No.1

 ――これはなんの冗談だろう。
 足元を流れる冗談みたいに透き通った小川と色取り取りの花畑を見て、私は真っ先にそう思った。

 まさか。私は周囲を見渡した。
 とうとう私にもお迎えが来たのか。何度も血を流したツケを支払わなければいけない時が来たのか。そう思って、私は死神の姿を必死に捜した。と思ったのだが、それらしい人物は見当たらない。どうやらここは三途の川ではないらしい。
 どこか思考が飛び飛びになっている頭を整理して、冷静に状況を判断する。確か、昨日は何事も無く就寝したはずだ。怪我の一つも追わず五体満足だった。だから別に死んだわけではない。
 とすると、これは夢だろうか。
 改めて目に映る景色を眺めてみる。目前の小川は濾過でもしたかのように透き通っていて、小魚達が我が物顔で泳いでいる。色取り取りの花畑の上は色取り取りの蝶々達が我が物顔で飛んでいる。なんというか、ここまで自然が豊かな場所は人生初めてだ。西洋のおとぎ話の世界みたいに見える。やっぱり夢なんだろうか。
 だが、ここまで冷静に思考を行えているなら寝ているというわけではない。試しにほっぺたをつねってみても痛いし、夢じゃなさそうだ。
 夢じゃない。死んだわけでもない。そうなると、これはどういうことになるんだ?

「姫!」
「姫?」
 妙な事を抜かす青年のような声が聞こえ、私は振り返った。その姿を見て、思わず絶句してしまった。西洋風の鎧を身に着け腰に剣を差した好青年だ。わかりやすい優等生面をしていて、学校だったら決まって女子にちやほやされるような顔だ。それがなんつった、姫だって?
「姫、こんなところにおられたのですか! 探しましたよ!」
「は、え?」
「どうかしましたか?」
「どうかしてるのはあんたでしょう。なんのコスプレだよ」
「こすぷれ? 姫、またおかしな事を」
「おかしいのはあんたでしょう。姫ってなんだよ」
「あなたの事に決まっています。……と、今は姫の三文芝居に付き合っている場合ではありません」
「三文芝居してるのはあんたでしょう」
「真面目な話ですのでどうかお聞きください!」
 ……これ、やっぱ夢じゃないん?
 私の都合など何処吹く風、目の前のわけのわからない好青年はわけのわからない言葉を並べ始めた。
「城の者は皆心配しております。今、城下町にはバケモノどもが大暴れしているとの事。城を抜け出した姫が運悪くバケモノどもの手に掛かってしまったのではないかと気が気ではなかったのですよ!」
「へえ」
 なんで身に覚えのない事で怒られなきゃいけないんだ。あとバケモノバケモノ言われると心が痛むからやめてほしい。
「一刻も早く城に戻って皆を安心させなくては。さ、帰りますよ」
「いやいや、だから人違いですって。姫っていったいなんの事ですか」
「ですから、今は姫の下手な嘘に騙されているほど余裕ではないと言っているのです」
 ダメだ。こいつは頭が固すぎて話が通じない。そんなに嘘吐きなのか、あんたの言う姫って奴は。
「ほら、急いでください」
「あ、ちょっと!」
 私の言葉など聞く耳持たぬと言わんばかりに、青年は私の手を掴んで歩き出してしまった。

このページについて
掲載日
2011年12月23日
ページ番号
18 / 27
この作品について
タイトル
小説事務所聖誕祭特別篇「Turn To History」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2011年12月23日
最終掲載
2011年12月24日
連載期間
約2日