十七話 新拠点

 引越しはそこそこ大変だった。二台のトラックを使って、一日で荷物を移動させた。トラックは近所の金属加工業者からの借り物で、ついでに人手も二人借りた。丁度暇な時期で、パートを休ませるかどうか悩んでいたところだったらしいので、逆にお礼を言われた。こちらも金を払って借りているし、人手まで借りられて助かっているのでそんなに感謝されるとなんだか気持ち悪い。
 トレーニングルームを持っていくことはできないので、トレーニングルームはそのままだ。新拠点にトレーニングルームはない。というより、だだっ広い会議室を一部屋借りているだけだ。
 ロースト曰く、トレーニングルームはカオスドライブを使用している我々にとって寿命を縮める場所だからむやみに使うものではない、それに別拠点での活動はこの謎が解決するまでの一時的なものだから、場所さえあれば基本的に問題ない、とのことだった。
 チェイスが運転するトラックの助手席で、ぼーっと外の風景を眺めていると、不意にチェイスが話しかけてきた。
「今回の拠点移動で何か起こるかなあ」
「わかんないけど、エレメントの方はもう何か起こってるみたいだからねー」
「勝手に動いてたんだもんな。実はエレメントは何かの生物で、カオスドライブを使うやつに寄生してんのかもな」 
「うぇー、チェイス寄生虫飼ってるとかやめてよ」
「俺も自分で言ってて嫌だったわ」
「そういえば、なんでトラック運転できるの?」
「ああ、前職で免許必要だったからな」
「トラックのドライバーだったの?」
「いや、これ貸してくれた業者みたいなところで働いてたんだよ。納品行くときにトラック使うからさ」
「へえー。飽きたの?」
「よくわかったな」
「飽きっぽそう」
「まあな。仕事なんて出来ちまえばあとはやるだけだし、身を削ってまで頑張るもんじゃないよ」
「今削ってるじゃん」
「違うわ。頑張るために削ったんじゃなくて、楽しそうだったから削ったの」
「今頑張ってるじゃん」
「それは楽しいのがわかってたからね。まあでも、ローストとメンメのお陰かな」
「やったね、褒めてくれるんだ」
「褒めてあげるよ」
 引越しが終わって、新拠点にメンバーとすべての荷物が揃った。極端に新拠点が遠かった訳ではないけど、荷物の運搬やらレイアウトの調整やらで、もう夜になってしまっていた。
「お疲れ様。今日はもう帰ろう。明日以降はこっちに出勤だからな、間違えないように」とロースト。
 そのまま、みんなふわりと帰っていった。


 新拠点での初日、何か特別なことをするのかなあ、と思っていたけど、本当に場所が変わっただけですることは何も変わらなかった。
 会議室のテーブルを二グループで分け合って、片方はボードゲーム、もう片方はジェンガで遊んでいた。フェニーは朝一でこの近辺の地図を確認すると、そのままパトロールに出掛けた。いつものように一人でネットサーフィンをしているテーラは、会議室の中だと秘書みたいだ。
「そういえば、タイピングってできる? なんか一回のタイプで色んなキー押しちゃってできないんだよね」
「ああ、まあゆっくりならできるな。でもタイピングしかできないから、パソコン使うって言ってもインターネットで検索するくらいしかできないな」とチェイス。
「俺はまったくだな。そもそもどこを打ったら"あ"が出るのかもわからん」とライザ。
「そうなんだ。でもライザは器用だから、覚えればできそう」
「そうかねえ」とライザ。
「私がタイピングできないのって、ふにふにでぽよぽよな手をしてるからかなあ」
「お前の手がふにふにでぽよぽよだったらお前が今まで殴ってきた奴らはケガしてないだろうが」とチェイス。
「そんなことないって。ウォータージェットってあるでしょう? あれと同じだって」
「メンメはメンメに殴られたことがないからそんなことが言えるんだろ」
 私の番になって、ジェンガブロックを引き抜いたら、ジェンガが崩れた。
「やっぱりふにふにでぽよぽよだよ」
 会議室にフェニーが戻ってきた。いつものように淡々と無線機をフックにかけて、ローストの近くの空いていた席に座った。
「お疲れ様、どうだった?」とロースト。
「今のところ特に変わったことはないな」
「そうか、なら良かった」
 初日はこのまま特に何事もなく終わった。
 次の日は一件、新拠点から70kmくらいのところで黄色の反応があって、出動した。またフェニーに運んでもらっての出動で、またエレメントが単体で動いていた。今度は、エレメントを抜き出したと思われる者が見当たらなかった。逃げられたか、何か別の現象が起きてるか、と言ったところだけど、わからないのでとりあえず拠点に戻った。拠点に戻ると、フェニーが倦怠感を訴えてそのまま帰った。その次の日も休んだ。そのまた次の日は出勤してきたが、本調子ではなさそうだった。
 フェニー曰く、病院では異常なしと診断されたそうだ。咳やくしゃみが出るわけでもなく、ただだるいらしい。
「やはり、この間の出動で何かあったと考えた方が良いかもな」とロースト。
 そのとき出動したリング、チェイス、私が集まり、情報を絞り出したがそれらしいものは出てこなかった。

このページについて
掲載日
2018年5月6日
ページ番号
17 / 20
この作品について
タイトル
ステンドグラス
作者
ダーク
初回掲載
2017年7月11日
最終掲載
2018年8月16日
連載期間
約1年1ヵ月6日