№16

――私には、彼氏がいた。

私と同じソニックチャオで、私よりも年上。今の私に似たような性格だった。というより、私があの人に似たのだ。
幼馴染なのだが、幼少の頃は大した仲ではなかった。後々、今後についての相談相手となりつつあるうちにこのような関係を築いた。
当時、まだまだ子供のように無邪気だった私と保護者的に付き合ってくれたあの人は、私の行動に度が過ぎるとよくからかってきた。
その時に私はよく泣かされたものだったが、「泣いてるユリってかわいいんだな」とからかった事があった。
私は怒った。でも、実は嬉しかった。
その時私が返した言葉は「いつもどおり大人しくしててよ! 嫌いになるよ!」だった。
私も、あの人も、お互いに放った言葉の意味は理解しあっていた。

それから、数ヶ月だろうか。今日のように酷い嵐だった。
夜遅くの時間帯、傘も無く、急いで家に帰る私とあの人。
私は、雨のせいで足を滑らせて道路に突っ込んでしまった。

しばらく立ち上がれず、倒れていた私。そこに大型トラックがやってきた。
嵐のせいで反応が遅れたトラックは、クラクションとブレーキを同時に鳴らすようにしたが、雨のせいでタイヤのグリップが効かなかった。

――ダメだ、轢かれる。



その時、雷が鳴った。


――ほんの少し気を失っていた私は、その後の状況が全く理解できていなかった。
轢かれたんじゃなかったっけ。何気無くそう思いつつ、傍らを見た。

あの人がいた。それだけで、私は体に電流が流れたようなショックを受けた。

「危ねぇじゃねぇか、馬鹿野郎!!」
トラックの運転手の声が鳴り響く。だが、その時の私にはその声がなんだか、最初はわからなかった。
「聞いてんのか!!?」
……そして、私は泣いてしまった。
「うるさい!!!」
喉かイカれてしまうほど、叫んでいた。
「ひっこんでてよ!! かまわないでよ!!!」
……言ったって、意味がなかったのに。
「大人しくしててよ!! 嫌いになるっていったじゃん!!!」
もう、誰に言っているのかわからなかった。







「過去を、見つめる……ですか」
無意識に、所長の台詞をオウム返しにしていた。
「…………」
返事がない。
「どんなに酷い過去にも……」
思わず顔をうつ伏せにしていた。
泣いてるわけではない。いや、私は泣いてはいけないんだ。嫌いになったあの人を、笑わせるつもりなんてない。
「どんなに酷い現実にも……って、事ですよね」


あの頃から、私は泣かなくなった。
大人しいあの人が好きだと言ったのに、あっさり裏切られた。泣いてる私が好きって言って、からかってたんだ。
私が好きなあの人の姿が見たかったのに、あの人はからかったつもりなのか、私を泣かせるだけ泣かせてからかったんだと。
私はそう思った。いつまでもからかわれるだけの私ではない。あの人の事は嫌いだ。だから、泣くつもりはない。



「……お前もその手の経験があるのか」
何気無く、所長は窓の外を向きつつ口を開いた。
「今話したのは、俺の体験談だ。他人を俺の価値観に洗脳しようとは思わん」
ただ所長だけが話を進めていた。
「信じる事は自分で見つけろ。どんな方法でもいい。自由に考えるんだ。自分のルールは勝手に決めていいんだ。他人に決められるのは嫌だろ?」
無意識に慰めているような語りだった。
「自分の事は自分でやる。本当の意味は、自分の事は自由に考えろって事だ。そのルールで間違ってたとしても、俺は知らん。正しい事も間違った事も、この世にはないからな」
理解し難い論文を読んでいるような所長は、もう帰るかのように立ち上がった。



「正しい事も間違った事もない。だから、信じるものは自分で考えるんだ」
そう言い残して、所長は部屋を去った。


正しい事も、間違った事もない。
「それなら……」
所長室の窓から、嵐の様子を眺めていた。


――ならば、私のしている事は、何だっていうんだ。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第287号
ページ番号
17 / 17
この作品について
タイトル
小説事務所 「山荘の疑惑狂想曲」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
週刊チャオ第266号
最終掲載
週刊チャオ第287号
連載期間
約4ヵ月28日