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家に帰るために車を運転する。もちろん免許も取得済み。
それに、減点は一回も無い。自慢物だ。とは言っても、交通事故なんて発生する方がおかしいくらい、皆慎重だ。
なんたってカーブが多すぎる上に、坂もある。むしろ、坂がメインだ。
言われなくても慎重に運転する。黙っていてもズリ落ちるし、自分で動かすんだ。
そろそろ家に着く。この帰路は長いとは言えないけれども、短いとも言えない。そこの感覚が麻痺している。
正直、距離なんてどうでもいい。車を運転するのが好きなんだ。
既に時刻は夕暮れ。海を夕日が照らす。とても綺麗だ。
太陽が沈むって言葉は、実に馴染むし綺麗な表現だと俺は思う。
太陽が沈むとは言うが、太陽が動いているわけではない。それなのに、太陽がその場所から見えなくなることを沈むと言い換える。
山であったり、海であったり。とにかく、太陽は視界から消えるときに、"沈む"。
それが海に沈む場合、本当にロマンチックだ。
あの太陽が海に沈むんだ。
自分でも変だとは思うが、そんなことを考えながら歌を口ずさむ。
そして、自分の家の近くにある、地下駐車場に入り込む。
誰もいない。この都市は、以前と違ってかなり大規模な物となっている。
よって、住居も拡散している。人口が大きくなりながらも、散らばっているのだ。
駐車場には誰もいない、というこの状況はおかしくはない。
この駐車場を仕切っている共同住宅に住んでいるのだが、結構大きいところなのだ。なのに、誰もいない。
おかしくは無いんだ。ただ単に、これは帰宅時間が違うこと。
他の奴らはもっと遅く帰ってくる。早上がりの俺と違って、結構働きもんだ。
名残惜しいが、定められた場所に車を置いて、エレベーターに向かう。
来るはずも無い車に気を付け、エレベーターへどんどん近づく。
あまり高いところにいても眺めとかは楽しまない。車からの眺めが一番良い。というプライドのようなものを持っているので、地上3階に部屋を持つ。
ちょっとくらい高い方がいい。プライドが少しだけ崩れる、その瞬間。
それがたまらない。自分に甘えてしまう、その瞬間もまた良い。
自分に酔いながらも、エレベーターへ向かう。その足取りは狂ってはいない。
缶ビールを一本飲み干したい、という願いと裏腹な出来事が起こることになる。
エレベーターの"上"ボタンを押し、しばらくした頃だった。
エレベーターが駐車場の階に下りてきて、扉が開いた瞬間だった。

中にいる男がこっちに向かって無言で銃を突きつけている。
子供の持つような物だよな?大の大人が何をやっているのやら。
そう思い、見下すような心境で横を通ってエレベーターの中に入ろうとする。
そのときだ。耳を割るような音。顔の横をかすめる、一筋の弾道。
発砲音だった。
「お前、何をしてる?」
驚いた俺は咄嗟に男に聞く。誰だってそうするだろう。いきなり発砲してくるんだ。
しかも、本物と来た。向かって左側に避けて行って、少しは警戒していたのだが。
俺は右利きだ。こっちを振り向いて、撃とうとするならば少しばかり左よりは強い、右腕で腹に一発叩き込もうとしたのだった。
だが、この男の持つハンドガンはゆっくりこちらに傾き、男の方を向いた瞬間に顔の横を通過したのであった。
しばらく固まっていると、エレベーターの扉が閉まる。
何も押していないので、動かずにその階で止まっている形になるだろうか。
男が、ハンドガンをこっちに向けながらエレベーターの扉を開ける。
それから、銃を鎖骨の当たりに押し付けながら口を開く。
「駐車場に出ろ。それが俺の要求だ」
言われるがままに、エレベーターから出る。背中に銃口を押し付けられ、いつでも死ねる状態。
正直言って、良い物ではなかった。心臓に悪い。早く終わりにしてくれることを願いながら。
「ここで良い。止まって、俺と距離を取るんだ」
俺は男の方を向き、後ろを向きながら歩く。何が在るか分からないが、撃たれるよりはつまずく方がマシだ。
少し離れたところで、何かをこちらに向かって地面を滑らせる形で投げる。
「取れ。それを取った瞬間、決闘が始まる。この世を生きていくんだ。さあ、取れ」
よく書物などで書かれている、決闘のことか?これを使って男と撃ちあいを楽しめというのか。俺は嫌だ。
殺されるのも、殺すのも嫌だ。殺生を好まない。
「不安になるな。ダメなんだ、甘えがあっちゃいけないんだ」
そういいながら、俺の足元近くに弾丸を飛ばす。危ない、狙ったとしたら決闘で勝てないだろう。
コントロールが良すぎる。銃を二丁も持っていることから、相当の銃好きだ。
銃声に反応して、自動通報するシステムも外国にはあるそうだがここには無い。
銃という文字すら、忘れかけるほどの場所だ。無いんだ。銃自体の存在がここには無い。
不快感を与えないためにも、そういった玩具の発売すら禁じられている。平和を目指し、過剰に制限を行った結果だ。
そこで育った俺が銃を持つ。持つだけなら良い。撃つ。相手に向かって。相手は人間だ。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第220号
ページ番号
1 / 10
この作品について
タイトル
「生命への冒涜を求めて」
作者
Sachet.A
初回掲載
週刊チャオ第220号