No.6
朝を迎えた。
アンジュさん、ミスティさん、マスカット大尉らの連絡も無く、小説事務所の面々による私、未咲、所長、フロウル・ミルの捜索は滞っている。
所長室にはいつもの四人が気難しい表情でいた。ノートパソコンのキーボードを叩くカズマの手も心なしか遅いし、横のヤイバは天井を仰いだままピクリとも動かない。死んでるんじゃないのかってくらいだ。向かいのヒカルも、視線も思考もどこにやったものかわからないのか所長室を無意識に眺め回している。ハルミちゃんは何を思いつめているのか、ずっと俯いたまま。
手詰まり。
その事実と状況に、この場の全員が縛られていた。
こんな息も止まりそうな空気の中にいると(もう止まってるけど)また昨夜考えたバッドケースが頭に浮かんでしまう。
私を殺した人物……つまるところ、犯人の事だ。もはや私の興味の対象は、未咲やフロウル・ミルからすり替わっていた。見つけたら末の代まで呪うつもりなのか自分でもわからないが、まるで探偵の真似事でもするかのようにいろんな可能性を検討していた。
とは言っても、未咲の件同様に手がかりはさっぱりなわけだが。私の手元にある情報と言えば、自分で目撃した自分の最期くらいなものだ。その情報すらも信じきれないとあっては、まったくもって話にならない。
「あーあ、全然わかんないなぁ」
誰にも聞こえない大きな独り言を呟く。当然誰にも聞こえない。誰も相談に乗ってくれない。究極の孤立無援。
考えても考えは纏まらなさそうなので、一旦考えるのをやめてカズマのノートパソコンを覗いてみる。画面はつい先日のものとそう変わっておらず、どこかをハッキングしているアプリケーションと、噂の探偵ごっこ掲示板を表示したブラウザのウィンドウがあった。片方は見てもわかんないし、もう片方は見ててうんざりする。なんて素敵なノートパソコンだこと。仕方ないので、後者のウィンドウを見て時間を潰すことにした。
> 未咲は犠牲になったのだ……。
もう見る気が失せた。
なんとか自分を説得し、改めて目に見える範囲で話の流れを追ってみると、どうやら話題は“結局のところ未咲は今どうなっているのか”というものになっているらしい。そんな詮無い事を話しているということはつまり、この掲示板の面々も手詰まりなのだろう。まあ当然といえば当然である。こんな場所でごっこ遊びに興じている奴らが、こちらよりも捜査が進んでいる理由なんて欠片もない。
> もう死んでるんじゃねーのかな。
>>バカ野郎お前、可愛い女の子とあっちゃ殺すわけねーだろ。な?
> グフフ、いやらしいですなオマエラ!
>>おいやめろばか。
> ここから先はR指定だ。
>>文面だけ、そして直接的な表現を避ければ全年齢になるんだぜ。これ豆知識な。
> マジかよ、だからあのゲームいつまで経っても全年齢なのか!
>>CEROがいつまで経っても仕事しないわけだ。
> 今日もガチタンは平常運転です。
>>毎晩脱線してて平常運転とか全員切腹モンだなww
> 銀二さんにスラれちまえばいいんだ。
>>だからあれほど物件とカードを買っておけと……。
頭が痛くなってきた。こいつら本当に数多の事件を解決したことがある連中なのか? あのまとめサイトは全部嘘っぱちなんじゃないのか?
あまりにも関係ない話が続いたものなので、関係ないレスはなるべく目を通さずに掲示板を眺め続ける。やがてユーザー達はようやく本題に戻った。
> マジレスするけど、そもそも未咲ちゃんなんでいなくなってしもたん?
>>前は未咲ちゃんの身元を隠す為だと思ってたよな。
> でもぶっちゃけトラックに轢かれたってんなら交通事故で済むと思うんだけどな。
>>チャリンコ一台も通らないゴーストタウンでか? ちょっと都合良すぎだろ。
> まあ結局フロウルとかいう奴が綺麗に隠したわけですががが。
>>はて、そこまでして未咲たんはヤバイ子なのでせうか?
> 見事な探偵少女だと感心するがどこもおかしいところはない。
>>探偵が裏組織に狙われた……どこかで聞いたフレーズだな。
> 黒ずくめの悪いお兄ちゃん達の取引を目撃してしまったんですね、わかります。
>>いやいや、流石にそこまでテンプレなことは起きてねーだろww
> でも筋は通るぞなもし。
>>何かしら裏組織絡みの致命的な証拠を手にした未咲ちゃんは裏組織に口封じされましたとさ、おしまい。
> おい結局これ殺された路線じゃねーか!
>>誰か未咲ちゃん生存ルートを考えろ! 今すぐにだ!
そこから先はまたしても好き放題に話が脱線し始めたので、掲示板を眺めるのはそこまでにしておいた。
それにしても――未咲がいなくなってしまった理由、即ち犯人が未咲を狙った動機か。思えばその点についてはわからず仕舞いでずっと目を逸らしていた問題点だ。
何か致命的な証拠を手にした未咲が口封じされた……確かに動機としてはこれが一番自然だ。そしてこの路線で考えれば、十中八九未咲は殺されているに違いない。生かすメリットもないだろうし。
――じゃあ、私は?
当然の、しかし私にしか考えられない大きな疑問にぶち当たった。
今回起きた事件において最も不可解な点。それは未咲の交通事故でも、フロウル・ミルの正体でもなく、私が暗に殺された事だ。
未咲が何かを知り、そして狙われた。ここまでは自然な流れとして納得できる。だけど、私は? 事件の全貌も知らず、有力な手がかりを何も掴んでいなかった私が殺された理由はなんだ?
……残念ながら、今の私にはその理由は検討がつかなかった。
 ̄ ̄ ̄ ̄
その後、私は小説事務所という名の缶詰から飛び出して外へと繰り出した。幽霊という身分を堂々と生かした偵察だ。そういうわけで、今はステーションスクエアの路地裏を片っ端から探っている最中である。前回はただ歩き回るだけだったが、今回は目についた路地裏の扉の中への侵入も行っている。私の勝手な想像では、路地裏から入る扉の中にはそれっぽい服を着た人達が、机の上でとっても楽しい談笑をしてたりお金なりなんなりを賭けたお遊戯をしてたりするイメージがある。
とは言っても、流石に主要都市の駅近くで堂々と建物一つをフロント企業の会社にしてたりはしないようだ。大抵はただの裏口だったりする。だが、そうやってあちこちの扉をすり抜けたりしている内に、だんだん街の主要部分からかなり外れた場所へと移ってきた。この辺りまでやってくると流石にキナ臭い建物の中に入ることもあった。黒いスーツを着たおっかない中年男性がむさ苦しい部屋の中で煙草を燻らせてるもんだから、幽霊なのにこっちが怖くなってしまう。本当に見えてないよね、大丈夫だよねと誰かに確認したくなった。
そんな夏の肝試し大会の如く様々なホラースポット(?)を回り続けた私は、思ってもみなかったアタリを引いた。
なんてことはない、そこはただの空き部屋だった。オフィスの体裁を整えてこそいるが、電気は点けてないし人もいない。まさしく無人だった。やはりというか、幽霊の姿もない。
だけど、私を引き止める声があった。
正確には音声だろうか。デスクトップのパソコンが一つだけ明かりを放っていて、そこから誰かの声が聞こえる。
――能力の限界の原因……レベルにまで力強い進化……決して対象を……
まるで、枯れた青年の声のようだ。
近付いてパソコンの画面を見てみると、どうやら録音された音声が再生されているだけのようだ。ついさっきまで誰かいたのかと思ったが、よく見ると音声はループ再生になっている。つまり流しっ放しというわけだ。いったい何故?
理解の及ばぬまま、とりあえず音声がループするまで待ってみた。これがいったいなんなのか気になる。関係がある、ないはともかくとして。
そして、音声はループを開始した。
 ̄ ̄ ̄ ̄
12月23日。
ついにオーバードキャプチャーを実装した人工チャオのプロトタイプが完成した。資料も既に用意したが、今一度オーバードキャプチャーの概要を記録する。
オーバードキャプチャーとは、チャオのキャプチャーという特性を人工的に強化し、キャプチャー対象の拡大を可能にする能力だ。また、通常よりも多くの情報を対象からキャプチャーすることを可能としている。
だが、この能力を発揮するにあたって最大の問題は、この能力が発動した時に対象が自己防衛機能を働かせてしまう為に、オーバードキャプチャーが不可能になってしまう点だ。
この能力を実装したチャオを人間に対して使用するという実験を行ったが、失敗に終わった。その理由を解明するうちに、チャオのキャプチャー能力の限界の原因は、対象に先天的に備わっているなんらかの自己防衛機能が働いている所為であることがわかった。これらの自己防衛機能は、チャオがキャプチャー対象とするものほぼ全てが備えているものであり、チャオがこれまでカオスレベルにまで力強い進化を遂げなかった理由であると推測される。
これらの問題をクリアする方法は二つ。
一つはカオスと同じようにカオスエメラルドの力を利用すること。カオスエメラルドの力を利用し、対象の自己防衛機能を無力化することによってオーバードキャプチャーを可能にすることだ。
もう一つは、対象を弱らせること。
具体的な方法はどんなものでも構わない。対象を瀕死レベルにまで追い込んでオーバードキャプチャーを行えばいい。だが、決して対象を死なせてはならない。もし対象が死んでしまえばキャプチャーは不可能になる。
また、それとは別に問題がもう一つ発見された。
実験の結果、オーバードキャプチャーは成功に終わったが、取得した情報が自然消滅してしまうという報告がなされている。簡単に言ってしまうと、対象からキャプチャーした記憶等の情報が喪失したということだ。
この現象が起こった理由は今のところ不明である。オーバードキャプチャーの精度に問題があるという仮説もあるが、憶測の域を出ない。
これらの問題をクリアする為、今後も更なる研究を続けることとする。
全てはプロフェッサー・ジェラルド・ロボトニックの研究を実現させる為に。
 ̄ ̄ ̄ ̄
「……なんとも」
およそ私の日常生活では聞けないであろう話を、言葉を失ったままもう2ループは聞き入っていた。ようやく出てきた感想が、なんとも、だ。
こいつは何かの伏線なのか? と、見知らぬ脚本家に聞きたいくらい、この音声データはわけがわからなかった。人工チャオっていう響きには一応覚えはあるのだが……はっきり言って、さっぱりだ。
厄介なのは、こいつがただの悪戯音声ではないのがわかってしまうことだ。こいつを根も葉もないデタラメと言い張るには、小説事務所で過ごしてきた私には残念ながら心当たりがありすぎる。恐らくはとある裏組織が研究していた何かの一環なんだろう。割と重要そうなワードも散りばめられてるし、無視はできないかな。
ま、私死んでるから関係ないんだけどね。
だんだんと自分の境遇や理不尽に慣れてきた感がある。いつかに自分の適応能力を呪った日もあった気がしたが、そうそう悪いことでもない。少なくとも悪環境におかれていちいち塞ぎ込むよりはマシだ。
思い至った頃には、もう探偵ごっこはやめてしまおうと部屋から出て行くつもりだった。これ以上私が動く必要はない。あとは事務所のみんなが頑張ることだ。うまく未咲の所在と私の死に辿り着ければよし、無理だったとしても別に問題はない。死んだばかりの頃はあれだけ悩んでいたのに、今こうして考えてみるとなんて簡単な問題だったんだろう。
――だが、事は簡単に私を死なせてはくれなかった。
こんな意味のわからない部屋に、誰かが入ってきたのだ。
「えっ……」
出て行くつもり満々だった私は、突然の来訪者に体(ないけど)が固まる。
元々見られる事はないのに、思わず姿を隠そうとしてしまう。こんなところに用があるなんて、いったいどこの誰だ?
部屋が暗くて誰だかはわからないが、体の大きさ、構造からしてチャオであることに間違いはなかった。そのチャオは目に付いた適当な椅子に腰掛け、深い溜め息を吐く。そして懐から何かを取り出して操作し始める。携帯電話、だろうか。入力を終えたそれらしきものを耳にあて、待つこと数秒。
「俺だ」
――聞きなれた声だ。まさか、と逸る気持ちを抑え、会話に集中する。
「あれから何日経ったと思ってる。まだ起きないのか」
その声は苛立ちを隠していないが、それでいて気力が無いという不思議な感情を現している……ような気がした。退廃的と言えばいいのだろうか。
「お前のくだらん机上の空論に付き合った俺が馬鹿だったよ。わかってるのか? 俺達は取り返しのつかないことをしたんだ」
取り返しのつかないこと。いやに引っかかる事を言う。できればそんな声で、そんな事は言ってほしくなかった。
お願いだから、別人であってくれ。
「……わかった。好きなだけ待てばいい。俺の気が済むことは無いが、だからってお前を同じ目に合わせてやろうと思うほど暇じゃない。……ああ、そうだ。俺はもう諦めてる」
もういい。
その声で、そんな似合わないことを言わないでほしい。
あなたはそんな人じゃなかったはずだ。
簡単に諦めるとか言わない人じゃなかったのか?
それは私の勘違いだったのか?
「いいかよく聞け、脚本家崩れ。この世にゃ絶対に覆せないことがある」
聞くまでもなく、私にはなんのことかわかってしまった。
彼から目を逸らした。でも、耳は塞がなかった。無い腕を持ち上げるほどの力さえ、湧いてはこなかったから。
「死んだ奴は、蘇らないんだ」