Sister Moon

  「見ろよ、今日の満月は格別だ」

 ゴミ捨て場、パンパンになった白色のゴミ袋が積もる場所を、俺はベッドの様にしてもたれかかっていた。気分が良い。人を殴って、金を奪って、汚い恰好して中華料理を食った後の、この侮辱されたような位置にいる俺は幸せだ。
 頑張れば、俺はもっとすごいことができるかもしれない。
 大量虐殺かって、やろうと思えばできるし、俺は死刑にならない確証がある。数学の勉強を今から必死にやって、将来すごい化学兵器を作ることかってできる。運動して鍛えて、オリンピック選手になろうとおもえばなれる。
 俺は、隣にいる、自分のパートナーの後ろ頭を撫で上げる。上からくしゃくしゃと撫でてあげたいところだが、炎が手に当たってしまうので止めておく。彼は撫でられようが、何されようが、決して表情を変えようとはしない。

「ハハ、お前は、いつになっても、変わらない奴だ」

 チャオと言う存在は、この人間界において異質な存在だ。彼らは一匹につき、誰か一人のパートナーとなり、撫でられると、徐々にそのパートナーの性格や寿命を克明に表わす。
 俺は小さいことは普通の人間だと想っていたが、それは彼が「ダーク」「カオス」チャオになることで、一気にその理想から遠ざけられてしまった。
 親とは絶縁状態になり、友人からもどんどん距離を置かれるようになった、付き合っていた彼女は別の男を作った。だが、そのような痛みしか残らない記憶もそろそろ俺の頭から消え始めている。
 ……俺が生まれたのは2211年、今は2561年。そう、俺は3世紀以上、この世界に身を置いている。若いままで、年老いず、そして、死なずに。

 周りの人間や街並みは、俺をおいてどんどんと消えていく。いつかは、この世界自体が消えて、人間も消えて、宇宙だけになって、宇宙も消えて、無になって。
 それでも、俺とこいつだけは、生きる。永遠に。
 だから、永遠なんて言葉は嫌いで、ただただ理不尽で、野暮ったい。

「お前だけが、俺の仲間だよ」

 ダークカオスチャオに対して倒錯的な愛情を向けようとした時期も、会ったような気がする。こいつと愛し合うことができれば、無のセカイになろうとも、怖くないはずだと。
 だけれども、悲しいかな、俺は人間として生まれてしまった。人間はどんなに人間を憎んだとしても人間しか愛することができない。結局、30年くらいかけて、いろいろと研究したが、何もできずじまいで、諦めることにした。

  今、俺は半ば狂っている状態に自分を仕立てあげ、この問題を片付けようとしてる。だから、何かに没頭することもなく、思うがままに動いてみようと考えているのだ。自分は狂っている、と想えば、俺は自分が正しいと想い込める。全てを狂気の沙汰に埋め込んでしまえば、記憶もすべて忘れてしまうだろうと。
 それは結構うまいこと言っているようだ。
 今日も、適当にルンペン生活を満喫して、人間としての飯もありつくことができた。こうやって、夜中になって満月を見て、今日という一日を顧みる、そして、微かな妄想を思い浮かべては、にやりと笑う。うん、悪くはない。決して悪くはない出来。

 これで、俺のこれからの絶望も安泰だ。
 誰も愛しないで、誰にも見られないで、独り孤独な狂気にさいなまされれば、無限など、ほんの一瞬にしかならない――


 ――すとん、と、ゴミ袋のベッドが微かに動いた気がした。


「お前、誰だよ?」
「んー、あとちょっとで病気で死にそうな女の子」

 その声は、どことなく哀愁に満ちた少女の声だった。女性から話しかけられるなんて、何年振りだろう。俺は、無視しようとも思ったが、気になって、思わず彼女の方を向いた。
 少女は、満月のほうをぼうっと見つめていた。何かうっとりするような表情で、その夜空に映る丸い窓ガラスを目に焼き付けようとしている。灰色の綺麗なストレートヘアーが、白い月の光に反射する様は、見ているこっちがほれぼれとするほどだった。

「綺麗ねー」
「……もう見慣れた」

 俺はそこになるべく感情をこめないように言う。
 なんとなく、彼女に見とれていたということを悟られてほしくなかった。
 よく見ると、端正なのは髪だけでなく、その大きなやや垂れ目の瞳や、細い眉、小さな鼻と唇も全てにおいてバランスが整っている。

「女神……」

 馬鹿野郎、と即座に自分の心に突っ込んだが、思わず自分の考えたことを口に出してしまう。
 少女は、それが自分のコトだと気付いたのか、ゆっくりと満月を見ていた視線をこっちの方へと向ける。

「残念」「……は?」
「それ、あたしにとって、褒め言葉じゃないんだ」

 そうして、また満月の方へと視線をそらせてしまう。

「あたしはね、さっきも言ったでしょ? 病弱な女の子で、明日死んでしまうかさえも判らないコなの。だから、そんな永遠の命を手に入れたような言い方をしないでよ」
「けっ、なんだよ、永遠の命を手に入れたような口ききやがって」
「……永遠の、命、なーんて、ねぇ」

 満月の観賞を何度も邪魔されて彼女も腹が立っていたのか、いったん目をつむると、うあー、と気の抜けた声を上げて、ゴミ袋ベッドのさらに奥の方へと身体を突っ込ませていった。
 俺が突っ込めば間違いなく雪崩を起こすだろうが、彼女は体重も軽く、体格も俺に比べたら一回り小さいのか、ぽふんと言う間抜けな音を返すだけで、あっさりと彼女のカラダを受け入れていた。
 そこで、俺はようやく、彼女の影で見えていなかった、パートナーの姿を拝むことになった。

 白いボディと薄ピンク色の羽のような頭のびらびら。俺のパートナーと同じように無表情な眼。天使のリングが頭の上にふわりふわりと浮いていて、それはまるで、俺たちと同じよう――あるいは正反対な――雰囲気を醸し出していた。

「お前……このチャオは、なんだ?」
「ヒーローカオスチャオ。嫌に長ったらしい名前であたしは嫌いなんだけどね。そういう属性で生まれてきたんだからしょうがないじゃん」
「カオス……」
「そ。だからさ、あたしのコトを女神とか言うのは、止めて。あたしはこの世界を美しいモノとして見ながら暮らして、何とかこの世界から離れられない自分の絶望にピリオドを打とうとしているの」

 彼女はあおむけになりながら、また満月を見上げる。
 その格好は、今更ながらよく見うと、なんだかボロボロで、俺と同じように、もしかしたら自分の見た目なんて気にせず世界中を歩いているのかもしれない。

「この格好になってもう何年かしら? 臭いでしょ、あたし」
「いや、あまり臭わないけれども」
「ふうん、そう、ありがと。嗅覚が無い人で助かった」
「……ワキガな人間は、自分普段嗅いでいるにおいがあまりに臭いから、そのワキガにも気がつかない、ってよく言うだろ、多分あれの類だ」

 そう説明すると、彼女は嫌そうな顔をして俺の方を向いた。
 どうやら言っている意味がわかったらしい。

「汚い、早く川にでも行って身体流してくれば? たった一度の、人生、周りに恋人とか友人がいないと寂しくてしょうがないでしょ?」
「まぁな、それが何百年も続いていると、そうも思わないんだけどな」
「……?」

 いぶかしげな目で見る彼女に、俺は暗がりに潜んでいた一匹のチャオを見せつける。彼女はしばらくそれを観察していたが、やがてその真ん丸な瞳をさらに大きくさせてこっちの方へずいっと身体を寄せてきた。

「あ、やっぱり少しにおうな」
「そ、そんなことどうでもいい! そのチャオは……」
「ダークカオスチャオ」
「……あなた、今、何歳?」
「350歳」
「……あたしは、210歳」
「だな」

 彼女はぽかん、として、俺の方をずっと見つめていた。
 なんだか、今までやって来たことが、馬鹿だとか、やっと安心できるとか、道連れができた、とか、色々と考えていそうな顔だった。
 俺はそんな彼女を見ていて、思わず笑ってしまった。絶望から解放されたことに対する、悦びか、嬉しさか、なんだかが、色々混じっていて、やっぱり俺も無表情な顔でずっと彼女を見ていた。
 人間、急展開にはすぐには反応できないものだ。

 ――白い明かりの下、4つの影を、月がじっとのぞいている。


   *   *   *


 ゴミ捨て場、パンパンになった白色のゴミ袋が積もる場所を、俺はベッドの様にしてもたれかかっていた。気分が良い。人と働いて、金を稼いで、自分らしい恰好して二人でご飯を食った後の、この現実的にされたような位置にいる俺は幸せだ。
 頑張れば、俺はもっとすごいことができるかもしれない。
 大量虐殺かって、やろうと思えばできるし、俺は死刑にならない確証がある。数学の勉強を今から必死にやって、将来すごい化学兵器を作ることかってできる。運動して鍛えて、オリンピック選手になろうとおもえばなれる。
 ただ、俺は、隣にいる、自分のパートナーの後ろ頭を撫で上げる。上からくしゃくしゃと撫でてあげたいところだが、髪形をむやみに崩すと、彼女が怒ってしまうので止めておく。彼女はは撫でられると少し喜んだ顔をして、ちょっと前にも見たように満月のポートレートを白い汚いベッドの上から観察する。

 今日はそろそろ冷え込んでいく時期だ。洗濯物も乾燥機に入れっぱなしだし、明日も仕事があるから、早くアパートに帰りたい、とも思うが、俺はそのまま彼女の満月を見る仕草をポートレートにして楽しむことにした。
 寒いのが不満なのか、ダークカオスチャオが俺の裾をちょいちょいと引いている。俺はそんな彼の身体を無理やり両手で掴んで、月の方へと翳した。

「見ろよ、今日の満月は格別だ」


   *   *   *


 ――と言う妄想をするくらいだ。

 俺とダークカオスチャオは、相変わらずゴミ捨て場から満月を見る。
 今、俺は半ば狂っている状態に自分を仕立てあげ、この問題を片付けようとしてる。だから、何かに没頭することもなく、思うがままに動いてみようと考えているのだ。自分は狂っている、と想えば、俺は自分が正しいと想い込める。全てを狂気の沙汰に埋め込んでしまえば、記憶もすべて忘れてしまうだろうと。
 それは結構うまいこと言っているようだ。
 今日も、適当にルンペン生活を満喫して、人間としての飯もありつくことができた。こうやって、夜中になって満月を見て、今日という一日を顧みる、そして、微かな妄想を思い浮かべては、にやりと笑う。うん、悪くはない。決して悪くはない出来。

 これで、俺のこれからの絶望も安泰だ。
 誰も愛しないで、誰にも見られないで、独り孤独な狂気にさいなまされれば、無限など、ほんの一瞬にしかならない――


 フフ、フフフフフ――


 Sister moon will be my guide
 In your blue blue shadows I would hide
 All good people asleep tonight
 I'm all by myself in your silver light
 I would gaze at your face the whole night through
 I'd go out of my mind, but for you

 Lying in a mother's arms
 The primal root of a woman's charms
 I'm a stranger to the sun
 My eyes are too weak
 How cold is a heart
 When it's warmth that he seeks?
 You watch every night, you don't care what I do
 I'd go out of my mind, but for you
 I'd go out of my mind, but for you

 My mistress' eyes are nothing like the sun
 My hunger for her explains everything I've done
 To howl at the moon the whole night through
 And they really don't care if I do
 I'd go out of my mind, but for you

 Sister Moon ...

この作品について
タイトル
Sister Moon
作者
それがし(某,緑茶オ,りょーちゃ)
初回掲載
2010年1月17日