第一話 魔王軍
第一話 魔王軍
サインはぼくよりも強い。
彼の持つ"聖剣"が次々とチャオのポヨを貫いていく。ひとりの人が扱うには大きすぎるそれを、サインは手や足と同じように使いこなしてみせる。
サインの死角をフォローするのはルーシーの役割だ。彼女の魔法は光の輪っかを形成して的確にチャオを拘束する。
拘束されたチャオのポヨを斬るのはぼくの役割。その間にもサインはチャオの群れに単身飛び込んで、ブソウしたチャオの攻撃を避けながらポヨを破壊していく。そこをルーシーがフォローする。
これがぼくたちの戦い方だった。
「悪い! 二匹逃がした!」
サインの言葉通り、二体のブソウしたチャオがぼくたちの方へ向かってくる。その銃口がルーシーに向こうとしているのを見て、ぼくは火の魔法を放った。だがその火の魔法はチャオの作る半透明の盾に防がれてしまう。
「マーク!」
ルーシーのパートナーチャオのマークが、二体のチャオの後ろに回り込んで、銃でポヨを撃ち貫いた。
「ナイス陽動!」
とマークがぼくに言う。
「敵が多すぎるね」
「埒が明かない!」
業を煮やしたサインが"聖剣"のチカラを解放する。その刀身から伸びた光で、魔王軍のポヨを一薙ぎする。一瞬にして数えきれないほどにいたチャオが消滅した。
「このまま突っ切る!」
サインの叫びとほぼ同時に、一際大きなオーラをまとったチャオが現れる。"親"だ。"親"を倒さないとチャオは次々と生み出される。
"親"が銃を撃つ。サインは神懸かり的な反応でそれを避ける。一瞬で距離を詰めて、"親"のポヨを切り捨てる。
三十五体目。
ぼくたちが倒した"親"は、これで三十五体だ。
「終わったな」
剣にこびりついたポヨの破片を拭き取ってサインは言った。戦闘中は温情を忘れたみたいになる彼の表情に、穏やかさが戻る。長い旅の間で、それがいつの間にかぼくたちの戦いの終わりの合図になっていた。
「なんかどんどん強くなってる気がするね」
「サインが?」
ルーシーがこぼした一言にマークが尋ねる。
「チャオが」
「ボクが?」
「マークじゃなくて、魔王軍が」
魔王軍のチャオが強くなっている。同じことをぼくも感じていた。
ピュア王国の首都に近づくにつれて明らかに敵は手ごわくなっている。使ってくる魔法の質も戦術の質も、どちらもより高度なものになりつつある。事実今まではサインひとりで何とかなっていたような数を相手に苦戦を強いられるようになってきた。
「そうか? 逆に弱くなってる気がする」
「サインはそうかもしれないけど……ヒョウジもそう思うでしょ」
「そうだね。最初の頃はこんなに数が多くなかったのもあるけど、でも」
――ぼくの魔法が、通用しなくなっている気がする。
そんな不安を煽るような情けない言葉を、ぼくは口にすることができなかった。
「心配いらないでしょ。おれたちも強くなってるし」
「だよね」
サインの力強い言葉に安心したのか、ルーシーはほっとした表情を見せた。
ほんの二週間前まで戦いの素人だったとは思えないほどに、確かにサインは強くなっている。"勇者"の名前は飾りではない。彼には戦いの才能がある。
そしてそれはルーシーも同じだ。小さな村の見習い魔法使いでしかなかった彼女が、いくらパートナーチャオのマークがいるとはいえ魔王軍相手にここまで大立ち回りできるのも、彼女の才能と言えるだろう。
ぼくは、どうだろうか。
「次はどこだっけ?」
というサインの言葉に、
「ルート街道じゃない?」
ルーシーが返すが、いやそうではないのだとサインはぼくに向き直った。
「ヒョウジ!」
「……え、ぼくに聞いてるの?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
サインが笑って地図を広げる。サインもルーシーもあまりこの国の地理に詳しくはないようで、この旅路は主にぼくが組み立ててきた。
「ルート街道を通って首都に入るのは危険だと思う」
ひときわ大きな道を指して、首都ソニックシティと書かれた位置へ動かしてみせる。
「まあ、待ち構えてるだろうなあ」
「待ち構えているとしたらここだよね?」
首都の手前にあるエッグタウンを指すルーシー。
「そうだね、この街は内戦時にも防衛ラインになっていたみたいだし、迎え撃つに適した地形だ」
「結局全員倒さなくちゃならないんだから正面突破しかないんじゃね?」
「いや、難しいと思う」
サインはところどころ自信過剰なところがある。強いからだ。それは"聖剣"のおかげ、というだけではない。単純な運動能力、魔法の才能、そういったすべてが彼の自信に繋がっている。
しかし魔王軍のチャオも強くなっている。その強さは未知数だ。どれくらいの数がいるのかさえ分からない。できる限り不確定な要素は取り除いておくべきだ。
そう説明したい気持ちをぐっとこらえた。チャレンジ精神旺盛なサインにこんなことを言ってしまっては、火に薪をくべるようなものだ。
都合の良い説得材料を探しているうちにルーシーが「元を断たないといくらでも出てきちゃうでしょ」と助け船を出してくれる。それに乗っかることにした。
「首都の"親"を何とかしないときりがない。マイルス湖から回り込んで行こう」
「マイルス湖から首都に入るって、"魔の森"を通るってこと?」
ルーシーがおそるおそるといった様子で口にする。
「"魔の森"って?」
とサイン。
「このシャドウフォレストってところ。ここに入ったら出られない、っていういわくつきの」
「おもしろいじゃん!」
「そりゃあサインは面白いかもしんないけど、わたしそういうのムリだから!」
あくまで"魔の森"を拒否する姿勢を見せるルーシーに、
「でもほかに道はない」
はっきりと告げる。
「マイルス湖の近くの村で休息を取ろう。それから"魔の森"を通って首都に。それでいいかな」
サインは愉快そうに、ルーシーは渋々といった様子で頷いた。
マイルス湖。ピュア王国随一の面積を持つ湖だ。
間もなく日が沈むかという頃になって、ようやくぼくたちは湖の畔にある村に着いた。
湖を囲うように形成された集落は村と呼ぶには大きすぎるように思えた。
「ここはまだなのかな」
不安がるルーシー。魔王軍は人里を襲い、その住処を奪う。彼らがこのピュア王国に現れてから最初に襲ったのが首都ソニックシティだ。その首都に近いマイルス湖も既に占領されている可能性が高かった。
「大丈夫みたいだ」
家屋からこっそり顔を覗かせる村人たちを見てサインが言った。
「おれは"勇者"サイン! 村の主にお目通り願いたい!」
"聖剣"を掲げて、"勇者"サインは名乗りをあげる。その名乗りを聞いた村人たちが一斉に家屋から出てくる。せめて一目、"勇者"の姿を見たい。そんな縋るような気持ちが表情から読み取れる。既に国の七割が魔王軍に占領された王国にとって"勇者"とは唯一の希望なのだ。
「勇者様……」
「勇者様だ!」
わっとサインのまわりに村人が集まる。
「相変わらずすごい人気ね」
「茶化すなよ」
そんな軽口をたたき合っていると、急に村人が静まりかえった。彼らはさささと道を開けるように端に寄る。村人たちの中から初老の男性がゆっくりと近づいてくる。
「村長かな?」
ルーシーが呟く。彼はサインの前に頭を垂れて見せる。
「村長のロージンと申す者です。"勇者"様、お顔を見せてくださり、まことに光栄でございます」
彼の声はやや震えていた。"勇者"を一目見ることのできた喜びに打ちひしがれているのだ。
「わたくしたちにできることがあれば、何なりと」
「勇者様!」
村長のあいさつも待たず、堰を切ったように村人たちがサインに詰め寄る。
「勇者様!」
「この国は大丈夫なんですか!?」
「魔王軍はいつこの村に……」
「国王は一体何をしているんですか!」
「静かに!」
慌てふためく村人を村長のロージンが一声で制す。
「静まれ。勇者様の御前で失礼のないようにせい」
しん、とする村人に、
「まあみんなが不安な気持ちは分かるっすよ」
サインが軽口を叩いてみせる。しかしロージンは恐縮といった様子を続ける。
「みなは戻るがよい」
村長の言葉に村人たちは家に戻る。とは言え遠目からこちらを窺っているあたり、やはり"勇者"のことが気になるのだろう。
「村の者が失礼をいたしました、"勇者"様」
「いや、まあ別に……」
頑なな態度を崩さない村長にサインもやりづらそうにしている。
「サイン、こういう人苦手だもんね」
こそこそと話しかけてくるルーシーを、
「聞こえるから」
とたしなめる。
「それより宿を探してるんですが、どこか泊まれるところはありませんか?」
ぼくの言葉に村長は頷く。
「そういうことでしたら、こちらで用意いたします」
「よかったー。野宿は最近寒くてさ」
サインがぼやく。確かに首都近辺での野宿は寒い。シルバー山を越えてからは特に寒さが増したように思う。
先日は寒いせいかマークが風邪を引いて足止めを食らってしまったくらいだし、寒さをやり過ごすことは急務だ。
「どこに行けばいいですか?」
「村の者に準備させますゆえ、まずはわたくしの家においでください」
「サンキュー! あー、腹減った」
「こら、サイン!」
サインの無礼極まりない言葉にルーシーが叱る。
「ちなみに、そちらのチャオは……」
村長が不安げにパートナーチャオのマークに目をやった。苦い顔をしているルーシー。
「わたしのチャオが何か?」
棘のあるルーシーの言い方に村長が怯える。サインはまたこれか、とでも言いたげな顔をしていた。
「このチャオは彼女のパートナーで、魔王軍に対抗するために力を貸してくれています」
すかさずそうぼくが横槍を入れると、村長は安心してくれたようだった。
「おお、"勇者"様のお仲間でしたか。これは失礼を致しました」
「いえ」
チャオに過剰反応してしまうのは仕方のないことだ。魔王軍のチャオもそうでないチャオも、ぱっと見では変わらないように見える。それにマークは魔王軍のチャオと同じ"ブソウタイプ"のチャオだ。見慣れているぼくたちはともかく、ほかの人では見分けをつけることなんてできない。
閑散とした村の中を村長に続いて歩いて行く。林の間に無理やり割りこませたような場所に一回り大きな家が見えた。
「こちらです、"勇者"様」
外から見ると大きそうに見えた家も、内装はあっさりとしていた。目立つものと言えば玄関先に黄金の竜を模した飾りが立てかけてあるくらいだ。
「ルーシーの家みたいだな」
「そう? わたしの家もっと狭いよ」
「でも首都の近くにしては……」
地味すぎると言おうとして、村長の前でする話ではないと思い直す。
「あ、すみません」
「いえ、いいのです。これは我々竜の民の伝統ですから」
「竜の民?」
サインが聞き返す。
「マイルス湖に棲むと言い伝えられる伝説の竜に、古くから仕えし一族をそう呼ぶのです」
「へえ」
あまり興味なさそうなサインに村長もそれ以上の説明を避けたのか、
「ただいま食事を運ばせますので、どうぞおくつろぎ下さい」
と言って外に出る。村長が外に出たのを見計らって、ルーシーがマークを撫でた。魔王軍が出現してからというもの、どこへ行ってもチャオは同じような扱いを受ける。
「ルーシー、ボク気にしてないよ」
くすぐったそうにマークが言った。
「ごめんね、マーク」
「だから気にしてないよ、ボク」
マークは本当に気にしていない様子だった。しかし幼い頃からパートナーとしてやってきたルーシーにとって、この問題はなかなか折り合いがつけられないのだろう。
魔王軍と見分けがつかないのだから仕方がないこととはいえ、ぼくも気分が悪くなる。彼らのチャオを見る目は、あくまで外敵としてなのだ。
「何としてでも早く倒さないとな。"魔王"」
サインが決意を口にしたけど、ぼくは心の底から頷く気にはなれなかった。
がちゃんと玄関から大きな音がした。村長が戻ってきたのかと思ってそちらを見ると、長身の女性が息を切らせてぼくたちを睨んでいた。
「"勇者"……」
彼女は"聖剣"を持つサインを見つけると、一層憎らしげに表情を歪ませた。
「出て行ってくれない?」
ぼくたちは何を言われたのか分からずに、お互い目を見合わせた。どこに行ってもちやほやされてきたものだから、ここまでずさんな扱いをされるのが新鮮ですらある。
「は?」
耐えきれずにサインが言い返した。
「ここ、あたしの家だから。出て行って」
「いや、村長にここにいろって」
「出て行け!」
彼女の唐突な叫びにぼくたちが戸惑っていると、村長があわてた様子で戻ってきた。
「ミコ!」
「こんなやつうちに入れる必要ない!」
「やめなさい、ミコ」
「何があったか知らないけどさあ」
サインがゆっくりと立ち上がる。それから"聖剣"を掲げて彼女をすっと見つめた。
その真摯な表情に、ミコと呼ばれた長身の女性もサインに向き合う。
「"魔王"はおれが倒す。だから」
「そんなこと、聞いてないから!」
彼女はそう言い捨ててこの家から飛び出して行った。
いつものポーズで格好をつけようとしたサインはいたたまれなくなってぼくの方を見る。だけどぼくに頼られても困る。
「「かっこわる……」」
ルーシーとマークがぼやいた。