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我々は覚えている。
1914年、8月8日。第一次世界大戦開幕。
とある国の首都にて、一国の皇太子が暗殺された。
次の皇帝を担うとされた彼を殺されたことで、その国の政府は宣戦布告を受けることとなった。
当時の西洋は国と国とが複雑な関係を持っていて、とても穏やかとは言えなかった。
紐の絡みがどんどん複雑になっていくように、たちまち世界を戦火が覆い尽くした。

1914年、6月28日。サラェボにて。
街には静かに入り込んだ、オーストリアの皇太子夫妻の影がある。
その日は結婚記念日。兵士の演習を視察にしに来たのだった。
また、皇太子のみでよかった。妻は、ただ単に夫である皇太子に連れられてきただけなのだ。
ほんの気まぐれだったのかもしれない。はたまた、計算されたロジックだったのかもしれない。
この日は、夫妻が揃って視察に来たのだ。

兵士の演習の風景は、一言で言えば殺伐としている。
それはそうだ。兵隊が互いに馴れ合っていては、機能しなくなる可能性がある。
殺伐とさせておいて、いざとなったら自分の身を護るように仕向ければ良い。
こんな言葉がある。
「頭のよく、人望のある人間は指揮官にしろ。的確な指示を出す。
頭の悪く、保身しか考えられない人間は兵隊にしろ。生き残るために死力を尽くして戦ってくれる。
頭の悪く、人望のある人間は兵の支えとなれ。
だが、頭のよく、保身しか考えられない人間は死刑にしろ。逃げ出すことしか考えない兵は、荷物にしかならない」

こうして、演習が終わり帰路に着こうとする。
数々の高級車が夫妻を待ちわび、笑顔がこぼれそうになるのを我慢する。
「仲の良いご夫妻だ。どうして世間は許さないんだろう」
気の抜けた皇太子を注意したりと、和やかな雰囲気がその一台の車を覆う。
川沿いに差し掛かった時だ。
少数の青年たち。彼らこそが、この夫妻を殺そうと企んでいる。
その動機は不明だ。全てが謎のまま、終わってしまったのだから。

「警察はどこだ?後ろだな?」
夫妻の車はゆっくりと通過していく。初弾である彼は、慎重に行動しなくてはいけない。
慎重なのだ。だが、至って慎重だからこそ見逃してしまった。警察官の場所を誤認し、夫妻を簡単に通してしまった。
何の細工も無い。気づけば、遠くへ行ってしまっていた。
その瞬間だ。彼の首が… 飛んだ。

歓迎の声の中、彼は地面に横たわっていた。
誰も見ることが無く、人形を前にしているかのような光景。普通は気づくのだ。既に人としての形を留めてない、青年に。
「責務失敗…責務失敗…」
1メートルほど先にある頭は、ブツブツと何かを喋っていた。
やがて、青白い肌が目立つようになる。冷たい肌。動かない体。誰も気づかないのだ。
ハエもそこには卵を産み付けない。最初からいなかったかのように。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第249号&チャオ生誕8周年記念号
ページ番号
1 / 5
この作品について
タイトル
「作戦名エイチ」
作者
Sachet.A
初回掲載
週刊チャオ第249号&チャオ生誕8周年記念号