No.11

 結局私達はターミナルの近くまで逃げ果せた。
「は……恥ずかしかった……」
 ようやくお姫様抱っこから開放された私は、入る穴を探すように歩道の胸壁で項垂れた。騒ぎの中心から抜ければ市民の注目は当然私達に集まるわけで、とにかく尋常でなく恥ずかしかった。もういいから降ろしてって言っても聞かないし。
「だってユリちゃん抱き心地良いし」
 おいこらもうちょっと表現を考えろ。
「何さー、もう二回目じゃんよー」
「ああそんなこともありましたね!」
 いちいち細かいこと覚えてるんですね! よほど私を抱っこするのが気に入ってるんですね!
「はああああ」
 ここ最近で一番盛大な溜め息を吐いた。見ろ、そこらの皆々様がこっちを見てヒソヒソ話していらっしゃる。わたしゃもうこの街を歩きたくないよ。そこの女性とは特に。
「抱かれるのは、おキライ?」
「……で、なんであんなタイミングで現れてくれたんですか?」
 何かと危ないので、話を無理矢理逸らした。
「あーそれね」
 ネタが滑ったことも気にせず、ボックスの形状に戻したギアをフウライボウさんに渡して、私のすぐ隣で胸壁に体を預けるミスティさん。車の流れを眺めながらそれとなく話し始める。私はそれと対照的に空を見上げた。いつの間にか茜色に染まり始めようとしている。
「特に大したことじゃないよ。朝からユリちゃん出かけて暇だなーって思って、なんとなくボタニカルガーデンで遊んでただけ。ねー?」
「ねー」
 まともにフロウル探しをしてたのは私と裏組織の方々のみだったというお話でした。
「それで偶然ユリちゃん見つけて追いかけてみたら、というお話」
「はあ」
 そりゃまた運が良かったと思うべきなんだろう。だがしかし素直に感謝しようって気になれないのはなんでだろうね。
「で、私も聞きたいことがあるんだけどさ」
「ええ」
 なんで追われてたの、とか聞かれるのかと思ったが、彼女の視線は私の右手に注がれた。どうやらそこまで見られていたらしい。
「あー、なんて聞いたらいいのかわからないんだけど」
「まあまあ、何が言いたいのかはわかりますよ。これでしょ?」
 右手を軽く振ると、彼女はうんそうと頷いた。所長にあんま喋るなって言われた矢先にトントン拍子で漏れていく。これほど秘密を守れない私は本当に探偵だったのか今一度再考する必要がある。
 が、今回は誤魔化しようもないので正直に話した。私が不死身になったこと、もう制服を二着も無駄にしたこと、ゾンビごっこをして遊んだことも。
「え、なにそれおもしろそう」
 何故かゾンビごっこに食い付いたのはスルーした。
「誰にも喋らないでくださいね」
「当たり前だよ、そんなのバラしちゃったら大変だよ? 世界中のマッドサイエンティストに体を弄くり回された挙句に博物館とかに並んじゃうレベルだよ」
 現役作家の発想力は流石だった。博物館に並ぶとこまでは考えてなかったな。
 しかしなんだ、話してみてもあまり驚かないミスティさんに、私の方が内心驚いていた。もっとこう、うっそだーとかちょっと見せてよーとか言われるかと思ってたのだが。むしろ彼女は何か感慨深そうな溜め息を漏らした。
「そっかぁ……とうとう不死身の人間ができちゃったのかぁ」
「とうとう? なんですか、そんな前から作ってましたみたいな言い方して」
「え? あー、そっか知らないのか」
 一つ咳払いして、彼女は言葉を探るように“昔話”を語り始めた。
 それはおそらく、この世界を裏から彩っている背景の一レイヤーだ。


「そもそも、50年前のプロフェッサーさんが何をしたかったのかは知ってる?」
 話はそこから始まった。
 50年前、彼が行っていた計画の名は“プロジェクト・シャドウ”。今やこの世界の英雄の一人として知られる究極生命体を作り出した計画だ。
 彼は50年という長い年月を経て目覚めた。始めはこの世を滅ぼす為に。だが、その引き金が引かれたのは悲しい事故のせいだったという。
「表向き、事故だけどね」
「表向き?」
 原因はハッキリしていないらしいが、彼が研究を行っていたスペースコロニー:アークにて、計画途中の産物である人工カオスの暴走が起こった。政府は彼の行っているプロジェクトが危険なものであると判断し、アークの封鎖を決断。関係者を一人残らず口封じした。
 その引き金は、彼の最愛の孫娘にさえ向けて引かれ、彼の心を狂わせた。

 元々、プロジェクトの本当の目的は不老不死の研究だったそうだ。というのも、ジェラルドの孫娘が先天性免疫不全症候群であったことに起因している。
 だが、当時の政府や軍は彼に軍事研究に強いた。わざわざ究極生命体を生み出すというお題目を掲げたのは、孫娘を救う為にやむをえない決断だったのだ。
 結果として、プロジェクトは成功したとも言えるし、失敗したとも言える。究極の生命体は完成したが、孫娘の命を救うことは叶わなかったのだから。

 そもそも産物とは言え、アークの封鎖という最悪の事態を招いた一因である人工カオスや、光学兵器エクリプスキャノンなどの兵器が作られていたのは何故か? 理由は長らく政府の望みのものを作ったからだと思われていたが、本当の理由はもっと別のところにあった。
 ジェラルドが不老不死の研究を完成させたのには、ある人物の協力があったからだという。その人物は俗に言う宇宙人であり、後の50年後に大規模な地球侵攻を企てた“黒の軍団”の頭領だ。彼はその人物から不老不死の研究を手助けをしてもらったが、その代償として50年後の地球侵攻の手助けを約束されていた。
 簡単に言ってしまえば、アークに存在した様々な兵器は、黒の軍団を迎え撃つ為の防衛手段となるはずだったのだ。それが50年後を狂わせる悲劇を生むとは誰も想像しなかったし、アークに存在した兵器が作られた本当の理由を知ったのはそれからたっぷり50年も後、黒の軍団に地球を好き勝手荒らされている最中の事だった。
 数え切れない程多くの犠牲を払って、ようやく、ようやっと世界は平和を手にいれた。はずだったのだ。

 事の真相を知った政府は、黒の軍団を追い払った後で大論争を行うことになった。ジェラルドの研究を引き継ごうという声が挙がったのだ。
 議論は激烈を極めた。あの時の悲劇をもう一度繰り返すつもりか、いや今回は事情が違う、しかし究極生命体を作り出すという目的は成った研究は既に終わっている、まだだ医学への応用が済んでいない、と熾烈な意見のぶつけあいに。
 当然、大統領はこれを容易く認めることはできなかった。確かに不老不死の研究は完成していた、だがしかしそれが生み出した悲劇も知っている。今こうしてジェラルドの想いを引き継ごうという者の中に、凶悪な思想を持つ者がいることぐらいわかる。医学への応用は建前で、本音は軍事への転用ではないのか。大統領はそれを懸念し、研究の再開にゴーサインを出さなかった。
 だが、結果は知っての通りだ。ジェラルドの研究は裏の世界で再び動き出してしまった。

「一つ、質問があるんですけど」
 話が一段落したところで、私は口を開いてみた。
「さっき――私があいつらに捕まった時なんですけど、あいつらが私の事を不死身だってわかった時に、これで連中を黙らせられるって言ったんです。なんのことかわかります?」
「そりゃ多分、研究者達のことでしょ」
 ミスティさんの言う研究者達とは、厳密には裏組織に所属していないが、この研究に手を貸している者達のことだそうだ。
 プロジェクトを再始動させようとは簡単に言っても、蔓延る裏組織にそこまでの人材がそういるわけでもなかった。だから世界各地の研究者達に医学応用の為と言って研究を任せていたらしい。中には報酬に目が眩み、兵器製作を担っていると知りつつ協力している者もいるらしいが……なるほど確かに私を引き連れて「これが君の成果だ」とか言ってやれば研究者達を納得させることもできるわけだ。
 そうして研究者達はまた、兵器製作の為に自らを滅ぼしていく。かつてのプロフェッサー・ジェラルド・ロボトニックのように。
 倉見根サユキも、そんな研究者の一人だったのだろうか。
 彼女の先輩が何者なのか、少なくとも今の段階ではわからない。木更津父という可能性は、今はまだ可能性でしかないが、それでも彼の父がどういう立場にあった人間かはわからない。そしてサユキさんが何を思って研究に参加したのかはわからない。どちらも既に、この世にはいない。
 知ることはできるのだろうか。それに触れてもいいのだろうか。
 わからない。


 ふと、頭の通信機が呼び出しを告げた。現実に引っ張り戻され、呼び出しに応じる。相手の第一声は、おそらく私の聞いた中で一番失礼極まりなかった。
『おいバケモン、助けろ』
 ……久々に私に連絡を寄越したかと思えばなんだ。女の子相手の誘い文句には思えない。縦読みしようが斜め読みしようが。
「あの、所長? 別に怒ってるとかそういうのじゃないんですけど、人にモノを頼む態度って知ってます?」
『今どこにいる』
 聞けよ。お望みなら怒ってやらんでもないぞ?
「ターミナル近いとこですけど」
『そこから東の方向に走っていくと廃工場がある。すぐに来い』
「ちょ、まっ」
 こっちの待ったなぞ聞く耳持たず、所長は音速で通信を切った。
「どうしたの?」
「いや、呼び出しなんですけど……」
 東。いつぞやに司令官殿から貰った簡易地図を見たり、陽が沈むのとは逆の方角を見たりして、私はまた深い溜め息を吐く。
 モノポールという都市は、大雑把に言ってしまえば日本でいう東京都を逆さまにしたような形をしていて、ターミナルを中心としたメガロステーションは西端の部分を占めている。そこから東に向かって観光都市の様相を見せていく。
 まあ何が言いたいかっていうと、一度逃げてきた道をまた引き返せっていうのかよと頭を抱えたいんです私は。
「冗談じゃねえよ……」
 そういうわけなので頭を抱えた。大体私が行ってなんになるんだよ? せいぜい使いまわしの利く体当たり要員にしかならないじゃないか。私はただ死なないってだけで役に立つとは限らないんだよ? 本当だよ?
「手伝おっか?」
「いや、いやいやいや、いいですいいです。その、ありがとうございました」
 結果的にそれが後押しになったか、私はお礼の言葉だけ残して夜の帳が下りてくる方角へ引き返した。空模様が暗くなるにつれて、私の気持ちも沈んでいく。

このページについて
掲載日
2011年10月4日
ページ番号
13 / 17
この作品について
タイトル
小説事務所「Misfortune chain」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2011年10月4日