三
静か。
神が口から糸を吐いて、ゆっくりと繭に包まれていく。その糸と糸が擦れ合う音だけが、音であった。
仲間達は繭の中から、神を包む繭が濃くなっていくのを眺めていた。濃くなる繭と倒れたマッスルが、仲間達のすべてだった。
糸の擦れ合う音はカウントダウンの含みを持ちながらも、安心と許容を仲間達に与えていた。濃くなる繭と倒れたマッスルの周りに存在する、入り込むことができない隙間を埋めていた。
しかし、その安心も許容も隙間を埋める音も、仲間達は許す訳にはいかなかった。
決意を力に変え、ラルドは繭を叩き割った。
繭を飛び出した仲間達は、神を包む繭に魔力をぶつけた。魔力は繭の表面で消滅する。先ほどマッスルが衝撃波を放ったときのように砕けることはなかった。
ラルドが衝撃波を放つ。だがやはり繭の表面で消滅する。マッスルの衝撃波が仲間達の技を上回っているのか、繭がその力を増しているのか、仲間達にはわからない。
だが、諦める訳にはいかなかった。
「海を作れ!」
ラルドが叫び、エイリアがありったけの水を放つ。ナイツが空気圧で水を形作り、水は繭を包む大きな球となる。水の中でふわりと繭が浮く。
その水の中にラルドとナイリアが飛び込み、超高速で泳ぎながら繭を殴る。水の中で本領を発揮する二人が、すべての力を繭にぶつけ続ける。外から見ているナイツとエイリアには、見えない力に弾かれ、水の中を跳ね返り続ける繭の姿しか見えなかった。共に戦い続けてきた仲間達の強さ、その集大成を二人は感じていた。しかし、繭がまだ繭であることだけが気がかりであった。
ラルドとナイリアが水の中から飛び出した。ラルドはナイツとエイリアの手を引き、少し離れた。ナイリアが水の球の上に飛び上がり、魔力を解き放つ。
ナイリアの魔力によって形作られたフェニックスが水の球の周りにある空気の層を掴み、地面に向けて突撃した。魔力は大爆発を起こし、水の球も破裂した。辺りに雨が降った。爆発の中からフェニックスが蘇り、もう一度爆発の中へ飛び込み、二度目の爆発を起こした。
短い雨が止み、そこにある繭がまだ繭であることをラルド達は確認した。その絶望は、己の無力を思い出させるのに十分であった。
「どうすればいい」
光が仲間達の中を横切った。仲間達には一瞬何が起こったのかわからなかった。
次の瞬間、繭が砕け散って再び神がその姿を現した。神の後方まで過ぎ去ったその光は、再び神へと襲いかかる。
仲間達に見えているのは、神の背中と神に襲いかかるオレンジ色の残像だった。さっきまで倒れていたマッスルがいなくなっていた。あれはマッスルだ、と仲間達は思った。
マッスルは速かった。かつて仲間であったソニック、彼よりも遥かに速い。
マッスルの拳が神の頬を捉える。神は吹き飛び、近くの雑木林の中に突っ込んでいった。木々が倒れ、砂や木屑が舞う。
吹き飛んだ神を超える速さでマッスルが追い、神を地面に叩きつけるべく拳を振り下ろす。
瞬間、神が消えて、マッスルの拳は地面を捉える。地面は崩れてその形を失うのと同時に衝撃波を吹き出し、雑木林を上空へと舞わせた。
神は歪んだ時空に現れる。カオス・シャドウで移動したのだった。
だがマッスルはそれにすら追いつく。マッスルは既に拳を振り上げていた。
神はオーラ・バリアを張って拳を止める。オーラ・バリアは一瞬にしてその耐久性を失うが、神にとってはその一瞬があれば十分であった。
カオス・バーストがマッスルを打ち抜き、マッスルは吹き飛び、倒れる。
倒れたマッスルのもとに、仲間達が駆け寄る。
「マッスル!」
腹に風穴の空いたマッスルが、なんとか意識を保とうと目を開こうとする。だがその瞼は重く、薄く開かれた目にもはや仲間達は映っていなかった。
仲間達は必死にマッスルへ水の回復魔法をかける。傷口は徐々に塞がっていくが、ダメージは深刻だ。
音はもはやマッスルの深い呼吸だけだ。その音は、先ほどの繭が濃くなっていくときの音よりも、運命の色を含んでいた。
マッスルは、影の自身を失っていた。しかし、マッスルは確かに生きている。マッスルの呼吸はまだ世界と繋がっていて、仲間達と繋がっていた。
仲間達は、マッスルにもう一度立ち上がって欲しい訳でもなく、目の前の傷を治したい訳でもなく、その繋がりを離したくなくて、回復魔法をかけ続けた。もはやこのあとにどんな未来が待ち受けているかなんて、考えるに値しなかった。
だが、その繋がりを手放してしまったのは、皮肉なことにその回復魔法で、マッスルだった。
体が動くようになった瞬間に、マッスルはもう飛び出していた。神を目掛けて、拳を振り上げて飛び掛かった。
しかしマッスルの先にあったのは神の体ではなく、白い光であった。マッスルの光は、消滅した。