読む必要のない失敗作
僕の人生には、常にレールが敷かれている。
そのレールは、僕にしか見えない。
僕はそのレールに従うことはない。
ひたすら逃げ続ける。
レールの上をなぞるように歩く人生なんて、真っ平御免だ。
目の前から、いきなり人が消える。
この世界ではありふれた光景である。明日は自分の身かもしれないし、今、隣を歩いている他人かもしれない。
世界のどこかで『兵器』が起動したのだ。
生きている限り、この星に住んでいる限り、その『兵器』の呪縛から脱け出す事はできない。
目の前から、いきなり人が消える。
当たり前の光景で、誰もが見慣れ、誰もが見捨て、誰もが見放している。疑問に思うことはない。
『兵器』に食われるか、『チャオ』に殺されるか。
いずれにせよ、いつかは死んでしまうのだ。
それが早いにしろ遅いにしろ、大した違いはない。
この、世界では。
「今日君を呼んだのは、他でもない」
老人が書類をテーブルの上に乗せる。どことなく不安を駆り立てる雰囲気をもった喫茶店の一角に彼はいた。
あまり印象に残らない容貌をしている。特徴的なところのない、若い男だ。
「君の話は聞いている」
老人は念入りに男を見る。
「潜入捜査の件だ」
やがて若い男は何の表情も浮かべないまま書類を受け取り、サインした。老人は満足げな表情を浮かべる。
「ご苦労。これで君は選定対象から外された。君の命が失われる事はない。それで、君の能力の話だが」
本題が来た。若い男は何の表情も浮かべない。この世界では当たり前に見る姿である。
「どこまで本当なのかね?」
人の意識に潜入し、その認識から自分の存在を隠す事が出来る。それが浅羽和利が有する超能力だ。
一度発動してしまえば、誰も彼を認識することは出来ない。見ることも、喋ることも、そもそも彼がその場にいるということさえ忘れてしまう。
そういう類の能力だ。
そして、そういう類の能力にこの仕事はまさに打って付けと言えた。
渡された資料に書かれた場所へ赴く。人の姿は疎らである。いつ消えるか分からない時世、人は積極性を失っているのだ。
だから自分がやろうとしていることは少数派、もとい稀少なものだといえる。
大きな研究所。
チャオの研究、対策を司るチーム。書類ではCICTと略されている。
敷地内に入る。
自分を出迎えたのは一匹の犬だった。柴犬。犬を見るのは人生で二回目である。非常に珍しい。
「ドック! お客様を驚かせちゃ駄目よ! こら!」
入り口のドアから女性が飛び出して来る。ドック。犬の名前だ。犬は女性に纏わり付く。
「ごめんなさいね。ところで、あなたは?」
尋ねられる。それが自分に対するものだと気づくまでに少し時間を要した。
「浅羽和利です。本日からCICTに入隊する予定なのですが」
その女性は口元に手を当てて大袈裟に和利の背中を叩く。
「そっかそっか! あなたが噂の……よく来た! さ、入って入って!」
イマドキ珍しいタイプの女性というのが和利の第一印象だ。
研究所、と銘打つだけはあって、ここではチャオの研究をしている。
最も、チャオはいない。
百年ほど前から、その姿を見た者は一人もいない。
研究所の廊下をぐんぐんと進む。チーム・メンバーは自分を入れて四人だ。それなのにこれほど大きな研究所を与えられるなんて、よほどの期待がかかっているのだろう。
こんこん。ノックを二回。女性は自分をCICTへ招き入れる。
暗い部屋だ。薄暗い部屋。人の姿はない。女性はキッチンからコーヒーポットを持ってきて、手近なティーカップに注ぐ。
「ソファどうぞ」
「失礼します」
部屋の中心に据えられたソファに座って、部屋を見回す。表彰状、食器棚、キッチン、テレビ。生活感の溢れる一室だと和利は思った。
「ごめんなさい、他のメンバーはちょっと所用で出かけててね」
ティーカップを差し出される。一礼して受け取って、少しずつそれを体に入れる。ごくり、ごくり。体の奥があたたまる。
「もう少しで帰ってくるから、それまで君の噂のこと、聞いてもいい?」
対面のソファに座る。
噂。和利には覚えがあった。
『浅羽和利はいつの間にかにいなくなる』という、根も葉もないように思える、ただの噂だ。
「噂の通りです。自分は消えることが出来ます」
「どんなふうに?」
「今」
続く言葉を迷ったが、女性の表情を見て、思ったとおりに続けることにした。
「ここで使ってもいいですが、面倒なことになるので止めましょう」
「どうして?」
「相手の記憶からも、自分がここに来た事実を消してしまうからです」
自分なりに的確な表現で相手に伝える。女性は納得したようで、しきりに頷いていた。
「そうだ、忘れてた。私は斉藤美波。CICTのリーダー、のつもりよ。よろしくね」
握手を交わす。斉藤美波。自分の記憶に名前をインプットする。
「浅羽君は潜入捜査に協力してくれるのよね」
「そのつもりです」
潜入捜査とは、チャオの住処とされる場所に潜入し、敵の情報を盗んでくることである。
チャオの生体について、分かっていることは少ない。それこそこの研究所ですらそう多くはないだろう。
なぜならば、チャオを最後に見たとされる証言は百年ほど前であり、それ以降チャオが人の世界に姿を現すことはなくなったのだ。
当然である。
チャオと人は戦争をしているのだから。
「早速仕事の話で悪いけど、ひとまずチャオの住処について説明するわね」
彼女が取り出したのは衛星写真だ。日本から遙か東、アメリカよりも遙か西、海とわずかな島しかないはずの場所に、陸地が浮き彫りになっている。
チャオの大陸と美波は話した。
「チャオはこの大陸に住んでいる。あるいは、アメリカも既に乗っ取られているかもしれない。『兵器』の迎撃方向とも一致するわ」
それで、と彼女は写真を並べる。
「これらがチャオの駆る兵器、ウォーカーよ」
桃に手足を付けたような形の機械が大群をなしていた。それは水色であり、黒色、または赤色である。有色半透明でもあった。
「こっちがウォーカーの攻撃の瞬間。単純なレーザー攻撃ね」
写真では分かりにくかった。青白い光線が空を切って伸びている。しかしそれが恐ろしい威力を秘めていることを、自分は知っていた。
『兵器』の力でしか対抗できない無差別破壊の攻撃。ありとあらゆるものを吸収し、我がものとしてしまう不可思議な能力。無限に生み出されるミサイル兵器。
ウォーカーとは、そういった魔法に近いものである。
だからこそ、『兵器』によってでしか対抗できないのだ。
「ウォーカーは推定三メートルくらい。チャオは恐らく五十センチくらいの生物なのではないか、っていうのが、一番最近の認識ね」
五十センチくらいの生物。自分の身長の半分もない。そのような生物が、本当に人間と戦争しているというのだろうか。
「チャオについては、ほとんど分かっていないんですね」
「ええ、残念だけど、あなたは何も分からないまま敵地に赴いてもらうことになる」
凶悪な生物、チャオ。その正体は不明。
いくら自分に超能力があるといえど、生きて帰れる保証はないということだ。
「あなたの出発までそれほど猶予がないわ。私たちが持っている情報を、ひとまずすべて説明しておきます。いいわね」
斉藤美波は見かけほど優しい人物ではない、と和利は思った。
人が消える。
目の前から人が消える。それは唐突に起こる。予知のしようがない。いつの間にか消えてしまう。
『兵器』に食われて。
チャオと人は戦争をしている。チャオの科学力は人のそれを遙かに超えている。ウォーカーもそのうちの一つだ。
その科学力に対抗するために、人は『兵器』を使わねばならない。
和利はガラス張りの部屋を見る。
「この子が例の?」
例の少女。
美波は頷く。
「ええ。チャオと交信する子よ。彼女を使ってあなたをチャオの地に送り込むことになるわ」
眠る少女。汚れ一つ無い白い服を着ている。聖白な肌。次第に和利の視線がうつる。首から上。顔。彼女の顔。黒い髪がわずかにかかっている。
芸術品のようだった。工芸品。人のようには見えない。
和利は心を感じる。不可思議な感覚を思う。少女の姿を見ているだけで、自分が自分でなくなるような、そんな感覚に陥る。吸い込まれそうになる。
「彼女の力でウォーカーの襲来を予知することが出来る。彼女を失ったら、人類に未来はないわね」
「逃げて」
「ウォーカーは人の身ではどうすることもできない相手だから、見かけたら……といっても、あなたの能力があればどうってことはないかも」
「はやく」
驚きが声に出なかったのは僥倖としか言えないだろう。
二重の声。ひとつは斉藤美波のものだ。もうひとつ。和利は恐る恐る少女を見る。口元は動かない。だが、分かる。通じている。彼女と自分は。
逃げろと言っている。
しかし、どこへ逃げろというのだ。『兵器』がある限り、この世界に逃げる場所はない。その『兵器』から逃げて来た場所がここで、今更他の場所に逃げることはできない。
「たしかに彼女みたいな年端も行かない少女を使うのは気が引けるわ」
「聞いちゃだめ」
「でも、そうしないと人はみんな死んじゃうのよね」
「信じないで」
「チャオの地についたら、できるだけ細かく状況を、そうね、これに記録して」
美波はリストバンドの形をした機械を渡す。和利は声を気にしながらそれを手首に装着した。
「撮影機能もついてるから、あと、銃火器とウォーカーの接近を予報、察知してくれるわ。一週間後、あなたに迎えをよこします」
「こっちに来ちゃいけない」
和利は心のなかで謝る。どこにも行く場所がない。逃げるところは、もう、ない。
「じゃ、行きましょう。あなたをチャオの地に転送します」
体を横にする。少しの空間を挟んだ先に、少女の手がある。横顔が見える。
ガラスの向こうで、美波が機械を覗き込んでいた。
彼女を連れて逃げる。そんな発想が出てくるのは、恐らく彼女の声が間近に聞こえるせいだろう。
食料と寝所は現地で調達しなければならない。人の未来よりも、和利にとって重要なのは今の自分なのだ。逃げろと言われても、どうしようもない。
目を閉じる。チャオの地。百年も前に姿を消したチャオ。人を戦争をしている。
仕方がない。すべて、仕方がない。今はただ眠るだけだ。チャオの地でどうするかは、そのときに考えたほうがいい。
瞼の奥が明るみ出す。一瞬だった。和利は背中を打つ。痛みはない。ゆっくりと目を開く。
青空が見えた。
雲が見える。
体を起こした。
ただの道路。
標識がある。
横断歩道がある。
車がない。
通らない。
和利の真横を人が通り過ぎる。
人が行き交う。
自分が注目を浴びていることより前に、和利は気づく。
自分のまわりには人しかいない。
人しかいなかった。
人が歩く。歩き行き交う。その中で、自分ひとりだけが座っている。ただの道路。車の通らない道路。
雑多な鏡張りのビル群。立体的に交差する道路。
青空と、雲。
何も変わらない景色があった。
頬を汗が伝って、和利は正気を取り戻す。
ピピピピ!
リストバンドから大きな音が鳴って、余計に注目を浴びる。和利は慌ててその場から走り去った。
どこか落ち着ける場所を探そうと思っていると、再びピピピピ! と鳴る。ビルとビルの間にある狭い隙間に入り込んで、人目を凌ぐ。
リストバンド——の形をした機械の画面に、文字が表示されていた。
『驚かせてごめんなさい』
和利が戸惑っているうちに、文字は追加されていく。
『私があれだけ言ったのに、来ちゃったんだね』
きれいな明朝体で表示されていく。
『でも、また会えて嬉しいです。和利くん』
自分の名前が表示されたことに驚いて、ふと周りを見る。ビルの狭い隙間から出て、人の群れにしたがった。
リストバンドに表示される文章。どう会話すればいいのだろうかと悩んでいると、新たに文章が追加された。
『もしかして、私のことを忘れちゃった?』
僕は、君のことを知らない。頭の中で文章を作ってみると、リストバンドは音を出さずに文章を連ねていく。
『和利くん、だよね』
不安そうな文面。
『和利くんじゃないの?』
二番目の文面を見てから、和利は前を仰ぎ見る。人の群れの中でひとり立ち止まる、異質な光景だった。
大画面モニターに映されている映像。
事前に見せてもらったウォーカーの大群と大きな何かが戦争をしている。ウォーカーと戦っている、ということは、あれが『兵器』だ。
和利は『兵器』を見た。
吐き気をもよおす。前かがみになった。誰かが和利にぶつかる。舌打ちが聞こえて、もう一度『兵器』を見る。
人だ。
『兵器』は人の姿をしている。
機械で武装した人間。頭がちぎれ、腕がもげて、何らかの力でその肉体が再生している。『兵器』——なるほど兵器だ。いかなる攻撃を受けても再生し、迎撃する。
『そっか、君は違う人なんだね』
追加された文章を目で読む。
『ごめんなさい。忘れてください』
忘れることはできないが、なぜだろうか、和利は安心感を覚えていた。
ただの文章相手に、たしかに通じ合っている。気味の悪い現象のはずなのに、なぜか安堵している自分がいる。
吐き気が薄まって行く。
『私は愛莉です。あなたとは、研究所でお話ししました。転送システムに掴まって一緒にこさせてもらったの』
和利の脳裏に少女の姿が浮かぶ。神聖な空気をまとっていた少女。チャオと交信していた少女だ。
ここはどこなのか。尋ねる。
『チャオの地です。私にも今、何が起こっているのか詳しいことはわかりません。あくまで意識だけをこの子、この機械のことね、に停滞させているだけだから』
会話する方法はこれでいいようだ。和利は再び安心する。
右も左もわからない土地で知人がいるというのは心強いことだ。最も、ここが右も左もわからない土地であると言い切るには、少し状況が不自然すぎる。
チャオは五十センチくらいの生物なのではなかったか。
いや、それよりも、これはどう見ても人だ。自分と寸分の狂いもない。
『だけど、あの人達の思い通りにはさせたくなかった』
CICTのメンバーの方々のことか。尋ねる。
『そうです。あの人達はあなたを転送システムの実験台に使ったの。この子はただの発信機だよ。撮影機能なんてついてない』
ということは、自分は偽物の任務につかされているというわけか。
『うん。だから私には周りで起きていることがわかりません。何がいますか?』
人がいる。人間。向こうと何も変わってない。最初はここがチャオの土地だって分からなかったくらいだ。
『私の思ったとおりです』
どういうことか。尋ねる。
『少し待って。絶対に後ろを見ないでください。前を見たまま、周りを気にしないように歩いて。行き先は任せます』
歩きながら尋ねる。不穏な空気を感じ取ることは出来ない。自分にそのような能力は付いていない。
人の流れに乗って歩いて行く。
『尾行されています。後ろ。すぐ後ろです』
つい後ろが気になるが、和利は気にしないように歩く。
『私はチャオとお話しすることができます。多分、今生きている唯一のチャオとだけ。この地のどこかにいます』
チャオはどこにいるんだ。
『分かりません。でも、チャオは争いなんて望みません』
和利は立ち止まる。
偽の任務。解決しない戦争。食料の確保は困難を窮める。ただの実験台を迎えに来てくれる可能性は、あるだけましという程度だろう。
考えをめぐらせる。必要なのは度胸だけである。
どうせ助からないのなら。
和利は走る。
リストバンドから音が鳴る。
『追いかけて来ます! 人がいないところには行かないで下さい!』
わかったことが三つある。
一つ目。この戦争にチャオはいないということ。
二つ目。この少女には考えていること全てが伝わるが、思っていることまで通じ合うことは出来ないということ。
三つ目。自分には逃げる場所が存在しないということ。
『和利くん!』
人の流れから抜けだして、人気のない道を選んでいく。体力に自信があるわけではない。「まく」自信もない。
だけど。
立ち止まって振り向く。予想していなかったのか、地味な風貌をした男は唐突に立ち止まることになって、驚きの表情を見せた。
「すみません、あなたは?」
無言。男の手にはペンが握られていた。ペンの先が和利に向いている。
間一髪。
和利は体を透明化させる。
青白いレーザーが和利の頭があった場所をすり抜けて消える。
男は周りを気にして、携帯電話で通話しながら歩き出した。
『これは、どういうこと?』
頭に直接声が響く。和利は男の入って行ったビルを眺めて、返事をした。
透明になることが出来る。背は小さくなってしまうけど。
『機械はどこに収納されているの? 全然分からないよ。ここは?』
透明化を解く。人のサイズにあわせて作られた世界だから、透明化してしまうとドアさえ満足に開けられない。
それどころか、足取りもおぼつかない上、歩幅が異様に狭い。
だから和利は透明化を解いたのだった。
『何をするつもりですか?』
自分が何をしようとしているのか、和利には全く分からない。
心の感じるままに体を動かしているだけだった。
ビルに入る。警報は鳴らない。セキュリティの概念が存在しないのかもしれない。
さっきの追いかけてきていた人をどうやって見つけたのか。尋ねる。
『チャオが教えてくれるの。危ないときは危ないって。ねえ、本当に和利くんじゃないの?』
エレベーターを使って、二十一階のボタンを押す。
どこへ行くのかは分からない。
感じるままに進んでいる。
レールがある。
そのレールにそって進んでいる。
二十一階。
歩く。
右に曲がって、三番目の部屋。
ノック。
入る。
『何が起こっているの?』
その生き物は有色透明だった。身長は五十センチほど。和利よりも遙かに小さく、遙かに歪だった。
奇天烈な体の形をしている。有色透明な色の中に、ある程度の規則性を持って、変色していた。
「久し振りだね、浅羽和利。それに『彼女』も一緒かな」
和利の記憶にない誰か。その誰かが軽快に笑いながら呟いている。
巨大なモニター。大きな機械を背にして立つ生物。彼が誰なのか、どのような生き物なのか。和利には分からない。
「システムもこの様さ。今は僕の居場所を探られないことと、システムの抹消に対する迎撃しか出来ない」
彼は名乗らない。
「そこの機械も久々じゃないか。まさか僕の思考が君に通じていたなんて、驚いたよ」
『私も驚きました。でも和利くんがここまで連れて来てくれて』
「それだ。それで、浅羽和利。君は何をするために来たのかな?」
和利は何も考えない。レールの上にそって歩いて来ただけだ。
モニターに戦争の映像が表示される。
『兵器』の体は崩れかかっていた。
「まもなくこちら側の制圧が完了する。あの『兵器』は限界だよ」
それは、事実を示していた。
もうどうすることもできない。
間に合わない。
「『兵器』が破壊されれば、人の命を吸うあのシステムが作動するだろう。地上から人は消える。そのエネルギーは何かになる」
分かっていたことなのかもしれない。
和利にとってはレールの先にあった未来なのだ。
どこかでその道を外れてしまっただけで。
「無理だね。どうにも出来ないよ」
彼が唐突に話す。
「人が互いに選んだ道なのさ」
道路だ。
ただの道路を歩いている。
横断歩道がある。
人はいない。
人の姿はない。
和利は悲しく思う。
どこかで間違ってしまったのだ。
それがどこかは分からない。
チャオという敵はいなかった。
それが最初から分かっていれば、もしかしたら、何か変わっていたのだろうか。
今となっては、どうすることもできない。
和利は透明になる。
うっすらと炎が浮かんでいる。
背景に溶けこんで、やがて見えなくなる。
そして、人は消えた。
悲しい話である。