第六話 おどるポンポコリン

 空から飛来する敵がカオスエメラルドを狙っているのは明らかだった。
 ライオンはエースアーティカを破壊してカオスエメラルドを持ち帰ることに執着している様子だった。
 それにGUNは七つ全てのカオスエメラルドを一ヶ所に集中させていた。
 敵の飛来する地域を狭めるためだったのだ。
 僕がGUNから脱走したことで、僕の逃走ルートをなぞるように敵が飛来してきていた。
 その敵を僕が迎え撃つべきなのだろう。
 しかし僕のホワイトナイトには装備がなかった。
 カオスコントロールによる攻撃は可能だった。
 だけどそれで全ての敵を倒すのは難しくて、僕は飛来する敵をそのままに逃走を続けていた。

 アーティカは目立つが、カオスエメラルドを搭載したアーティカを捕らえられる者はいなかった。
 同じエースアーティカをぶつける余裕はGUNにはない。
 逃走七日目。
 僕は十機のアーティカに取り囲まれていた。
 見たことのないアーティカだった。
 ドラム缶のような丸みを帯びた寸胴のボディ。
 それでもカオスエメラルドがあるから負ける気はしなかった。
 しかしそのうちの一機のコクピットハッチが開き、中から見覚えのある男が顔を出した。
「久しぶりだな、タスク君!」
「パパパパーン司令!?」
「そのとおりだ! 君を助けに来たぞ!」
 助けにってどういうことだ。
 パパパパーン司令は連れてきたアーティカのパイロットにハッチを開けさせ、それぞれの顔を僕に見せた。
 見覚えがあったりなかったりした。
 どこかで会ったような気がする人も、どこで会ったのか覚えがない。
 ただパパパパーン司令を除く全員が若く、僕よりも年下のようだった。
「あっ、ナンティじゃんか。えっ、ていうことはそっちはメッキィ? ああー、もしかしてそっちはビルティか」
 マキナが覚えていたらしく、声を上げた。
「知ってるのかマキナ」
「知ってるもなにも、GUNにいたじゃんか。お前興味なかったかもしれないけど」
 GUNにいたと言われても、僕は少しも思い出せない。
「えっと、どういうことです?」
 と僕はパパパパーン司令に聞いた。
「彼らは私の考えに賛同して共に来てくれた者たちだ。君とは馴染みが薄いかもしれないが、彼らは全員君の後に入ってきた、元パイロット候補たちだ」
 元パイロット候補。
 その意味さえ咀嚼し損ねる。
「いつまでもアーティカのパイロット候補のままGUNに居続けることはできない。だからパイロットになる見込みのなかった者は、アーティカのメンテナンスだとか他の仕事に就くんだよ。あいつらは全員、俺たちを後ろから支えてきてくれたやつらだってこと。本当に見覚えないのか?」
「ああ、そう言われればなんかわかるわ」
 僕たちは警戒を解き、パパパパーン司令から詳しい話を聞いた。
 GUNはアーティカ部隊の拠点を移し終え次第、逃亡した僕を捕らえてカオスエメラルドを奪還するつもりでいる。
 僕はカオスエメラルドを消滅させ、さらに強奪した犯罪者として処罰される予定らしい。
「私はそれに反対して、GUNを裏切り君を追ってきたのだ。私は君のカオスコントロールこそが、世界を救う鍵だと信じている」
 こんなにはっきりと味方だと言ってくれる人が現れて、僕は嬉しくなった。
「ありがとうございます」
「そして君を助けるために用意したのがこの新しいアーティカ、バイオレットだ」
 バイオレットは量産を最重要視して設計されたアーティカで、強化パーツの付け替えができなくなっている。
 パパパパーン司令はこのバイオレットを、生産した分だけ民間人にばらまいてからGUNを抜けてきたと言った。
「君を追いかける形で、小動物はあの拠点の町以外にも出現するようになってしまった。その原因が君と、君のカオスエメラルドであることを隠すため、私はこの手を打った。通常のアーティカに使用されるカオスバッテリーは、カオスエメラルドと似た反応を出すため、小動物を呼び寄せる可能性があるのだ」
 全国にバイオレットが配置されてしまえば、もはや小動物はどこに現れても不思議ではなく、それが僕の存在を隠すことになるということだ。
 元々小動物の存在に怯え、アーティカの配備を求める声は多かった。
 それに応える形で、バイオレットは配られた。
 こうなればGUNはバイオレットを全国に流し続けるしかなくなる。
 というのがパパパパーン司令の読みだった。
「そして我々は小動物を倒すことを生業にする傭兵団として各地を渡り歩き、逃走を続けるという作戦だ」
「なるほど」
「どうだろう。我々の提案に乗ってくれるだろうか」
「勿論です」
 この誘いを断って、僕たちだけで逃亡を続けるのは無理がありそうだったから、乗る以外の選択肢はなかった。
 僕がうなずくと、パパパパーン司令の後ろにいた三人の女子が、きゃあ、と喜んだ。
 そして三人がずんずかと寄ってきた。
「タスクさん! あたし、アーティカの整備士やってた、メッキィです! タスクさんと一緒に戦えるの楽しみにしてました! って言うか、タスク君って呼んでいいです!? タスク君って、見た目は私より年下じゃないですか、すっごく可愛いと思ってたんですよ!」
 メッキィは早口で、僕の手を握り締めながら喋った。
「う、うん。よろしく」
「私は強化パーツの開発をしていたビルティ。バイオレットの開発にも関わってるから、この機体での戦闘なら私にも分があると思うよ」
 ビルティは腕を組み、不敵な笑みを見せて、
「よろしくね、タスク君」
 と言った。
「わたしはナンティ。チャオのメンテナンスや餌の配合をしていました。アンデッド様のことはずっと気になっていました。ぜひ寵愛を賜りたく思います」
 ナンティは深々と頭を下げる。
 寵愛ってなんかエロい、とメッキィが非難する。
「なら私も寵愛がほしいわ」
 ビルティがそう続くと、じゃあ私も、とメッキィが挙手する。
 一体なんなんだこれは。
 ほとんど知らない女性三人から急にアプローチを受けて僕は戸惑う。
「え、いや、その」
「俺ならいつでも愛してやるぜ」
 マキナが三人に言った。
 しかし三人は、へらっと笑っただけでなにも言わなかった。
「おいタスク、こいつらとは絶対に付き合うなよ」
「それは僕の自由だから」
 いつものノリでマキナにそう返すと、きゃあと三人がまた声を上げた。
 困ったことになったな、と思った。

 パパパパーン司令によって、既に宿は手配されていた。
 アーティカを格納する小屋も含めて全て用意が整っていた。
 しかもGUNに通報する町の者がいても大丈夫なよう、僕たち以外の人は宿や小屋への出入りを禁止しているという徹底っぷりだった。
 宿の持ち主すら、今晩は別の場所に泊まるという話だった。
 よくそんな条件で話をまとめられたものだと思う。
 それだけ人々はアーティカ乗りを求めているのだろうか?
「夜這いに来たりしてな」
 マキナは寝ようとベッドに入った僕に言った。
「勘弁してほしいよ、それは」
「来たらどうする?」
「どうするもこうするもないだろ。お前だっているのに」
「そうか。それもそうだな。じゃあ俺は別の部屋で寝ることにするよ」
 マキナは部屋から出ていこうとする。
 僕は必死にそれを引き留める。
「やめて、マジでそれはやめて」
 もし彼女たちが本当に夜這いに来たら大変なことになる。
 そして彼女たちの興奮した様子には、そのもしもがあり得るのではないかと不安に駆られるような熱っぽさがあった。
「じゃあこうしよう。俺はクローゼットの中に隠れる。それでもしものことがあったら、その時は俺はこっそり覗いている」
「最悪だよ。それが一番」
 マキナはクローゼットの中に隠れてしまう。
 中からマキナは、
「そうは言っても、鍵かかってるから、入れなきゃ大丈夫だろ」
「それはそうなんだけど」
 ガチャガチャ、と部屋の外で音がした。
 ドアが開いて、三人が入ってきた。
「なんで!?」
「ピッキングです!」
 メッキィが勝ち誇ったように針金を掲げて言った。
「あたしたち、抜け駆けはなしってことで、最初は三人一緒って決めました。抱いてください」
「助けて、マキナ!」
 返事がない。
「マキナちゃんからは、アンデッド様を好き放題してよいと了承を得ています」
 ナンティがピースサインをして言った。
 ふざけるなマキナ。
 よく見るとクローゼットの扉が僅かに開いていた。
「マキナのことなんて今は忘れて、ね?」
 ビルティが僕の体をそっとベッドに倒した。
 絶妙な力加減で、乱暴さはなく、だけど僕が抵抗できないように押し倒された。
「あたし、ずっとタスク君に憧れてました。GUNに入った時から……。私はパイロットになれないまま大人になっちゃったけど、タスク君はずっと変わらなくて、ずっと憧れの姿のままで。だから今でもタスク君に憧れてる」
 メッキィは僕の小さな全身を包み込もうとするように抱き締めてきた。
 抱き締めれば宝箱にしまえると思っているみたいだった。
「あんなに無茶な戦いをして、それでエースアーティカに乗るまでになるなんて。私もそういう馬鹿になりたかったな」
 ビルティは快楽に無我夢中になって、互いの理性を激しく揺さぶってきた。
 アーティカに乗れなかった自分というものを忘れて、この瞬間の自分だけを受け入れようとしているみたいに懸命だった。
「老いを知らない体、そしてあのカオスコントロール……。あなたの力は美しくて、眩しい」
 ナンティは僕の体を愛おしそうに舐める。
 磨くのと味わうのを同時に行っているかのように、丁寧でゆっくりとした動作で交わる。
 三人との交わりは朝まで続いた。
 僕はその後一日疲労で動けず、ベッドに横になっていた。

 傭兵業は非常にうまくいった。
 パパパパーン司令の根回しもあったのだろう、逃走中の生活に困ることはなかった。
 バイオレットは量産されているために、修理が容易だった。
 ただし僕のホワイトナイトばかりはそういかず、戦闘での被弾を避けなくてはならなくなった。
 メッキィビルティナンティの三人が僕を守っていいところを見せようとすることもあって、僕は以前のようながむしゃらな戦いはできなくなった。
 僕らしい戦いができていない。
 そう心配になるけれど、エースアーティカやライオンのような強敵との戦いに備えてホワイトナイトは万全の状態を保つべきというパパパパーン司令の言葉に僕は従っていた。
 そしてとうとうGUNからの追手が姿を現した。
 逃げ始めてから一か月後のことだった。
 夜間に警備をしていたメッキィが追手を確認したのだった。
 相手はエースアーティカだった。
 全員でアーティカに乗り込む。
 エースアーティカは、シドヤのダンシングビートだった。
 ただ下半身が鳥のような脚に改造されていた。
 まさか最強のアーティカ乗りが最初に来るなんて。
「久し振りだな、タスク」
「一番会いたくないやつでしたよ、あなたは」
「今のGUNには正直あまり余裕がなくてな。だから俺のこのダンシングビースト一機でお前たちを捕らえる」
 確かに他のアーティカの姿はなかった。
 ダンシングビート改め、ダンシングビースト。
 鳥の脚になんの意味があるのか。
 警戒が必要だが、だからと言って臆するつもりはない。
「マキナ」
「ああ」
「カオスコントロール!」
 時間の流れを歪める。
 そして元々バイオレットの武装であったサブマシンガンで射撃しながら、接近する。
 このバイオレットの銃にはナイフが仕込んであり、近接戦闘もできるようになっているのだ。
 しかし予期しないことが起きた。
 ダンシングビーストは遅くなった時間を中を普通に動き、銃撃を回避した。
 そして前進する僕に飛び蹴りをしかけてきた。
 その蹴りをかろうじて避ける。
「なんだ!?」
 動揺しながらも僕はホワイトナイトを振り返らせ、ダンシングビーストの背中を狙った。
 ダンシングビーストはバイオレットを足の爪で切り裂きながら掴み、それを盾にして僕の銃撃を防いだ。
 そのまま蹴り飛ばすように脚を突き出して、バイオレットを僕の方へ投げ捨てる。
 時間の流れが元に戻り、バイオレットが飛んでくる。
 そして爆発した。
 僕は退いて、それをどうにか避けた。
「カオスコントロールができるのは、お前だけじゃない」
 シドヤはそう言った。
「逃げろタスク!」
 パパパパーン司令が叫んだ。
 続いてメッキィビルティナンティに、僕の逃走を助けるよう指示を出す。
「ここは私が食い止める!」
 そんな指示を出す間にも、ダンシングビーストに手を出そうとしたバイオレットが一機、カウンターで破壊されていた。
「バイオレットでは無理です!」
 ビルティが言った。
 僕もそうだと同調した。
 しかしパパパパーン司令は、時間稼ぎならできると言って聞かなかった。
 メッキィとナンティのバイオレットが、僕のホワイトナイトを引っ張るようにして、命令どおり逃げるよう促す。
 僕はまだ勝てるのではないかと算段をするのだが、マキナがホワイトナイトの操縦権を僕から奪って、ホワイトナイトを逃げさせる。
「マキナ!?」
「たぶんこのまま戦ったら負ける。逃げるしかない」
 そしてビルティも遅れて僕たちに付いてくる。
 残ったバイオレットたちがダンシングビーストを囲む。
「カオスポイントへ向かえ!」
 パパパパーン司令はそう言った。
 メッキィがわかりましたと答える。
 そしてパパパパーン司令は、
「いいか、タスク。この世界で鍵を握るのは、カオスエメラルドとそれに選ばれた者だ。カオスエメラルドが君を、君の望む場所へと導く。君は選ばれた者なのだ」
 と僕に語りかける。
「最後に、選ばれなかった者の運命を見せてあげよう。カオスコントロール!」

 パパパパーン司令がどうして僕を助けたのか。
 その理由を詳しく聞かせてもらったことがあった。
 自分は生まれたのが早すぎた、とパパパパーン司令は言った。
 アーティカが生み出され、小動物と戦うようになった頃には既にパパパパーン司令は大人だった。
 大人の精神では、チャオの精神とうまく融合できないことがあるのだ。
 協調性の壁は年齢と共に高くなる。
 子どもの頃にそれを越えることが、最も効率的な解決策で、そのためGUNは子どもを操縦者候補として徴集していた。
 戦えない自分たちの代わりに子どもを戦場に送り込むことを、パパパパーン司令は快く思っていなかった。
 しかしそうしなくてはならないとも確信していた。
 そこにマキナと組んで不老の体になった僕が現れる。
 僕の肉体は十四歳で成長が止まった状態にある。
 肉体が子どものままなら、どれだけ人生経験を重ねたとしても、脳やホルモンの働きに引っ張られて完全に大人にはならない。
 そしてマキナは、大体六年と半年ほど生きて二回転生している。
 その後一年で進化してカオスチャオになっていて、だからマキナも十四歳である。
 十四歳で時間が止まった者同士のコンビ。
 そこに可能性があるとパパパパーン司令は見ているのだった。

 パパパパーン司令はカオスコントロールによって時間の流れを遅くし、攻撃をしかけたが、返り討ちにあったようだった。
 逃げていたから一部始終を見れたわけではないが、そのようなことが起きたのだと遠目で戦闘を見て感じた。
「どうしてパパパパーン司令はカオスコントロールをできたんだ?」
 マキナが、メッキィたちに尋ねた。
 確かにカオスエメラルドを持っていないのに。
「カオスバッテリーを暴走させたんだ。タスクさんがライオンを倒した時にしたみたく、バイオレットに二基積まれているカオスバッテリーを暴走させて、それでカオスコントロールをするだけのエネルギーを得た」
 ビルティがそう説明した。
 カオスコントロールを起こせるだけのエネルギーを得るシステムが開発されており、それをバイオレットの隠し機能として組み込んだのだそうだ。
「動力源を失って戦闘不能になるから奥の手なんだけど、カオスエメラルドが不足している現在、小動物に対抗する手段としてバイオレットに組み込んである」
「カオスポイントっていうのは?」
「前までGUNの拠点があったところ、私たちが元々いたあの町です。あそこは今、時空間がおかしくなっていて、外側から中の様子が観測できない上、一度入ったら出てこれないとも言われています」
 そこならそう簡単には追ってこれない。
 傭兵業をしながら逃げ続けるのはもう無理だとパパパパーン司令は判断したのだろう。
「そうか。なら帰ろう、僕たちの町へ」
「あっ、私は遠慮しておくよ」
 ビルティが立ち止まった。
「あのエースアーティカ、振り切れてないみたいだから、私がとどめの時間稼ぎをする」
「ビルティ、お前」
「安心して。私だってカオスコントロール使えるから」
「ならあたしも残る」
 メッキィも立ち止まった。
「ビルティだけだと失敗しそうだし。それでタスク君捕まっちゃったら大変だもん」
「悪いけどあんたより私の方が強いから」
「じゃあ私も残るわ」
 ナンティまでも止まってしまった。
「いやいや、三人残ったら、私がせっかく気を利かせた意味ないんですけど?」
「いいじゃん三人で。三人ならもしかしたら勝てちゃうかもよ?」
「それは無理」
「えっと、とにかくタスク君、絶対に逃げ切ってね!!」
 任せろ、と僕とマキナは逃げた。
 少しして僕たちは三人の断末魔を聞いた。

このページについて
掲載日
2017年8月23日
ページ番号
9 / 16
この作品について
タイトル
覚醒の星物語(スター・ストーリー)
作者
スマッシュ
初回掲載
2017年4月7日
最終掲載
2017年8月29日
連載期間
約4ヵ月25日