そういえばそうだった。
 しかし脱出ポッドの中は空だった。
 ルウはどこへ行ってしまったのだろう。
「それなんだけどさ、なんで脱出ポッドでチャオも一緒に逃げられないようになってたの? チャオは使い捨てってこと?」
 少女は顔をしかめて言った。
 だけどそれは僕たちにとっても疑問だった。
 そもそもアーティカには普通脱出ポッドがないことも一緒に彼女に話す。
 変な話、と少女は呟いた。

 僕と少女は行動を共にすることになった。
 マキナとレイが再会をとても喜んでしまって、対立する空気ではなくなってしまったからだ。
 もしここまでGUNが追いかけてきた時のことを考えると、味方がいるのは心強かった。
 僕は彼女をGUNに売るつもりは微塵もなく、むしろGUNと徹底的に戦う気さえあった。
 だけど僕は宇宙からの敵とも、つまり彼女の仲間とも戦わなくてはならない。
 それはなんだか気まずい。
 このままカオスポイントから抜け出せない生活が続けば、そんな思いをしなくて済むから楽なんだけど。
「私がここに来た理由はもう一つあって、カオスコントロールの調査なの」
 少女――名前はミツル――は早くも僕に心を開いているようだった。
 僕の方はまだ少し警戒しているのに、無邪気な子だ。
 それが本当の十四歳の彼女と、体だけ十四歳の僕との差なのだろう。
 僕たちは砂漠で火を焚き、キャンプをしていた。
 ミツルはその身分のせいか、町に泊まることを嫌っていた。
 火の傍で、町で買ってきたフライドチキンを食べている。
「うちのライオンが破壊された日の戦闘、未知のカオスコントロールが観測されて、それがなんだったのか調べてるの」
 未知のカオスコントロール。
 きっと僕がカオスエメラルドを暴走させたやつだ。
「砂漠で、なにかわかるの?」
「うん。ライオンのパーツと、カオスエメラルドを探してる。ライオンの戦闘データが見つけられれば、ライオンが起こしたカオスコントロールについては調査ができると思う」
「ん? ライオンが未知のカオスコントロールを?」
「そう。あの日、私たちが観測した未知のカオスコントロールは二つ。そのうち一つは、ライオンが起こしてる」
 僕はライオンが起こしたカオスコントロールを思い返した。
 広範囲への爆撃。
 規模も威力も、特別なカオスコントロールという気はしなかった。
 だから僕は、
「別にあれは普通のカオスコントロールじゃないの」
 と言った。
 ミツルは、普通だけどおかしいんだよ、と首を振った。
「ライオンには確かにカオスエメラルドを積んでいたけれど、でもライオンにカオスコントロールをする機能はないの」
「なるほど」
 僕たちの場合、マキナにカオスコントロール用のシステムが組み込んであるから、カオスコントロールができる。
 ライオンにはそれが存在していない。
「パイロットが見つかれば一番いいんだけど、たぶん生きてないと思う」
「ライオンにはパイロットが?」
「そりゃ、カオスエメラルドを積む機体は無人機にできないよ。マニュアル操作が必要な非常事態に陥る可能性はあるんだから」
「パイロットが乗っていたなら話は簡単さ。そいつが自力でカオスコントロールをした」
 マキナが話に入ってきた。
「自力?」
「カオスエメラルドは心に反応して力を出す。共鳴さえできれば、システム抜きでもカオスコントロールができる」
 理屈の上では、とマキナは付け加えた。
「心……。カオスエメラルドにはそんな特性があったんだ……」
「宇宙船作れるのにそのことは知らないんだな」
「うん。私たちにとってカオスエメラルドは生命の数を左右する石で、機械の動力源。心なんて関係ないシステマチックなものだから」
「もっとドラマチックなものだぜ、カオスエメラルドはさ」
 かっこつけて言うマキナに僕は笑った。
「ドラマチックって」
 でもミツルは、覚えておく、と深くうなずいた。

 食事途中の僕たちに、美女が近づいてきた。
 町の方向から一人で砂漠を歩いてきたのだった。
 なんだか奇妙な感じがした。
「こんばんは」
 と美女は僕たちに声をかけた。
 戸惑いながら小さく返事をする。
 美女は僕をじっと見て、
「あの時から少しも変わっていないわね、タスク君」
 と言った。
 あの時から。
 一体いつだろう。
 しかし彼女は僕のことを知っている。
「あなたは?」
「覚えてないかな、だいぶ変わったからね。私はルウ」
「ルウ!?」
 僕とマキナとレイが驚いた。
 中でもレイの驚きようは凄くて、本当に飛び上がっていた。
 異様な反応を見せたチャオにルウは目をやる。
「レイ?」
「そう、レイ!ルウ、ルウ!?」
 激しく上下するレイ。
 そのコミカルな動きに僕は笑いそうになった。
「そうだよ、ルウだよ。まさかお前が生きていたなんてね」
 ルウはレイに銃を向けた。
「まるで昔に戻った気分になるわね」
 撃った。
 マキナがレイをかばって、銃弾を受け止める。
「いってぇ!」
「大丈夫か!?」
「俺は不死身だ!!」
 ルウはその場から飛び退く。
 するとルウが立っていた場所から、爪のようなものが姿を出した。
 地中に隠れていた機械が姿を現す。
 僕たちは逃げながらそれぞれのアーティカに乗る。
 地中から出てきたのは、ドラゴンを模した巨大な機械。
 しかしそれは小動物ではなく、複数のバイオレットを無理やり組み合わせた結果出来上がったものだった。

このページについて
掲載日
2017年8月24日
ページ番号
10 / 16
この作品について
タイトル
覚醒の星物語(スター・ストーリー)
作者
スマッシュ
初回掲載
2017年4月7日
最終掲載
2017年8月29日
連載期間
約4ヵ月25日